第32話

    五十


 嵐のように過ぎた二日間も一過性と思えるほどの静けさに包まれていた。

 皆が口篭もる理由は、それぞれにある。

 気が弛んでいるのは見て取れた。中里・伊集院・うさぎの三名の姿が無いことで、箍が外れてしまっている。

 

 須黒が岡村を伴いやって来た。

「此処が執務室だよ」

 開け放たれたドアから、これ見よがしに聴こえていた。

 高橋がそれに気付き、席を立った。

「ようこそ、岡村さん。狭苦しいところですが、どうぞお入り下さい」

「失礼します」

 律儀に会釈をして中に通された。


「あれっ、中里さんは居ないようですね」

「室長は本日、所用で出払っています」

「所用ですか」

「何かお急ぎのご用件でしょうか」

「昨日、帰校してミーティングした所、ゼミ生たちからの質問にてんてこ舞いしてしまいました」

「質問ですか」

「ケータイも繋がらないので、来てしまいました」

「実は昨夜、私に連絡が入り、急用で暫くのあいだ執務室に顔を出せない。と言ってました」

「出張ですか」

「まぁ、似たようなものです」

「赤瞳さんや伊集院さんもお留守のようですが」

「責任者ですから、揃って行かれました」

 高橋が参ったと許りに、俯いた。


「高橋さん」

「何でしょうか? 岡村さん」

「隠し事は、止めて下さい」

「別に、隠している訳ではありません」

「それなら谺さん」

 谺が、『ぎくっ!』とした。

「赤瞳さんに、連絡をとって頂けませんか」

「い・いや。連絡先を知らないんですよ」

 谺のオドオドした態度で、嘘はばれていた。

 岡村は、

「メールアドレスを教えて下さい」と、いきり立った。

「ご免なさい」

 結衣が立ち上がり、詫びながらお辞儀をした。

「実は昨日のことが、ニュースになってしまいました」

 谺が口を割リ、へつらいわらう。

「それは、私も見て、知っています」

「私たちは、内閣府の分室ですから、総理に言われるままに、報告書・顛末書・始末書・反省文・説明文の提出を求められています」

 高橋も、謝辞しゃじを投げてしまった。

「始末書?、何故ですか」

「死人を甦らせた説明責任が、発生しています」

「ニュースのせいですか」

「死の概念を覆してしまったからです」

「今までのことは、どうなるのですか」

「一般人の方々の眼に触れていないので、煙に巻くようです」

「そんな。理不尽過ぎます」

「そう言われても、甦らせたのが、殺人犯ですから・・・」

 岡村はそれで、後を口に出来なかった。

「取り敢えず、メールを送りますから、少し冷静になり、待ちましょう」

 高橋は言うと、うさぎのスマホにメールを送った。その時閃いて、二通のメールを追加で送っている。二人には、中里と伊集院に送ったことにした。


 スマホが普及したことで、誰でもが直ぐに動画を撮ることが可能になった。良否を言えば、きりがない。三十分を超える蘇生を、一般人の方々の前でおこなってしまった。手段の選択を間違えた、とするしかなかった。



