第31話

    四十七


「皆さんに、提案があります」

 うさぎは想いを決していたが、閃いたように言った。


「急な話で申し訳ありませんが、明日の甦りに参加して? みませんか」

 うさぎの発言に、研究生たちが各々にざわめき立っていた。


「明日、元素殺人事件が起きる? のですか」

「はい」

「ちょっと待って下さい」

「どうかしましたか、須黒先生」

「生徒たちを危険に晒せません」

「危険? ですか」

「参加したいです」

「岡村君・・・」

「生活の中に安全が確保されているなら、犯罪撲滅を唱えることに無理がでます」

「僕たちもうさぎさんチームの一員です。研究開発に携わるなら、現場を知っているに越したことはありません」

「岡村さんと研究生たちは、こう言ってますよ、須黒先生」

「しかし・・・」

「皆さん主導で行う訳ではありません。現行の甦りを、一般人に見せないための、人垣要因が必要になるだけのことです」

「一般人の目ですか」

「今日までは、ターゲットとなる被害者が一人でしたが、これからは複数になる恐れがあります」

「大量殺人事件ですか」

「テロ事件と考えて頂けると、いいと思います」

「備えの為の経験だったのですか」

 言った岡村が、何かを閃いていた。

「どうします? 須黒先生」

「勿論参加します。生徒たちの引率もありますし、通行人に扮するならば、中高年も必要ですからね」

「それでは、午前九時に新宿の歌舞伎町に集合ということで。宜しくお願い致しますね」

 うさぎは言うと、高橋に目配せした。

 高橋は暗黙の了解で立ち上がる。

 名残りを惜しみながら、K大学を後にした。



    四十八


 日付が変わり 午前八時

 一時間前というのに、全員が歌舞伎町に揃っていた。

 うさぎを発見した高橋が、岡村を伴って近付いた。

「おはようございます」

「お早う御座います、早いですね」

「お早うございます。今日は宜しくお願いします。足手纏いにならないように頑張ります」

 岡村の挨拶を余所に、高橋が続く。

「突然ですが、赤瞳さんのスマホを拝借しても宜しいですか」

「はいっ?・・・」

「岡村さんの提案で、アプリをダウンロードしたいのです」

「構いませんが、何故」

 といいながら、ポケットをまさぐり、スマホを取り出していた。

 受け取り、ニタリと微笑み、岡村に渡した。

 岡村は手慣れた手つきで、素早くダウンロード始めている。

 うさぎがキツネつままれていた。

 

「関係者を認識する為に、このイヤフォンで聴いて下さい」

 ダウンロードを完了したスマホにイヤフォンを付けて手渡された。

 高橋はうさぎに背を向けて、

「テスト・テスト。聴こえますか、どうぞ」

 うさぎは聴いて、魂消たまげていた。


「お早うございます、赤瞳さん。六番こと石です」

「六番?」

 六番、石彩花。

 狙われ続けるうさぎを護る為に集められたうさぎさんチームの一期で、リーダーとなった。心の宿り虫(見習い神)は理性。


「お早う、あっくん。うさぎさんチームに入隊した順なんだって。因みに僕は、三番らしいよ」

 三番は、伊集院一二三

 元素が殺人事件に使われたことを解明した東大出身の臨床検査技師。心の宿り虫(神)は五弟。


「お早うございま~すっ。私が八番だよっ」

 八番は、小野千春

 思い込んだら何処までも。天下御免の天然娘である。一途いちずゆえの、天の邪鬼。心の宿り虫(神)は三妹。


「あっ、ずるしたなぁ。お早う赤瞳さん。俺が二番ですよ」

 二番、中里正美

 伊集院の親友だった中里が、うさぎにたどり着き元素殺人事件が明るみに出た。心の宿り虫(御霊の最高位)は太郎。


 この物語の主人公で一番 うさぎ赤瞳

 夢の解読(お告げ)・千里眼(神の眼)を持つ売れない小説家。本人 いわく、流離いの妄想家。心の宿り虫(神~神~?)が生まれたときは花子で、心の覚醒で疾風と入れ替わった。現在は?。


 鈴木真由美(本来は一番だが、永久欠番にする訳にいかず、うさぎと共同体とみなす)

 うさぎの中退した高校の後輩で、伊集院の初恋相手だったが、他界している。心の宿り虫(見習い神)は理性であった。


 五番、川井遥(欠番)

