第25話 混沌な人間たち

 夜通し疾走した体中が痛みに耐えられなくなってきた。


耐えられなくなってから前に進むのが大事だと、精神も体もそうやってずっと鍛えてきた。ディリオスは痛みからくる震える両膝りょうひざが、緑に落ちた。彼はその緑の大地を這いながら進んだ。


 そしてそれを克服したあと、またそれを繰り返す。刃黒流術衆の鍛錬時代を思い出していた。


もう忘れかけていた人間離れした鍛錬法。皆がつまづく中、何度も何度も悪天候の中でも豪雨が来ようとも諦めず技をものにし、嬉しさのあまり泣く者たちを見てきた。


 声をかけてあげたくても、一族の中で異質な存在である自分が人と関わるのは危険だから、いつも神木の上から皆を見ていた。己があの頃の者たちと重なって感じた。つまづく事さえ無かったが、今はそれが理解できる。


まだ躓いたことはないが、必ずそうなると確信を得るように感じた。(ああ。あの指揮官の大天使を見たからか)だからそう感じるのだと思い、自分の能力を最大限に活かせる鍛錬が必要だと、ディリオスは意を決して這い続けた。


 無駄死にする前に、人間の世界会議を行わねば人間は滅びる。世界会議をしたとしても人間であるが故、このような非常事態でも、結束することは難しいのは分かり切っていた。


(ディリオスさま。ご報告があります。エルドールの全ての者はイストリア城塞に行くことになりました。本日中に移動を開始します)


(説得ご苦労だった。これでエルドールは問題ないな)


(アツキの世界ビジョンをみてすぐに行動に移しましたので、予定よりは早く着けるかとおもいます)


(アツキは大丈夫か? 長時間能力を使った上に、ビジョンを見せるのは危険すぎる)


(はい。ですが、そうでもしないと説得出来なかったようです)


(アツキもロバート王の馬車に乗って、イストリア城塞に向かうよう伝えてくれ)


(わかりました。十分休むように伝えます)



(分かった。それなら俺がこれから三つ葉要塞に入って迎撃態勢を取る。レガとギデオンにはイストリア城塞でも引き続き刃黒流術衆の鍛錬を任せる、期待していると言っといてくれ。殿しんがりは俺に任せるようにして、そして皆の命を頼むと伝えてくれ。詳しくは皆がイストリア城塞に集まってから話す)

彼は地を這いながら話していた。



(カミーユは北部のヴァンベルグ君主国と繋がりがある。イストリアについたら相談してみるつもりだが……やはり止めておこう。俺とミーシャのような関係だから絶対に関わらせたくないはずだ。


ヴァンベルグ君主国のリュシアンとは気が合いそうだから、俺のほうからリュシアンに連絡してみる。問題はドークス帝国とグリドニア神国そしてアドラム列島諸国、あとは北部平原連盟をまとめたアーチボルド族筆頭のクローディアだな)



北部の様子は一切分かっていない不安も大きかった。北部平原は合意するはずだとディリオスは思っていた。すでに犠牲者が多く出ているはずだからだ。



(敵対視している相手も多いが人類大連合を成さねばならない。今までは俺たちで何とかしてきたが、大連合を組むには無数の犠牲者が必要になるが……敵対国同士を本気で同盟を結ばせるには、奴らの強さを肌で感じるしかない……ロバート王がそうだったようにな)


ディリオスはやはり実感しなければ難しいのだと思うと、色々厄介だと思った。

分かっていながら助けず、実感させるためだけに、多くの悲鳴を感じないといけない現実に怒りさえ覚えた。


(下位の天魔がこれほどまでとは、甘く見積もりすぎていた。大天使は俺が挑発して地上に出したが、もうそれはできない。いつ出てくるのかも予想がつかない。現実をダグラス王に話してみる。


アツキはもう限界を超えているはずだ。精神エネルギーの限界を越えたら、頭が狂いそうになる。その前にアツキはもう休ませえてやってくれ。定期的に必ず休むよう俺が命令していたと伝えてくれ。今、アツキやサツキに倒れられたら非常事態に対応できないからな……俺は今どの辺りにいる?)


