第10話 楽しい気持ち

ピピピピ……



目覚まし音が鳴り響く。カーテンの隙間から陽の光が差し込む。


私は、スマホの画面をタップし、アラームを止めた。画面に大きく”07:00”と表示される。

昨夜、何度も身もだえして良く眠れなかった。何度思い返しても自分の誤爆が恥ずかしい。

でも、あんなに楽しいとは思わなかった。


寝起きのベッドの上で、またしても私は身もだえする。


今日は日曜日。

二日続けて男の子の部屋へ遊びに行く――いや、正確には小説を書くために行くのだけど――。



それでも、すっかり楽しみにしている自分がいる。


昨日、宅配のピザが届いた時、私は代金の半分を払おうとしたのだが、既に注文時にクレジットカードで精算していたらしい。


早川君は『こういう時は男が払うものだよ』といって、受け取ってくれなかった。

だから、今日は私がお弁当を作って持っていくことにした。



それで、また早起きしているというわけだ。



材料を冷蔵庫から取り出し、下ごしらえをする。その間にフライパンを温め具材を放り込むと、香ばしい香りが部屋に広がった。


昨日もクッキーを焼いたので早起きしたのだが、今日はまた違った感情が芽生えている。

誰かのために料理をすることが、こんなにも嬉しいなんて、今まで気づかなかった。




ふん~ふん~ふん~


「はっ! わたし、浮かれすぎている。鼻歌なんか歌って!」



ブンブン、と頭を振る。今日は、昨日のような『やらかし』はあってはならない。

気を引き締めないと。



お弁当を詰めて、それからシャワーを浴びて身だしなみを整える。


今日は、私のスタイルを意識した装いにした。しまむらで買ったタイトなニットセーター、色はパープルで初夏らしく。アンダーもタイトな白のジーンズ、私は胸の大きさに比べてお尻が小さい、スカートよりジーンズの方が似合っていると自分では思っている。


鏡の前でチェックしてみる。


ショーツは、相変わらしまむらで買ったものだが、白いジーンズに透けないように白を基調のものにした。



鏡にお尻を向け、身体を捻って何度も確認する。


今度は斜めを向いて、胸の方を確認する。皺を伸ばし身体にピタリとなるように、あちこちを引っ張り、最後にブラの線が浮かんでないか確認する。



「お尻よーし、胸よーし」独り言を言いながら、可笑しくなってクスっと笑ってしまう。



「あ、そろそろ出ないと」





私が住む八王子から吉祥寺まで小一時間かかる。JRで行けば少しは早いのだが、定期を使って行けば電車代が安く済むのだ。


ちなみに、JRより京王線の方が定期代も安い。



電車の中で、私は家を出る前に何度も確認したのに、また確認している。


じっとできずに、扉の前で窓に映った自分の姿を確認したり、お弁当が入ったバケットバッグを確認したり。



とにかく落ち着かない。


本当に、何をこんなに浮かれているのだろう?


昨日、早川君は好きな女の子がいると言っていた。それに、私たちは単なる互助関係だ。恋人でもないし付き合ってもいない。



私も、好きな人はいないと言った。

だけど、気になる人ができた気がしている。


そう、私は今、早川君の事が気になって×2、仕方ないのだ。



でも、私は自分の感情にブレーキをかける。彼を好きになってはいけない。彼には思いを寄せている人がいる。



『いいんだ……片思いだから……』

そう言った時の早川君の切なそうな表情を思い返し、私はまた、ズキンとした。



吉祥寺駅に着いたのは、約束の時間の30分も前だった。少しでも早く早川君に会いたい、はやる気を抑えきれなかった。


今日は、直接彼の部屋へ行くことになっている。どこかで時間を調整して伺おう。そう思っていた。



ところが、改札を抜けると、人ごみの中に頭一つ抜けた早川君を発見した。


(え? なんで早川君がいるの?)思わず身を隠そうとする私に、早川君は気づいたのか右手を軽く振る。



なんで逃げようとしてるんだろう、私は。(ホント、可笑しい)はにかみながら彼の元へ行く。


「どうしたの? 今日は直接行くって言ってたのに」



「あはは、なんか、少しでも早く会いたくて、迎えに来ちゃった」

早川君もはにかむ。


「なんて、綾瀬さん、少し天然が入っているから、迷子になるかな~なんて、あはは」


少しでも早く会いたいと言われて、少しドキッとしたが、天然といわれて凹む私。



「あーー、ひどーいー。わたし、いくら何でもそこまでドジじゃないよ」

なんだろう、この気持ち、楽しい。



「じゃあ、行こうか、今日はちょっとプランがあるんだ」


そう言って、早川君は歩き出すが、先週よりも少し歩く速度が速い。

私は手を伸ばし、彼のシャツの端をつまんだ。


「ねえ、早川君。歩くの早い」


「あわわ、ごめん、ついいつもの調子で」そう言って歩く速度を落とす早川君。


私は、そのまま彼のシャツの端をつまんで歩く。



彼のマンションは、公園を抜けた所にある。

昨日と同様に、駅からの道は凄い人出だった。早川君が歩く速度を遅くしたことで、昨日より彼との距離を縮めて歩くことができた。


周りは、子連れやカップル、ジョギングをしている人、様々だ。

この人たちから、私たちはどう見えるのだろうか?



カップル? 友達?




いえ、互助関係です。




と、言っても分からないか。自分でまだ良く分からないのだ。

ただ、一つだけハッキリしている。



(ホント、何だろう……楽しい)



でも、この気持ちは何だろう?





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