 真由美の死で世捨て人となったうさぎを、伊集院と中里の元に引き戻した英傑である。離れ技の正体は神憑りで、心の宿り虫(神)は、卑弥呼と名乗る天界の頭領。


「良く判らないけど、聴こえてる?。お早うございます、あたしが七番らしい」

 七番、斉藤純子

 今時の肝っ魂娘。人懐っこい性格を隠す為に、何時も強がっている。心の宿り虫(神)は次妹。


「私が、九番です」

 九番、高橋博子

 自分に自信を持てない科学者。うさぎの中学生時代を支えた同級生と同姓同名の為、うさぎの秘蔵っ子になっている。その為、心の宿り虫は居ない。感性(創世主)が内々に、あぶれた花子を宛がっている。


「おはよう、赤瞳さん、私も居るよ。十番って云われたよ」

 十番、小嶋陽菜

 自由奔放の天然娘だが、典型的な困ったちゃん。常人離れした記憶力の持ち主で妄想癖として誤魔化している。心の宿り虫(神)は四弟。


「自分の番で宜しいですか」

「他に居ないんだから、空気を読んだら」


「おはようございます。十一番。斉藤マルコス文昭であります。鍛え抜いた肉体で皆様の奉仕に努める所存であります」

 十一番、斉藤マルコス文昭

 神奈川県警の巡査部長。県警の捜一からの出向者で、密室殺人をサクセスストーリーにしたい推理大好き人間。心の宿り虫(神)は六弟。


「お早う御座います、赤瞳さん、思い出の歌舞伎町だから、注意して下さいね」

 十二番、広瀬谺

 うさぎの義兄弟で薬剤師。うさぎに恩を施した父は、伊集院と中里の指導をした東大教授で人類学(生体科学)の元権威。


「お早うございます、赤瞳さん。うさぎさんチームの取りを努めるのは私しか居ないよね。十三は天使の結衣です。なんちゃって~」

 十三番、浅川結衣

 谺の恋仲(親しい同僚)から、うさぎの元に来た。心の宿り虫(神)が卑弥呼(頭領)ゆえの引き寄せ合い。


 以上が、須黒ゼミ生への自己紹介であった。

 

