第39話

    六十七


 数ヶ月に渡るシミュレーションをこなして、グループが機能し始めた。


 週末の人々の動きに合わせることに慣れる。簡単なことほど難しいものである。若者たちの適応能力は高いが、隠す為の行為でしかない。


 立ちはだかる不安は、想像以上に辛いものであった。何故なら人は考える生き物で、無意識下で行動している。それに併せる動きには、思考すら伴わない。それが当たり前の日常に蔓延っているのである。


 当たり前の光景にする為に、ただただ時間を費やした。ひとくちに場所柄というが、集うものにも個性がある。尊厳を護る為に行うものであっても、お他人様に反感を抱かせない。心配りの総てが、ジレンマに繋がっていた。


 『未曽有』を予言したものの、『まさか』というほどの末期的状況に口惜しくなる。嘆く許りでは、埒があかない。流れに身を任せながら、是正に努めていた。少しづつ目と身体を慣らすことが、時間を要した理由であった。


「疑問は拭えましたか」

 うさぎは、若者たちの心労に投げ掛けていた。

「無感心のような行動、と思っていましたが、根が深そうですね」

「絶滅危惧種に据えられた理由ですから、一筋縄にはいかない、とは考えていました。その考えですら、舐めていたのかも知れないですね」

「言葉の暴力。文字での暴力。苛めがまかり通る現在の、縮図といっても過言ではないですからね」

「自己利益を主張することが、妖かしを増長させて、終ったのでしょうか」

「理由はそれぞれにある、なんじゃないですかね」

「まるで魑魅魍魎たちに、説法をしているようじゃないかな」

「いっくんと中里さんは、新元素の発見会見で、身に染みたのでしょうね」

「こんな人たちを扶ける意味があるのか? 情けなくて侘しかったですね」

「新旧交代をまごつく理由だろうね」

「老いが身につまされる。先人たちの苦悩にしては、なりません」

「祖先から受け継いだものだった? んですか」

「結果が変わる理由は、正対して真摯に受け止めるからです。目先がぶれるように、心も? ですからね」

「その場限りに濁しても、淀みが沈むだけ、でしょうしね」

「ひとつづつ浄化して、流れに戻すだけ、ってことなの」

「手間が掛かるから、多くの方がスルーするんじゃないかな」

「つけが廻るとは、本来そういうこと、でしょっ」

 小野は何気なく吐き出したが、一同が納得していた。


「運動部の方々は、馴染みました? か」

「私のグループには男性が多いですが、たくましいと感心するばかりです」

 高橋が嬉しそうに語った。

「須黒さんが、岡村さんを大事にしているのと、一緒ですよね」

 斉藤まるが空気を読めずに発言した。

「赤瞳さんが二カ所に関与しなくていい為の措置でしょう。まるは先が読めないんだから、出しゃばらないんだよ」

 斉藤がそれをたしなめた。

夫婦めおと漫才はほっておいて、自害はできるだけ避けてくれよな」

 中里が、一同に活を入れた。

猿轡さるぐつわと結束帯の使用方法は周知したよっ」

 小野は装備品を入念に調べている。

「あっくんが調べた、総理の立ち寄り順ですよ」

 小嶋は言い、資料を配る。

「各現場にマイクロバスを用意していますが、このスケジュール通りなら、応援も予定に入れておいて下さい」

 石はイレギュラーを念頭に捕捉していた。

 最終日を前に、一同がそれぞれに抜かりなく準備を整え終えていた。



    六十八


 池袋担当の谺は、小野と一緒に最終調整をしていた。

「研究生たちの判断に任せましょう」

 小枝のような路地が、無数にある駅前は、歩道が比較的狭い。

「了解。呼ばれた路地に向かうんだねっ」

 小野はグループのメンバーたちを信用している。役割に口を挟むつもりは更々なかった。メンバーたちは、若いエネルギーを、期待への『返し』に変換していた。



 新宿駅アルタ前に近いロータリーで、斉藤がもんどり打っている。

「室長は何処に居るの」

 研究生の一人が、

「先ほど地下に降りていきました」

「有難う。チャンネルは5番に併せておいてね」

「5番ですね、了解です」

