知恵廻し

 手と足、目と耳。

 触れる、視る、聴く。


 ーー直行動をせずに、何が掴める。


 “蓋閉め”の存在は、我の心に風を吹き込むーー。


 ***


 場所は、高級住宅街地区。建屋の外装は、その通り豪華が目立つ。


 ーー化ける“モノ”が窖にしている。


 茶太郎は“御用聞き”が入手した情報をもとに、化ける“モノ”の居所を突き止める。


 主犯は人だが実行は化ける“モノ”だ。犯行の打ち合わせの場所は住居内だと“御用聞き”は付け加えた。


 どっしりとした門構えに大理石の表札。煉瓦積みの塀の隙間より見えるのは、聳え立つ豪邸。例えるならば、バッキンガム宮殿。


 居住者は何名で、家に関して出入りする者の数は。化ける“モノ”は、今此所で何をしているーー。


「何の用ですか」


 “家”に関係あるもの、ないものを識別するのは当然だ。茶太郎は、後ろの正面にいて訪ねをする声で覚るのであった。


「私の趣味は写真です。とても誇らしげで、美しい建築物を撮影しております。ただし、家主の許可無しでシャッターを押すのは礼儀に反する行為ですので、ここは通り過ぎることに致します」


 茶太郎はインスタントカメラを抱えていた。

 嘘も方便。茶太郎はもっともらしい口実で、場を取り繕うをした。


「『誇らしく』て『美しい』ですか。強欲で創られた表れを甘美だと、云うのですか」


 学童期だと思われる男子がいた。しかし、容姿と違って何処か引っ掛かる物言いをする。茶太郎は直ぐに違和感を覚えた。さっと、尋問をしたいが素性がわかってしまう恐れがある。


 目の前にいる人が、化ける“モノ”だったら……。

 茶太郎は見上げる。太陽を覆っていた雲が、東から吹く風に乗ったかのように拭われている。だとしたら。と、茶太郎は今度は地面を見下ろすのであった。


 ーー視、覚影……。


 茶太郎は、人が落とす影に目を凝らす。蒼玉色の瞳で人なのか、化ける“モノ”かを鑑識する通力を、茶太郎は発動させる。

 そして、この者は……。影の象りはあっても、灰色の斑がまぶされている。虚しくも、人ではない。と、いう証を表していた。


「……。家主には色々と世話になっています。食に寝床と、恵まれています。しかし、家主の代わりを務める仲間がいる。あなたのような方がそろそろ来るのではないかと、仲間内では囁いていました」


 “モノ”の方が上手うわてだ。いや、単に賢いのだ。生きるための知恵を働かせ、人に取りつく。

 “モノ”の視点での解釈で、決めてはならない。


 ーー強欲で創られた表れを、甘美だと、云うのですか……。


 “モノ”は、苦しんでいる。人に取りついときながら、良心の滑車が動いている。


 ーー家主の代わりを務める仲間……。


 人の家で、仲間と共同生活をしている意味だろう。そして“モノ”達は、汚れた事だと解っていても、人に抵抗が出来ないでいた。


 化ける“モノ”がずる賢いではなく、人が悪どい。人が化ける“モノ”の弱味を握り、利用していた。


 茶太郎は息を整える。人に化けた“モノ”の言葉を咀嚼する。仲間の“モノ”は、あと何個。人から罪を直接被せられた、或いは此から被せられる“モノ”はーー。


、危ないですよ。今から、仲間が出掛けます」


 豪邸の、正門の扉が開いていた。造りは木製で内側へと開いていた。すると、光沢で黒塗りの高級車が、茶太郎の右をゆっくりと走っていた。


 運転席は、左ハンドル。運転手は横顔であったが見えた。同乗者は、後部座席のドアガラスが白の幕で覆われていて、姿をはっきりと捉えるが出来ない。


 何の用で、行く。そして、豪邸に入る為の扉は開いている。


 逐うにも潜入するにも“奉行所”が発行した令状がなければ動けない。

 出来るのは、指の関節を鳴らすことだけだ。

 冷静に。歯痒いが、冷静に。


 茶太郎は「ふう」と、息を大きく吐く。


「お兄さん」

「どうした、わらべ


「僕は《花畑》に行った、家主の子供を象っている。随分前に、遠い年月前に逝った子供をだ。どう、思う。お兄さん」


「……。私を“影切り”と、見抜いていた。童よ、キミはどうしたい。どう、ありたい」


 “モノ”は、人から哀しい事を押し付けられていた。解放されたいと、遠廻しに云っているようなものだ。


 影は斬れる。しかし“モノ”の虚しさは、斬れない。


 また“蓋閉め”を宛にしなければならないーー。


「失敬、言葉を誤ってしまった。童、キミは苦しい事実を私にうち明かした。キミが願う事を叶えたいが、それは此所から離れるを意味する。その覚悟は、十分にあるのかい」

 優しく、穏やかに。茶太郎はゆっくりと言う。


「仲間達が、僕に続くきっかけにしたい。ただ、何個かの仲間はたぶん……。」

「袂をわけてしまう。そう、恐れているのか。解った、キミが悩むことはない。童、今は自分を優先にしなさい。私が、キミを護る」


 茶太郎は子供の姿を象る“モノ”と視線を合わせる為に、腰を下ろして膝をつく。そして、甘栗色の頭髪をそっと手櫛するのであった。

 茶太郎の手の甲に小さな両手が被さった。ふわりとした、子供の軟らかい肌。そして、ぬくもり。化ける“モノ”が象らせていることが、実に惜しい。

 直ちに“モノ”を、保護しなければならない。苦痛だと感じている環境から引き離す。緊急性があると、茶太郎は判断をした。事案に関わっている、参考“モノ”としてではなく、保護の対象としてだ。


「付いてきなさい」

 茶太郎は男子を象る“モノ”を抱え、煌びやかな居住区の路を駆け足で抜けたーー。

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