第二十三話 天使と悪魔の死闘

 二度の劣勢に天使たちが焦っているのは確かだった。いずれも人間の介入で敗北しており、そのどちらにも同じ人間が関わっていた。


 下位天使からすれば唯一自ら介入してきた人間であったが、今はまだ弱き者同士の潰し合いであり、一気に強さが上がる中位の戦局を左右するほどではないと考えていた。


 天使も悪魔もこの人間は均衡を保つために戦っていることは分かっていた。

遥か昔の天魔聖戦の時にはもっと好戦的な人間が多く、戦い慣れした人間たちに多くの仲間は殺された。


それ故、警戒していたが、一人の人間しか今まで介入してこない現状を見て、天使も悪魔も人間に手を出さなければ問題ないこと判断していた。


 いつの時代も人間は同じ行動を取る戦いを長い間、見て、話し、不変の生き物だということを理解していたからだ。

あの人間は他の人間とは確かに違うが、そのうち知らないうちに消えるだろうと思っていた。


 無数の人間たちとは違って精神的弱さや、間違った信仰を持つ者や、悪に身を落とす者たちとは違うだけで、今まで命を懸けて戦いを挑んで死んでいった人間界で言う勇気ある者、勇者の一人としてしか見ていなかった。そのひとりの人間を見て、天使や悪魔は人間は退化したのかと思っていた。


 天使たちは人間を無視して魔族と戦う場合、先制攻撃をかけるのは必定であった。

多くの人間を糧として、魔族が強くなっているのは分かっていたが、今までの天魔聖戦と違い、悪魔は一糸乱れることを熱烈に恐怖するほどであり、階級の低い魔族さえも、命を賭して敵うはずの無い大天使に襲い掛かってきていた。あの時の戦いのように。


 その事を考える度に魔王サタンの存在が脳裏にちらついた。天使がそれほどまでに思うのには理由はあった。強いだけではなく神が創造した“七人の聖なる天使の一人”

であり、サタンはその中でもルシファーと互角なほど強い天使だった。


最初の天魔聖戦以来かと思えるほど無数の攻防を繰り返していた。ここまで戦うには理由があるはずだと。


 五百年前の時も統率の取れた悪魔たちは自らの命と引き換えに、我ら天使の命を取りにきた。


 遥か昔、熾天使であった魔界でも最強と呼ばれる八人の最高位魔神の一人で十二翼を有するベルゼブブ王子やベリアル王子、アスモデウス王子が神霊体ではあるが姿を現した時には、誰もがサタンの復活を確信した。



神霊体とは多量の精神エネルギーのみで形成されたもののため、何かに触れることも、何かに触れられることもない真の精神エネルギー体である。

高位の者たちは神霊体として、戦況を見るために人間界に姿をたまに現していた。


その姿は長くは維持することは出来ず、神霊体の状態のまま通常の攻撃方法などは出来ず、精神エネルギーのみの特殊能力を有する攻撃などをすることは可能であったが、本体の身体エネルギーとのバランスが大きく崩れ、長い間は精神エネルギーを使えない状態になる。そのため精神エネルギーを膨大に消費するため高位の者たちが、神霊体のまま攻撃することは滅多に無かった。


 我ら天使の最高位である熾天使してんしの四人も出てきて、戦いは死闘となり長く続いた。


五百年前の戦いというと、勘違いしている人間が多いのは仕方のないことだが、終わったのがあくまでも五百年前であるだけで、天魔の死闘は千五百年ほど続いた。

千年も生き抜いた人間たちは、我々の目から見ても強敵と呼べるほど強かった。


 神が何故再び人間を創ったのかは、誰にもわからないが、意味のないことはしない。それだけは確かだった。

そして神の意思を伝えるのは我ら天使の役目であり、疑うことは決して許されない。

本物の天魔聖戦であれば人間が生き残れる可能性はゼロに近い。それは神がよくお分かりのはずだ。


人間に許しを与えて、再び繁栄する事をお許しになり、また同じような事を繰り返そうとしている事に落胆されたのかもしれないが、これが聖戦であるならば人間が生きるには逃げて隠れて味方も、家族も、友人の命さえも利用して全てを捨てるのであれば、生き残るのかもしれないが、そこまでしないと生き残れる事が出来ないとは、夢にも思ってもいないだろう。



