File:2-2_期待の扉=Take A New Step/

「着いた着いた」

 インコードがそう言い、小走りで向かった先は、コンビニ――の裏口付近。何もなかったが、彼が近づいたからか、停車された一台の黒いバイクがベールを剥がすように徐々に姿を現した。

 グラファイトメタリックの大型二輪車NM4-Gモデル。重厚感とスリムさを掛け合わせたSFチックでありつつ、スポーツタイプを選ぶあたりこいつのいけ好かない性格がよくわかる。手入れカスタマはされているみたいだが、よくみれば旧型だ。今の時代ではあまり流通していない、電力と磁力で走行しないエンジンを搭載している。


「ほら、被っとけ」

 投げ渡されたのはバイク用ヘルメット。これもグラファイトブラック一色、スマートでシャープな形状をしている。ヘッドホンを外してから被ると、ズキッとした痛みが脳を穿つ。脳波を読み取って起動するようだ。他者には感じない痛みにうんざりすると、HMDの機能が作動し余計なホロ状の情報が視界に映る。リアビューモニター付きのタイプだが、煩わしく感じた私は耳元を弄っては機能をオフにし、サングラスをかけたような遮蔽感を視界に満たす。

 インコードは同じタイプのヘルメットを装着し、エンジンを駆動させた。今どき手動マニュアルで運転する方が珍しいが、やはり一定数は車やバイクのドライブに生きがいを感じる人種がいるものだ。


「うそでしょ、この臭いってガソリンじゃん」

 こんな先進国ではもう廃れてしまった燃料のはず。そのマフラーから確かに排気ガスの臭いが噴出していた。

「残念、植物由来複合炭化水素油バイオガソリンだ。質はハイオクより低い」

「早く乗れ」と言われ、私が後ろに乗った瞬間、初速であるにもかかわらず、エンジン音を滾らせ、


「――う゛ぇっ!?」

 このクソパリピ、いきなり猛スピード一〇〇km/h出しやがった。裏返った声が漏れ、思わずインコードの身体にしがみつくように密着してしまう。それでも引きはがされそうだ。

 公道で時速九〇km超。絶対スピード違反だ。しかも信号無視したの見えたし、すり抜け走行も堂々と法的グレーゾーンのラインをぶっちぎっている。町中に配備されている監視カメラと道路に設置された測定センサーに絶対引っかかった。というか人に見られてるだろこれ。

 しがみつくことで精一杯だった私は再確認した。まだ見てないけどわかる。やっぱりこいつの組織ろくでもないとこだ。


「これ絶対速すぎるって! 違法だって!」

「バレなきゃ取り締まれることはないから安心しろよ」

 数ある言葉からいちばん最低な言い訳が出てきた。


「はぁ? 何言って――」

 しかし、そこで察してしまった。

 密着していてわかる。光波長の軌道がただの反射にしては複雑でソフト。そして彼から感じる、電気信号とは違った電流の動き。間接的に彼に伝わった電気信号は振動するように私にも伝わる。

 その信号の形は、


光学迷彩ステルス電波妨害ジャミング……」

「そーいうこと! 流石だなもう気づくなんて。やっぱ出来が違う」

 電波をジャックしてカメラやセンサーを反応させないようにしているのか。それか連絡できないようにしているか。視覚的にも見えないようにしているから振動と風しか周囲にはわからない。

 いずれにしても、犯罪だ。

 自分の人生はやはり悪に染まっていくのかと元犯罪者わたしは悔いたところで、「あと50分かかるな」と知りたくもない拷問に等しい一声がかかった。


 着いた先、目の前にあったのはまるで廃墟となったような工場だった。ビル群から少し離れた港近くにもかかわらず、その煙突とパイプが集う鉄塊の町はどこかの古いセメント工場かと思わせる。錆びれており、人の気配すらしない。

 しかしそれはあくまで健常者が見た場合に限る。私にはレトロ世代のプロジェクションマッピングで古く見せかけた無機的な工場にしかみえない。せめて表面だけでも実際の錆で覆えばいいのに。それに工場自体は活動しているようだ。

