第24話

     三十七

 

 二人が気持ちを入れ換えて、元住吉に向かった。法政大学弓道部の練習場を見て右折すると、突き当たりまで一直線に進む。突き当たりを左折するとブレーメン商店街である。戦国時代のいちを連想させる商店街は、祭りの賑わいに似て人集りになっていた。


「金子豆腐店も、時間の流れに逆らえなかったみたいだなぁ」

 谺がマッサージ店の看板を見上げて言う。

「金子豆腐店のビル、ってことなのね」

「裏に廻ろう。部屋に誰か居るようだから」

 谺はそわそわしながら、交差する路上を時計回りに移動する。


「あっ、お久しぶりです、正夫さん」

「おう、谺。久しぶりだな、どうした」

「赤瞳さんを訪ねたら、引っ越ししたようでした」

「連絡先を聴きに来たのか」

「ご存知ですか」

「昼間かけても繋がらないぞ。どうする」

「今日会いたいですね。平日に休めないので」

「そうか、って、ずる休みしたのか」

「生存を確認したいのです」

「そういえば、サンマルクカフェの二階によく居るみたいだぞ」

「有難う御座います。行ってみます」

「会えなかったら、連絡先を聴きにきな。まさみに用意させておくよ」

「ご配慮有難う御座います。それでは、失礼します」

 言うと、ペコリと会釈した。

 控えめに佇んでいた結衣も、それに併せていた。


 谺は紅茶とサンドウィッチを購入して、会計に並んだ。結衣が谺の持つトレーに、素知らぬふりして、チョコクロを忍ばせる。谺はそわそわしながら会計を済ませて、二階席にかけ上がった。

 

 窓際がカウンター席になっていて、商店街を観察できる。空いている場所をキープして、階段横のトイレに駆け込んだ。気持ちの整理をして何時もの谺に戻り、結衣の隣に腰掛けた。