(ディリオスさまはもうすぐイストリア城塞におつきになるはずですが、目視で確認できるはずです)

もうすぐ着くことを知り彼は仰向けになって、疲れをとることにした。


(もうそんな近くまできていたのか……先ほどアツキの世界ビジョンを、今までは強さの頂点に人間がいたが、力が全てを制する世界では人間は無力だ。明日話した結果を教えてくれ)


(ディリオスさま。大丈夫ですか?)目視でわかる距離なのに、見えていないことにサツキは不安を感じた。


(大丈夫だ。ただ歩けなくなったから這っているだけだ)


(……ディリオスさま。貴方様が全ての要です)


(それは今だけだ。皆が強くなれば俺の役目は終わる。サツキもアツキが調子のいい時に見れば理解するはずだ)


(仮に見たとしても、ディリオスさま以上に素晴らしい方はいません。私たちはディリオスさまだから付き従うのです。それだけは覚えておいてください)


(わかった。俺もサツキやアツキの事は信頼しているし、大切な存在だと思っている。だから力量以上の無理はするなよ)


(わかりました。お約束致します。ですからディリオスさまもお約束ください)


(わかった。約束しよう)


(話は変わるが俺のほうもダグラス王に話してみるが、ロバート王から話させたほうがいいかもしれない。アツキには修業をメインにして、今のうちに総合的なエネルギーを増やすようにさせるんだ。サツキも休息を取って、修業を軸にしてくれ)


サツキはディリオスが言うよりも、疲労で倒れていると感じた。いつものような声ではなくて隠せるような程度ではあるが、呼吸が乱れていたからだ。


(わかりました。それでは明日またご連絡いたします。ディリオスさまも少しおやすみください)



 ヨルグはエルドール兵の総指揮官として王の部屋を出て、階下へと向かっていた。途中で今まで過ごしてきた愛着のあるこの城ともしばらくお別れだと思った。そして妻マーサの元へ向かった。


もう政略結婚の道具にならなくても済む、本当に愛する者の元へ行くよう伝えるつもりでヨルグはマーサの元へと足を運んだ。部屋の前まできて、切ない想いから涙が微かに出た。そしてそれを拭い取り中に入った。



「あら、どうしたの? もうお話は終わったのですか?」


「いや、どちらかというとその逆なんだ。マーサは元居た部族に帰ってももう大丈夫だ」


「?! どうしたの急に?」


「天使と悪魔に殺されるのは、時間の問題かもしれない事態だと気づいたんだ。

だからせめて最後くらいは、本当に好きな人の元へ行くべきだ。

当然、同盟は保たれたままにするから何も心配しなくて大丈夫だよ。

ディリオスに頼んで、義父の部族もイストリア城塞に入れるように頼んでみるよ」


「今はもう貴方の優しさに愛情を感じるようになりました。どこまでも貴方と一緒ならついていきます」


「……ありがとう。マーサ」ヨルグはマーサに最初に合った時から見惚みほれていた。そして自然とマーサを抱きしめた。


「エルドール城では危険だから、イストリア城塞に入れてもらえるよう手配済だから義父たちの部族民も入れてもらえるように、ディリオスに頼んでみるよ」


「いつも気遣ってくれてありがとう。貴方は本当に優しいお方です。私についてきた追従者を父の元に派遣して、詳細を伝えさせますね」


「家族だから当たり前だ。君が大切に思う人は僕にとっても大切にしていきたいと思っているよ、他にも避難したい人がいるなら僕から頼んで配慮してもらうから、何でも遠慮せずに話してほしい。直接イストリア城塞に行くように伝えたら大丈夫なように頼んでみるから、追従者にそう伝言を伝えればいい」


「出発の準備を急いでしているから終わる前に迎えにくるよ」


「わかったわ。ありがとう」ヨルグは自分が偽りの愛ではなくしんの愛で愛されていることに喜びを感じた。



「そういえば、サツキはロバート王は能力者だと言っていましたが、何か兆候はございましたか?」アツキはロバートに尋ねた。


「んー……それなんだがはっきりとしない。予知夢の一種だと思うが、一瞬一瞬が夢の中で弾けるように消えるのだが、暗闇の中で光を一瞬当てられたような感じで、全容を掴むことができない。夢で見る順番も現実とは違いがある。何とも説明しにくいが決まっている未来の一瞬だけしか、見えないのかもしれない……見たくはないものまで見える。このまま人間が何もしなければ、予知夢通りになるのかと思うと恐ろしすぎる」


