化け事

 男の名は、茶太郎。呼び方は“ちゃたろう”だ。

 薄紫色の長髪で蒼玉色の瞳。青紫色の無地単衣の着物と灰色の帯。白足袋を被せた足に、灰色の草履を履く。

 生業は“捕り物”で、悪事を働いた“モノ”を取り締まるのが、主な任務。役職は“与力”で“同心”と呼ばれる部下を、5人従えている。


 茶太郎は“奉行所”の会議室にて、人に化ける“モノ”の事案に於いての会議を、部下の“同心”達と開いていた。


「親方。本来ならば“御用聞き”は、あっしら“同心”の下位者でやんす。でも、でも。あっしらを通り越して直々の“御用聞き”が、親方に就いている。あっしらは、お役目ごめんでやんすね」

 “同心”のひとりが、荒らげるさまとなった。


「よさんか、平太。だんな、はなしば、つづけなっせ」

 国なまりの“同心”が、平太と呼んだ“同心“の頭髪を掴み、顔面を畳の上に押し付けた。


「兄貴、平太は暴言を吐くような奴じゃありません。ですが、此処数日の平太はどうも様子がおかしい。顔つきに気付かれていますよね」


 ひとりの“同心”の言葉に耳を傾けながら、場を見届ける茶太郎は瞳を閉じて「むう」と、鼻から息を吐く。


「勝五郎、彦一」


「へい、茶太郎さん」

「呼ばれましたか、兄者」


 茶太郎は“同心”のふたりを呼ぶ。すると、ふたりは相槌を打つ。


「良い返事だ。キミ達は“自身番”に戻り、町の見回りをしなさい。だが、怪しい“モノ”を見つけても、ひとりで対応するは止しなさい。ふたり1組の体制を、必ず行いなさい」


「がってん」

「御意」


 茶太郎に、勝五郎。そして、彦一と呼ばれた“同心”は威勢がある返事をすると、会議室をあとにした。


「だんな。平太への戒めは、どぎゃんすっとね」


 国なまりの“同心”は、平太を取り抑えていた。平太は畳に顔をへばり着けて「うう、うう」と、唸っていた。


「止しなさい、照斗(しょうと)。平太が窒息してしまう。葉之助(はのすけ)、平太に“睡の術”を施しなさい」


「承知、兄貴」

 茶太郎に葉之助と呼ばれた“同心”は「すっ」と、起立をすると平太へと歩み寄る。


 ーー術、睡投入……。


 平太の頭を抑えていた、照斗の掌が離れる。すると、葉之助は間、髪を容れず平太の後頭部を指先で捺して“術”を詠唱するのであった。


 そして、平太の身体は「がくっ」と、畳の上に落ちて「すう、すう」と、寝息を吹く。


「あくしゃば、うたせやがって。だんな、あた、たいがな、あまか。おどんは、おどんはーー」

「照斗、癪だろうが辛抱しなさい。葉之助、平太に施した“術”の効き目は、どうなのかい」

「手加減はしました。平太は“邪”にとりつかれた、かもしれません。念のため、診療を受けさせましょう」


「……。照斗、納得したかい」


「だんなは、おどんたちにいつも腰を低くした物言いをしとる。そっだけ、だんなはおどんたちば、大切にしとる。そぎゃん、あたに、平太は牙をむけたと。そっでも、だんなは平太を赦す。だんなは、まっで、お天道様ばいた」


 照斗の目に、うっすらと涙が浮かんでいたーー。



 ***



 茶太郎は、平太に静養を取らせることにした。

 役目への復帰は、完全に回復させてから。


「親方、あっしは此処にいても良いのですか」


 平太は“奉行所”宛てに長期休暇の申請書を提出すると、隣にいた茶太郎に申し出た。


「平太、案ずるのではない。自分の身体を優先にしなさい。私は、待つ」

 茶太郎は“奉行所”の玄関を出て、平太を見送った。平太は、何度も歩みを停めては茶太郎へお辞儀をしていた。そして、茶太郎も手を振っていた。目尻を下げ、口の端を緩めて。茶太郎は平太に穏やかに、優しく視線を向けていた。


「へ」と、嘲笑いが聞こえた。茶太郎は「はっ」と、怪訝なさまとなり、背後へと振り向いた。


「こそこそと、人を冷やかしやがって……。」

 不意討ちをつかれた。と、云わんばかりの茶太郎の後ろに居たのは、作蔵だった。


「怒るな、茶太郎。で伊和奈が掴んだ情報を、知らせに来たのだ」

 作蔵は「にっ」と、歯を見せた。


「そうか。伊和奈様は、無事だったのだな」

「『大富豪ばかりが住んでいる地域では、どいつもこいつも派手な着飾りだった』と、な」


「……。伊和奈様の、訪問着姿が断然、美しいに決まっている」

「『振る舞われた飯も豪華だった』だとよ。土産も持って帰ってきた。折り詰め箱は桐で出来ていて、しかも5箱だ。1箱、1箱の中身が凄かった。伊勢海老に鮑。鯛の尾頭付きに、松茸が原形のままでのご飯。栗をまるごと、こし餡と餅で包んだ菓子も入っていたな」


「伊和奈様は、さぞかし満足されただろう」

「おまえにもやる。家に帰ったら、あじわってくれい」


 会話がいまいち噛み合ってない。食い意地が張っている作蔵。一方、茶太郎は所々で何かを意識しているような、物言いをしていた。


「伊和奈様からの、手土産。勿体ないであるにうえ、食べるのが惜しいが賞味が損ねられるのは避けたい。有り難く、食致す」

 茶太郎は、作蔵より中身が入っている紙袋を受け取り、持ち手を掴んだ。


「閑話休題。場所は【金平きんぴら】地区。其所を窖にしているのが化ける“モノ”だ。茶太郎、あんたが警察庁から受け取った、人に化けている“モノ”と一致していれば良いけどな」

 作蔵は、腰に締める黒の前掛けのポケットから1枚の写真を抜き取り、茶太郎へと翳した。


「贈収賄。人は『化けた“モノ”』がやったことだと、しらをきる筈だ。作蔵、貴様には詫びなければならない。人は“化け”になっている。しかし“蓋閉め”をするのは、変わらない。頼む、作蔵」

、あんたが御用する。任せたぞ“影切り”よ」


「ああ。宛にするぞ、


 茶太郎と作蔵は拳と拳を合わせると、互いの腕を絡ませるーー。

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