御用聞き

 年々と、民の暮らしが渾沌となっている。

 “モノ”の暮らしも、同じく。


 ーー何故、罪を犯した。


 御用となった“モノ”を拷に掛けるのに、男は決まって口を突くーー。



 ***



 時代はやや古くさく、なんでもあり。

 人と“モノ”の共存。人と同じく、善良で勤労な“モノ”も存在している。


 悪事を働くのは、化ける“モノ”だけではない。

 人も罪を犯す。だが、男は“捕り物”であるにもかかわらず、人を取り締まれない。人を取り締まるのが警察庁。一方“モノ”の管轄は“奉行所”となっている。


 警察庁は“モノ”によって発生した事案を“奉行所”に申し送りする。一方“奉行所”も同等に、人の事案を警察庁に押しつける。


 此方が、説明するのに面倒臭い。


「うるさい」


 あ、男に蹴られてしまった。わかった、あんたのことは名前で呼ぶもんね。

 男、茶太郎は“奉行所”にいた。何をしていたかと言うとーー。


 〔人に化けた“モノ”が悪さをした。だから、そっちで対応してね〕


 “奉行所”宛に、警察庁からの申し送り書。内容は理解するが、茶太郎は文面に苛立った。


 ふざけやがって。


「兄貴、落ち着いてくれい」

 部下の同心は、茶太郎が書を破ろうとしているので、慌てて止めに入ったのであった。


「……。作蔵、頼み事がある。勿論、報酬はある。詳しくは“奉行所”で説明する」


 茶太郎は、送られてきた案件は“蓋閉め”の作蔵が必要だと判断した。そして、固定電話の受話器を握り締め、外線の番号を入力すると電話を取った作蔵と通話をしたーー。



 ***



 茶太郎は“奉行所”に喚ぶ作蔵を、会議室で待っていた。

 “奉行所”の会議室は畳敷きで、広さは12畳。中央に長方形の木目調で漆塗りの座卓が1台。

 内装は和室。しかし、会議室だ。床の間をホワイトボードが塞いでいた。


 ーー兄貴、作蔵さんをお連れしました。


 閉じる襖の向こう側より、茶太郎を呼ぶ同心の声が聞こえた。


 茶太郎は「来たな」と、襖の敷居を跨ぐ作蔵を呼ぶ。


「手短に“内容”を説明しろ」

 精悍なさまの作蔵は、備え付けてある座布団に「すとり」と、腰をおろす。


「此を、見たまえ」

 茶太郎は、ホワイトボードへと流し目をした。


「……。1匹の化ける“モノ”を御用するのに、大掛かりな段取りだな」

「人に化けるのは、化ける“モノ”の中でも強い通力を備えている証。作蔵、おまえは“蓋閉め”だから、其処は見抜いた筈だ」


「人が承知の上で化ける“モノ”に“象”を化けさせたのなら、人も同じ穴の狢。時間が経つと人は“化け”と変化する。茶太郎、化ける“モノ”の“影切り”はあんたが、俺は人に“蓋閉め”をする。手遅れになる前にな」

「人の裁きをするのは“奉行所”ではない。私も“化け”になった人を拷にかけたくない」


「茶太郎、今回の報酬はしっかりとしたヤツで支給してくれ」

 作蔵は、ホワイトボードに記された図式と文面を“複写の術”で藁半紙に写すーー。



 ***



 化ける“モノ”を御用にするには、入念に調べ挙げなければならない。


 “蓋閉め”は、依頼者からの依頼を成立させなければ動けない。よって“捕り物”は“蓋閉め”に捜査の協力の依頼をしなければならない。


 奴が“捕り物”の人材でないことが惜しい。奴は組織に付くのを嫌がり、政府非公認の“蓋閉め”を生業にしている。ただし、ひとりで請け負ってはいない。


 奴には、相棒がいる。身の回りの世話、仕事の補助をこなすひとりの女性がいるーー。


 茶太郎は甘味処にいた。

 和装姿の男がひとりでテーブル席に腰掛けてフルーツパフェを食している光景は、他の客からしてみれば興味と困惑の眼差しとなるのは当然だろう。


「其処の女子、レアチーズケーキを頼む。珈琲もだ」

 茶太郎は店員を呼び、品を注文する。

 店員は怪訝なさまとなりながら「畏まりました」とお辞儀をして、厨房へと注文を受けた品を申し送りに行った。


「あ、茶太郎だけずるい」

「席に着きたまえ。そなたも好きなだけ注文をするのだ」


 他の客は「なんだ」と、云わんばかりの反応をした。男、茶太郎は人を待っていた。しかも、女性だ。


「抹茶タルト、抹茶ロールケーキ、かんざらし。飲み物は冷やし抹茶」

 女性が、顔をほころばせながら次から次へと品を注文する。


 とこで“かんざらし”とは、なに。


「某地方の甘味物だ。小粒な白玉団子数個に糖蜜がさらりと掛かる涼しげな盛り付けで、食は喉ごしが爽やかだ」

 茶太郎はレアチーズケーキをフォークで切り、台となっているクッキーの生地ごと掬うと「ぱくり」と、口に含む。


「……。此処のお店には“モノ”も働いているよ」

「流石、伊和奈様。目利きが優れておられる」


「と、いう話しをする為に、わたしを此処に来させた」

「伊和奈様。作蔵から許しを得てるが、あなたからの正式な同意の証を得たいと申し上げる」


「心配しないで。潜るのは、の頃から慣れっこだから。あ、其処の女子さん〈マンゴー、パパイヤ盛り放題パフェタワー〉をお願いね」


 茶太郎に伊和奈と呼ばれた女性は、注文した甘味物を完食すると、追加注文をしたーー。

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