「それほど恐ろしさを感じるのであれば、ディリオスさまに相談してはいかがですか? あの方は私たちよりも能力のことに詳しいですし手遅れになってからでは……後悔しか残らなくなるでしょう」アツキは助言した。


「夢がちらつくようになったのは、まだほんの二日前からだ。もう少し様子を見て、伸展が見られないようなら其方の言うように、ディリオスに相談してみよう、彼もイストリア城塞にいるだろうから丁度いい」


「それが最善だとおもわれます。今は出来る限りおやすみください。精神エネルギーを多く使うタイプだと思われますので、まだ二日しかたってないなら立ち上がるのも辛いはずです」


「そうさせてもらおう、準備が出来たら起こしてくれ」


「精神タイプは対応力が高いのですが、高くなるまでは相当辛いものです。それではまた後ほど」

 

 アツキが部屋を出てすぐにサツキが声をかけてきた。

「あ、アツキ! ヨルグさまからの伝言をディリオスさまと話したいんだけど」


「エルドールの動きも予想以上に速い、こうなる事を予測でもしていたのかと思うほどだよ」


「その話もしないといけないから、ディリオスさまとの会話を一緒に聞いてて」アツキの神経は擦り切れるほど痛みを増していた。激痛を伴いながら神経を集中させてディリオスと繋がった。


(ディリオスさま。サツキです)


(サツキか。エルドールの全国民と兵士が入れるよう手配したぞ)

(わかりました。それよりアツキに見せてもらいましたが、第八位の指揮官であった大天使は戦い慣れている上に、非常に強いと改めて確信しました。次の第七位への対策も早急に手をうたねばなりません)


(それは正直いって難しいだろうな。俺の名義で使者の派遣予定地は西のドークス帝国、北東部のヴァンベルグ君主国、北西部のグリドニア神国、北西のアドラム列島諸国、天魔聖戦開始以後北部ベガル平原をまとめた北部ベガル平原連合軍筆頭のアーチボルド族へ送る手はず整え送ったのだろう?)


(はい。レガさまがすでにディリオスさまの名目の元手配いたしました)


(アツキもそこにいるのか?)


(はい。私はイストリア城塞に移動したら、再び鍛錬に戻ろうと考えています)


(それでいい。アツキもサツキも精神エネルギーの総量を上げると更に能力が開花するようだしな。アツキはもう限界を超えているはずだ。もう何もさせずに休ませてやれ。俺は三つ葉要塞に向かって皆がイストリア城塞に入るのを見届けてから、イストリア城塞に戻る)


(大天使相手なら俺が囮になって魔の穴まで誘導できたが、俺はすでに奴らに敵視されている。天使がいない状況で統率の取れている魔の穴を刺激するのは危険すぎる。元々悪魔からすれば人間は餌でしかない。下位の指揮官権天使の尖兵はおそらく大……)


(話の途中申し訳ありません! 急を要する事態です!! 今感じたのですが、ドークス帝国で何かが起きています! おそらく天使や大天使を捕えて何かの実験をしているようです!!」


 ディリオスは突飛なことを突然言われて、一瞬言葉が詰まったがすぐに対応策を練らねばと考えた。


(ドークス帝国にはもう使者は出したのか?)


(すでに各国へ派遣済です。これから急いで戻らせます)彼は頭の中で最善を探した。 



(すぐにそうしろ! 北西のアドラム列島諸国に向かわせた船団には、そのまま南下して南から東にあるイストリア城塞の港に直接行くよう伝えろ。


そのような行為を天使が黙って見過ごすはずはない。必ずそのような非道に対する人間への罰を与えるはずだ。


ドークスから一番近いエルドールも危険な範囲に入ると考えて、すぐにでもイストリア城塞に迎え! 俺もこれからイストリア城塞に向かうがカミーユとネストルにだけ話しておく)



(ディリオスさまの位置からですと、そのほうが近いです、それとヨルグさまの妻であるマーサさまの部族もイストリア城塞に入れるよう手配を頼まれました)


(わかった。イストリア城塞に今から行ってダグラス王に頼んでおく。天の塔に近いのは三つ葉要塞のほうだが、奴らはおそらくアツキのように思念を送ることが可能だ。


思念の射程内かどうかは分からないが、思念転送内なら絶対に助けにいくはずだ。

そんな危険な事をする人間を、天使が許すはずがない。周辺にいる全ての人間を滅ぼそうとするだろう、天使からすれば人間は人間でしかない。


今すぐにでも出発しろ!! ロバート王とアツキも馬車乗せるんだ。それから俺はイストリア城塞に行った後、三つ葉要塞には行かずそのままエルドール城に向かう!!)



