第37話

    六十三


 戻った四名は、スマホで撮った五枚の画像を、パソコンに取り込んでいた。終了すると印刷している。


「北の民族と思われる輩は、五名居ました」

 石は印刷した写真を渡しながら説明した。

「五名も居たのかい」

「ジュガシビリの管理する者ということですね」

「補佐役まで突きとめられませんでした」

「必要ないんじゃない」

「どうしてよ、伊集院さん」

「大量殺人は過去に、失敗しているからさ」

「今回のターゲットが、五名ということなの」

「それを確認する方法は、お告げしかないよね」

 石は不可解な面持ちを、うさぎに向けた。

「赤瞳さん、どうなんですか」

 一同の期待を前にして、うさぎが説明し始める。


 夢は、いくつかの場面を構成していた。

 延期となったオリンピック絡みと視れるものから街頭演説まである。

 犠牲がターゲットとなるものなのか解らない。それぞれに被害者が居るようにみえるが、恐怖に怯えおののくことが目論みにもとれる。情報収集で、目的を推理するしかなかった。


 石は高橋を連れて、東京駅周辺を調べることになった。週末の賑わいに便乗することを考慮して、くまなく調べるつもりでいた。


 斉藤は斉藤まるを率いて、歌舞伎町周辺を散策すると言った。範囲は広がるが、駅前での演説を視野に入れて想定していた。


 小野は小嶋を伴って、渋谷駅をシラミ潰しに当たると吐いて意気込んでいた。行き交う人の多い場所は、想いが乱雑に交錯するからである。


「キーワードは、レンガの壁面です」

 うさぎが投げ掛けた。

「了解」Χ六。

 六名が慌ただしく部屋を飛び出して行った。うさぎはそれを見送り、伊集院に向き直った。


「池袋駅周辺も、気になります。谺を連れて調べて貰えませんか」

「はいよ」

「結衣さんは、私と一緒に行きましょう」

「何処へ行くつもりなの」

「品川駅です」

「品川駅」

「駅の利用者数が多い場所は、調べておくべきと考えます」

「乗り換えの為の利用者数でも、関係するの」

「赤瞳さんの警戒心に従ってご覧、結衣さん」

「中里室長は、意図が読めているのですか」

「品川駅から、新橋駅は近いはずだよ」

「新橋駅」

「SL広場に行くと、レンガの壁面を理解できるはずだよ」

「中里室長が、そう言ってますが」

「不安要素を潰してきたいだけです。行きますよ」

 うさぎは言うと、前だけを見据えて歩き出していた。結衣が疑念を抱いたまま、後を追って行った。



    六十四


 それぞれが一通り怪しい地点を記して、執務室に戻ってきた。

 石が

「空調設備に怪しい仕掛けは無かったです」と言い、

「歌舞伎町事変での学習は、薬が作用するまでの時間差の把握に至ります」と、高橋が付け加えた。


「新宿駅周辺は、バスタ前とアルタ前あたりが怪しいわ。候補者を限定できれば、一点に絞り込めるわよ」

 斉藤が報告をあげ、

「狙いは、米国との交渉権を持つ大臣でしょうね」

「そうなると、総理の応援がポイントだね」

「実は、赤瞳さんと行った新橋駅前SL広場で、総理の秘書さんに遭遇しました」

「公認秘書さんが、『私設秘書を雇った』と愚痴を零していました」

「総理の疑念からでしょうか」

「党の執行部がつけたらしいですよ」

「結衣さんも一緒に居たの」

「はい」と応え、もぞもぞとスマホを取り出して、写メを見せた。

「まる、PCに取り込んで印刷して」

「がってん承知の助」

 斉藤まるはおちゃらけてみせたが、誰も意に介して無い。


 プリントアウトされたものが、全員に手渡された。

「まるちゃんさぁ」

「なんですか、はるちゃん」

「警察のデータベースに照会出来ないの」

「無理です」

「過去に失敗して、あたしたちに追われる羽目になったもんねぇ」

「高橋さん、須藤さんに送って下さい」

「はい」

 高橋は直ぐに写メを送る準備をして、

「コメントは如何しましょうか」

