早発白帝城

 ……しけた南路の海風が、真備の頬を掠める。船の先が示す波は、決して穏やかではなかった。

「……貴君の死は、私が永遠に留めておこう」

 鮮やかな紅色の甲板に立った彼は、粛々と執り行われた真成の葬儀を思い出していた。友人の仲麻呂とともに涙を流した、あの静かな夕暮れのことを。「尚衣奉御しょういほうぎょ」の官職を与えられた彼の、悪夢に追われた儚い最期を。

「貴君は懸命に勉学に励み、立派に務めを果たした。貴君の生きた証は、国にとって多大な富となるだろう……」

 天を覆う雲の色が、途端に黒さを増していく。それに気づいた真備は、屋根の中に入ろうと、ゆっくりと階段を下り始めた。

「――っ!?」

 ――最後の段を踏んだ瞬間、船が大きく横に揺れる。彼は急いで扉を開けると、部屋の隅に腰を下ろした。下手に動き回ると、再び酔ってしまいそうだ。

「くっ……、波が激しい!! このままでは、難破するぞ!!」

「後方の船が見えぬ!! まさか、遭難したのか!?」

 周囲のあちらこちらから、不穏な会話が聞こえてくる。遣唐使の「よつのふね」が辿るのは、まさに命懸けの旅路。新羅との関係の悪化により、進路を南に取るようになってから、彼らの旅はますます危ういものとなっていた。

「何としてでも、この嵐を乗り切らなければ……!!」

「ああ神よ、どうか……!!」

 彼らの悲痛な叫びが、真備の心を暗くする。全ての嘆きを閉ざすように、彼はきつく目を瞑った……。

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