第23話

      三十六


 お日様の祝福で、爽快に目覚めた。

 作夕の会話で、気付かぬうちに肩の荷が下りている。いつの間にか溜まり続けた膿は、現代の柵みに傷つけられる心が出したものだろう。目に見えないものに怯えることは、心がまだある証明なのである。


 顔を洗う為に向かった洗面所の鏡に向かい、

「積もり積もったわだかまりも、今日でスッキリするわよ」

 瞳の奥に見え隠れする影に話し掛けた。

「今まで、曖昧にして終ったことは、誤るわ。向かい合う覚悟だけは出来たから」

 言い聴かせるように、語り掛けていた。

 今想うと、自らに語り掛けるチャンスは何度もあった。向き合うことが出来なかった。


 疑問の理由を突き詰めることは、自分自身を否定することになる。答えが判らないのではなく、その答えに辿りつきたくない。見えているもの(未来)を受け入れられない。そうやって言い訳にカコ付けてきた。


 切っ掛けは、踏ん切りをつけるだけで良いのである。みち半ばである以上、立ち止まることは何時でもできる。勇気を持つことは、向き合うことから始まっている。


 真っさらな心と向き合うことが出来なかった。

 谺に近付いたのは、無意識である。

 天然素材に惹かれる理由は、耐え忍ぶ雄大さで伝わるものである。


 ふっ、とした瞬間に、影の闇に包まれた。

 条件反射が齎した行動は、谺に連絡を取ることであった。

 ずる休みをする為の、決め事をしなかった。培った信用が二人の間にはある。


「もしもし、朝早くにご免」

「大丈夫、起きてたよ」

「そう、良かった。待ち合わせは何処にする」

「赤瞳さんの生家に行ってみない」

「引っ越してないといいんだけど」

「大丈夫、にわか兄弟だけど、地元の利があるから」

「そうよね。準備したら出るからね」

「なら、武蔵小杉で待ち合わせようよ」

「いいわよ。東横線に乗るわね」

「東横線に乗れるの」

「駒沢は、田園都市線と東横線の間にあるからね」

「なら、何両目に乗ったかメールしてよ」

「何で」

「改札口が前と後ろにあるんだよ」

「都立大学駅から乗るから、前だったと思ったけど」

「了解。進行方向の前だよね」

「余り使わないから、さだかじゃないわよ」

「メールして、改札口で待つつもりだから」

「判った」

「じゃあ、後でね」

 谺は、地元に招くことを、持てなそうと考えている。人情味のある街という印象を与えたかった。


 結衣は口を尖らせて、

「何両目に乗っても、さほど代わりがないみたい」

「ご免、たった十数年で、浦島太郎さんに為っちゃった」

「今は五年一昔だよね」

「これが、科学の進歩の証しだよね」

「人の想いの底力って感じだね」

「営みの際限のなさを、痛感しちゃった。どうする」

「どうする、って」

「朝食はまだでしょ」

「忘れてた」

 谺はこうべを掻きながら

「モーニングって言いたいけど、この街は昔から、喫茶店が少ないんだよ」と、言った。

「それは、十数年前までの話しでしょっ、浦島太郎さん」

「・・・」

「嫌な予感がするから、先ずは、赤瞳さんの生家へ行って? みない」

「それが良いわね。最悪だけは避けたいもんね」

 互いに活力を見出したことで、歩様に力強さが感じられた。出鼻を挫かれたのは、様変わりした街並みに、である。


 谺にとって先輩にあたる、うさぎの同級生(友達)たちにも歴史がある。親の代に営んでいた商店も、時節柄、変化していた。

 親友の藤田の家(店)は洋品店から、レモン亭という焼肉店に変貌を遂げている。幼馴染みの、結城理髪店も閉店されていた。仲良し三人組のもうひとり、前川は乾物屋をたたみ引っ越してしまった。

 心に根付いたものが、刻まれた時の重さで、儚いものになるのだろう。切なくさせる為に、淡く色褪せるのかも知れない。受け入れることで、経過(結果)が証し(しるし)になるのである。