「そんなに、我慢してたの」

「まさみさんは僕の初恋の人だから、正夫さんが呼ぶんじゃないかと思って焦っただけだよ」

「そうなの」

「信用してないでしょう」

「赤瞳さんに会うより緊張するの」

「赤瞳さんは、お兄ちゃんなんだよ」

「まあいいわ。のんびりモーニングを食べるつもりみたいだし」

「正夫さんは顔が広いから、ここで待ってるだけで、赤瞳さんは来るよ」

「その自信は何処から来るの」

「言ったよね。想いが重なると、引き寄せ合う、って」

「それで、トイレに駆け込んだんでしょう」

 結衣のカマ掛けに、カウンターの左端に座っていた男性が立ち上がり、笑顔を振り撒きながらトイレに入って行った。


「あの人も、トイレの神様に、願掛けに行ったのかな」

 結衣の真面目なもの言いに、谺が腹を抱えている。じゃれ合うように、悪ふざけを始めていた。


「失礼ですが、うさぎ赤瞳さんのお知り合いでしょうか」

 トイレから戻った男性が、声を掛けてきた。

「にわからしいけど、兄弟みたいだよ」

 結衣は悪ふざけの延長線から抜け出せないでいる。

「にわか、ということは、義兄弟ですか」

「谺のお父様が、赤瞳さんを後見人にしたらしいのよね」

「そういう意味ですか、僕は伊集院一二三、赤瞳さんの親友です」

「げげっ、まじっ・・、私は、浅川結衣。谺は・・・」

「僕は、広瀬谺といいます。宜しくお願い致します」

「後見人とは、どういうことか教えて貰えるかな、広瀬君」

「僕の父が、赤瞳さんの運命を変えたようです」

「谺のお父様は、○○製薬の創始者で、東大卒の偉大な科学者なんだよ」

「そういうことなら、僕の先輩になるよ」

「えっ、伊集院さんは東大卒なんですか」

「なんで、言葉使いを変えたの」

「最高学府の権威だと思います。父は伊集院さんのように気さくな人で、この場所は、僕と赤瞳さんと、父との思い出の場所です」

「故人のような言い方だね」

「私は先程、後見人と申しました」

「縁は異なもの乙なもの、と言いますから、ざっくばらんに話しましょう、カワユイさん」

「えっ、カワイイですか、私は」

「お世辞に決まってるでしょっ」

 結衣はばつが悪そうにして、チョコクロを頬張った。それを観た伊集院が、何かに取り憑かれたように、目を丸くしていた。



「元気そうですね、谺」

 うさぎが、百年の想いを叶えた少年のような目をして立っていた。

「赤瞳さん。・・・」

「えっ・・・」

「速かったね、あっくん」

「虫が知らせてくれて、近くに居たんですよ、いっくん」

「あっくんに、いっくん?」

「ざっくばらんに、って、こういうことなの」

「人に必要なものは、重ねる念いと想い遣る心。そう言ったはずですよ」

「確か、葬儀の後だったような・・・」

「人と人が交わる理由だよね」

「この場所に屯す理由です」

「私たちの会話を聴いていたんですか」

「聴いていませんよ・・・」

「浅川結衣です。宜しくお願いします」

「重なり合うものは、引き寄せ合う。谺から聴いていませんか、結衣さん」

「聴いてますよ、うざいくらい」

「うざいって、どういうことだよ、結衣」

「言葉の綾だよね、川結衣ちゃん」

「習慣で、つい・」

「それでいい、と思います」


「この場所から始まった理由を教えて貰えないかな」

「高校中退の私が、博学の広瀬さんに科学を伝授されました」

「伝授。それって北斗神拳みたいなこと? かなぁ」

「理解出来ないもの(語句)を調べる為に、図書館に通いました」

「貧乏だったんですか」

「結衣」

「計算高かったことは事実です」

「そういえばひろマンさんが、数学が得意過ぎる、って言ってましたよね」

うちが商売を営んでいましたからね」

「図書館には、どれ位? 通ったの」

「今も、ことある毎に、通っています」

「そういえば、ここで話す時に、重そうな鞄を持っていましたよね」

「中身は全て専門書だったんですよ」

「ねえ谺。それって学生時代の話しなの」

「僕は高校生だったよ」

「だよね。小学生の時は、キャッチボールの相棒だって言ったもんね」

「この場所は、カフェの前は、立ち喰いそば屋さんでした」

「そうなるよね、赤瞳さん」

「どうかしましたか」

「谺君が高校生ということは、・・・」

「そうです。谺が中学生の時に、広瀬さんの助言で、森羅万象を綴りました」

「ということは、広瀬さんの事故死は、元素殺人事件の犯人なんじゃない」

「米国の映画が身近な現実なんです」

「何というタイトルですか」

「・・・」

「話したくないようだけど、僕には解ったよ」

「科学者の宿命、なんでしょうね」

「ねえ谺、解った」

「全然解らない」

「赤瞳さん、私たちを仲間に加えて貰えませんか」

「私は最初からそのつもりですが」

「仲間が来るからって、皆でこの場所に居続けたんだよ」

「どれ位前からですか」

「梅雨入り後だから、二週間になるかな」

「御告げがあったんですか」

「何時もより時間が掛かったから、勘違いかも、と言い始めたところだよ」

「赤瞳さん、僕のことより、父のことを教えて下さい」

「仲間になれば、自ずと見えてきますよ」

「観たわけじゃないから、ってことは理解出来るよね」

「じゃあ聴きます。結衣を必要としたから、僕を突き放したんですか」

「あの時は、私が自分を護ることで精一杯でした」

「僕は、父が殺されたのなら、仇が討ちたいです」

「谺の仇は、元素ですよ」

「どういうこと」

「広瀬さんは、お他人様が死なない為に、自ら実験台にあがったんです」

「赤瞳さんはそれを観て、逃げ回るしかなかったんじゃないかな」

「どうして、伊集院さんに解るんですか」

「僕たちが出会った時からつい最近まで、赤瞳さんは逃げ廻っていたよ」

「何故逃げたんですか? どうして父のように立ち向かわなかったんですか」

「立ち向かわなかったのではないです。見えるから、立ち向かえなかったんです」

「その証明が、真由美さんの死なんだよ」

「真由美って、鈴木真由美さんですか」

「知ってるのかい」

「日吉にある亀屋に、何度も連れていかれましたから」

「有難う、谺君」

「何のお礼ですか」

「赤瞳さんが語らない謎を、君が明かしてくれたからさ」

「謎・・」

「科学者でもない赤瞳さんが狙われる理由が謎だったんだ」

「私の物語では、信憑性が足りませんでしたか」

「誰も興味を抱かない物語を敵さんがどうやって知ったかが、謎でしかなかったのさ」

「嘘はついていませんよ」

「触れない理由が気になったのは、他の理由に固執したからだよね」

「墓穴を掘ってしまいました」

「それでも、嘘がないから、皆離れずに追いて来たんだよ。ちょっと癖が強いけど、一緒に悪を壊滅させないかい」

「僕はひとりだと、父の後ろ姿さえ見えません」

「私は、谺が側に居てくれないと、ことの重要性さえ理解できませんでした」

「お二人とも、科学者の端くれですよね」

「薬剤師って、科学者になるの」

「臨床試験技師の免状を持ってるからね」

「だったら僕のアシスタントが出来るよ」

「伊集院さんの役割(仕事)はなんなの」

「臨床解剖検視官並びに、臨床解剖検視管理監ですよ」

「死者の解剖をする者、ってこと」

「解剖がしたくないから、死者を甦らせることにしたみたいですよ」

「赤瞳さんが、特効薬を造り出してくれたからね」

「薬が出来たんですか」

「目標の一割にも満たないですけどね」

「だから今は、逃げ廻らなくても良くなったのさ」

「だから、僕たちを待っていた。ということですか」

「大量生産もそうですが、新元素の発見と、新薬の開発もありますからね」

「遣りたい。私も新薬の開発に興味があります」

「最近の結衣は、コロナウイルスを無機質にする特効薬があれば、と言っています」

「未来の彩りを煌めかす為に、一緒に挑戦しよう、谺君に、川結衣ちゃん」

「早速になりますが、皆に遭うために、時間は大丈夫ですか」

「ずる休みしたんだから大丈夫だよね、谺」

「癖の強い方々なんですよね」

「気心が個性的というだけのことですよ。ねっ」

 言ったうさぎが、伊集院に媚びるように、躰を動かした。

「そういうこと。境界線さえ併せれば、現代社会を共に生き抜く仲間でしかないもんね」

 伊集院が笑顔で応えていた。

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