碧いボクたちは

戌井てと

前編

 顔が向かい合うよう、布団を四枚敷いた。

 事前に計画してきた土地の名所を歩いてきた。疲れているはずなんだ、でもさ、修学旅行の夜ってすぐに寝るのは、もったいない気がするんだ。


「おいなぎさ、ニヤニヤしながら持ってるその枕は何だ」

「何って、定番の枕投げに決まってるだろ」


 しゅうくんは溜め息をついた。「渚、自分の能力を忘れたのか? 物体の速さを変えられるんだぞ? この狭い部屋でやってみろ、先生に報告する」


 それに対し渚は、冷静に返した。「速さを変えられるんだ、つまり遅くも出来る。問題ないじゃないか」


「遅い枕投げ、なにが面白いの?」

「何も考えてないようでその突っ込み、耕也こうやに言われると刺さるわ……」


 楽しい修学旅行。みんなが楽しいはず、そう思うのは自分勝手すぎるのかな。ボクの目には、相手の感情が色となってみえる。能力によって脳がそういう判断をしてるんだって。

 枕投げをしようとしてた渚は、いつも楽しそうにしてる黄色。

 それを止めようと口を出した柊くんは灰色や黒。

 そして、表情が変わらない耕也くんは……透明って言ったほうが、説明も簡単で無理やりにでも周囲を納得させられる。


 耕也くんは布団を肩までかぶった。歩き疲れて眠いのかもしれないね。


「耕也? 寝るのか?」って、柊くんが顔を覗き込みにいった。

「潜ってるだけだよ。修学旅行だからかな、寝るのは惜しいと思ってる」


 表情と言ってることのちぐはぐなのは否めないけど、耕也くんが言ってくれたんだ。ボクたちと居る時間が良いものだと思えて、自信にもなるし、嬉しい。


「枕、投げたらダメか?」


 どうしても渚は投げたいみたいで、声と同様に、胸の辺りには黄色から水色へと感情が変化していく。

 修学旅行というか、友達と泊まることがもう特別で、それが楽しみの大半を占めている。やりたい事が出来ないのを見ると、こっちも寂しい気持ちになってくるな。


「それよりも楽しい事をやるから、布団を整えろ。渚、荷物広げすぎ」

「いいじゃねーかよー、誰も迷惑してない」

「迷惑だから言ったんだ」


 枕投げよりも楽しいこと? 柊くんが考えてることって一体なんだろう。胸の辺りに滲んでる紫色が、みんが楽しいっていうより、個人が楽しめれば、そんなふうに思えた。



 荷物を整えて部屋の隅へ固めた。

 旅のしおりにある就寝時間、十時を迎える。家では起きてる時間帯ゆえに、全く眠たくならない。


「耕也、布団に入ってるところ悪い。部屋の電気消してくれないか?」

「ボクが消すよ、近いから」

「先生の見回りと重なるのを想定したら、耕也の方が適任なんだ。朝陽あさひ、ありがとな」


 ボクと柊くんのやり取りを聞き終えたあと、面倒そうな素振りも見せず、耕也くんはむくりと布団から出た。

 壁にあるスイッチに指を近付ける、不意に入り口の扉が開くのが聴こえた。全員の思いが一致したんだろう、顔を見合せ息を呑む。こちらへと続く障子が開かれる。


「おぉ! びっくりした……、何だ? お前たちも飲み物が欲しいのか? いくつかのグループが一階の自販機まで行きたいと部屋を出てるんだ。まあー修学旅行だしな、解らなくもないから目を瞑ったよ」


 先生は腕を組み、何度も頷く。注意しないといけないのに見逃したってことだね。


「もう寝ようと思って電気を消すところでした」

「おぉ、そうか。このグループは優秀だな。明日、寝過ごすなよ? それじゃ、お休み」


 先生は障子を閉めた。その直後、耕也くんは電気のスイッチをオフにする。


「悪い、電気をつけてくれないか? 先生の履き物が見えなくてな」


 耕也くんは再度、電気をつけた。扉から出る音を待って、もう一度電気を消した。


「先生、全部言ったな」

「ほんとだね」


 柊くんの呆気に取られた声に、あぁ同じ気持ちだと、笑いが込み上げてきた。


「柊くん、耕也くんが適任てことは、先生の能力って」

「人は焦りや緊張で呼吸に波ができるだろ? それを読める先生だったからだよ」

「あぁ、やっぱり」

「やっぱりって……、余計な説明だったな」

「そうじゃないよ。柊くんは相手の能力が解るから、理由があってのことだとは思ってたよ」


 暗いなかで、スマートフォンの画面から光が溢れ出した。それを顎へと持っていく。柊くんの顔が不気味に浮かび上がった。


「──さぁ、始めようか」

「ま、まさか怖い話?」

「お、それも良いな。朝陽何かあるのか?」


 その隣から聴こえる、震えた声。


「……そういうの止めよう、別の話は?」


 渚が案外怖がっていたから、柊くんが作り出した恐怖は薄れていく。


「へぇ、怖いのか。明日の自由行動、お化け屋敷に行くか」

「絶対に行かない!」


 相当な怖がりの様子。


「さて、茶番はこれくらいにしてだな」

「オレをいいように使ってんじゃねーよ」

「恋バナをしようと思う。修学旅行だし、普段話さないことを、な──…」


 最後の、躊躇いというか、迷ってる言い方。部屋が明るいとみえたかもしれない、いつも冷静な柊くんが悩んだりする色を。


「ちなみに耕也は彼女いるもんな」

「それ言うの?」


 もぞもぞと動き、顔が向いた。


「起きてるかの確認だよ。というのは冗談で、この中では先輩だからな」

「参考にならない」

「朝陽には有力だろ。彼女は色がみえるんだし」


 さらり進んでしまう話に、ついていけないボクと、たぶん、渚も。


「耕也、彼女いたんだな……」

「耕也くんの彼女、ボクと同じ能力なんだ……」

「二年になってからだな。朝陽と渚、こうして一緒に過ごすとは思ってなかったが」


 ということは、一年のときに耕也くんは告白されたか、或いはやって今に至ると。彼女がいるなんて急に大人びて見えて、なんか焦る。


「どっちから告白した?」

「今思えば、向こうが積極的だったかも」って、布団越しにくぐもった声が聞こえた。ていうか、答えるんだね。


「重要な部分は、もちろん耕也が言ったよな」柊くんの一言に、渚のテンションが上がる。

「へぇ~! なんて言ったんだよぉ~?」

「もうお前ら嫌い」



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