6. 実技訓練

 翌日から颯空達の訓練が始まった。訓練といってもいきなり剣や槍を持ってどうこうするというわけではない。最初は基礎体力の向上とこちらの世界を知るための座学からであった。

 基礎体力の向上は走り込みや腹筋などの基礎的なトレーニングメニューをこなしていくものだった。どうやらアレクサンドリアの大臣であるカイル・エシャートンの言っていた事は本当らしい。元の世界にいる時と比べ、颯空達の身体能力は飛躍的に向上していた。それこそ、アスリートなど歯牙にもかけないレベルで。野生動物にも追いつく脚力、高い壁を楽々飛び越す跳躍力、疲れを知らない体力。颯空達の誰もが人間を超越した存在になっていた。

 座学では、アレクサンドリアの歴史や魔法について学んでいた。

 尤も、基礎体力向上の訓練のせいで、歴史の授業は殆どの生徒が睡眠学習となっていたが、魔法の時は違った。やはり、ファンタジーの世界に来たら魔法に憧れるのは自明の理。勉強が大嫌いな隆人や、クラスの中で頭の出来が最も悪い古畑ふるはたまさるですら、必死に授業を聞く始末であった。


 そんな感じで、異世界生活を過ごしていくこと一ヶ月。ついに、実技訓練が開始される事となった。


 昼食後、中庭にある騎士訓練所へ向かうと二人の男が颯空達を待っていた。

 一人は四十歳前後の壮年の男性で、頬に一筋の傷があり、歴戦の戦士を思わせるオーラを醸し出している。もう一人は颯空達よりも歳は上だが、かなり若そうな金髪碧眼の美形の男。容姿は若いが、その落ち着いた様子からは大人の余裕を感じた。


 颯空達が集まったのを確認した壮年の騎士が一人一人の顔を眺めながら静かに口を開いた。


「異世界の勇者達よ。今日から実戦形式の訓練を開始する。これまで行っていた基礎体力の向上とは全くの別物だ。魔物と戦うこともあるだろうから心してかかるように。私はアレクサンドリア騎士団団長を務めているガイアス・ヒューズだ。実技訓練の責任者でもある。よろしく頼む」


 空気が一瞬にして引き締まる。まさに颯空達の想像する騎士団長を体現したような立ち振る舞いだ。ガイアスはそのまま隣に目配せをすると、金髪の男が少し前に出て人懐っこそうな笑顔を向けた。


「はじめまして、皆さん。僕はアレクサンドリア騎士団副団長のフリード・シンプソンです。まだ副団長になりたてで頼りないところがあるかもしれないけど、ガイアス団長よりも年が近いということで、困った事とか悩み事とかあったら気軽に話してください」


 アイドル顔負けの白い歯でスマイルを見せながらフリードが話すと、一部の女子から黄色い声が上がる。当然、男子は無表情。


「さて、自己紹介はくれぐらいにして早速訓練を……と言いたいところではあるが、その前に各人の実力を知っておきたい」


 そう言うと、ガイアスは大量の木剣が突き刺さった木箱を颯空立の前に出した。それをフリードが配っていく。


「これから我々と一対一で打ち合ってもらう。男子はフリード、女子は私のところに並んでくれ。……なに、そう不安がる事はない。君らが怪我などしないよう、最大限の注意を払おう」


 ガイアスは異世界の者達の顔が強張るのを見て笑いながら言った。いくら超人的な身体能力を手にしたからといって、木剣など持った事もない者が殆どだ。緊張するな、という方が無理な話だった。


「それでは始めようか。一番手は誰が僕の相手をしてれるのかな?」


 どこか楽しそうに剣を構えるフリードの前に立ったのはいつもよりも表情の硬い四王天しおうてんかける。ガイアスの前には極限まで集中力を高めた藤ヶ谷ふじがやみおが立つ。


「四王天翔です。よろしくお願いします」

「へぇ……いきなり勇者様と手合わせできるなんてね。好きなタイミングでいいよ」

「わかりました」


 二三度大きく深呼吸して自分を落ち着かせると、翔は剣を構えて素早く距離を詰めた。そのまま上段から振りろされる剣を、口笛を吹きつつ自分の剣で軽くいなす。


「くっ……はぁぁぁぁぁ!!」


 初撃があっさりと躱され、少しだけ怯んだ翔だったが、気合を入れなおし、フリードに向かっていった。翔からの激しい打ち込みをフリードが丁寧に処理していく。


「……流石は'勇者'だね。スピードもさる事ながら、剣術が様になってる。これで剣を持ったのが初めてって言うんだから、嫌になっちゃうよね」

 