 私がこの人間の世界に来たのも五百年ぶりだ。

最後に私がとどめをさした。そして千年の間朽ちる事の無い鎖で縛り最下層である氷地獄に落として氷漬けにした。

我がミカエルの炎の刃は、確かにサタンを貫いた。

その功績から十二翼の熾天使として炎のミカエルと呼ばれるようになり、天使軍の四人の最高指揮官の一人に任命された。


今はまだ神霊体としてしか人間の世界に入り見る事しかできないが、あの悪魔王サタンが復活したとなれば考えただけでも恐ろしい。熾天使のガブリエルはサタンに捕まり、獄中に入れられたが私とラファエル、ウリエルで戦いが終わりを告げる前に助け出せたが、魔のバベルが閉じていたら助け出す事は不可能に近かっただろう。


何故なら彼等悪魔の支配する地では、我々の力が半減されるからだ。

ミカエルは考える度に、サタンの存在しか頭に浮かばなかった。しかし、倒してからまだ五百年しか経っておらず、復活するには早すぎるとも思っていた。

我ら天使の知らない事が、どこかで起きている事だけは確かだった。そしてサタンに

同調して堕ちたルシファー。


ルシファーは未だに行方不明とされているが、二人が復活したのであれば納得のいく攻勢だった。かつて天使であった全ての魔族は文字通り、命を懸けて激闘に身を置いていた。姿は変貌へんぼうしてしまったが、その信念を貫く姿は昔を思い出させるほどだった。


 千五百年前の天魔聖戦を彷彿ほうふつとさせる魔族の攻勢の裏には、悪魔王サタンの完全復活か、直系のサタンの兄であるルシファーの復活かが、関わると思わせる決死の覚悟を見せるのは、今にも割れそうな薄氷の水面下で、これまでに無い何かが起きていると、高位天使たちに思わせずにはいられなかった。ミカエルは神霊体であったため誰にも知られる事無く、天へと姿を消した。



 遠い地の天のバベル近くで仲間であり、副官でもある大天使が天界へ粉塵となって昇天したことを大天使たちは感じていた。指揮官もあの人間を甘く見すぎたと思っていたが、実際には副官が人間を甘く見たからの敗北であった事は、知らされてない事実であった。


最初から武装化していれば、あのように速く負ける事は決して無かった。


敵の攻勢を見て動くに値しない程度の人間だと判断し、少しでも勢力を分散させると魔族の決死の勢いを止めることは不可能だと、指揮官である者は判断した。


指揮官は、副官が負けるとは微塵にも思ってなかった。ディリオスは高速回転させた飛苦無が気づかれなかった時点で勝利は確信していた。負ける訳にはいかなかったが、このままでは不味い事態になると、立場は違えど、大天使とディリオスは思っていた。


 指揮官は今ならまだ多数の大天使とともに、地上で闘えば勝ち目はあると考えていた。我々の目的は敵の戦力を少しでも多く削り、敵の指揮官の命を奪い、門を開かせることが使命であった。


 人間に生き残る道はないと伝え、人間たちはただの魔族の餌としてしか天使からは見ておらず、人間の犠牲など無関心だと言ったが、副官を倒されたことにより人間に犠牲を払わせれば、使命を全うできると考えた。


