後編

 なぜか柊くんのほうもヒートアップしてきて、耕也くんは二人から質問攻めにされた。返ってきた声は次第に弱くなり、寝息に変わっていった。


「耕也くん、寝たんじゃない?」

「今何時だっけ?」言いながら柊くんへと目線が流れる。

「十一時半。寝るか」


 柊くんがずっとつけていたスマホが消された。話に夢中で気づかなかったみたい、まっくらの中、窓から見える月の優しい光りが降り注いでいた。


 瞼が重く感じていたときだった。障子の開く音で、頭が冴えた。見ると、隣に居るはずの耕也くんがいない。


「耕也くん……?」

「ごめん、起こした」

「それはいいんだけど、耕也くんのほうは、何か用事?」


 寝息をたてている二人を起こさないよう、静かに部屋の入り口へ行く。耕也くんは人差し指を口に当てた。


「修学旅行だし、ちょっといけない事。一階の自販機まで。二人には内緒」


 すごく気分の上がることなのに、声を出せない状況。ボクは何度も頷いてみせた。


 天井と足元に、ライトの淡い光りがあるだけで、一人じゃ歩く気にはなれない廊下を進んでいく。


「本当は、付き合わない方がいいと思ってた」


 突然始まった話に、これまで話していた内容を急いで思い出す。


「え、どうして?」

「彼女ができたとして、いろんな季節を一緒に過ごしたとして、彼女が感じてる気持ちを同じように感じて共感できるのか、解らないから」


 耕也くんの能力は、気持ちを読まれにくい長所がある。でもそれは短所にもなって、単独行動が多いと言われている。


「彼女のほうは解ったうえで、一緒に居たいって思ってくれたんだよね? だったら、良い子なんだろうね」

「色がみえることで様子を伺いながら話してきたんだって。自分には色が無いから何でも言えるんだって」

「気兼ねなく言えるってことじゃないかな。彼女とボク同じ能力だからかな、なんとなく解るよ」


 階数を見ながら階段を下りた。


「朝陽に聞いてもらえてホッとした」

「ボクも、聞けて嬉しいよ」


 薄暗い中で、明るい自動販売機。


「何飲みたい?」

「え?」

「聞いてくれたお礼」

「いやいやっ、いつでも聞くよ?」

「硬貨増やしたいから、何か押して」


 ちょうど目の前、パックのジュースを押した。一枚ずつ、硬貨の落ちる音。なんか結果的に貰ってしまった。


「えぇと、ありがとう」

「うん」


 先生に見つからないうちにと、歩いてきたところを戻ることにした。


「朝陽は? 彼女」

「正直、なんにも想像してなくて……。耕也くんのを聞いて、恋愛してもいいのかって思い始めてる」


 横並びだった歩みが、急に止まる。


「……なんか、ごめん」

「いぃや!? 全然! 耕也くんのせいみたいになってるね、ごめん! そうじゃなくてね、相手のことも思うのが恋愛なのかなって思ったんだ。ほら好きになると、告白したいばっかりになるから。勝手な思いばかりじゃダメだろうから」

「朝陽の優しさ、女子に好かれる」

「そう、なのかな?」


 階段を上がりきった。左へ行けば、ボクたちの部屋がある。なのに……耕也くんは反対側をじーっと見ている。


「どうかしたの?」


 小声で聞いて、返ってきたのは、「誰かいる?」と少し大きい声だった。そして、ボクに対して発したのでは無い。

 柱に隠れていたらしい女子が二人、ひょこっと顔を出す。


「びっくりした~、でも良かった。先生じゃなかった」

「修学旅行だし、肝試し的な?」


 女子もやっぱり、普段ならしないことをしたいのかもね。ボクたちより勇気あることしてるけど。


「渡り廊下からこっちまで遠いよね」

「あたし達、罰ゲーム中でね。そっちは?」

「一階の自販機まで行ってた」


 耕也くんと一人が話をする中、もう一人は急に後ろを向く。


「そろそろ戻ろ、同じ遊びしてる男子が先生に見つかったって」

「ウソ、まじ? あ、じゃあ、そういう事で! キミ達もバレないようにね」

「お気遣いどうも」


 部屋にはお客用のスリッパがあって、ちょっとした移動に使っている。廊下を走れば音がするはずなのに。


「聴こえるのも、物が当たって鳴るのも、全部、自由自在なのかも」


 耕也くんは去っていく二人に、軽く手を振った。


「あの二人は偶然居たんじゃなくて、待ち伏せしてた?」

「結構早い段階で、自分たちの気配は気づいてた。誰の足音かは検討つかないから、待ってる間は手に汗握ってたんじゃないかな」

「なるほど。もう一人は……相手の脳に直接語りかけてる感じ?」

「かもしれない。柊だったら、はっきりと解るね」


 あと少しで部屋、耕也くんに一番聞きたいことを思い出す。


「そういえば、どうして二人が居るって気づいたの?」

「廊下、足元のライト。光りの見え方が変だった。それだけ」

「そっか」


 まっくらな部屋、起こさないよう、慎重にスリッパを脱ぐ。すると突然、背後が明るくなる。障子が開いた。


「肝試しか? ジュースを買いに行ったのか? さぁ、どっちだ」


 仁王立ちする先生。その奥を見ると、正座してる柊くんと渚がいた。


「修学旅行だから見逃すって言ってたように思うんですが」


 !?

 耕也くんて、こんなに強気だったっけ。あ、違う。能力でそう見えるだけなんだ。後ろで柊くんが笑い堪えるのに必死なんだけど。


「そりゃあなー、見逃してやりたいが、これが先生の役目だからなー」

「それに自分たち、急に腹痛でトイレ行ってただけなんで、怒られるのはちょっと」

「え、そうなのか? 大丈夫か? 楽しい旅の反面、普段違うと体調も変わるよな。あったかくして寝るんだぞ」


 嘘を思いっきり、さらっと言った。で、それを聞いた先生はそそくさと部屋を出た。助かったけど、なんなんだこれ。


「俺らは寝てたから、耕也と朝陽が何処へ行ったかは本当に知らない。運が良かったな」

「で、本当に何してたわけ?」


 先生の次は、二人からの尋問。


「さっきも言ったとおり、腹痛でトイレ」


 柊くんは息を深く吐いた。「俺らに通用するはずないだろ」

「修学旅行だからね、いけない事だよ」


 そう言った耕也くんは、ボクのほうをちらっと見た。一瞬だったけど、笑っている気がした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

碧いボクたちは 戌井てと @te4-3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