 '勇者'は魔法や剣術に置いて、超一級品の才を発揮するギフトだ。その証拠に、一振りするたびにその鋭さは徐々に増していた。

 だが、それでも経験は絶対的な力を持つ。フリードはにやりと笑みを浮かべると、一瞬のスキをついて剣を突き立て、翔の手から剣を弾き飛ばした。


「はぁはぁ……まいりました」


 息を乱しながら絞り出すようにそう言うと、翔はその場にへたり込んだ。


「いや、やっぱり異世界人の力はすごいね。初めてでここまでやるとは正直思ってなかったよ。こりゃ、訓練するのが楽しみだ」


 終始笑みを崩さなかったフリードが翔に手を差し伸べる。その手を握り立ち上がった翔が笑顔で返した。どうやら澪の方も終わったようで、額に汗を浮かべながら「ありがとうございました」とガイアスに頭を下げている。


 その後は順々にフリード、ガイアスとクラスメート達が剣を交えていった。やはり生徒の間でも実力差があるようで、特に戦闘系と非戦闘系のギフトとでは違いが顕著に表れていた。


「よし、じゃあ次の人行こうか」


 沢渡和真との生ぬるい手合わせを終えたフリードが颯空に告げる。和真は息も絶え絶えに「頑張って……」と颯空に言うと、フラフラと後ろにさがり、そのまま地面に倒れこんだ。


「御子柴颯空です」


 名乗りながら軽く頭を下げた颯空に対し、一瞬驚いた表情を見せたフリードだが、すぐに「よろしく」笑顔を向ける。颯空は高鳴る心臓を抑えつつ、ゆっくりと剣を構えた。


 その瞬間、颯空の体をかけめぐる違和感。そして、間髪入れずに襲いかかる脱力感。


 体中から汗が噴き出す。金縛りにあったかのように体が動かない。剣を持つ手から異物が入り込むように、何かが颯空の体を蝕んでいた。それでもなんとかフリードのところまで走ろうとしたが、体を動かそうとすると視界がゆがみ、まるで水の中でもがいているような感覚に陥る。

 これは無理だ。本能がそう囁いている。止まりそうになる足を無理矢理動かし、なんとか目の前まで辿り着いた颯空がフリードに斬りかかった。いや、斬りかかろうとした。

 スポンッと、手の中から抜け出した木剣があらぬ方向へと飛んでいく。そして、そのまま颯空は地面へと倒れこんだ。

 その姿を見て隆人が盛大に噴き出す。誠一と勝も笑い出し、健司に至っては腹を抱えて地面を叩いていた。

 玄田軍団からの嘲笑を一身に受けながら立ち上がり、「もう一度お願いします」と剣を構えてフリードに向かっていこうとする。が、今度はたどり着く前に、全身の力が一気に抜け、その場で無様に転んだ。

 隆人達が目に涙を浮かべて笑い転げているのを見かねた穂乃果が、倒れている颯空の元まで駆け寄り「大丈夫?」と声をかける。そんな様子を見てフリードは困った表情を浮かべた。


「えーっと……もうわかったから大丈夫だよ。サク君」

「……ありがとうございました」


 なんとも情けない気持ちでそう言いながら、穂乃果の手を借りて颯空は立ち上がる。目眩や違和感はなくなったが、脱力感だけは体から抜けきれない。同室の三人が「大丈夫か?」と声をかけてきたが、軽く返事をするのが精いっぱいだった。


 今のは何だったのだろうか。


 ふらつく足で訓練場の木陰まで来た颯空がゆっくりと腰を下ろした。正体不明の異常。自分の手を閉じたり開いたりしてみる。多少ではあるが痺れているような感覚があった。考えられる原因は一つだけ。'呪いの双剣士'のギフトだ。これが呪いだとしたらきつすぎる。戦う以前の話だ。

 

 颯空が自身の抱える呪いについて頭を悩ませている間にも、フリードとガイアスによる実力チェックは滞りなく進んでいく。そして、手合わせが全員終わったのが、日の陰ってきた頃だった。


「皆ご苦労であった。今日の結果を踏まえて、各人トレーニングメニューを用意しておく。ビシバシ鍛えていくつもりだからしっかりついてきてくれ。今日の訓練はここまで!」


 ガイアスの言葉で今日の実技訓練は終了となった。談笑しながら食堂へと向かうクラスメート達。ようやく体の調子が戻ってきた颯空がその流れに続こうとしたのだが、なぜか目の前に隆人達が立ちふさがる。


「おい、屑柴。ちょっと付き合えよ」

「…………」


 ちらっと隆人の顔を見た。どうやらイケメン騎士のフリードを笑い者にしてやろうと意気込んでいった結果、軽くあしらわれた事によって溜まったフラストレーションを誰かで発散したいようだ。颯空は内心大きなため息をつく。


「是非ともあの素晴らしい『よたよた剣術』をご指南いただけないでしょーか?」

「あんな面白い芸を持ってるなんてやるじゃん。もう一度見せてくれよ」


 横から健司と誠一が馬鹿にした笑いを浮かべながら颯空に近づいてきた。隆人が颯空に肩を組み、「なぁ、頼むよ」と言いながら馴れ馴れしく顔を寄せてくる。そこに拒否権などあるわけもなかった。


「そうこなくっちゃ」


 ニターッと嫌らしい笑みを浮かべた隆人は顎で訓練場の裏手を指し示すとすたすたと歩いていく。三人に囲まれた颯空は無言でその後について行った。

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