5. 同室の挨拶

 異世界に召喚されるという異常な体験。殆どの生徒が不安や戸惑い、そして奇妙な興奮をその身に宿していた。そう、殆どの生徒は。

 御子柴颯空がこの世界に来てから抱いている感情は『無』そのものだった。

 初めこそ驚きはすれど、そこから先はまさに無関心。自分も巻き込まれた張本人だというのに、女王との謁見や今目の前で行われている儀式が、それこそ映画を見ているような感覚で、他人事にしか思えないでいた。

 だが、それも自分が儀式を受けるまでの話。そこから自分の中に沸き上がったのは『嫌悪感』だった。呪いのギフト? 面倒なことに関わりたくない自分に、面倒な役回りを押し付けるこの世界を嫌悪する。静かに、流れに逆らわず、ひっそりと生きていきたい。それだけが自分の望みだというのに、それすらも許してくれないのか。……もう厄介ごとに首を突っ込んで、あんな思いはしたくない。


「っ!!」


 バネにはじかれたように勢いよく体を起こす。昔のトラウマが夢の中フラシュバックしたせいで、心臓がバクバクと高鳴っていた。


「…………最悪の気分だ」

 

 誰もいない部屋で颯空がガシガシと頭をかきながら独りごちる。ただでさえ嫌な気分だったというのに、あんなものを見せられれば鉛をのみ込んだような気分にもなる。

 荒い呼吸を整えつつ、颯空はゆっくりと周りを見回した。今颯空がいるのは、王城内にある客室が異世界の勇者の使う部屋としてあてがわれたものだ。ベッドと机と椅子が四つずつ、トイレとシャワーは完備されているが、それ以外は何もないシンプルな部屋。そこに颯空が一人でいる理由は、異世界の勇者を歓迎する会から抜けだしてきたためである。


「……これからずっとあの視線を向けられ続けるのか」


 歓迎会の席を思い出し、颯空の口から重苦しいため息が漏れる。

 '呪いの双剣士'。自分が授かったギフトをユリウスはそう口にした。なぜ自分だけが呪われているのか、なぜこの世界の神官ですら聞いたことのない呪いのギフトを授けられたのか、自分にもわからない。わかるわけがない。ただ、一つ言えることは、絶対にまともなギフトではないということ。『呪い』という枕詞がついていてまともであるはずがない。その認識は当然颯空だけのものではないだろう。儀式の後すぐに開かれた歓迎会で向けられた城の者達からの忌避の視線は、颯空がその場を中座する理由としては十分すぎるほどであった。

 

「……考えようによっては悪くないか」


 呪いのギフトなどと得体にしれないものを持つ自分に、積極的に関わろうとする者などいないはず。他人と距離をとろうとしている自分にとっては悪くない話だ。煩わしい注目さえ我慢すればいい。

 何とか前向きに考えようとしていた颯空の耳にドアの開く音が届く。そちらに目を向けると、颯空と三人のクラスメートの姿が目に入った。

 

「おーい、御子柴ー。調子どーよ?」

「御子柴君、気分は優れました?」


 自称:進撃のムードメーカー一ノ瀬いちのせみなとと、成績優秀でレンズが分厚い大きな丸眼鏡をかけた夏目なつめ遊星ゆうせいが、部屋に入ってくるなり颯空を気遣かってくる。その少し後ろからおどおどしながら「大丈夫……?」と遠慮がちに話しかけてきたのは、クラスでもかなり地味である沢渡さわたり和真かずまだ。

 一瞬、どうして体調を気にしてくるのか疑問に思った颯空だったが、歓迎会を抜け出すために体調不良を訴えたのを思い出した。


「……横になったら大分ましになった」

「本当か? まだ少し顔色悪い気がするけど?」


 少しそっけない口調で颯空が答えるが、気にせず湊が顔を覗き込んでくる。その距離感に、颯空は若干顔をしかめた。


「一ノ瀬君。人にはパーソナルスペースというものがあります。それを無神経に侵して近づいたら嫌われますよ?」

「はぁ? 男同士なら別に近づきすぎとかねーだろ?」

「僕も嫌だなぁ……特に一ノ瀬君は」

「いや、名指しで拒否はおかしいだろ!!」

「仕方がありません。事実ですから」

「ちょっと待て。俺が何したっていうんだ」

「特に何かされたわけではありませんが、強いて言うなら……生理的に無理?」

「一番心に来るやつぅ!!」


 なんとも騒がしい連中だ。いや、騒がしいのは湊だけかもしれないが。

 胸に手を当ててオーバーリアクションを見せている湊を無視して、遊星と卓也が手近な椅子に座る。湊は疲れたようにため息をつくと、自分は颯空の向かいにあるベッドの上に腰を下ろした。