 結衣の予感が的中した。エコー理容店は跡形もない。谺は、肩を落とし、大きく息をつき、

「大丈夫、想定内だよ。少し歩くけど、正夫さんが元住吉に住んで居る。優しい笑顔を絶やさない、まさみ先輩と結婚したからね」

 言い聴かせるように、力を言葉に変えて言い放った。


「悪いんだけど、喉は渇かない」

「?、コンビニに寄ろうか」

「そうしてれると有難いわ」

 谺の後を、結衣がもじもじと追いていた。


「入った左奥だよ」

「デリカシーのない人ね」

「飲み物は何にする」

「甘くないやつ」

 結衣は言うなり小走りで、コンビニに入っていく。


 結衣がケロッとして、コンビニから出てきた。待ち構える谺が、

「サンドウィッチも買った方が良かな」

「オヤジギャグの理由は」

「配慮のなさを反省したからさ」

「そう、次にするべき事は」

「休憩だよね。だから、ここを選んだつもりなんだけどね」

「どういうこと」

「伝説の公園は、すぐ近くなんだよ」

「伝説の公園なんじゃ? ないの」

「赤瞳さんの予言が、幼馴染みたちに伝えられた場所だから、伝説の公園なんだよ」

「妄想家の予言」

「僕が聴いたのは、夢は電磁波で、それを解読しただけ、ってね」

「ベンチに座って話さない」

「うん、そうしよう」

 谺は言うと、結衣を蛇途へびみちにエスコートして三十メートルほど先の公園に向かった。

 特になんの編綴へんてつもない公園のベンチに腰掛けて、

「感性が総てのものに出すお告げが、夢の正体らしいよ」

「だから、寝ている時に観るの」

「心に刻むものだから、起きた時に覚えてない。って言ってたなぁ」

「電磁波との関係は」

「宇宙の果てから届くから、だと思う」

「到達時間を考えると、光より速くない」

「光だと見えちゃうよね」

「電磁波って、見えないから光より速いのかな」

「どう? なんだろう」

「世間一般だと、夢は見るもので、努力する理由だよね」

「誰かの思惑だから、追いかけるものになったんじゃないかな」

「予知夢が、御告げになる理由にはならないわ」

「科学で解き明かす案件だよね」

「気付かないから見落とすのかな」

「見えないものを見えるようにする為なんじゃない」

「見えないものは、どうやっても見えないでしょ」

「日本に足りないものは、破壊してでもゼロに戻すこと、って言ってたよ」

「振り出しに戻す、じゃ駄目なの」

「無の状態がゼロで、振り出しに戻すことはレイと言ってたよ」

「数学者みたいだね」

「赤瞳さん曰く、数学者・物理学者、学者と呼ばれる総ての学識が科学であるべきらしいよ」

「学識の総て」

「創世から137億年の結果が、学識なんだってさ」

「だからかな、聴いてると、始まりに拘ってるよね」

「そこがあやふやだと、理由もあやふやになるからね」

「理由」

「そう、産まれた理由に、生きる理由」

「なにかする為に産まれるのかな」

「向き・不向きの理由になるよね」

「諦めちゃ駄目なの」

「人には錯覚があるし、思い込みもある。そう教えてくれたよ」

「大事なことは、一途じゃないのかなぁ」

「真っ直ぐだけが人生じゃないでしょ」

「人それぞれ、ってことよね」

「個性は尊重するもので、主張するものではない、だってさ」

「自分を妄想家と言うだけあるわね」

「謙虚が心情で、経験が結果。という線引きがはっきりしている人だよ」

「想像できない」

「そういえば最後にあったときに、私も因業オヤジになった。って落ち込んでたなぁ」

「なにそれ」

「簡単に言うと、頑固じじぃかな」

「会ったことないけど、意地悪ばあさんの親せきなの」

「僕が考えたのは、昭和の遺物いぶつ(化石)だったよ」

「アンモナイトが化石だから、始祖鳥の末裔なんじゃないの」

「考古学者さんに会ったら、聴いてみよう」

 結衣が、真剣に話す谺を、軽蔑の眼差しでみていた。

 

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