第十一話 天のバベルの塔


 ディリオスは一人で精神を集中して神経を尖らせて考察していた。

 


(己が殺したのは百体程度だ。数万や数十万こようがあの雑魚どもなら、我らが犠牲となれば倒せる。だが、ここで我らが死ぬわけにはいかない。出来る限りは相殺させて我々はもっと格上の奴らを倒さねばならない。やはり天使と魔族の争いを見てから動いたほうがいいな。



奴らには互いに我々とは違う使命がある。

そのための戦いに我ら部外者が乗り込むのは無意味でしかない。

ドークスが動く覚悟で関所に兵を籠らせた。

松明や人の気配も全て消した。

天のバベルの位置次第だが、流れをみて指示を出して、ここをレガと千三百名の兵士に守らせ、俺はミーシャの元へ行かねばならない)



 研ぎ澄まされた彼の身体が何かを感じた。彼はすぐに城壁に行ける位置で待っていた。凍るように冷たい石の階段を駆け上がり空に目を向けた。

彼は思わず息を呑んだ。



エルドールの東関門の影に、御庭番衆たちを配備していた。

その東関門からほど近い場所から怒涛どとうの勢いで天を埋め尽くす速さで、光の塔から絶え間なく数を数えることさえ許されないほどの無数の光る者たちが、何かから開放されたように噴き出していた。



まるで水源を当てたような勢いで、際限なく天使が天空を埋め尽くしていた。すでにエルドール王国の上空だけでなく大陸全土に、光る巨大な龍がうねりながら天に昇るように見えた。それも一本ではなく十数本に分かれながら一気に大陸の暗い空を光で埋め尽くした。



夜空は消えて、光輝く天使がホワイトホルン全土を光で照らした。

さらに幾重にも重なるように重なりあいながら、天を隙間なく埋めていった。

ディリオスには闇を敵視して、様子を見ているように感じた。

夜明けよりも明るい光る空が、果てしなく続いていた。



ディリオスはそのまま待機するよう合図を送った。事前に身体能力上昇や特殊能力に目覚めた場合などの合図を決めていた。

 

アツキとサツキから身体能力上昇の合図がほぼ同時にきた。

両者とも身体能力上昇とは何かを初めて知った。



 冬の季節の寒さが嘘のように、冷えた体が熱さに支配されているような感覚が、体の芯から溢れてきた。


気配を絶つことに集中しないと暴れ出しそうなくらいの何かが、身体の中に何かいるようだった。


何度も合図すると気づかれる恐れがあるため、最初は十人の身体能力上昇で先を燃やした木の枝を炭火にして、その先端で一瞬だけディリオスの方へ上げてそれを合図とした。

 

 サツキとアツキは壁内の影に潜んでいた。関門の城壁内にいるかれらを見つけるのは不可能に近かった。


ディリオスは己を基準として自分が夜眼を使っても一瞬見た程度なら、見落とす位置から合図を送らせた。


用心に用心を重ねても足りない相手だと、決めつけていい未知の相手だったからだ。

合図も最初は十人で次は三十人、三回目の合図で全員の身体能力上昇開始とした。そうして見つかる危険度も考えられるだけ下げていた。


ディリオスと共にいたギデオンたちも汗が噴き出していた。

彼に気配を少しずつ落とすよう呼吸を整えさせた。



 ディリオスがこれまでの人生において、これほど警戒した経験はなかった。

父王オーサイは自分がディリオスに何もかも押し付けたから、彼の勇名は大陸全土に轟いた。


だが、それが気に入らなくなり排除の対象と見られだした。家族とは呼べない誰も彼もが嫌い合う四人であったが、彼を排除する事に関しては父と母は協力関係にあった。


そのためいつ殺されてもおかしくないのが日常であり、日々警戒して生きてきた。

ディリオスは魔のものと戦った。だから強さの程の予想はしていた。

魔物だろうと天使だろうと倒すことが可能だと知っていた。



しかし、常に非常事態に対しての対策は幾つも考えていた。奇しくも両の親から命の守り方を幼き頃から自ら考えてきたものが、ここで活かされた。



 特殊能力と違って、身体能力上昇は個人ごとに強弱はあるが、必ず地上の神の子であるものたちは得るものであったため、ひとまずは全員の身体強化が発揮されてから動くことにしていた。