「つーか、なんなんだよこの部屋? 明らかに差別されまくってんだろ」

「……差別?」

「ん? あぁ、御子柴は他の部屋を見てないから知らないのか。あからさまに俺達の部屋はしょぼいんだよ」


 湊がだるそうに足をプラプラさせながら言った。


「そもそも四人一室ってのがおかしいよね。玄田君は久我君と、馬淵君は古畑君と二人部屋だもん」

「玄田軍団とか言われてんだから、あいつらこそ四人部屋を使えよなー」

「皇君と四王天君にいたっては個室ですからね。しかも、この部屋よりも広い」

「あー、あの部屋はやばかったよなー。俺だってこんなビジネスホテルよろしく、みたいな部屋じゃなくて、四王天みたいなスーパースイートルームがよかったっつーの」


 湊が唇を尖らせる。彼の様子を見る限り、自分達の部屋とは大分待遇が違うみたいだ。


「こうもはっきりと差が出るのは……」

「ギフトでしょうね。考えるまでもなく」

「だよね」


 和真の言葉に間髪入れず遊星が答えた。同じ考えであった和真ががっくりと肩を落とす。


「俺ら全員非戦闘系だもんなー。あー、御子柴は違うか。呪いの……なんだっけ?」

「……'呪いの双剣士'」

「そうそうそれそれ! なんかえらく禍々しいギフトだよなー。異世界召喚される時、お前神様になんかしたのか?」

「どちらかと言うと、御子柴君よりも一ノ瀬君の方が呪われそうな顔してるんですけどね」

「それ僕も思った。'残念な呪い'とかね」

「誰が残念やねーん!!」

「……ぷっ」


 コントのようなやり取りに、颯空は思わず噴き出した。それを見た三人が互いに顔を向け合い、笑みを浮かべる。

 どうやら、気を使わせてしまったようだ。元の世界では同じクラスというだけでしかなかったというのに。遊星も和真もこんなに話す人だとは思ってもみなかった。和真は自分と同じで、教室にいても一人で黙って本を読んでいるイメージで、遊星は勉強ができるまじめな奴、湊はおちゃらけていて騒がしいぐらいの認識しかなかった。本当は普通にいい奴らだったなんて。

 自分の過去を知らない三人からの優しさは、颯空の荒んだ心にわずかばかりの水分を与えてくれた。


「……非戦闘系って言ってたけど、三人はどんなギフトをもらったんだ?」


 だからだろうか。元の世界にいた時は他人と交流を図ろうとしなかった颯空が自ら話しかけた。


「私は'発明家'です。おそらくモノづくりに特化した才能かと」

「僕は'司書'だよ。本が好きだからかなぁ? 正直、効果はよくわからないんだ」

「なるほどな」

 

 確かに非戦闘系のギフトだ。ただ、遊星のは上手くやれば戦闘にも活用できそうな気がした。和真のギフトは本に関することではあるのだろうが、それがどういうことに役立つのか颯空にも見当がつかない。


「一ノ瀬は?」

「ふっふっふ! 聞いて驚け! なんと俺のギフトは……'大商人'だ!!」

「へぇ」

「聞いたくせに反応薄いな、おい!」


 湊がビシッとツッコミを入れた。

 

「ただの'商人'じゃねぇんだぞ!? '大商人'だぞ!?」

「それはどんな効果を持ってるんですか?」

「え? あの……あれだよ。めっちゃ値切れるし、めっちゃ高値で買わせるし……交渉なんかも得意になるんだろうが!」

「一番戦闘で役に立ちそうにないね」

「沢渡には言われたくねぇよ! なんだよ'司書'って!? わけわかんなすぎだろ!!」

「なっ……い、いいじゃん'司書'! 本に囲まれて仕事できるなんて最高じゃん! なんか安定してそうだし、僕は将来司書になりたいよ!」

「いや、職業の話をしてんじゃねぇよ!」


 ぎゃーぎゃーと言い争う湊と和真。それを聞きながらも、我関せずといった様子で自分の眼鏡の手入れに勤しむ遊星。クラスメートの他愛ないやり取り。それは高校生になった自分がずっと避け続けてきた事。三人を見ながら、颯空は胸が締め付けられるような懐かしさを覚えていた。

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