    五十一


 うさぎからの返信が帰ってきた。

 須黒と岡村がそれを読み、慌てて出て行く。

 高橋はその旨を返信した。胸をなで下ろし安堵の表情を見せていた。



 国会図書館の入り口は、厳重警備が敷かれていた。警備員が立つその場所は、要人の安全が施され、議員ですら入室出来ない。


「何故ですか」

 岡村は守衛に食いついて引き下がらない。

「だから、規則なんですよ」

 守衛は言うと岡村の居る側から、反対側に場所を移した。

 岡村はそれでもなお食い縋る。

「規則は解りますが、中に居る知り合いに取り次ぐことも、して頂けないのですか」

「私自身が関係者ではないので、中に入れないんですよ」

 岡村はその返答で、引き下がるしか出来ない。

 須黒はそんな岡村を支えるように、隅に連れて行く。

「中が見えるガラス張りなんだから、ここで待とう。用足しか何かで出てきたら、呼び停められるじゃないか」

 須黒は言いながら、無性に溢れる自身のいち物を、押し殺していた。残念なことに諸用事トイレは、更に中に入ったところに配備されている。


 二人は、ガラス張りの中に掲げられた時計を見て、刻んだ時間を理解していた。


「総理、お待ち下さい」

 秘書に呼び停められながら、総理大臣がやって来た。

 ご立腹の様子は覗えたが、八つ当たりには見えなかった。

 姿を確認した岡村が咄嗟の機転で、

「人助けをすることは、悪いことでしょうか」とほざいて見せた。

 総理がそれで立ち止まる。

「アメリカの諜報員の命を救うことは、恩を売ることに繋がります」

「利いた風な口を叩くな」

「聴いてはいませんが、その蘇生現場に居ました」

「中里の部下か」

「いえ、蘇生に必要な特効薬の開発と製造に係わる研究員です」

「研究員如きが、政治に口を挟むのか」

「いえ、総理の説明会見の資料作成を応援に来ましたが、関係者以外立ち入り禁止と阻まれています」

「どういうことだ」

「警備員は、総理の足を引っ張りたいのか、と思われます」

 総理が警備員に目をやり、近付いた。


 外の騒がしさに気付いたうさぎが現れて、

「それは違いますよ、岡村さん」

「うさぎか、帰ってたのか」

「ワシントンでは、お世話になりました。お元気そうで何よりです」

「おい」

 総理が秘書を呼びつけた。す・す~と秘書が近づく。

「二人分の許可証を持って来なさい」

「有難う御座います、総理」

「御面倒をお掛けしました。申し訳ありません」

 うさぎの後を追うように、中里が現れた。

「いや、民を護る高貴な志は、政治家だけではない。疑って済まなかった、岡村さんとやら」

「ご理解頂き、有難う御座います」

「しかしなぁ、中里。民の面前でおおっぴらにやり過ぎたなぁ」

「申し訳ありませんでした。米国の策略に躍らされて終いました」

 伊集院が、現れて言う。

「それで、あちらさんは何を企んでいるんだ」

「見えない新元素ですから、こちらの進行状況を確認したいのでしょうか」

「うさぎが、アメリカの科学者を苛めたから、じゃないのか」

 言った総理が、思い出して噴き出した。

 その隙に、うさぎは近付いて、岡村に自分のパスを手渡した。中里も追いていき、須黒にパスを手渡す。

「中里」

「何でしょうか」

「説明会の資料はいつできる」

「一週間程で完了する、と思います」

「駄目だ」

「そう言われましても」

「会見は、明日のこの時刻に開く」

「解りました」

「無理ですよ、赤瞳さん」

「五人で作成するのですから、総理の面目を保つものは作れますよ」

「目を通すから、二十二時間後までに作成せよ、良いな」

 総理は言うと、来た時とは反対の上機嫌で戻って行った。

 須黒がパスを使い立ち入り禁止区域の侵入に成功した。

「お手数をお掛けしましたね、警備員さん」

 嫌みを込めて、岡村が言い放った。

「許可証は、後で採りに来ますから、預かっておいて下さいね」

 うさぎは言うと、踵を返した。



    五十二


 帳がいそいそと明けた。

 ことの外忙しい一日は、結衣の愚痴から始まった。

 一昨日の経験は絶大なものになっている。


「救急隊員は救命士なんだから、軌道挿入にすれば、一石二鳥になるわよねぇ」

「掛け合ってみる価値はあるわよね」

 斉藤がそれに同意した。

「だったら、交渉してみたらっ」

 小野は言い、中里を指差している。


「順序を踏まないと、纏まるものも纏まらないよ」

 伊集院が、口を挟んだ。

「そういえば、何で今回は二回続いたんだろう」

 中里が、視点を変えた。

「如何してなの、赤瞳さん」

「渋谷の事件は、偶然の一致だったようですね」

「偶然だったの」

「同じ夢を二回みましたから」

「どういうことでしょうか」

「石ちゃんたち一期生には話しましたよ」

「いつ」

「夢の正体のことですよ」

「夢の正体」

 うさぎは深呼吸してから語り始めた。


 大気中に漂う電磁波は、幾つかの種類に分かれています。

 大雑把に言うと、具現化できるもの。

 皮膚呼吸で吸収されるもの。

 光の熱を散らすもの。 です。

 私の勘違いは、皮膚呼吸で吸収されたものが脳に届き、心が勝手に具現化します。それで詳細がずれたり、あやふやになります。

 絶対と言い切らないのはその為です。


 具現化すると一単ひとえに言いますが、一枚の写真の時があれば、数枚の時もあります。

 その数枚の時でも、活動写真のように連続するものと、重ならないものがあります。

 今回は、重ならない時のもの、ということになります。


「要するに、お任せなのかな」

「私は、経験に基づく判断、と考えています」

「何故、ですか」

「若いときに見た夢は、心をさいなむものばかりだった。と言ってました」

「震災・落雷・火災・叱責と、心を蹂躙され続けましたからね」

「それを、地震・雷・火事・親父、って表現したんだったよねっ」

「そんなこともあったわねぇ」

「一条拓哉・杉野一夫事件の時でした」

「石さんたちの経験は解りませんが今回に当て嵌めると、勘違いの行方が気になります」

「そうだね」

「分担しますか」

「赤瞳さんの意見は」

「頼って許りでは、進歩しませんよ」

「なら、一期生と二期生で分けない」

「谺さんと結衣さんは」

「斉藤まるさんが二期生ですから、僕が一期生の皆さんと行きます」

「私は二期生と一緒ということだね」

「そうなると、僕が二期生に入った方が良いね」

「一二三が二期生となら、俺が一期生とか」

 誰の反対意見もなく了承して準備に移る。

 うさぎは淋しさを忍ばせて、笑顔で一同を見送った。

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