第38話

    六十六


「今日は、ご一行ですね」

 須黒の問いに、

「赤瞳さんが、ご老公ですからね」

 斉藤まるの悪ふざけに、須黒が困惑の色をみせた。


「高橋さん、一寸宜しいですか」

 岡村が高橋を連れだって、少し離れた場所に移動した。

「皆さんは、電素の精製過程でも見学しませんか」

 須黒が半ば強引に、研究室に導いた。


「如何したのですか」

 高橋は、岡村の意図を突きとめられないのを白状した。

「以前に話した新元素ですが、原子の可能性があります」

 岡村も高橋の素直さに感化されていた。


「水素レベルの質量比のものが、原子になる理由は、なんでしょうか」

「合成の理論は、『触手の結合』若しくは、『面と面の接点』というのが定説です」

「化学記号式の論理ですね」

「数学の『侵食結合』は、生物学では、『物理的に有り得ないもの』とされています」

「それは、科学者の傲慢ですね」

「論理を確立しなければ、道筋がたちません」

「私も以前は、そう考えていました」

「今は、違うのですか」

「はい。」

 高橋の即答に、岡村は疑心暗鬼を生じた。高橋がそれを見とり、

「卵子と精子の結合力が、生命の神秘です」

 唖然とする岡村を見据えて、


 始まりの感性様は、御自身の内に湧き出した想いに蹂躙されたことでしょう。

 苦悩にさいなまれた結果、リトルバン(規模が小さい破裂)を引き起こしました。

 見方みかたを変えるとそれが、パニック状態に陥る人間の本能になります。

 円満を求める人間にとってのそれは、埋められない空間の存在を示唆しさします。

 一単ひとえに言えば、空間を埋める為に、『ぼろ』が必要です。

 『ぼろ』が空気であり、空間的認識上、目に見えない『なにか』という事実を隠す為に、理論が存在します。

 人が総ての大元ではありません。その観点を捨てない限り『平等』に到りません。 

 

 宇宙の倣わしを当て嵌めるならば、総ての大元は感性様です。感性様を軸とする広がりが、宇宙なのです。そしてそこに辿り着くまでの困難が試練になります。幾重にも重なることで、ぼろが必要無いものになります。

 重なる部分にあるものが共存(共用)であることを忘れないで下さい。共存を数字に当て嵌めるならば、無限大を願うことが感性様の思惑です。数に制限のある素数が共存部ならば、平等に到りませんからね。

 平等を大事に扱い過ぎるのも、矛盾を生み出します。個体差に平等を主張すれば、抵抗力が働くからです。そしてその抵抗力に平等を主張すれば、強制(矯正)力が生まれます。循環の法則は、遡ることで永遠を極めるものでしょう。三竦みがそれを教えてくれますよね。

 高橋が笑顔を見せてひと息入れた。


「赤瞳さんが言った『人の祖先は恐竜です』も、研究するべき事項なんですね」

「曖昧が許される理由は、『手が届かない』

『見えない』というどうにもならないことに尽きます」

「なるほど」

 岡村の納得を確認して、高橋が続けた。


 人が疑問を持つことは、今が始まりではないからです。新型コロナウイルスのように、突然変異はありますが、ウイルスや細菌の悪性化は今に始まったことではありません。

 そう考えられれば、矯正力が働いたことを知ります。知れば理由を解明します。これこそが罰と認識するしかありません。そうなれば、罪の意識に気付きます。総てが、人間が完成体でないことを現します。

 法が完成するには、時間と労力を要します。それでさえ手玉に取る輩が存在します。理解力という個人差を悪用されただけで、騒ぎになりますから。


「グレーゾーンという、胡散臭い御託が並ぶからですか」


 その通りです。

 『文字の文化』

 『言葉の文化』

 文化には、『流行り』『廃り』が伴います。

 

「『沙羅双樹』ですか」

 

