第27話/VS???2~たたかわなければ生き残れない!~


~ゴブリンサイド~


 鬼ごっこエリア2日目。

 ソラは自身のダンジョンのDP魔力をイビルヘッドと、カードの交換に使用した。採掘でちまちま交換していたら、どれだけ時間がかかるか分かったものではない。

 おかげでイビルヘッドの設置は7割がた完了し、鍵も30本確保した。


『初日にしては、まあまあかな?』


 ソラが、隣に控えるゴブ助に勇者語日本語で声をかける。


『あの舌をもつれさせるような呪文なせいで、思ったほど確保できませんでしたね』

『仕方ないよ。みんな、活舌はよくないからね』


 ソラはあれが“かえるぴょこぴょこ”などに代表される、早口言葉だと知っている。そのゴブリン語バージョンが、カードに記載された呪文なのだ。

 素早く、正確に唱えることで、効果時間が延長される。

 だが、ゴブリンたちの活舌は、人間の3歳児並みだ。素早く話そうとすれば、舌を噛んでしまう。そのせいで、ほとんど一瞬の時間しか効果が得られなかった。

 最初の数時間は、1体も鬼を捕まえられなかった。何しろ、一瞬しか効果のでないカードで捕まえなくてはならないのだ。うまく追いつけても、早口言葉に失敗して逃がすことがあまりにも多かった。

 それをチームの連携と戦術で補い、今では1時間に8体のペースで捕獲できるようになった。

 何度も唱えてきたので、みんな早口言葉に慣れて、少しずつ上手くなっている。鬼を捕まえるペースもどんどん上がっているし、このままいけば、明後日には最初のリドルに到達できるだろう。

 だからこそ、ソラは思う。


『あまりにも順調すぎる』

『と、申されますと?』


 ゴブ助は、難しい顔で報告書を見るソラを見やる。

 現在、エントランスルームは各地から集まる情報を整理し、指示を出す司令部となっていた。

 正確な数を把握する必要がある関係上、鍵も司令部で一括管理している。

 戦時のごとき忙しさではあるが、司令部は安穏としているほうだった。

 忙しそうに走り回るゴブリンたちも、吠えるようなゴブ漸九朗の声にも、余裕が見られる。今までと違って、攻略の目途が立ち、希望が見えてきたからだ。


 どうにも嫌な感じがする。


 カードの消費量や入手した鍵の本数、鬼の目撃情報など報告されている。報告を見る限り、時間当たりのカードの消費枚数/入手した鍵の本数1本の鍵を入手するのに消費するカードの枚数は確実に減ってきている。

 着実に、攻略は進んでいる。

 だが、あの少女が言っていた、追跡者の報告が、いまだに出てこないのだ。

 現状、ゴブリンたちは状況を楽観視している節がある。あまり好ましい状況ではない。だが、わざわざ士気を下げるような苦言を、ソラの立場で行うべきではない。ソラがそれを言ってしまうと、委縮させてしまう。

 現状では、何かあるかもしれない、というただの推測だ。杞憂という可能性もある。

 ソラとゴブ助があえて勇者語日本語を使用しているのは、ゴブ漸九朗たちに話を聞かせないためだった。


『ゴブ助。どう思う?』

『ここにきて、出し惜しみはしないでしょう。おそらく、なにがしかの条件を満たしていない、と見るべきでは?』

『……だね。やっぱり、イビルヘッドの数かな』

『だから、増やすのを止められたので?』

『うん』


 侵入者にイビルヘッドを設置させる。なるほど、いい案ではある。魔力DPを相手に支払わせつつ、設置後に破壊されるリスクも減らせる。自身の消費を抑えつつ、監視を強化できる。

 もちろん、維持費も侵入側が支払わなくてはならない。

 しかも支払う購入・維持費は本来のイビルヘッドのコストの3倍だ。なので、設置すればするほど、あの少女の懐に魔力DPが入る仕組みになっている。働かなくとも、収入になるのだから、メリットとしては、十分だろう。

