第19話 真相

 

「そんなところに突っ立って、幽霊でも見たか?」

 脱線した列車の外で立ち尽くすミサキの背中に、ハルトはそう声をかけた。

 ――「そんなところに突っ立って、幽霊でも見たかな?」

「……ああ、最初のセリフか」

 まだハルトが正体を隠してた頃、ミサキが最初にハルトにかけた言葉だ。

「……ハルトくん。……キミさ、あの時……私に見惚れていたんだろう?」

「……ああ。……綺麗だったからな」

「……あれ? 偽物かな? 一回死んでおかしくなったか? 素直すぎる」

「……チッ。……今のはなしだ。事件が終わって気が抜けた」

 忌々しそうに呟くハルト。

「……彼は?」

「生きてる。死んで逃げるなんて許さないさ」

 ランの処遇はどうなるだろうか。

もう二度と、以前のように相棒として共に事件を解決することはないだろう。

 それでも――彼には、生きて、罪と向き合って欲しかった。

 ただ恨むだけということは、できなかった。ハルトも彼も、似た者同士だったから。

 ほんの一瞬、ハルトは思考に沈んだ。

 だが、ハルトの思考を断ち切るように、ミサキは言う。

「……やっと、ここまで来た」

 事件が終わったことに対しての深い感慨を思わず漏らしたのだと、最初はそう思った。 

 だが、違う。

 ――ミサキは口元に怪しげな笑みを刻んでいた。

 違和感。

 まるで、全ての企みが上手くいったような、そんな笑みだった。

「宮地ランは、私なら《きさらぎ》の犯行も可能だって言っていたんだろう? そして今、私は彼の策略で、封印が溶けようとしている。これ、どういうことかわかる?」

「…………お前、何を言って……?」


「宮地ランが《きさらぎ》であることと、私が《きさらぎ》であることは、矛盾しないって気づかなかった? だって、既に彼は『二代目』だろう?」

 

「そんな……、まさか……」

「――私が『三代目』だよ。ずっとこの瞬間を待ってたんだ」

「だったら、どうしてこんな回りくどいことを」

「バカか? 推理しろよ。そうしないと封印が解けないだろう。《きさらぎ》にやらされるのと、自分でやるのじゃまるで違う。私は、私の手で、全てを壊したかったんだ」

「……姉さんが死んだから、八つ当たりってわけか?」

「キミは私のことを何も知らないんだよ。アキラに出会う前の私を知らないから、そんなことが言える」

 これまでと似ているようで決定的に異なる表情をするミサキ。

「…………なあ、白銀」

「何かな?」

 彼女をまっすぐと見据えて、ハルトは言う。

 ミサキが、『三代目』の《きさらぎ》。

 筋は通る。可能・不可能でいうのなら、可能なのだろう。

 ――過去のミサキ。

 つまり、《カイサン》が危惧していた通り、彼女は《怪異の王》で、破壊の化身というわけか。

 衝動のままに全てを壊したい。

 アキラに出会ってからと、《きさらぎ》を追っている時は、その衝動を表に出していなかった。

 今のミサキが本来の姿。

 …………本当に?


「――クサい芝居だな。今さらそれで騙せると思ったか?」


「……なにを根拠にそんなこと」

  