(サツキ! エルドール城の者たちは今すぐにイストリア城塞に行くんだ! 物は安全だと判断したら取りに戻ればいいが、そのような人道を外れた行為を天使が許すことは絶対にない!!)


 カミーユは北部のヴァンベルグ君主国と繋がりがあった。見せたくないものを彼女たちに見せたくない気持ちは、カミーユも同じはずだ。いつかは目にすることは避けられないが、出来るかぎり悪夢を見せたくないと、愛する者への気持ちは同じだった。そう考えると、カミーユにはリュシアンの事を聞くことにして、ヴァンベルグ君主イシドル・ギヴェロンとの接触は他の方法を探してみようと思った。


 刃黒流術衆が悪魔を倒したことから事は発したが、今の現実を確実に知っているのは、エルドール王国とイストリア王国だけであり、ドークス帝国とグリドニア神国そしてアドラム列島諸国、北部平原連盟をまとめたアーチボルド族筆頭のクローディアの情報はないままここまで来ていた。


 仮にまだ接触していないのであれば、悪魔や天使などの話は戯言として扱われるのは明らかだった。現にエルドール王国のロバートも現実を観るまでは信じきれない部分があったからだ。


イストリアのダグラス王の信任が厚いディリオスだから戦闘準備を整えたが、全てが現実だとはまだ思っていなかった。それが普通だとディリオス自身が一番よく分かっていた。だからこそ彼は同意、不同意、国ごとに肯定否定されるその場合の状況変化まで考えていた。


そして身を隠している者たち罪人たちをも、戦力にできればと考えていた。世界を救うものを少しでも集結させなければならないと、いつの日か明日をも知れなくなる程までに人類は追い詰められることを理解していた。


 敵対視している相手も多いが人類大連合を成さねばならない。今までは自分たちで何とかしてきたが、友好国であるエルドール王国とイストリア王国をもってしても、これほどの時間を要した。


 大連合を組むには無数の犠牲者が必要だ……敵対国同士を本気で同盟を結ばせるには、奴らの強さを目で見て、多くの助けを呼ぶ声や叫びを聞き、危機感を実感させるしかない……下位の天魔の強さは見誤ったが、中位の強さの大方の予想はついていた。運よく犠牲は出てないだけで、ディリオスは後悔していた。


自分でも予測でしかない現実をダグラス王に話してみるつもりだが、南部一の大国が簡単に引き下がるとも思えなかった。このままの流れでは犠牲者は無数に出る、想像を絶するほどだと覚悟した。


 ドークスの行為のせいで想像を絶するほどの事態になることを、兄妹である二人と自分しか認識してないことに、自制心を失うほどの苛立ちを感じた。

ディリオスはドークスは滅びる事に一切の感情は無かった。助けたい者だけ守りたいと考えていた。


ドークスが仮に天使だと認識があっても無くてもドークス帝国は滅びるのは確実だと確信していた。

最も重要なのはその後の対策を、今のうちに練らねばと思案していた。


時間稼ぎと天使の戦力は削がれることになる。また悪魔が優勢に事が進むと思うと悪夢が鮮明に未来をうつしてきた。



 仮に指揮官はドークス帝国に向かうとしても、尖兵である大天使は第八位の大天使たちの尖兵の数から考えると千人前後はいることになると予測していた。


それを指揮するのは副官である権天使は、最低でも第八位の指揮官を遥かに超える強さになる。そして指揮官の権天使は副官である権天使をまた遥かに超えると考えるだけで一人では守り切れない。


