第12話 芽生え始めた感情

早川君がタブレットを操作すると、『恋に落ちて』とかいう映画は始まった。

英語の題名も映し出されたが、『Falling in Love』、日本語の題名と全く同じだった。



場面は、クリスマスで賑わう、ニューヨークだろうか?


そこの書店で中年の男女が間違ってクリスマスプレゼント用の本を取り違えるところから物語は始まる。


そして、何故かだだっ広いニューヨークの、それも電車の中で二人は偶然再会し、そのうち二人は電車の中で一緒になるようになり、フランク(男)は自分の職場をモリー(女)に見学させるようになる。



やがて、お決まりのパターンで、二人は惹かれ合うようになる。


それでも、プラトニックな関係を続ける二人なのだが、ついに気持ちを抑えきれなくなったフランクは、モリーに告白し、二人はキスをする。


その後、フランクはアパートの一室を借り、そこでモリーと密会し関係を持とうとするが思いとどまり、一線を越えることはしなかった。





夫の様子がおかしいことに気づいた妻に、フランクは問い詰めるられ、モリーに恋していることを告白する。


そして、私がこの映画で一番疑問に思ったシーンなのだが、モリーとは『何もなかった』と弁明するフランクに対して、妻が『その方が余計悪い』と言って頬を打つ。



一方のモリーだが、元々上手くいってなかった夫との関係は、ますます悪化してしまう。



さらに、転勤の話があったフランクは離婚を機に受諾し、ニューヨークを離れることを決意する。


最後にモリーに会いたいと電話し、モリーは夫の静止を振り切って車で待ち合わせ場所に向かうが、車の故障でモリーはたどり着けない。


再度、モリーに電話するも、モリーの夫は『彼女はいかない』とフランクに告げる。フランクは諦めて転勤先へと旅立つ。






月日は流れ、二人は、出会った書店で偶然再会する。


二人とも既に離婚しておりフリーなのだが、お互いにその事実は知らない。簡単に言葉を交わした後、『じゃあ』と別れるのだが、フランクはモリーの後を追いかけて電車に乗る。



他の乗客をかき分け、モリーを探すフランク。


その姿に気づいくモリー。


ようやくたどり着いたフランクはモリーにキスをし、しっかりと抱き合う。



そして見つめ合う二人……。



「ふ~~」


映画を観終わったあと、私は思わず大きく息をついた。

いくつも気になるポイントがあり、整理していたら例によって思考が追い付かなくなったのだ。



「綾瀬さん、どうだった?

僕の都合で観せちゃったけど、つまらなかったんじゃない?」


「ううん、そんなことない、私にも凄く参考になった」


私の答えに、早川君は安堵した表情を見せた。




「わたし、一番疑問に思ったシーンがあったんだけど……」


「もしかして、奥さんがビンタするところ?」


「うん、あそこ」


「僕も、あれ?って思った」


「そうよね、だってエッチしてないんだったら、離婚するほど怒らなくても良いんじゃない?」


「そう、よく『どこからが不倫だと思いますか?』ってアンケートを見かけるけど、『セックスしたら』という回答が多いものね」



「逆に、エッチ以外だったら何でも許されると思われると、わたしは早川君にそんなことされたらイヤだな」



「……」



またしても、変なことを言ってしまった。(直ぐにフォローしなきゃ!)


「あ、いや、わたしじゃなくて、もし早川君に彼女がいて、彼女だったら早川君が他の人とキスしたり抱き合ってたら、イヤだって思うよって……、言いたかったの」



「あはは、やっぱり綾瀬さんって、少し天然が入ってるよ発想が面白い」と彼はお腹を抱えて笑う。




「(ちょっと、笑いすぎ!)ええ~ひどいよ、わたし天然じゃないし」


「だって、ほら、ピザの時www」とまたしても笑いだす早川君。


「あ、あれは……(やはり気づいてたのかーーー!)」





クスクスと、落ち着いた笑いに変わった早川君だったが、容赦なく続ける。


「あの時の、綾瀬さんの、鳩が豆鉄砲を食ったような顔って、無茶苦茶可愛かった、あはは」


「ぶーーー。だって、田舎じゃピザなんてあまり食べなかったし、ピザの注文なんてしたことなかったんだもん」


(あまりどころか、1回しか食べてません……てか……、今! さらりと、わたしの事を『可愛い』って言った?)

胸がざわつき、鼓動が段々と早くなる。しかし、高揚感はなかった、むしろ……。




「早川君、だめだよ」


「え、何が?」



「さっき言ったばかりじゃない、好きでもない人にお世辞でも『可愛い』なんて言ったら、もし、早川君に彼女がいたらイヤだと思うよ」


そうだ、彼には好きな人がいるのだ。

だから、私の中に芽生え始めた感情に対して、ちょっと無神経だと思った。

でも、私の気持ちが、ある方向へ向かっている事を、彼は知らないから仕方ないのか、とも思う。



「あ、これは、お世辞とかじゃなくて、その……僕が好きなのは……」



早川君が困っている。余計な事を言ってしまって、またまた後悔してしまう。

今、自分を罵倒したら、いろんなものが崩壊しそうで、できない。とにかく話題を変えたかった。




「そ、そうだ。お昼にしよう」


突如話題を変えられ、困惑する彼に、私は勢いのままたたみかける。


「わたし今日、頑張って作ってきたんだよ、お弁当、お口に合うか分からないけど……」



「そうだね、お昼を食べてから、次の作業に入ろうか」何事もなかったように、早川君は優しく目を細めてくれた。


「そうだ、せっかく天気も良いし、外で食べない?」


「外で? 良いね! 公園も近くだし、ピクニックみたいね」今度は高揚感が高まる。


早速二人で準備に取り掛かった。

私は、カウンターに出しておいたお弁当をバケットバックに詰める。


「早川君、お茶ってある?」


「あ、冷蔵庫にペッボトルが何本か入っている、僕が出すよ」と言って冷蔵庫を開け、ペットボトルを取り出した。私はそれを受け取り、バケットバックに放り込む。



「あと、おしぼりとか、ないかな?」


「ちょっと待って」と言って、リビングを出ていった彼は、ウエットティッシュの袋をもって戻ってきた。



「これ使えるかな?」





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