第2話 初代勇者。名をアーサー



「あー疲れたー」叫びながらソファーに倒れ込んだリュミエール。金貨を溶かしたような髪が若干乱れている。アンナ、アサド父娘を南の魔王エリュテイアの元へ飛ばした。教会の連中が村人から話を聞いて此処へも足を伸ばすのは目に見えている上、段々と多数の足音が近付いていたのも気付いていたシルヴァは、敢えてこの場を離れなかった。リュミエールにもずっと草原で遊んでいた風を装えと指示。場の雰囲気に馴染みやすい彼はすぐに従った。

 白装束を着た教会の者が五人、険しい顔つきでシルヴァ達の前に現れた。村に人間の皮を被った魔族が潜んでいたこと、一緒に住んでいた女の子と突然消えたことを聞かされると初めて聞いたと演技をした。勿論リュミエールも。彼等の名前を聞くとリュミエールが教会関係者に突っかかるも、静かにしろとシルヴァに拳骨をくらった。地面に埋まったリュミエールを気にせず、話の続きを促した。彼等はドン引きしつつも頷いた。

 シルヴァとリュミエールにも同じ検査を受けてもらうと。素直に従った。言われた通りの手順で検査を受け、二人とも人間だと判断されると教会関係者は村へ戻って行った。

 姿が見えなくなるとすぐ様シルヴァはリュミエールを地面から引っこ抜き、脇に抱えて村へ入り、屋敷に戻った。

 ソファーの柔らかな感触を堪能するリュミエールを視界の端に入れつつ、棚からポットを出したシルヴァは蓋を開けた。何もない空間を裂いた。綺麗な水がポットへ流れていく。加熱せずとも安全に飲める川と空間を繋げて水を入れているのだ。一定量注ぐと空間を閉じ、コンロの上に置いた。火の魔法でポットを温めながら、次に食器棚からティーカップを二つ用意。次に別の棚から紅茶の缶を持ち出した。南の大陸で好んで飲まれる紅茶で顔を出せとうるさいエリュテイアがよく出していた。

 飲みやすく、お子ちゃま舌なリュミエールでも飲めるだろうと準備をしていく。

 

 

「ねえねえシルヴァ」

「なんだ」

「アンナ達大丈夫かな? 無事でいられるかな?」

「問題ない」

 

 

 人間好きを公言する変わり者の魔王エリュテイア=クルスニクからの連絡は未だなくとも、2人が南の大陸にある魔王城に着いたのは、飛ばしたシルヴァがよく分かっている。その内連絡が来る、待っていろとリュミエールに背を向けたまま言う。背後から、不貞腐れた気配を感じ「今日の夕飯は何がいい?」と問うた。食いしん坊なリュミエールはすぐさま食い付いた。

 

 

「ハンバーグ! すごくおっきいの!」

「またか? 一昨日も食べていなかったか?」

「いいじゃんか! ぼくは早く大きくなりたいんだ!」

「時間が経てば、生物は皆大きくなる。急ぐ必要がどこにある?」

「シルヴァみたいに長生き出来る種族じゃないの人間は。ぼくは早く大人になってシルヴァと一緒にいたいの!」

 

 

 自分が何故魔王に育てられているのかを忘れたリュミエールの発言。無邪気に慕ってくる様は、何故かあの男を思い出させる。金貨を溶かしたような金糸と瞳はあの男と一緒だった。

 手際良く紅茶を淹れたシルヴァはリュミエールにカップを渡した。

 

 

「熱いからな。気をつけて飲むんだ」

「ぼくそこまでおっちょこちょいじゃないよ! あっつ!?」

「言ったそばから……」

 

 

 そそっかしく、言うことを聞くようで聞かない。リュミエールの世話をして何度途中で見捨ててやろう、殺してやろうと抱いたか知れぬ。それでも放棄せず、世話をし続けているのは彼の身に秘める膨大な魔力がいずれ自分を殺してくれる大きな力となるのを期待してなのか。シルヴァにも少し分からなくなってきた。

 座り直したリュミエールの隣に座ったシルヴァは、紅茶を飲みつつ金糸を梳くように撫でてやる。擽ったそうに目を細め、擦り寄ってくる姿は大きな猫のようだ。

 しばらくお互い無言のまま紅茶を飲んでいると――

 2人の目の前が捻ったように歪んだ。驚き、抱き付くリュミエールに「怯えるな。エリュテイアだ」と冷静に告げた。

 アンナとアサドを送った先にいるエリュテイアが遂に姿を見せる。

 歪み、縦に裂けた空間の向こうから、長い赤い髪をハーフアップにした派手な真紅のドレスに身を纏った美少女が現れた。

 赤い猫目が愉快気にシルヴァとリュミエールを視界に入れた。

 

 