 斉藤は昨夜、石に「チャンネルは、総理の行動の逆算方式です」という言葉を、思い出していた。

「池袋が6番だから、ここが5番よね」

 無意識のうちに、不安を呟いてしまう。

「テス・テス、斉藤さん聴こえますか」

「大丈夫ですよ、室長。ちゃんと聴こえていますよ」

 顔を顰めながら応答していた。溜息交じりの嗚咽を吐き出して、意気込みを取り戻そうとしていた。



 渋谷のハチ公前に、石が佇んでいた。

「勝手知ったるハチ公前かも知れませんが、段取りだけはつけて措いて下さいね」

「この人混みを避けるには、意表を突くしかないさ」

「また、変更するつもり? ですか」

「地下ののれん街への階段下が、穴場と見ただけだよ」

「解りました。チャンネルを4番にしておいて下さい。変更は受け付けますが、イレギュラーは想定して下さい」

「はいよ~」

「メンバーの皆さん。階段下のスペースに、伊集院さんがいますので、宜しくお願いします」

「了解~」Χ大勢

 石は、伊集院が歌舞伎町事変で懲りていることを知っていた。だから目くじらを立てないようにしていた。



 品川駅前の高橋は、岡村とメンバーたちに笑顔を見せていた。

「チャンネルは3番です。私は他の場所のチャンネルを聴きますので、質問は岡村さんにお願い致します」

「私たちは、テロリストを特定したら確保が先になります」

「救助者を出さないのですよね」

「任せて下さい」Χ数名の男子

「武道の有段者揃いですが、気を抜かないで下さい」

「大丈夫です。研究生がバックアップして、死亡者ゼロどころか、負傷者ゼロにしてみせます」

「健闘を祈ります。それでは持ち場にて待機して下さい」

 チームワークは、随一であった。



 東京駅チームは、丸の内口にいた。

 斉藤まるがブツブツと呪文を唱えるように、シミュレーションをしている。

「先生、蘇生はガード下のスペースでいい? のですか」

「近い場所で、人様の少ない場所なら何処でもいいさ」

「臨機応変、ということですね」

「チームワークは、ホウレンソウだからね」

「この場合、相談はないでしょう」

「そうだね。チャンネルは2番だから、各自確認して、持ち場につくとしよう」

「了解」Χ大勢

 スマホを取り出してチャンネルを併せた。

 一人づつ、「テス・テス」と確認を終えてから、散らばって行った。

 斉藤まるのスマホは、須黒の手によってチャンネルが合わされた。



 新橋駅広場にいる結衣が、

「はるちゃん、メンバーの皆さんと、最終チェックをお願いします」と言って、戦列を離れた。

「あっくん、結衣さんをお願いね」

 うさぎが、小嶋に云われ、結衣を追った。


 物陰に隠れるなり、結衣が蹌踉めいた。

 うさぎはそれを見て抱き支えた。

『大丈夫ですよ』

 返した口調は、卑弥呼であった。

 うさぎは静かに頷いた。

『私の胸騒ぎが何か解りませんが』

 卑弥呼が懐から、玉手箱を取り出した。

「これは」

『感性様が、私に托したものです』

「感性母さんが、ですか」

『今必要か? は解りませんが、あなたに預けて措きます』

 卑弥呼が、うさぎに手渡した。

 うさぎは何も言わずに受け取った。

『両の手で抱く(包む)と小さくなりますよ』

 囁くように教えた。

 うさぎが云われるままに行うと、玉手箱がみるみるうちに小さくなり、米粒ほどに縮小した。

 卑弥呼は身振り手振りで、それを耳の中にと促した。

 うさぎが見倣うのを確認して、

『托しましたからね』と言って、内に戻って行った。

 結衣がスッキリして、メンバーの元に踏み出していた。うさぎは無言のまま、結衣に追いて行った。


「何が起きようとも、死傷者ゼロを目指しましょう」

 小嶋の雄叫びは、周囲の眼を惹くものであった。恥ずかしそうにしたメンバーたちが、それぞれに散って行った。

「小嶋さんも、中々やるわね」

 結衣が、吐き出すと同時に走っていた。

 うさぎもその光景に絆されて、小走りになっていた。


 

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