「過去の経歴を教えて下さい。と記して下さい」

 云われるままに添付して送っていた。


 数分間 緊張感に打ち拉がれて、固唾を呑まされ続けていた。


「返信メールが届きました」

 高橋は云うなり、画面をアップした。

 折り重なる位置取りで、一同が画面にくぎ付けになった。


 写メの人物は、木村太郎という元暴力団員です。懲役中に脚抜け(組抜け)をしています。

 更生の為に、荒木 たける弁護士が後見人になって経過観察中です。


「如何しましょうか」

「知らせた方が良いよね」

「知らせていいの」

「どういうことよ。説明してよ、室長」

「与党内に派閥があるよね。表面を取り繕っていても、腹の中は解らない。ということさ」

「後釜を狙っているのかしら」

「脚の引っ張り合いが、政治に影を落とすことがあるよね」

「与野党の垣根があるからね」

「理念の違いじゃないの」

情報元ソースは、失脚という結末で得をするものだから」

「任期が長いものが、派閥の代表になりますからね」

「人脈は関係ないの」

「人脈は、知名度に勝てないよ」

 政治論議に業を煮やした高橋が、

「赤瞳さん、埒が空きませんから、返信文を仰って下さい」と、談話をぶったぎった。

「経過観察中ですが、総選挙に策を講じるものの可能性あり。ではどうでしょうか」

「総理の私設秘書。は入れなくても良いのでしょうか」

「その情報は既に入っているはずです」

「選挙期間中も、警備がつくの」

「演説場所の混乱を避ける為に配備できるけど、候補者は議員ではないです」

「警備対象は、内閣の発足以後が基本だよ」

「想定内のはずです」

「だから、まるちゃんの同期をだしに使ったの」

「視ている未来さきの問題だよ」

 中里の言葉が、重く感じられた。

 老人ホームの事件から、総選挙まで見通した。警察庁次官の見据える未来は、日本国内の安全を維持することに尽きていた。

 今の彩りは、献身的に身を粉にする者の犠牲上にある。当たり前を創り出した先人たちの苦労は計り知れない。

 耳が痛いものが多い現状は、妖かしに取り憑かれても不思議はなかった。



    六十五


 それぞれが、想いを寄せることに終始していた。

「総理の応援が、決め手になるんじゃないかなぁ」

 伊集院は、中里の変わりに口走った。そのくせ、

「中里が動くと、テロリストたちに警戒されちゃうよね」とほざき、

「割り振りは、あっくんがしてるよね」と、勝手に締め括った。

「注射器の使用資格なら、僕と結衣も持っていますよ」

「えっ」

「臨床検査技師の資格はとったからね」

「須黒さんと岡村さんも持っているらしいです」

「岡村さんもなの」

「准教授の資格取得に必要と聴きました」

「ジュガシビリと五名の同時進行にも備えられますね」

「同時進行の可能性もあるのっ」

「あっくんさぁ、助手さんも割り振っちゃえば」

 伊集院にそそのかされて、うさぎが口を開いた。


 歌舞伎町で馴染みのある中里さんが、新宿駅でどうでしょうか?。

 助手さんは、斉藤さんが良いでしょう。


 渋谷はテリトリーのいっくんです。

 助手さんは、石ちゃんです。


 池袋駅は下見をした谺です。

 助手さんは、小野さんにしましょう。


 東京駅は、須黒さんにお願いします。

 助手さんは、斉藤まるさんです。


 品川駅は、岡村さんに頼みます。

 助手さんは、よしみのある高橋さんです。


 新橋駅は、結衣さん。

 助手さんは、小嶋さんです。

 私が小嶋さんのフォローをします。


 如何でしょうか。


「異議なし」Χ十  


 満場一致であった。

 うさぎは、

「高橋さん、K大学に同行して下さい」と続けた。

「僕も一緒に行きます」

 谺の発言と、斉藤まるの挙手が伴う意志表示であった。

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