「わしの根城にいきなり人間の娘と魔族を飛ばしてくるとは……びっくりしたではないか、シルヴァよ」


 

 美少女の風貌には似合わず、口調は古臭い。

 悪びれもせず「悪かったな」とシルヴァは言う。

 

 

「久しぶりに面白い者を見られてわしは満足じゃがの。魔族が人間の娘を育てていたとは。神ですら、予想していなかったろうな」

「さてな。連中にとれば、人間を育てていようが魔族という時点で排除対象だ。お前の所に飛ばしたのは、他に適した場所がなかっただけだ」

「うむ。わしは人間が好きだからの。……ところで」

 

 

 エリュテイアの赤い瞳がリュミエールを捉え、細められた。獲物を見つけた猫と瓜二つ。

 

 

「強力な神力を持った坊じゃの。いつ拾った?」

「7年前だ」

「というと、当時の勇者一行をお主が屠った年じゃな」

「同行していた聖女の腹に宿っていた」

「ぷ! あ、はははははははは! 聖女が子を宿していた? しかも、その子をお主が育てている? 何の冗談じゃシルヴァよ」

 

 

 笑いのツボに入ったエリュテイアは、腹を抱えて大笑いする。

 北・南・東・西・中央の5大陸に君臨する魔王の内、下僕も要らぬと孤独に生きる唯一の魔王。それがシルヴァ=ヒストリア。他の魔王は偶に連絡を取り合うだけなので互いの近況を知らない。1匹狼を気取る魔王が子供、それも殺した聖女の子を育てていると知ってエリュテイアが笑わないのはない。他の魔王でも大笑いするだろう。生真面目を体現した中央の魔王は、額に手を当てて呆れ果てるだろうか。

 一頻り笑ったエリュテイアは、瞳に浮かんだ涙を指で拭うとリュミエールを凝視した。すると、ほう? と呟いて細めた。獲物を捉える猫の鋭い視線にリュミエールは得体の知れない気配を感じ、シルヴァのお腹に抱き付いた。

 

 

「その坊……似ておるな。千年以上も前になるかの」

「……」

 

 

 エリュテイアの言う似ているのが誰か、シルヴァも知っている。さっき、自分自身抱いたことだから。

 

 

「面白いものが見れて良かったわい。これから更に面白くなりそうじゃが……わしが長く留守にすると、南の魔王城が心配じゃ。悲しいが此度は帰るとしよう」

「なんだ。居座る気だったのか?」

「うむ。わしが面白いことが大好きなのは、シルヴァも知っておろう? ……その坊、そっくりじゃな。アーサーに」

「……」

「アーサー?」

 

 

 ティーカップを持つ手に力が入った。綺麗に罅が走った。リュミエールの好奇な視線に構わず、ニヤニヤと愉快気に笑ってエリュテイアは同じ方法で南へ帰って行った。残った微妙な雰囲気。リュミエールはシルヴァのお腹を突いた。擽ったいと拳骨を落とした。痛そうに頭を摩り、アーサーという男性について問うてきた。

 

 

「アーサーって人は、誰?」

「はあ……」

 

 

 言わないと永遠に聞いてくる気配が強いリュミエールに折れ、ティーカップをテーブルに置いたシルヴァは語った。

 

 

「アーサーとは、初代勇者の名であり、歴代の勇者の名でもある」

「どういうこと?」

「詳細は妾も知らん。勇者の適正に名前も含まれているのか、妾の首を狙う勇者は皆名前がアーサーなんだ」

「初代勇者のアーサーは強かった?」

「ああ……とてもな」

 

 

 思えば、初代アーサー以上に強い勇者は存在しなかった。当時魔王になってそれなりの月日が流れた頃。何度刺客を送っても死なないシルヴァに痺れを切らした神族側が、適正のある人間に力を授け、魔王討伐という大層な任務を与えた。

 初代勇者になったアーサーは、シルヴァが戦ってきた人間で最も強く、最も純度の高い神力を扱えた勇者であった。

 そして、変わった奴でもあった。

 

 

「奴は、魔王城に踏み込んで来るなり、妾にこう言ったんだ」

 

 

 『ああ……! 何という美しさ……! 魔王シルヴァ=ヒストリア! 僕はあなたの美しさに心奪われた。どうか、魔王の座から降り僕の妻になってください!!』

 

 

「え!!? 告白されたの!?」

 

 

 敵同士、しかも初対面の相手に求愛してきたアーサーに度肝を抜かれた。周りにいた仲間達は大反対していた。神が力を授けた勇者とは、如何様な者か興味津々だったシルヴァでも予想外な男。当時はまだ血の気が多かったシルヴァは、当たり前な話断った。

 同時に戦闘が始まった。

 圧倒的力で勇者の仲間を殺した。

 最後に、仲間を殺した女を妻にする気はまだあるか? と馬鹿にしたように見下せば――アーサーは恍惚とした微笑みで跪いた。

 