 ハルトは、一歩、また一歩と、ミサキへ歩み寄っていく。

「来るな」

 ハルトは、止まらない。

「来るなと言っているだろッ!」

 止まらない。

 ミサキが拳銃を抜いて、ハルトへ弾丸を放つも、あっさりと斬り落とされる。

「本当にお前が全て壊したいなら、どうして俺を真っ先に壊さないんだよ」

「……気色悪いな。キミのことが好きだから壊さないとでも? 違う……ただ、たった今起きた通りだろ。弾丸を斬るやつはそう簡単に壊れてくれないだけ。……でもさあ――」

 そこで区切って、ミサキはさらにもう一丁の拳銃を抜く。

 脚に仕込んでいたナイフを拳銃へ装着。

 双銃剣――ランと同じ。

 いいや、元を辿れば、これが春日アキラの戦闘スタイル。

「――私は、封印されたままでも、宮地ランよりも強いよ」 

 駆け出すミサキ。

 静かに、彼女は呟いていた。


「春日流――《雪月夜》」


 ランと同じ技。

 ランよりも、鋭く――。

 ――春日流、《雪月夜》。

 本来は、二刀で行う連撃で、相手がどう受けるかを全て読み切り、受け太刀によって相手が何センチ仰け反るか、何秒の硬直があるか、それら全てを掌握し、コントロールする。

 さらに、こちらはどう技を繋げば、最短で次の攻撃に移れるかを、事前に構築。思考による動きのロスを完全に消し去った連続斬撃。

「無駄だ」

 あっさりと。

 跳弾も、銃剣も、全て防ぎきってしまう。

「俺は姉さんの後を継げるように鍛えてきたんだから」

 技の全てを読み切られている。

 ハルトはこの技を自分でも使うことができる。

 それ故に、無数の派生パターン全てを読み切ることも可能なのだ。

 ハルトが『ぬりかべ』でランを倒したのは、そうしなければランに勝てないからではない。

 万が一でも、ミサキに動きを見られるわけにはいかなかったから。

 ハルトがここまでの実力を持っていることも知らずに、その技を仕掛けてくるように、仕向けていたのだ。

 つまり――。

「……全部、わかってた……ってか? なんで……、いつ、から……」

 ミサキが、絶望に満ちた乾いた声を零した。

「お前も、姉さんも、情報をどう残すのかを、全て完璧にコントロールできたわけじゃないんだろう」

 《カイサン》の資料から、情報を消した痕跡はあった。

 それでも、アキラが残している情報には、ミサキの意図が入っていない。

 ハルトがアキラの残していた情報を精査できたのは、一連の《きさらぎ》を追う事件の終盤。

 少ない時間で、アキラの残した情報を整理、調査してやっと見つけ出したものだ。

 そこから、ミサキの意図は推測できる。

 ミサキは、ずっとちぐはぐだった。

 何がしたいのか、読めないやつだった。

 それは、何故か?

 ミサキが隠したかった、真実とは。

「お前が『三代目』の《きさらぎ》なんて、杜撰すぎる嘘だな。本当にそうなら、俺のことは黙って殺すべきだ」

 べらべらと喋る意味がない。

 まるで、殺してくれと懇願するような――いいや、真実そういうことだったのだろう。

 ミサキはずっと、死にたがっていた。

 それは、何故か。

「……なあ、白銀」

「……やめろ」

「姉さんを……」

「やめてくれ……、言わないでくれ……」


 それでも。

 この真実から、逃げるわけにはいかなかった。


「――姉さんを殺したのは、俺なんだろ?」


「……どうして、たどり着いちゃうかなあ…………」


 これが、真実。

 ――あの日、姉さんが死んだ日。

 宮地アイとの対決の日。

 ハルトに関する資料にも、改竄が見られた。

 真実はこうだ。

 宮地アイ――初代きさらぎは、ハルトを殺そうとしていた。

 アキラはそれで追い詰められて。

 結局、ミサキは宮地アイも、アキラも、まとめて手にかけるしかない状況に追い込まれたのだろう。

 例えば、幼いハルトが殺されそうになった瞬間に、咄嗟に銃を撃ったとしたら?

