第20話 チョコミント味の


 そして、白銀ミサキはいなくなった。

 

「ハルトくん、次のライブ来る?」

 辻めぐるはが、そんなことを聞いてくる。

「今の事件次第だけど、絶対に終わらせる」

 ハルトは資料に目を通しつつ、そう答えた。

 めぐるは、『セイレーン・サイレン』の三人目のメンバーとして、元気にやってるらしい。

 シホノとの仲をファンに心配されたりしているが、その関係性も含めて人気らしい。

 ハルトとしては、変なファンもいるものだと思う。

 喧嘩などせず、普通に仲良しのほうが良いに決まっているというのに。

 

 今になって思う。

 あの日々は、なんだったのだろう。

 あの女は、なんだったのだろう。


 嘘だらけの、日々だった。


 ハルトも、ミサキも、お互いに、見せられない、見せたくない、隠したいことが多すぎた。

 明かしてしまえば、そんなことを気にしてたのかと思うことでも、言えないものは、言えないのだ。

 ハルトにとって、彼女は、なんだったのだろう。

 本当に、面倒なやつだった。

 殺されたがってるくせに、好かれようとしたり。

 近づいたり、離れたり。

 暴かれたいのに、隠したがる。

 誰にもわかって欲しくないとも、わかって欲しいとも。

 それは、ハルトも同じことだが。


 今、ミサキは《カイサン》で身柄を預かられている。


 ミサキは《きさらぎ》ではない。

 彼女が、自分をそう見せかけようとしていたのは、全てはハルトのため。

 手の込んだ自殺のために、あまりにも多くのミスリードを入れていた。

 だから、ランはそれを利用しようとしていたし、カイサンからも誤解されていた。

 ハルトもそのせいで、頭を悩ませた。

 

 だが、ハルトはそれを恨めない。

 むしろ、自分のせいでミサキを追い詰めてしまった借りを、彼女に返さなければならない。

 

 本当に、面倒なことになってしまった。

 ランが仕掛けた、ミサキを犯人に仕立て上げるための策。

 ミサキ自身が仕掛けたもの。

 複雑に絡み合ってしまったそれを解くのに、時間がかかっているのだろう。

 

 もし……、このまま濡れ衣でミサキが出てこれなくなったら。

 

「……あり得ないけどな」

 

 ハルトはミサキが犯人でないことを知っている。

 ミサキを連れ出す方法はあるはずだ。

 それでも、もし。

 本当に、彼女に会えないとしたら……。


「ほんと、どこまでも、ムカつく……早くかえってこいよ」


 その時。

 ばたん、と何か物音がした。

 冷蔵庫の方からだ。

 冷蔵庫が閉まる音……だったと思う。

 びくっ、とハルトは咄嗟にそちらを見る。


 誰も、いない。

  

「……平戸さん? からかってるのか?」

 シホノの透明化を使えば、簡単にできる犯行だろう。

「ハズレ」


 目の前で、ミサキがチョコミントアイスを開けていた。


「……お前、なんで……」

「疑いを晴らしてきた。いやあ、普通に犯人になるつもりだったから、覆すの大変だったよ」

「連絡くらい……」

「驚かせたいだろう」

「ほんと……」

「ほんと? なに? 大好き?」

「ぶちこまれておけばいいものを……」

「あはは。素直じゃなーい」

 お前が言うな、という言葉を飲み込んで、ハルトは彼女から目をそらす。

 なにを言おう。

 なにが言えるのだろう。

「遅いんだよ、バカ。事件、溜まってるぞ。俺がやれることはやってるけど、やっぱり適材適所だ。こういう推理は絶対にお前の方が早い」

「…………それだけ?」

「……おかえり」

「ふふ。素直だ」

「それだけか?」

「ただいま」

 そう言ってから、アイスをスプーンですくって口元へ運び、「ん~」と嬉しそうな声を漏らす。

「そうだ、ハルトくん。たまには横に座りなよ」

「はあ? なんで」

「チョコ、あげるよ」

 テーブルに、ミサキがチョコを置く。

 ハルトはそれならと、深く考えずにミサキの横に座って、チョコを手に取る。

 ハルトの好きなチョコだった。

 何の変哲もない、コンビニで売っている銘柄だ。

「……ハルトくん、なんでチョコミント嫌いなの? アキラは隙だったのに」

「姉さんのことは大好きだったけど、そこだけは本当におかしいと思ってた」

「あ~……アキラも好きだったよねえ。私も最初、舌がおかしいんじゃないかと思ってた」

「俺は今もお前の舌はおかしいと思うが……」

「ねえ、ハルトくん」

「なんだよ」

「チョコミント、食べる?」

「やだよ、いらねえ」

 テーブルに置かれた、スプーンの入ったカップをハルトの方へ寄せてくる。

「え~、私と間接キスなのに~? いいの~?」

「なんでお前なんかと間接キスしないといけないんだよ。2種類の罰ゲームを同時にかよ」

「本当にいらない?」

「いらない」

 ハルトがそう言った時、ミサキはスプーンでアイスを口へ運んでいた。


 そして。


「ダメ」


 ぐい、とハルトを抱き寄せて、強引に唇を奪った。


 のみならず、舌で口をこじあけて、チョコミントアイスをねじ込んでくる。


「おえっ……げほっ……は!? なんっ……てめえ……!? ……死ね!!」

「あははははは!」

「今からでもぶちこんでやるからな!」

 叫びながら、ハルトは流しの方へ走って、ピーチ味の歯磨き粉で口を磨き始める。

「おいしかった?」

「クソまずかった!」

「あはは。私はおいしかったよ、ハルトくんとのキス」


 本当に最悪だと、ハルトは思った。


 この女は、本当に性格が悪い。味覚も狂っている。


 最悪だ、本当に。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。


「お前、それ食ったらさっさと捜査いくぞ。事件溜まってんだからな」


 わからない。


 ハルトはずっと、何度も、自分も他人も騙し続けてきたから、自分の心が、わからない。


 どうして。


 どうして、こんなやつといると、こんなにも嬉しいのか。

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名探偵の殺し方 ――怪異探偵・白銀ミサキの事件簿―― ぴよ堂 @nodoame

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