 追加すると、


 ゼロ番、感性

 この世の創世主。金色の守護を司ることで、黄色が卑弥呼の特色になる。

 宇宙そらの守護を司る藍色が刻(時間)であることから、別の神々が存在する。

 全てを総称することを『彩り』という観点で括ることが理解に導き、遺伝子が納得に導いてくれる。


 因みに、須黒と岡村が加わり、欠番を除くと、十二になる。

 十二色・十二神将・時間・語句(十二分・十二支)等が身近に多いことを理解するのが、たしなみになるのである。



   四十九


「うさぎさんお早う御座います。須黒ゼミを代表して挨拶しておきます。ゼミ生たちは昨日のグループ分けで行動するように」

「はい。了解致しました」

 岡村の応答でそれぞれが応えるが、混線に陥り音声が木霊になっていた。

「いいですか。ゼミ生たちは一般人を装う隔離要員です。メモ代わりのパソコンを目印に集団行動を厳守して下さい」

 岡村の指示を受けた今回は、混線には到らなかった。


 そんなゴタゴタがひと段落すると、

「うさぎさんチーム、位置の確保に移って下さい」

 石の指示が聴こえると、一同が動き始めた。

「八番、広場横ゲーセン前を確保しました」

「了解。七番北通りマック前を確保したわよ」

「了解。六番広場東を確保しました」

「了解。九番広場西中央通り下を確保しました」

「了解。十番広場南にいま~す」

「了解。二番一番を確認しました。指示願います」

「了解。中里さんと谺は確保要員です。伊集院さんは高橋さんと一緒に居て下さい」

「赤瞳さん、私は」

「結衣さんは中央でうろうろしてて良いですよ」

「了解」

「ねえ赤瞳さん」

「何ですか、小嶋さん」

「どうして番号で呼ばないの」

「切羽詰まった状態では、背番号を考えていられませんからね」

「終わりの寸前ってこと」

「それは最後のことです、はるちゃん」

「巧いこと言うわね、高橋さん」

「人間『最後の最期』は、自分で護るしかありません」

「勘違いしちゃ駄目だよ、はるちゃん」

「解ってるよ、結衣さん」

「注意して下さい。挙動不審者を発見しました」

 うさぎの一言で一同に戦慄が走った。


「不審者は『酔っ払い』を装いフラフラと東上しています」

「二番確認できました」

「十二番も確認しました」

「突き当たりを北に折れました」

「七番確認できました。今、マック前をゲーセン方向に折れました」

「接触。通行人のひとりと接触して、右手で鼻を掴みました」

「接触された方が要救助者です。伊集院さん指示をお願いします」

「了解。倒れたら、直ぐに蘇生だよ。須黒さん人垣の準備、頼むね」

「了解。不審者が、折り返しましたよ」

「了解。谺君挟み撃ちでいいかい」

「大丈夫です、南から廻り込みます」

「了解」

 谺が不審者の前に立ち塞がった。

 中里がそれで、距離を詰める。

 不審者は行く手を阻まれ演技を止めた。

 咄嗟、中央通りに逃げようとした。

 うさぎがそれを見越して立ち塞がった。

 不審者がニヤリと笑い、

「メンシェヴィキに栄光を~っ」と叫び、奥歯を噛み締めた。

「しまった」

 中里が手落ちを口にした。

 崩れ落ちる不審者を、うさぎが抱えるように支えた。

 不審者の口を覗き込み、

「斉藤まるさ~ん」と、遠吠えする。

 うさぎの声は、広場に向かっている。

 聴きつけた斉藤まるが、猛ダッシュでやって来た。

「薬のところへ」

 斉藤まるは屈み込み、肩を不審者の腹に当て担ぎ上げる。そしてそのまま走り出した。

 中里と谺は前にいて、通行人を掻き分けている。うさぎは後に続き、斉藤まるを護衛した。


「開けて」

 中里の声で人垣が割れた。

 拡がった視界の先に、石が要救助者に馬乗りになり、蘇生マッサージをしている姿が飛び込んできた。

「如何したの」

 救助組はイヤフォンを外して蘇生を行っていた。

「救助者の追加を、お願いします」

「こちらは鉱素ですから、須黒さんが液化したものだけでお願いします」

「電素を為す? のですか」

「出し惜しみしていられませんからね」

 須黒ゼミ生たちが生唾を呑むのが聴こえてくる。

「解ったよ」

「俺にやらせてくれないか」

「いいよ」

「初試験ですから、混合物には出来ません」

「解ったよ。中里は僕と一緒に液素を打とう」

「私が、須黒先生を指導します。谺と結衣さんはよく見ておいて下さい」

 うさぎが説明している間に、中里がビニ手を嵌めていた。

「何年ぶりだろうか」

「順番待ちだけど、間違えるといけないから、打つ場所を指しておくね」

 伊集院は言うと、心臓横と首筋に人差し指を当てた。

「解ってると思うけど、静脈注射だからね」

 伊集院は須黒の為に、あえて口にした。

 中里が緊張の面持ちで注入を完了した。

 この間に、須黒も準備を終えていた。

「注入済みの液体を、後ろから押す形が最良です」

 うさぎも伊集院と同じように人差し指を置き、向きを教えながら、首筋から注入を終えた。続いて、心臓横も同じように注入した。

「小野さん、代わって下さい」

 石は言うと素早く、小野と入れ替わった。

 直ぐさま救助者に跨がり、蘇生マッサージを始めた。

 少しの間、石の蘇生マッサージを見て、

「代わります、石さん」

 高橋が石と入れ替わった。

 石は少し離れ、突っ伏した。


「小野ちゃん代わるよ」

 斉藤が言うと、

「ゲホッ、ゲホッ」と、要救助者が生還した。

 手持ち無沙汰になった斉藤は、

「お帰りなさい」と、要救助者に語り掛ける。

 要救助者が瞬きすると、上半身を起こした。

「救急車が来ますから、検査だけは受けて下さいね」

 微笑みながら優しく語り掛ける。

「やればできるもんだね」

 小野が労いながら、からかった。

「高橋さん代わりましょう」

 斉藤まるが言い、高橋と交代した。

「次は私だからね」

 小嶋が不機嫌に言い放った。

「その後は、私と谺だよ」

「経験しておいて、損はないからね」


 岡村や須黒ゼミ生の有志を経て、一巡したが救助者は甦らなかった。

 うさぎが伊集院に声を掛け、液体の追加がほどこされた。

 手際の良さは見惚れるものであった。

 時間が経つにつれ、ゼミ生たちの中から、諦めの声が囁かれ出した。

 蘇生マッサージを始めてから、三十分が経過していた。

 谺の志が、それで強くなる。

 順番をまくりあげて行ったマッサージには、鬼気迫るものが覗えた。

「ゲホッゲホッ」

 救助者も生還した。

 先走って呼んでしまった救急隊員も、ようやく機能して一件落着した。



「救助者に拘った理由は何ですか」

「ロシア語を使いましたが、彼は米国の諜報員です」

「アメリカさん? 何故」

たすけると、六〇〇光年先を見られる望遠鏡と交換できますからね」

「そんなことの為だったの」

「人の命は、六〇〇光年先よりも大事。ということなんじゃないのかなぁ」

「敵か見方かの前に、ひとりの人間なんですよね」

「解っていても、感情に流されます」

「居候した時に言ってましたよね。経験に優る学問はない。って」

 




 

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