第31話 小林は聞く聞かない?
早貴ちゃんは、おもむろにスマホを取りだした。
「女神センパイID教えてください! 神画像できました! じゃじゃーん!」
ああ、こないだのゴスロリ撮ったやつか。アプリで盛ったんだなと思いきや・・・・・・
「えー、もはや映画やん!」
「はい、ファンタジー映画のお城のシーンを背景にし、壁にあるロウソクの灯りを光源に見立て、明るさを段階処理してみました!」
きみは専門家か!
画像はよくできていた。石造りの壁に横向きで立った玲奈が、流し目でこっちを見ている。その壁には備えつけの燭台があり、三本のロウソクが灯っていた。ロウソクのゆらゆら揺れる灯りに照らされている。
黒と赤のドレスを着た玲奈は、
「テーマは、魔王女神!」
どんな単語だよって感じだが、たしかに、魔王と女神を足したような破壊力である。
「すっご、私にもちょうだい」
「乳子センパイもですか? いいですよ」
「おれもー!」
「勇者センパイはダメです」
「なんでー!」
「これは女子の遊びですから」
ID交換して画像のやり取りをする女子三人。あわれ男子ひとり仲間ハズレ。
「それで、みなさん、なにしてるんです?」
早貴ちゃんの疑問に、はっと我に返ったのは小林だ。
「そうだった! ちょっとあなた、外してくれる?」
「えー! せっかく女神センパイに会えたのに」
「早貴ちゃん、また、おうちに遊びに行きますから」
玲奈の言葉は微妙なラインだ。あの室田夫人の態度を見れば、それは実現しないんじゃないかと思うが、まあでも希望は捨てないという意味ではウソではない。
「あー、でも女神センパイ、いまは来ないほうがいいですよ。夫婦ゲンカの真っ最中で、お母さんテンション低い」
なぬ! っと早貴ちゃんの顔を見たのは、おれと玲奈だ。
「もめてんの?」
「はい、勇者センパイ」
「それって、もしかして、お母さん、お父さんに言っちゃった?」
早貴ちゃんがうなずく。うわー。ややこしいことが、またひとつ。
「ちょっと! 関係ない話はいいから、私のほう!」
小林さんが割って入った。
「んーーーーーーーーー!」
「勇太郎?」
「勇者センパイ?」
「山河くん、なに?」
どうしよう。すっごい、こんがらがってきた。
「小林さん」
「だからなに、山河くん」
「世の中、聞かなくていい話もあると思うんだ」
「どういうこと?」
「聞くと、もどれない」
「なによそれ」
小林さんは笑ったが、玲奈と早貴ちゃんの真剣な顔に笑いを止めた。
「このふたりは知ってるってこと?」
小林さんの問いに、玲奈は冷静にうなずき、早貴ちゃんはブンブンうなずいた。
「やめられたほうが良いと、ご忠告申しあげます」
玲奈の言葉は耳に入っているだろうが、小林さんは考えこんだ。
「人って、そういうのを前にして、うしろに引けると思う?」
小林さんの意見はもっともだ。そしてわかってきたことがある。この小林さん、けっこう他人を思いやるタイプだ。入学日に玲奈につっかかったのも、玲奈が気に入らないというより、玲奈に無視された男子を思いやったのだろう。
そしていまは、友達のことを真剣に心配している。やめろと言っても探っていくだろう。
なにも知らず突っこんでいく。この場合、それはすごく危険じゃないのか。
「じゃあ、隠さず言うよ。小林さん、いい?」
「わかった。あとで文句も言わない」
「オッケー。おれが昼に会ってたのは、3年A組の瀬尾という人。この3Aの担任は、早貴ちゃんのお父さん、
玲奈と早貴ちゃんが目を丸くして見合った。小林さんは普通にうなずいている。
「それが、私の友達が付き合ってる人なのね」
「そう。そして、この瀬尾って人」
「うん」
「吸血鬼だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・パードゥン?」
30秒ほど目をパチクリさせ言ったセリフは、おれが親父から勇者だと告げられたときと同じ。おう、小林、おれと玲奈が見た映画を同じく見ていたとは。
まあ、問題はそこではない。
「お父さん、ヤバッ!」
「そうそれ。早貴ちゃん、お母さんが真実を話したあと、お父さんの反応は?」
「もうね、たいへん。『おまえは気が狂ったのか!』って」
まあ、そうなるよな。
「し、信じられないけど、もうひとつ聞いていい?」
「うん。どうぞ、小林さん」
小林は、おれではなく、玲奈に向いた。
「あなた、何者?」
なるほど。見た目からして銀髪の青い瞳は普通じゃない。これには、おれも早貴ちゃんもだまった。どう答えればいいか、わからないからだ。
「わたしは、魔王の娘です」
「ま・・・・・・」
小林さんが言葉を失った。普通であれば笑い飛ばす。でもいまだと、冗談にもウソにも聞こえないだろう。
ふいに早貴ちゃんが、小林さんの手を取った。
「乳子センパイ、私は僧侶の娘」
「僧侶!」
もう、小林の目玉が飛びだしそうだ。
「こんなことって・・・・・・」
「そう、ちなみに、おれは勇者の息子」
「ああ、なるほど」
三番目って、衝撃ひくいな!
「勇太郎」
ふいに玲奈に呼ばれた。
「わたしは思うのですが、これはもう、わたしたちの考えだけでは上手くいかない気がします」
うん? いまいちわからず小首をひねった。
「おとなの意見が必要かと」
「坂本さんか!」
「はい。一番おくわしいので」
「でも、小林さんいるし」
「バイトやパートに使われるアレはどうでしょう」
「魔方陣の誓約書か!」
他言すると呪っちゃうぞという怖い誓約書だ。しかし、いきなり連れていくのも問題だ。さきに坂本さんに了承を得るため電話した。
吸血族がいたことは話してある。そいつの担任が室田さんの旦那さんであること、旦那さんと室田さんがもめていること。そして友達の友達が、その吸血鬼と付き合ってることを手短に伝えた。
すべてを聞いた坂本さんは、ひとこと言った。
「とりあえず、全員、うちに来い」
やはり、おれらの雇い主であるドワーフは頼もしかった。
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