 

 『勿論だ我が愛しの魔王! あなたを妻に出来るのなら、僕は何者にでもなろう! あなたへの愛を囁く権利を手に入れる為なら、何だって』

 

 

 悪魔の狂気は見飽きていた。自分自身にも宿るそれを戦いで発散していた。

 だが、アーサーの狂気は悪魔のそれとは違った。

 悪意がなく、純粋な、白に染まった好意。

 戦慄し、背筋が凍り、心の底から得体の知れない恐怖を抱いた。

 

 

「その初代勇者をシルヴァは殺したんでしょう?」

「……ああ。どうしても、妾を妻にしたいなら、妾に勝って見せろと挑発したんだ。結果は妾が勝った。それから妾は“銀の魔王”と呼ばれるようになった」

「え? シルヴァがそう呼ばれるのは、髪の毛が銀髪だからでしょう?」

「いいや」

 

 

 違う、とシルヴァは否定した。

 シルヴァは左手に魔力を集中した。常人でも見えるように濃度を濃くした。

 シルヴァの左手に宿る、銀色の魔力。

 これが“銀の魔王”と呼ばれる所以。

 

 

「魔族の魔力に銀は存在しない」

「?」

 

 

 そう言うがシルヴァの魔力の色は銀。

 リュミエールは首を傾げた。

 

 

「妾の魔力の色は翡翠色。銀色になったのは、妾がアーサーの魔力を根刮ぎ喰らったからだ」

「え!?」

 

 

 初代勇者の魔力を喰らった?

 どういうこと? どういうこと? と煩いリュミエールを一旦黙らせると、話の続きをした。

 

 

「奴の息の根を止める直前、こう言われてな」

 

 

 『我が愛しの魔王っ、あなたが僕を倒したお祝いに、 僕の力をあなたに捧げるっ』

 『いらん。第一、お前は気が確かか? 魔族が神族の力を取り込む? 馬鹿は死んでから言え』

 『死んでから、じゃ、あなたに言葉を捧げられない。シルヴァ=ヒストリア。美しい魔王……僕の強さを認めてくれるなら……どうか、この力をあなたの血と肉にしてくれないか……?』

 

 

 死にゆく前の戯言と放っておけば良かったのに、久しぶりに生が潤い楽しんだシルヴァは気分が良かった。勇者の戯言を受け入れた。

 シルヴァは躊躇なくアーサーを喰らった。

 そして――

 

 

「アーサーが神から授かった神力と妾の魔力が融合した結果――この銀色の魔力を使えるようになった」

「そうなんだ……すごいね」

「さあな。だが、この魔力が魔族にも神族にも脅威なのは驚いた」

 

 

 アーサーを喰らって暫く、神族側が大軍を率いて魔王城へ攻め込んだ。力を授けた勇者が簡単に屠られたのが余程気に食わなかったのだ。シルヴァはアーサーを喰らって得た力を試す丁度良い機会だと、神族共を全て殺した。その時発した銀の魔力の力に驚いた。神族をあっという間に灰にした力に。

 神族と魔族の力が融合した為に出来上がったシルヴァだけの“燼滅の力”を神族、魔族は大いに恐怖した。

 

 

「アーサーを殺して力を取り込んだ時、シルヴァは痛くなかったの?」

「いや。何もなかった。力が漲っただけだ」

「シルヴァは魔族なのに、神族の力を取り込める特殊体質だったのかな?」

「さあな。だが、そうかもな」

 

 

 決して相入れない力を身に取り込んだ際、ある程度の覚悟はしていた。代償として襲いくる痛みに。結果は力が漲っただけで何もなかった。

 

 

「アンナ達、エリュテイアさんの所で幸せに暮らせたらいいね」

「エリュテイアでさえ珍しいと言っていたんだ。丁重にもてなしてくれるだろう」


 

 飲み干した2つのティーカップを魔法で遠隔操作をして流し場へ置いた。

 夕飯の材料を買いに行くぞとシルヴァは空間を左人差し指で突いた。綺麗に縦に裂いた空間の向こうには、薄暗い場所が映った。田舎のピサンリと王都の中心街を繋いだ。買い物と興奮ししだしたリュミエールはシルヴァの腰に飛び付いた。

 

 

「ハンバーグー!」

「はいはい。分かった分かった」

「卵も乗せて! あと、ポテトも!」

「子供め」

「子供だよ!」

 

 

 そうだったなと、シルヴァは笑う。

 いつか、自分を殺してくれると信じている金色の幼児と……もう少し一緒にいてみたいという、今まで孤独に生きてきた彼女に初めての感情が生まれ出した。

 腰にリュミエールを引っ付かせたまま、王都に足を踏み入れた。

 

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