 違法速度ドライブをして満足そうな顔を浮かべていたインコードは、何の迷いもなく勝手にその工場の入り口であろう鉄格子の門をギギギ、と開けた。ここはちゃんと錆びているようだが、こういう古めかしさを見たのはいつ以来だろう。


「ねぇ、勝手に入っていいの?」

「なーに言ってんだよ。この自動式工場オートファクトリーはアンダーラインの末端一部。ホログラムで敢えて寂れた雰囲気を醸し出しているだけだ。あ、それとも報連相なく入っていいって話か? 真面目なやつだな」

「それは訊いてない。てかホログラムで偽装する程度でいいのかも疑問だけど」

「世間にはセラミックス工場として知られてるし、市の書類上でもそう扱われてる。って言っても、ご近所さんには錆びれて寂れた廃工場としか思われてないけどな」

「ふーん。で、この工場のどこかに秘密結社の入り口があるってわけ」

「そういうことだ」


 工場の領域は結構広く、一度入れば迷子になってしまうような。都内の街並みだと思わせる程だった。

 ホラー映画にあるような、廃墟ならではの薄暗さがもたらす不気味さが蔓延する中、いろいろなところを曲がり、奥へ進んでいき、無機質な建物の中に入る。そこから長いこと廊下を進んでいき、下へ下へとおりる。AIとロボットだけで稼働しているのは本当で、誰一人見かけることもない。

 そして、地下へ入ること数分。ある一室に入る。人がいたころの名残か、そこは資材置き場、だが違和感がある。

 物置にしては部屋が少し狭い。資材の数が少ない。なにより、入って左手にあるシミのついた壁。そこにだけ資材箱が置かれていない。


「アンタなら既に気づいているだろ」

 インコードはそう言いながら情報端末アイヴィーをその壁の前にかざす。単調な電子音がした後、四×四マスの立体投影パネルが表示された。

「今日は……確かこの番号だったか」とつぶやきながら、それを滑らかな指の動作で入力すると、古い白い壁が一気に塗り替えるように鋼鉄製の頑丈そうな扉へと変わった。

「……」

「その目から見れば、何もかもハリボテに見えるんだろうな」


 そう笑いながら鉄扉を押し開ける。

 その先は何もない立方体の白い空間。目の前には今まで見てきた錆びれた扉とは大きく異なり、頑丈そうな銀色の扉が立ち塞がっていた。まるで、ここから先は決して立ち入ってはならない、禁断の危険区域を指すかのように。


「ここがアンダーラインへと続くゲートだ。まぁ毎週場所が変わるから覚えてもあんまし意味ねぇけど」

 地下三階。そんな地下にある異様な雰囲気を放った鋼鉄の扉。勿論、傍にはセキュリテイシステムが設置されてある。天井には半球型の監視カメラが私たちを見つめている。

 インコードは壁に設置されてある操作端末で指紋や瞳孔、声紋、パスワードを入力したとき、動きそうにもない壁のような扉が自動ドアのように滑らかに開く。

 だが、インコードは先へ進もうとはしなかった。


「どうしたの?」

 一呼吸の間。怪訝な顔を浮かべたとき、意外な返事が来る。

「ここから先は引き返せない。今までのままがよかったと後悔する可能性だってある。……本当にいいのか」

 まるで自分に言い聞かせるように、こちらに顔を向けることすらなくそう告げてきた。こいつなりにもこちらの配慮はしていたようだが、私はため息をついた。

「なに今さら。私はもう決めたんだから、ここでやっぱナシとかやめてよね」

「……そうだよな。はは、悪い、野暮なこと聞いたな」

 元の明るい様子に戻って、彼は一歩中へと入る。くるりと回っては嫌気がさすくらいの爽やかな笑みを向けた。


「さて、行くとするかね新人さん」

 新人どころか採用すらされていないが、その小馬鹿にしたようなからかいにムッとする。そんなことよりも、この先に何が待ってるかという不安でいっぱいだった。ただ、その中に、僅かだが希望や期待が湧く。

 扉の向こうには何があるのか。私はその身と心を構えた。

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