しかし、身体能力上昇でさえ安定させるまでは動けない事を知り、

当初の予定では、特殊な能力が発動した場合は、闇に紛れてヨルグの用意した地下の大部屋へ行くように決めていたが、身体能力上昇だけでも急激に身体への負担がかかり戦うどころではない事を知った。



 ディリオスの予測を元にその地下にある道筋への影道は、急遽きゅうきょ作られた簡素なものであったが、本来の人間としての力をすでに最大限に引き出していた者たちの身体強化が呼び起された場合に、何が起きても安全を守れるよう想定外を想定して作られた黒く着色した板を隙間なく壁に立て掛けたものだった。



目で十分に見える位置に高々と光りを発する塔がたっていた。

アツキが魔の穴の大きさの話をしていた通り、天の塔では地上にある塔の幅は刃黒流術衆の領土より確かに広かった。

城壁にある物見塔から見れば手前は眩しすぎて見ることは出来なかったが遠い奥行は見ることができた。

その半径から塔の大きさは容易に測ることはできた。



光の塔からは光り輝く両翼を持った天使が止めどなくまだ出続けていた。空は晴れた朝の太陽よりも眩しいほどの光を放ち、闇を埋め尽くしていた。何体とかの次元ではなかった。



それを見たディリオスは、ベガル平原の犠牲は予想よりも遥かに多いのだと気づいた。彼は様子を確認して、すぐさま再び身を隠した。

そして、待機し様子見の時の合図を城壁の影にいる仲間に送った。

暗闇を払った天使の軍団はまだ塔から続々と出てきていた。



 ディリオスは無数の天使を見て絵巻物を思いだした。

各位で一番強い天使が、それぞれの階層を守っていると書いてあったが、これほどの数の天使を門番である真の統率者一人だけで仕切れるものではない。副官が必ずいるはずだ。


そして絵巻物には門の鍵とは、その階層の指揮官の命を以て鍵とするとあった事を思い出した。


そう思い、無数の天使の動きに目をやった。

しばらく見たが縦横無尽に動いているようにしか見えない中で、一軍団がそもそも人間の数とは違いすぎるため見落としていることに気がついた。


軍団ごとの数を数えることは出来なかったが、確かに一人の天使を先頭にしてそれに続いて飛行していた。

重なり合うこともあるため一見いっけんした程度では、気づけないが統率が取れていることに気づいた。


 ディリオスはなんとか身体の変化に耐えていたが、この状態で気配を消すことは難しいと考えた。

サツキとアツキに全ての者たちを地下の大部屋へ行かせるよう命じてディリオスは徐々に制御でき始めていたので一人で残ることにした。


両者とも了解の合図がすぐにきた。やはり耐えきれない者が多いのだと判断した。

自分につけた十名は、ギデオンを筆頭に精鋭たちであった。それだけに身体能力上昇の勢いが止まらず気配を消す余裕が無さそうに見えた。

今見つかるわけには絶対いかない。


 ディリオスはギデオンに地下へ行ってしっかり安定してから戻るように、小声で告げた。頑固な人間なら大丈夫というところだが、今の状況で仮に耐えられなくなった場合、一人が全体を乱すことは絶対にしてはいけないと判断し、すぐに地下に行くと答えた。


意味を成さない誇りより、即座に正解を導きだしたギデオンにディリオスは頼りになると心から思った。

小さな己の自負心より大局をしっかり理解していると。


漆黒の将は、身体能力上昇がまだ起きていないのかと思わせるほど冷静だった。実際は光の塔が出た瞬間から感じていた。

ディリオスは総指揮官として、皆に指示を出さねばならなかった。

その命懸けの使命感から徐々にではあるが、上昇する力の制御ができ始めていた。

体の中で幾千ものメトロノームが同調していくような感覚だった。その体内の同調が終えた頃には、熱された身体が再び冬の寒さを肌が感じ出してきていた。



 天使の動きに変化が起こり出した。縦横無尽のような動きをしていた天使の部隊が合流し始めた。数十軍団ほど合流したあと、大きく上昇してネジのように回転しながら地上へ向かって突進してきた。