八位の指揮官として魔界への扉を開くのが使命であり、そのためだけに存在した。

それを可能にするためには、人間も魔族に襲われれば少しでも奴らの数を削ることも可能だと判断した。


運が良ければ強い魔族を倒すこともできると、それは副官であった大天使を人間によって倒された事によって証明された。

しかし、我々が命を賭した競り合いを一時止めて、無数の魔族どもが人間を襲うためにこの地を離れる可能性は低いと考え直した。八位の扉の鍵を守る指揮官として無謀な戦いは出来ないと考えを改めた。


 ディリオスは天使の指揮官ならそう考えるだろうと読んでいた。人間を何とか利用して魔族の戦力を削らないと、いずれは危うくなると、優秀な指揮官なら最終的にそう決めるしかないことを彼は知っていた。第九位の天使との戦いで、彼は天使の思想と、絶対的な使命感を理解していた。


強さは認めているが、決断力がにぶい指揮官にディリオスは苛立ちを覚えていた。そして、このままではいずれ手遅れになると、黒衣の者は思った。

彼はすでに近くの生い茂る草陰から、その機をうかがっていた。


 横やりに入った一人の人間に対して、魔族はどう反応するだろうか、自分が釣った数次第では攻勢に出るのか、など考えながら見ていた。天使が自分の事を、今は狙わない事だけは確かなことだった。それ以外は全てが不確かでしかなかったが、即断を迫られている事実に対して、ディリオスもまた人間にとって、どうすることが最善か迷っていた。


いずれはどちらかが勝つ、どちらが勝つことが人間にとって最善か、それは間違いなく天使が勝つことであったが、決断が遅くなればなるほど、それは厳しい選択になりつつあった。


悪魔にも目をつけられることは、漆黒の戦士にとって不味い状況ではないと考えたが、それは間違いだとすぐに気づいた。


天使とは違い、悪魔どもは人間をむさぼり食う。そして人間がこれから更に、強くなっていくことをまだ知らない。


ディリオスが介入する事で、自分の強さを証明するのなら問題ないが、悪魔から見れば人間全てが強いと判断した場合の事を考えると、計り知れない犠牲者が出る事は、簡単に知り得た。まだ能力開花中である者も多い、まともに戦えるのは極わずかしかいないのが現実である限り、強い人間ほど魔族の餌になると思った。


一番最悪なのは、悪魔の誘惑に屈する人間が出る可能性が高かすぎることが、何よりも恐ろしいと考えていた。そもそも同化の事を知らない人間が殆どであり、人間は精神の弱い生き物だと、不変の男はよく知っていた。刻々と決断を迫られているのは、天使と人間だ。それだけは確かな事実だと、彼は必然の帰結きけつを心で感じた。

 

 彼が決心に至った頃、情勢は徐々に天使勢が小さくなって押し込まれていきついには魔族たちが横に漏れ出し天使たちを囲みだした。明らかに今まで倒した魔物とは違い、大天使同様の強さを持つ悪魔が防衛に徹する大天使の周りを飛び回っていた。


悪魔たちの作り上げた巨大な球体に天使たちは囲まれ直線だけの攻防ではなくなり一気に押し出され魔族は天使の逃げ場を無くすように包囲した。そして空を飛びまわる魔の者たちを見て、武装化する前までが勝負だと考えた。ここでの自分の使命は、悪魔を消す事だと彼は決断した。


 

 ディリオスはこのままいけば大天使たちは壊滅し、第七位の天使たちが来る前に人間に大被害が及ぶとみて単身で一気に魔のバベルの中に突っ込んだ。

大穴に入る時、大天使の指揮官と一瞬だけ目が合った。彼が向ける眼には大天使への殺意は込めずに定めた敵へと視線をずらした。


 その行動を感知したサツキと悪魔の声からディリオスの行動を知った二人は、彼の信じ難い行動に集中せざるを得なかった。それとほぼ同時に、無謀すぎる戦いをせざるを得ない状況なのだと理解した。


 まずは雑魚を一掃するために、力をため込んでいた苦無を周囲に高速で飛ばした。そして“守護神の竜巻”を発動した。竜巻に巻き込まれるように飛苦無を己を中心にして斬り、刺し、殺しまくった。


