File:2-1_選んだ道=LINE-Road/

「ひとつ訊きたいんだけど、なんであのとき私を撃ったの?」

 UNDER-LINEアンダーラインへ直接入るルートはひとつだけだという。


 その場所は首都にあるこの国一番の電波塔と世界有数の宇宙エレベーターのターミナルを所持する、世界六大巨大IT企業ビッグテック"EDISON"の一社"Sky-LINEスカイライン"の真下、つまり地下だ。アンダーラインの職員である、私とそこまで歳の差がないようにみえる外見だけは好青年――インコードという変な名前の変なこいつはそう言っていた。詳細はまだ教えてくれない。

 だけど、あの"イルトリック"という怪奇現象を研究・解明し、それらが及ぼす影響から地球や人類を防衛する仕事だと理解した。


「イルトリックから抜け出すためだ」

 私は今、彼についていく形で同行している。その都市伝説じみた組織に向かうらしい。人通りの少ないルートを通っているが、相変わらず空は電子と鉄と有機無機高分子材料ハイブリッドフィルム一面に覆われた巨塔が密集している。対して道路は無線送電式自己修復性アスファルトの上に路面標示のホログラムが表示されている。

 通り過ぎる数台の自律電気自動車AEVを一目見たインコードは「お、OWL社製オウルIRXイルクスじゃん。かっけぇなぁ」と独り言を挟む。感心してるとこ悪いけど車に興味はない。


 夕日が出かかっていた鰯雲の空は灰一色に曇り、今にも雨が降り出しそうな雰囲気を地上にもたらしていた。時間帯はずれているが、やはり予報通りに降るのだろう。

 一応、親戚にはオフ会あって適当なところに泊まるとか適当な理由をつけて今日は帰らないことを連絡したが、友達ゼロのヒキニートにしては相当珍しいことだと違和感を抱かれたのは当然だった。話があるだのなんだのと返信がきたが、無視した。


「感覚として何かの浮遊感や嫌悪感みたいな違和感を味わったか?」

 振り返って突然そんなことを聞き出すインコード。私はその時のことを思い出し、正直に答える。

「まぁ、それで異常だって気づけたようなものだから。そもそも、あんたから逃げてからなんか変なとこに迷い込んだのよ」

「あ、人のせいにしたな。俺恩人なのに」

「なんだか時代が逆行したような場所に来てさ」

「無視かよ」という一言も無視する。

「得体のしれない子どももいて、マップ通りに進んでいたら鳥居の中に入るところだったんだから」

「へぇ、典型的な神隠しに遭遇してたんだな」

「ホラゲーでよくある神隠しとか異世界転移の方がまだまし。逃げ切ったと思った途端にあんな事態になる神隠しがどこにあるってのよ」


 口を尖らせて言った私に反し、こいつは軽快に笑い出した。笑いごとか?

「アンタのその高スペックな演算能力とそれによる予知能力。それで完全にイルトリックに呑まれなかったのは大したもんだ。あのまま気づかず機械頼りにしていたら存在消されて都市伝説扱いにされるところだったぜ? 『ヘッドホンガールと出会うと、ろくでもない未来予知をされる』みたいな」

 そうふざけてはけらけらと笑う。馬鹿にした笑いなのに爽やかに聞こえるだなんて、神様も理不尽だ。不満げな顔を浮かべたであろう私に構わず、彼は説明し始めた。


「イルトリックの中には"源巣オーヴァリー"という高次元群集的巣窟ネットワークフィールドを作り出す奴がいて、老若男女問わずその平衡隔離空間に迷い込むことがある。その空間、つまるとこやつらの特異領域テリトリーのことを"リプロダクト"って俺たちは呼んでいる」

「それが典型例ってことね」

「今こうしている間にもいつのまにか一人消えているかもな。俺たちの記憶やシステムの記録を改竄して、なかったことにされて」

 ゾクっとする。私も下手したらその犠牲者になっていたということだ。いや、犠牲とすら扱われないまま消えるのだろう。


「ていうことは、私が迷い込んだのも、その特異領域リプロダクトっていう……」

「ま、そういうことだ。初体験でリプロダクトに巻き込まれたのに記憶を残して無事なんてかなりの強運だぜ? まぁ精神的に蝕まれなかっただけでもよかったよ。崩壊してしまえば覚醒率――生還率が大幅に減るからな」

 笑うこともなく、インコードは話した。吹いた秋風がより冷たく感じる。冬ももう少しで訪れるからだと、主観的な理由を付けた。

 俯き、平らな歩道を見つめる。ぼそりと私は話を戻す。


「……で、その領域から脱出するために、一回殺さなきゃいけないからってこと?」

 眉間に撃ち込まれたはずの銃弾。殺されたのに、皮肉なことに私は生還できたということになる。

 結論付けて私は聞いてみるが、「ん~」と曖昧な生返事をしただけで、


「あの領域テリトリーから出る方法は様々だけど、一番手っ取り早いのは中枢神経系、特に思考や感情を司る大脳を一瞬だけ停止させるようなショックを与えて、意識と肉体を一度離別することだ。そうすればイルトリックとの接続も遮断されやすくなる。中にはマジで死なないとむしろ殺されるケースもあるけど、なんだかんだ仮死状態がベストだ」


 聞いていれば恐ろしいことを口にする。

 インコードは懐から私を撃つのに使用した九mm拳銃P9を取り出してはくるくると回す。映画でも何度か見かける、バレルを短時間で空気冷却するためのガンプレイ。この何の変哲もない拳銃があそこにいた白く巨大な腕のような化け物を吹き飛ばした事実に、まだ受け入れられていない。その拳銃の内部構造をこの"目"で視れば確かにただの拳銃ではないが、装填された弾に潜在する熱量があの威力を発揮できると計算上、編み出せなかったからだ。


「この拳銃は特殊でな、鉛玉じゃなくて電磁波を撃つんだ。俺のはちょっと脅し用に軍用の拳銃それに模してあるけど、実際撃たれた対象はしばらく仮死状態になる。イルトリックとのシンクロ率をゼロに近づけて、干渉を途絶えさせるための道具だ」

 カチャリ、と私のこめかみに銃口が軽く当たり、


現実世界リアルで撃たれれば、きれいな身体のまま魂だけを持っていくことになるけどな」

「……」

 イラッときたので睨み返すと、インコードはニッと笑って、


「悪い悪い、流石に調子こいた」

 そう言いながら拳銃をしまう。その動作も無駄ひとつない綺麗なものだった。瞬き1つすれば瞬時に消えたように見えたことだろう。偶然にも、このやり取りを捉えた視線は感じなかったし、町のどこにでもあるはずの監視カメラもなぜか反応しなかった。誰か見てくれればよかったのに。


 それにしても、そのリプロダクトに迷い込んだ私を助けに来てくれたこの青年はどうやって侵入したのだろうか。入る方法は分かっていないと言っていたが、まったくのあてがないわけでもなさそうだ。

「それであの化け物を吹き飛ばしたとは思えないけど」

「あれは銃そのものの威力じゃないしな」とだけ返すと、何かを目にしたようだ。

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