第11話 不倫は○○

早川君のマンションの前。


ここを訪れるのは二度目だが、やっぱり臆してしまう。貧乏学生の私には眩しいばかりの佇まいだ。


彼に続いてエントランスを抜け、エレベーターに乗り込むのだが、今日は先客がいた。

いかにも遊んでいそうな少し年齢が高めの男と、香水の強い水商売風の女。二人とも朝帰りみたいだった。



(こんな時間まで遊んでいたのだろうか?)

私とは住む世界が違う人達に少し距離を取りたくなり、私は次第に早川君へと近づく。


男の方がチラチラと私を見るが、どうにもねちっこい視線だ。


エレベーターが降りてきてドアが開き、二組のカップルが乗り込む。

エレベーターは8人乗りで、そこそこ広い。朝帰りカップルはわたし達とは対角に位置した。


室内に女の香水の匂いが満ちる。



そして、彼らは私たちに構わずいちゃつき始めた。

女は、胸を押し付けながら甘い声を出し、男は女の尻を撫で回す。なんとも下品である。


「ね~~、徹夜したからって、直ぐに寝ないでね~~」


「ばかやろ~、俺は疲れてんだ。寝かせろよ」


「ええ~~、いや~~ん。イ・ジ・ワ・ル」



まるでお笑い芸人のコントみたいだ。早川君と目が合い、お互いに苦笑する。

彼らは6階で降り、ようやく私たちは下品な空間から解放された。



「さっきの男の人、女の人のお尻を撫でまわしながら綾瀬さんの方を見てた」苦い顔をしながら早川君が言った。


「そうなの。なんだかイヤラシイ視線を感じた」


「綾瀬さん、スタイル良いから、男の人なら見てしまうよ」


「え、わたしなんかを?(地味子なのに……)」

早川君がそんなことを言うなんて、少し意外だった。



昨日と同じ様にエレベーターは8階に止まる。

エレベーターを降り、早川君の部屋へ向かったが、さっきまでの下品な人たちのおかげで彼との距離は縮まったままだ。


鍵を開けながら、「あれ? 綾瀬さん、今日は何かつけてる? なんだか良い匂いがする。さっきは強烈な香水の匂いで気づかなかったけど」


「そうかな、香水は付けてないけど……」

実は、今日は少し厚めにファンデーションを塗ってきたのだ、もしかしたら、その匂いに彼は気づいたのだろう。結構、鼻が利くのかもしれない。



部屋に入り、玄関先で履物を脱ぐ。

「綾瀬さん、今日はペディキュアしてるんだね」


今日はサンダルを履いてきたので、ちょっとだけオシャレしてみたのだ。と言っても100均で買ったものだが……可愛くは出来る。


早川君の部屋に入ると、不思議な感覚とらわれた。

(なんだろう、昨日来たばかりだし、まだ二回目なのに懐かしい感じがする)


私が荷物を置いていると、早川君がキッチンへ向かって何か用意していた。

慌てて、私はバケットバックに入ったお弁当をもって台所へと向かう。


対面式のキッチンで、シンク・カウンターからリビングが見渡せるようになっている。


「早川君、手伝うよ。お弁当、ここに置かせてね」と言って、私はカウンターにお弁当を置いた。


「飲み物を用意しようと思って」そう言って、早川君は冷蔵庫を漁っていた。


「わたし、グラスを用意するよ。グラスは、ここ?」


システムキッチンの反対側に食器棚がある。私は、そこからグラスを二つ取り出す。

こうやって二人で台所にいると、なんだか、夫婦みたいな感覚に陥り、つい口角が上がってしまう。



もう、今日は何度思っただろう?




(楽しい!!)




「ありがとう、ジュース、どれが良い? オレンジとアップル、それとコーラ。今日は種類を増やしたんだ 笑」

笑いながら、彼は全てのボトルをカウンターに並べる。


「わたしはオレンジジュースを貰おうかな。早川君は?」


「僕は、コーラにしようかな。あと、ポップコーン」


「ポップコーン?」



「うん、今日はまず、映画を観ようと思って。だから、ポップコーン」

と言って、文剛は笑った。


「映画?」


「うん、僕の書く小説の参考にしようと思って、古い映画なんだけど、『不倫』『映画』で検索すると、この作品が上位に出てきたんだよね」


「なんて映画?」


「『恋に落ちて』」


「ふ~~ん、というか、早川君の書く小説って、不倫をテーマにするの?」



「うん、官能小説で調べてみら、けっこう不倫を題材にした作品が多くて、それで少し興味を持ったんだよね。

例えば、最古の恋愛小説と言われる『源氏物語』だけど、その頃でもう不倫がエピソードとして登場するし」


うんうん、私も源氏物語は読んだ。


「江戸時代には『心中天の網島しんじゅうてんのあみじま』というのもある。近松門左衛門作の人形浄瑠璃だけどね」



「それは、わたしは知らないな、どんなお話しなの? 早川君」


「簡単に言うと、奥さんや子供がいる商人の男が、遊女に入れ込んだ末に遊女と心中するという話しなんだけど」


うんうん、早川君を見つめながら、私は頷く。


「その奥さんが、二人の関係を知るんだけど、旦那さんがそんなに遊女の事を愛しているのなら、その遊女を見受け『要するに買い取ることね』しようと金策するんだ」


「え、ちょっと待って、不倫相手のために、奥さんがお金を用意するの???」



(宇宙人だ! 宇宙人が江戸時代にいた!)


「だけど、奥さんは自分の着物やお店の資金を集めて金策したものだから、旦那さんのお父さんバレちゃって、お父さんに止められるんだよ」


「そりゃ、そうだよね、子供もいるのに、全財産を旦那さんの不倫相手に投じるなんて馬鹿げてるもん」



「それで、お金が作れずに遊女は他の男が見受けすることになったんだけど、

絶望した旦那さんと、他の男の元に行くなら死ぬという遊女は、結局、二人で命を絶ってしまうんだ」


「へえ~、現代では考えられないね……想像を絶するというか……」


「近松門左衛門のこういった浄瑠璃に影響されて『心中ブーム』が起こったらしいよ、若いい男女の間で」


「へ~確かに、現代でも芸能人の自殺で感化された人が自殺したりするけど、そんな昔から日本人って感化されやすかったんだね」



「『不倫は〇〇だ』なんて言った芸能人がいたみたいだけど、あながち的外れな発言でもなかったということさ」


「ごめん、うんちくが長くなったね、映画を観よう」


「うん」




早川君は物知りだ……。





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