下位の魔物や魔族は不意打ちを食らい、バタバタと本当の闇の穴底へと落ちていった。普段は苦無を繋いでいる合金鋼糸を彼はむちのように扱い、その速度は音よりも遥かに速く、超高速でいとも簡単に敵の頭部を弾けさせた。


彼は確実に一撃で倒す為、頭部だけに狙いをつけて鞭を勢いよく何度も振るった。射程内の悪魔を落とし終えると鞭を戻した。


 同時に飛苦無を“憤怒ふんぬの龍の雄叫び”にして悪魔の穴にいる悪魔どもを黒い龍で蹴散らした。そして魔のバベルからサッと出ると、”蝙蝠こうもりの舞”を念じて天使を取り巻く悪魔を、外周から螺旋階段のように崩していった。



 取り巻きにいない指揮系統の上位であろう悪魔に狙いを定めて、居合並みの速さで黒刀を抜いて他には目もくれずそのまま一瞬で首をはねた。猛る男は強い悪魔ばかりを狙っていった。


鋼の鞭をスルッと再び出すと、悪魔の体を縛りつけ、そのまま更に鋼の糸を瞬発的な剛力で引いた、バラバラになるその悪魔に目を向ける事もなく、抵抗力を失った合金糸を、大天使を狙う悪魔の翼をに巻き付けると、近くまでいきそのまま背後から黒い刃で心臓を突いた。


悪魔はディリオスが繰り出す黒い刀で、頭や心臓を一突きにされていった。吹き上げる赤黒い血が闇夜にとけて黒い血となって大空を染めた。漆黒の黒衣を纏った男は静かに大地に下りた。


大天使を取り巻く天使たちの様子を見て、無数の悪魔を刻んだ苦無を蝙蝠の型のまま闇に飛び去るように消していった。

全ての悪魔と天使は、その人間に圧倒された。悪魔の精鋭がその男に襲いかかった。悪魔の指揮官は止めようとしたが、恐怖に負けた焦る悪魔の耳には、その声は届かなかった。


漆黒の戦士は己の射程内に入ってきた最後の格上の悪魔を鋼で縛り付けそのまま下方に力を込めてバラバラにしてディリオスはそのまま闇に包まれた草木の中へ消えた。



 僅かな時間の間に攻勢であった悪魔と天使に、均衡をもたらして男は気配と共に消えていった。闇に強い殺気を放つ悪魔の指揮官は、ほんの僅かな時間で状況を一変させた一人の人間に恐怖を覚えた。


(アツキ。現状の戦力差はどうなっているのかサツキに確認してみてくれ)


(魔の穴の悪魔を一掃した後すぐにサツキから連絡がありました。現在は戦力面、敵数もほぼ互角のようです)


(わかった。俺も撤退する。お互いに戦力は相当低下しているだろう。どちらが勝つにせよ我々には関係ないはずだ。また何かあれば知らせてくれ)


(はい。わかりました。ゆっくりおやすみください)


 アツキと話し終わると寒気がした。強者が放つ強さが肌を刺した。

(ディリオスさま!)アツキからすぐに連絡がきた。伝えてきた内容は明らかだった。


(これは……天使の指揮官の力か?)圧倒的な力の前に魔族のものたちは散っていった。(そうです。格が違いすぎます。魔族の指揮官も変異するでしょう。狙い通りではありますが、八位の指揮官にこれほどの力量があるなんて想像していませんでした……)


ディリオスはアツキの言葉に疑念を抱いた。それは実際に対峙した時に想像していたより弱いと感じたからだった。

彼はレガの言葉を思い出していた。自分では気づいていないが、特別だという言葉を考え、アツキの基準で様子を見るべきだと判断した。



(やはり決着を見てからどうするか決める。一応、指揮官同士の戦いを見ることにする)