ここからは見えないがディリオスはすぐに魔のバベルの塔はあそこにあると判断した。天使たちは地上の一点目指して光る大蛇のようにうねりを上げて魔のバベルに突っ込んだ。


彼の位置からは見えないが、変化がないかずっと見つめていた。天使を邪魔だと言わんばかりに邪悪な者たちは天使に呼応するように、魔族も目視できるほど飛び出してきた。


天使を押し上げ、魔の穴へ入ってきていた天使は徐々に押し負けるように、魔族が天使を魔穴から押し上げていった。

ようやく彼の目にも、情勢が見て取れるようになった。天使が圧倒的に押されだしていた。


先ほどまではベガル平原のどこかだとしか判断出来なかったが、魔族が天使を押し上げたおかげで、おおよそではあるが場所は限定できた。

神木の森で倒した魔物たちから場所は予測していた。



そして予期通りの戦いが始まった。戦いは激しさを増していき、空中で無数の天使と魔物がぶつかり合った。

ディリオスの目には白と黒の点が見える程度ではあったが、大局を判断するにはそのほうが分かりやすかった。


ほぼ互角の攻防を見て彼は不信に思った。天使の軍勢のほうが多いはずなのにという疑念が寒さを忘れるほど不思議だった。


 空中を埋め尽くす他の天使軍は押し上げてくる魔物の横腹に、食らいつくように突っ込んだ。

その反対に位置する側腹に、更に他の天使軍が槍で突くように襲い掛かった。

大河のように大きな魔族の柱は両脇から襲われ、二つに分断された。

上昇していたほうの魔族は天を舞う天使たちに、囲まれ逃げ場もないまますぐに消滅した。


両軍が水しぶきのようにぶつかり合い弾けていった。止むことのない血の雨が降り続けていた。生と死を懸けた死闘が絶え間なく続くのを見て、強さに関係なく命を使命の為に投げだせる天魔との争いは出来る限り抑えなくてはいけないと強く感じた。


 命が安く見えるほどの大軍勢同士の死闘が休むことなく続く中、

魔の穴からも天使と張り合うほどの数が途切れることなく出てきていた。

(我らの祖はどうやって戦ったというんだ?)

今は身を隠すべきだと思い天魔の激闘を、石の隙間から見ていた。

待機の指示を出していたのに、サツキが何故か隠れながら石段をのぼって来た。


「どうした?」それしか言葉は出なかった。サツキ自身も何故か興奮していた。

「サツキ! 何があった?」ディリオスは小さな声だが強く呼びかけた。彼の言葉で我に返ったように彼女は言葉を発した。


「能力です……例の特殊能力だと思います」ようやくサツキは震えるような声でいった。

「どんなものなんだ?」ディリオスはサツキに尋ねた。


「身体能力は大幅に更に上昇中です。ディリオスさまの身体能力上昇があまりに凄いので動揺してしまいました。それが今の私にはわかります。私の特殊能力はおそらく察知能力に関係しているのだと思います」


サツキは続けて説明した。


「あの天使や魔物の強さが手に取るようにわかります。あの天魔たちはただの尖兵で最弱のようです」ディリオスはこたえようが無かった。


「今出ている天使や悪魔には副指揮官のような統率者がそれぞれいます。ですが両軍の一番強い統率者に動きはありません。

指揮官は動かずに、命令を副官たちに出しているようです。


天魔どちらの塔からも単体でそれぞれ部隊を率いる隊長のようなものに、指令を与えています」サツキの話を聞いているうちにディリオスは気づいた。


「これか……確かに身体能力が以上なほど高くなっている」

 サツキはこたえた。


「はい。ディリオスさまの発動は我々御庭番衆とそれほど時間的には差はありませんが、上昇速度は異常なほどの速さで差は開くばかりです」

今まで重さを感じていた重装備がまるで羽のように軽くなっていることに冷静さを取り戻して気づいた。


「ディリオスさまの特殊能力はどのようなものですか? 兆しは何かでましたか?」彼はサツキを見て尋ねた。

「何故わかった? 俺は今気づいたがサツキの察知能力の一端でわかるのか?」

サツキは黙って頷いた。






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