 彼は悩みに悩みぬいていた。ここにいれば間違いなく天使からの攻撃を受ける。今後は三つ葉要塞に来ることはもう無いだろう。


本気を出せば尖兵である大天使数百程度なら倒せる自信はあった。エルドール城に向かう途中で彼は今起ころうとしている現実と隠れてやり過ごすか、そもそも戦って生き残れるのか? などのあらゆる事を考えていた。


 三つ葉にいる人間は徐々に力をつけてきていた。しかし、奴らの相手をすると想定すると無に等しかった。自分が奴らを殺すように容易に皆殺されてしまうだろう。


天使や悪魔の指揮官や副官はこの先は特殊能力を持っていると、ディリオスは想定していた。自分一人で戦うことを一番に想定していた。だが、果たして通用するのか? 彼を疑念が襲うようにその言葉が頭の中にこだました。


 ディリオスは己が思うより遥かに強くなっていることに気づいていなかった。

実戦を何度もし、まだ衰えを見せずに上昇し続ける身体能力はすでに人間の限界を遥かに超えていた。完全に神の高遺伝子を持つ人間だと、天使も悪魔も思っていた。


不安や今後の想定をし続けていたため、その目覚めかけている力ですら下級の天魔なら逃げだすほどになっていた。現時点を想定して考慮すると、奴らと渡り合えるのは我々と、イストリア王国の戦士たちだけでしかないと思い込んでいた。


 指揮官の権天使の副官も権天使だとしたらと考えるだけで苦悩した。イストリアには鍛錬を積めばかなりの戦力になると思っていたが、予定が大幅に変わった現在での予測は最悪の状況を考えたら、何もかもが不可能な選択肢しか残らなかった。


サツキがディリオスの強さが更に大幅に上がってきていることを見逃していた。能力を使いすぎて遠地にいるディリオスを感じ取れなくなっていた。


(アツキは能力を使いすぎていた。レガ、アツキ、ヨルグ、マーサを馬車でイストリア城塞に向かわせてくれ。それからすぐにもイストリアへの移動を開始してくれ。俺はこのまま一度イストリア城塞に行く。もしもに備える為に行ってくる。


サツキはレガと共に最後尾の部隊にいれくれ。その囚われているであろう大天使の様子を能力範囲ギリギリまで観察してほしい。今までは強さの頂点に人間がいたが、力が全てを制する世界では人間は無力だ。それを人間は知らねばならない)


(わかりました。それでは状況が変わり次第またご連絡いたします)



 ディリオスの心が痛んだ。苦しくて息も出来なくなるほど心がむしばまれていった。



結果のわかっている戦いが起こらないと、現実を体感しないと誰にも分かってもらえない。世界の運命を今は我々が盾となって防いでいるが、それが最善なのかと悩みだしていた。



 多くの者は皆、が強いから国の頂点にいる。奴らが現れる前に文書を出せたが、ディリオス自身は多大な犠牲を出した後に文書を出すべきか迷った。世界にはまだ名を轟かせる勇者は数多くいる。



こちらの思い通りに事は運ばないと決め、各国への使者を奴らが現れれる前に出すことにしたが、ディリオスは思いを巡らせるうちに絵巻物のことと、それに知の番人が守る高閣賢楼こうかくけんろうの事も思い出した。



 中位の魔神にも勝てると書かれていたことを。経験していなかったから話があまり見えてなかったが、今なら話が見えてくると感じた。来たことは無かったがサツキに場所は教えてもらっていたが、今回は残念だが次回近くに来れるようなら来てみるとしようと思いながら足はイストリア城塞のほうへ向けていた。



癒えた身体で走るとすぐにイストリア城塞近くまでついた。ディリオスは最善のことを考える度に疲れ果てていた。ふとミーシャの笑顔を思い出した。

葛藤していた心に希望の火が灯り、彼は再び曇天に差す一点の光を離さずに、そこから世界を晴らす漆黒の武神の仮面を被り、天魔の死闘に身を投じる覚悟を決めた。その瞬間、何をしたわけでもないのに自分の力の異変に気がついた。


 堅固な城門が見えてきた。城壁のイストリア兵が合図を送ると五重の門が開かれていった。黒衣をまといイストリア城塞の門をくぐる時イストリアの騎士は敬礼し「御無事でのお戻り嬉しく思います」と言った。


「ああ。ありがとう」今までに無い自分の言葉に、妙な感覚を覚えた。

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