 圧倒されているアツキに冷たい風があたり冷静さを取り戻させた。冷静にディリオスは緑の中から見ながら、現在の現実と、今後の事を考えていた。


(もう少し強いのかと思っていたが、この程度ならまだ俺でも問題なく勝てる。俺が殺られるまでにお前たちを育てなければ……いや、俺は戦えなくなるかもしれないが死ぬことは許されてない。この作戦はしばらく使えそうだ。天使と悪魔が手を組むことは、絶対に有り得ないからこそ使える作戦だ。そこだけは人間と違って安心できる)


(人間なら共闘して俺を倒そうとするだろうが、そこに関しては絶対にないからな。奴らは今後、警戒を更に強めていくだろう。結果的には予想以上の収穫だ。強さを見せつけるだけで膠着状態を作り出せそうだ。そのためにも俺はこの後修業に戻る。出来る限り出てこずに、警戒してくれることを俺たちは願うだけだ)



 指揮官である大天使と悪魔の先には、お互いの目しか見ていなかった。魔族の指揮官は黒い翼が生えていた。武装化していない状態であったが、大天使はすぐには攻撃を仕掛けなかった。


雑魚を倒すために力を使っただけが悪かった。

一方悪魔はいつでも全力に持っていけた。


劣勢かと思われていた大天使の指揮官の強さは、他の大天使と比べて文字通り子供と大人ほどの差があった。その強さに天使軍の士気が高まった。共に部下たちが死闘を繰り広げる中を地上に下り立った。


その大きな白い体に噛み傷や肉を削がれた大天使たちしかいなかったが、魔族の指揮官までの道を開くため、天使たちは出来るだけ自分たちの指揮官の力を温存させるために、命という犠牲を払っていった。その甲斐あって荒ぶる戦場で二強が向き合った。


世界に二人だけしかいないかのように、二人の視線が外れる事は無かった。


 魔族は一瞬で天使の背後にいた。

すでに翼を武装化して、天使の足に五指が荒々しいイバラの手に変化して掴みかけた。大天使は即座に武装化した巨大な剣と盾にと防具に翼は変化し、その体に見合う程の巨大な剣で、その細い五本の指を斬り捨てた。


大天使は巨大な剣を軽々と振り回して、悪魔のイバラを切り刻んでいった。イバラの再生能力は非常に高く、切れた瞬間にすぐに再生させていた。

女指揮官のイバラは徐々に剣の間合いから外れていっていた。


大天使に気づかれた瞬間に十指のイバラは大きく弧を描くように大天使の背後に回り込み、無防備な背足に絡みつく前に大天使は突進した。剣は大地に突き立て、巨大な盾を前に出して、悪魔をズルズルと一気に厚い壁まで肩を盾に当てて、壁に押し当てた。


体の小さい悪魔の指揮官は隙間やくぼみから再び手足の指をイバラに変えて天使の指揮官の足や腕に徐々に這わせていった。ゆっくりと巻き付いついていくごとに、イバラがナイフで裂くように、白い巨兵の鎧を裂き生身の体を傷つけた。


刺さるだけなら耐える事は出来たが、ゆっくりと体中に流れていくイバラの数は数えきれないほどだった。一指だけでも何カ所もとげが出てそれが伸びるほど数も増していった。数十カ所を裂かれていく痛みに伴い、押し付ける力を弱くしていった。


体中にイバラはゆっくりと入ってきて、たまらず盾を押し付け、手放したまま距離を取った。すでに全身に近いほど至る所にイバラで浅く裂かれて血まみれになっていた。大天使は痛みに耐えながら剣を取りに戻った。一歩一歩走る度に血が噴き出した。剣を握り再び振り返った。


 魔の者は体中からイバラを出して、巨兵の完全に無防備になった背中を狙って大天使の股下をくぐり抜けて飛びついた。先ほどまでのような細いイバラではない、体から突き出た太いイバラが数カ所に突き刺さり、白い体を更に真っ赤に染めていった。