 今回の一件で、『必衰』に持って行く所存です。


「だから、磁素に拘っている? のですか」

「最後の最期と云われる理由? と考えています」

「感性様の意思表示なんですか」

「日本人が絶滅危惧種になってしまった理由。だと受け取りました」

「高橋さんの目標は、赤瞳さん? ということですね」

「赤瞳さんが、標ですよ、と仰るから、見定めてしまいます」

「今の『凛々しさ』を理解できました」

「正対しなければ、見えないものがありますからね」

「解りました。私も正対します」

「協力し合い、磁素を発見しましょう」

「感性様の切り札ですから、『感素』と命名しませんか」

「す・素晴らし発想ですね」

「私の名は『天音あまね』ですからね」

「良い、お名前です」

「母の発案らしいです」

 岡村の見上げる空間に、感性と孝子(母)が重なっている。無邪気な笑顔から溢れ届く優しさが周囲を満たしていた。



「これは珍しい現象ですね」

 うさぎは裸眼で元素を確認して言った。

「見えるということは、頼もしい許りでなくて、時に恐さすら感じますね」

 谺の本心が、その場の空気に熱量を与える。何の気なしに聴いている言葉が、心に変化を齎していた。

「元素の持つ特質は、個性と見れば納得できます」

「面白い表現をしますよね」

 須黒が同意を求めていると知り、うさぎが谺に目配せした。

 谺がそれを受けて、語り始めた。


 始まりが感性である以上、想いの付属部分も変化します。一般的に感性と言わず、感受性と言います。感動を始めとする喜怒哀楽で、人の行動が変わるからです。泪することや身の凍る思いを筆頭に、行動こそが人間の本能と割り切ります。

 人間の近親はホモサピエンス説が強いですが、赤道上の海から登場説や、魚類からの進化(人魚)説もあります。その理論を支えるのが、固体育成時期の変化が有力です。それこそが矯正力と考えます。成体時に総ての臓器が均一に造られるでしょうか。

 僕の父は、臓器はひとつ一つ造られる。その過程の型を、一億年の進化と称して洗脳しているだけ、と言い切りました。テレビというマスコミが、刷り込んだ歪曲された情報になるからです。

 思惑があることは、物心を持てば理解できます。例にするべきではないですが、維新を唱えた英傑たちが現在をみて、これが日本の夜明けが齎した現実か? と嘆くはずですからね。

「想いの『履き違え』は憑きものですよ」

 うさぎは、谺を気遣い進行を阻んだ。


「赤瞳さんが、見据える未来が違う。と言ったことですか」

 斉藤まるが、恐れながら呟いた。

「今の時点が、本筋とかけ離れているからだと思うよ」

 須黒の横やりは、常識の範疇を指していた。

「冷静に経験を活かして考えて下さい」

「科学者のサガを棄てきれません」

「いえ、須黒さんは既に、捨てています」

「何を根拠に云われるのです」

「教授という自尊心が、捨てたものを惜しんでいるのでしょう」

「それは違います」

「何故認めないのですか」

「実績が残っているからなんでしょ」

 斉藤まるが、口を挟んだ。

「目の前にちらつき始めました」

「学長という権威ですか」

「・・・」

「僕の父は、その権威を嫌い、勇退しました」

「谺君の父親も、教育者だったんですか」

「伊集院さんや中里さんに教鞭を執っています」

「東大ですか? 勿体ない」

「命の重要さに、東大もクソもない。と言って豪快に笑い飛ばすかたでした」

「人が寿命を全うできる当たり前の日常。それが口癖でした」

 斉藤まるが言った谺を労っていた。後は、言葉なんていらない。そう感じさせる充実感が、その場にはあった。


 岡村が、高橋をエスコートしながら合流した。


「今回は六カ所での対処を想定しています」

 うさぎが本題を口にした。

「六カ所もあるのですか」

「歌舞伎事変を参考にして、研究生全員が必要になります」

「もとよりそのつもりですよ、斉藤まるさん」

「僕たちが役に立つ為に、情報の可視化を唱えたのですからね」

「今回は、研究生だけでなく、運動部も必要になります」

「どういうことでしょうか、谺さん」

「総選挙に出られる議員さんたちが行う、街頭演説の人混みが、事件現場になるからです」

「駅前とかで行うスピーチが、現場となるのですか」

「また、説明責任を問われるんですか」

「蹌踉めく被害者と、自壊する犯人を、一般市民の眼から遠ざけます」

「うちの大学が駅伝の強豪校だからですか」

「柔道・合気道も強いですよね」

「いちチーム十名以上になります」

「お友達に声かけしてもらえますか」

「任せて下さい」Χ大勢

 研究生たちの快い返事に、一同が胸をなで下ろした。

 高橋が詳細を廻し、

「選挙最終日がXデイです」

「ケアレスミスを無くす為に、シミュレーションを怠らないで下さい」

「液素・軟素・伝素・電素の補充確保も同時にお願いしますね」と、要所を伝えた。

 

 若者たちは当てにされたことに感激して、志を高く持っていた。その熱気に押し潰されないように、四名が気を引き締める。

 交わす笑顔が、未来に繋がると、うさぎは確信していた。

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