 それが《きさらぎ》とアキラ、両方を殺してしまったとしても、おかしくはない。

 ハルトにその記憶がないのは、ハルトが意識を失っていたか、記憶を消されているか。

 そして、ミサキはあの日を――アキラを失った日の全てを隠した。

 全て、自分の罪にした。

 ミサキからすれば、その状況を防げなかったことが、自身の落ち度で、罪だと思っているのだろう。

 だが――。

「お前は……、本当に……。何度も思ったことだけど、本当に……ふざけたヤツだ。なんでお前に、俺の罪を取られなくちゃいけないんだ」

 許せなかった。

 なによりも、許せないことだった。

「結論は出た――お前は、俺が殺す」

 崩れ落ちて、涙に濡れていたミサキ。

 だが、その瞳に希望が宿った。

 殺してくれる。

 終わらせて、くれるのか。

「殺してやるから――それまでお前は姉さんの代わりに、名探偵でいろ」

「……なんだよ、それ。誤魔化すなよ。ちゃんと、私に、罰を……!」

「知るかよ。お前の命は、俺のものだ。文句言うな。だから……お前の命をもらう代わりに……」

 ハルトはミサキの目の前に、刀を突き立てた。

「俺の命と、交換だ。預けておく」

「…………、」

 沈黙が、流れる。

 そして……。

「……いやだ……、いらないよ、キミの命なんて。さっさと、殺してくれよ」

「……はぁー……」

 ハルトは、大きく溜息をついてから、いじけたような声を出したミサキを見つめた後に……。

「……ミサキ」

「……ハルトくん……今……」

「本当に、いらないんだな? 死にたいんだな?」

「……。ああ、殺してくれ」

 座り込むミサキに対して、ハルトはしゃがみこんで、目線を合わせる。

 そして――。

「――白銀ミサキ」

 いきなり、名前を呼んだ。

 訝しむミサキ。

 構わず、ハルトは続ける。

「俺は、お前が、心底嫌いだ」

「…………はあ?」

 いきなり何を……と思ったが、そこで気付いた。


 ――「――白銀ミサキ」

 ――「なにかな、春日ハルトくん」

 ――「俺は、お前が、心底嫌いだ」

 ――「私は、キミが好きだよ」


 これは、以前ミサキの家で張り込みをしていた時の会話だ。


「わけのわからないことしか言わないお前が、本当に不愉快だ」


 ――「からかいがいがあって、とっても可愛いね」と、以前はそう返した。

 この後のセリフもわかっている。

 ――「お前の全部を暴いて、吠え面かかせて、殺してやる」


「お前の全部を暴いて、吠え面かかせて、殺してやる――そう言ったはずだ。全部、だろうが。お前は、未だにわけがわからん。……まだ、全部を暴いてないんだよ」

 ミサキは覚えている。

 この後、どう返したのかを覚えている。

 でも、それはダメだ。

 決めたはずだ、ずっと以前に。

 自分は死ぬべきだ。

 それはなぜか。

 あの日――アキラを救えなかったこと。でも、それよりもずっと前から、思っていたことだ。

 生まれるべきではなかった――……ずっと、そう思っていた。

 ミサキは普通の家庭で生まれて、普通の幸せを知っていて、それを突然、『怪物になれる素質がある』というだけで、全て奪われている。

 その時点で絶望しているというのに、そこから施設での地獄の日々。

 《玉藻の前》と適合させられて、怪物になれば、大勢の人を殺す。

 殺戮のための兵器に作り変えられるようなものだ。

 ミサキの人生には、辛いことしかなかった。

 ――――本当に?

 

 ――「いつか、俺がお前を自由にしてやるよ」

 

 遠い過去。地獄の底で、ミサキは出会ったのだ。

 同じように、あの施設で地獄の中にいたハルトと出会って、約束をした。

 それを支えに、生きてきた。

 アキラの弟がハルトだと知った時、運命だと思った。

 だからこそ、その『運命』を、自ら踏みにじったことが、どうしても許せない。

 ミサキがもっと強ければ、アキラは死んでいない。

 ミサキは、自身の人生で最も大切な二人に対して、取り返しのつかない罪を犯した。

 アキラを死なせた。

 ハルトから、大切な人を奪った。

 だから、もう終わりにしないといけないのに――……。


 ――「まだ、全部を暴いてないんだよ」


 ダメだ。

 言うな。


「私の全部を知って、ちゃんと私を殺してね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る