白い巨人は肩まで伸ばしているイバラの手を力任せに引っ張ると、力を込めてイバラの腕ごと握り潰して捨て去った。女の悪魔は耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴を上げた。


 そして盾の方向に手を伸ばして光の塵に変えた。その光は伸ばした手に引き寄せられるように体に溶けるように入っていくと全身の傷を癒していった。


 大天使は股下からその巨大な血まみれの手で、両足に巻き付いたイバラの足を両手で引き剥がすように力を込めた。力を込めるごとに鮮血が滴り落ちた。真っ赤に染まった大地に赤い水溜まりが出来ていた。


股下から覚悟を決めて力の限りイバラの太い両足を、引っ張りだした。

背中には深い穴が幾つもあり、そこから多くの血が流れ落ちていた。出血多量で足取りはおろか意識も飛びそうなほどであったが、今度は剣を光の塵に変えて背中の傷を治癒していった。


傷は塞がったが、出血が酷く、いつ倒れてもおかしくない程の状態であったが、イバラの足を握ったまま地面に何度も何度も悪魔の体を叩きつけた。小さな女の悪魔は何も抗う術なく叩きつけられていた。


大天使は高く飛び上がると、イバラの足を強く握りしめて、すでに緑色の茂みがなくなり固くなった地面へ力の限り打ち付けた。イバラの両足はその勢いで引き千切られた。悪魔は悲鳴も叫ばず、意識がないようにぐったりと倒れていた。


大天使は両の拳で手足を失った悪魔の顏と、体を掴むと頭部を引き千切ろうと力を込めた。大天使の背中から力を込める度に傷口が開き、血が噴き出した。大量に出血して今にも倒れそうにぐらついた。

再び手に力を込めてねじ切ろうとした。


 勝利することが目的であり、そのためなら命をいつでも投げ出すほど意思は固かった。

 悪魔のイバラは手足だけでなく胴体からも出していた。大天使の手には穴が見えるほどであったが、再びその太いイバラを出した体を掴み、力の限り強く握りつけた。


 ディリオスは大天使の背後からそれを見ていた。(決着の瞬間がくる!)

どちらもが最後の攻勢しか選択肢はないと。

進む道は何が起ころうとも、それしか選択できない死闘への道。

 

死への恐怖を克服した眼には光が宿っていた。己は尖兵せんぺいであって命のことなど口にもできないほどの存在であることは、天魔の決戦が起きた時から知っていた。


 悪魔は最後に残された腕から草むらに隠すように、己の緑を這わせていた。最後の力を使って五指を高速で大天使の背後から頭部を破壊させようと、五指を同化させて強烈な一指にした。


両手に全ての力を集めたその白い巨人の拳に力を集中させていたため、りきんだだけ力では刃を止めることが出来なかった。大天使は両手で防具をまとった悪魔の頭ごと砕こうとしたが、ヒビがはいるビキビキとした音が聞こえるだけで、すでに力尽きようとしていた。ディリオスは大天使の背後からそれをずっと見ていた。


(やはり力を使っただけ僅かに及ばなかったか。大天使の命が尽きる事を自ら知りながら、最後まで諦めず善戦したことに敬意すら感じた)


 悪魔は天使の背後に伸ばした五指を一指として一撃でめるため、後頭部に突き刺して頭の中で、五指を広げた。白い頭部が吹き飛んだ。大天使はそのまま両膝を落とし倒れた。その光る両手には悪魔の首と、頭が引きちぎられていた。


(相討ちか!! 敵ながら見事な戦いだった。指揮官が共倒れしたなら、ここにいる意味はない。俺は撤退する)

ディリオスは強さはどうあれ、その使命感に感銘を受けた。


(はい。わかりました)


皆が本気で最後の最後まで命を懸けて、使命感から来る執念に、改めて命を懸ける意味を知ったアツキは身体が熱くなるのを感じた。


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