 だが、本当にそれだけだろうか? どうにもきな臭い。

 相手の努力を嘲笑い、無駄な労力と踏みにじる。あの子は、そういう性格をしている。

 イビルヘッドを大量に設置するのは、少女の罠である可能性が高い。


『例えば、追跡者はイビルヘッドの視界内のみ活動可能とか』


 自身で大量に配置したイビルヘッドが、自分の首を絞める。場合によっては、イビルヘッドを自分で間引く必要が出てくる。趣向としては、悪質にもほどがある。だが、あの子ならやりかねない。

 ソラがイビルヘッドをこれ以上増やさないのは、追跡者対策の一環である。さらに、この予想が当たっていた場合に備え、あえてイビルヘッドの配置に空白を作り、追跡者除けの安全地帯となるように盤面を整えた。

 情報のない現状では、最善の選択のはずだ。


『いい線いってるけどね』


 不意にかけられた声に、ソラとゴブ助は振り向いた。


『その程度しか想定できないなら、うちとやりあうのは諦めたほうがいいよ』


 あの少女だ。

 唐突に表れた少女に、その場にいたゴブリンたちが素早く武器を構える。それが無意味であるとはわかっていても、本能が、武器を欲するのだ。


「なにか?」

「ないしょばなしは、やめるの?」


 ゴブ語に戻したソラを、からかうように少女は微笑を浮かべる。


「用件は?」


 構う気はないと、ソラはにらみ返した。

 少女はしょうがないとばかりに肩をすくめる。


「今から追跡者を開放するからね。その連絡と、新しいギミックの追加のお知らせだよ」

「新しいギミック?」

「対追跡者用のカードだよ。追跡者はこれを使わないと撃退できないから、いっぱい買っていってね!」

「へえ? どんな罠なのかな?」

「使わないのは自由だけど、難易度はとんでもなく高くなるよ?」


 少女はこちらの許可も取らず、勝手にそれを設置する。

 捕獲用のカードを出す箱の隣、つまりエントランスのど真ん中だ。移動する際に邪魔になりやすい、なかなかに迷惑な位置である。

 この箱はこちらで移動させることができないので、嫌がらせの一環だろう。

 使い方も見た目も、捕獲用のと同じらしい。違いはせいぜい、赤い×印が、大きく描かれていることくらいか。

 なるほど、これなら間違えて購入することはないだろう。


「対追跡者用のカードは全部で3種類。攻撃用の赤のカード、防御用の黄のカード、その他の青のカード。使い方は捕獲用と同じだよ」

「その他?」

「補助的な効果のカード群だよ。例えば地図を表示したり、カードの効果を延長したり、いろいろだよ。カードごとに効果が違うから、ちゃんと見て使ってね」


 カードの効果は、レアリティと色、絵柄で判断できるようだ。


「それで? 話を聞く限り、撃退する必要性は薄そうだけど?」


 確かに、攻撃を受ければカードと鍵を失うというのは、ペナルティーとしては厄介ではある。だが、その程度であれば、逃げればよい。

 わざわざコストを支払い、撃退するメリットは薄い。

 それを指摘すると、そういえば、とばかりに少女は答える。


「ああ、言ってなかったね。追跡者はイビルヘッドを破壊できるんだよ」


 本人は忘れていた風を装っているが、間違いなく、わざとだ。その証拠に、彼女の微笑は楽しそうに歪んでいる。


「しかも壊せば壊すほど、能力が強化されていく。撃退しない限り、どんどん強く手ごわくなるから、注意してね?」

「……」

「壊れたイビルヘッドは取り除くか、修理してね。取り除かないと、同じ場所に新しいイビルヘッドを設置できないから、気を付けてね」


 イビルヘッドを取り除くには、設置と同じコストを支払わなくてはならない。つまり、再設置には2倍のコストを要求されるというわけだ。


「ちなみに、壊れたからって、イビルヘッドの使用料は減らないからね?」

「それはそれは。……しっかりしてらっしゃる」

「新興ダンジョンだからね」

「まるで、あなたの品性みたいなお金に意地汚いダンジョンね?」

革新的ユニークでしょ?」


 ソラの皮肉を、少女は冗句で受け流す。

 微笑を浮かべつつ、視線をぶつけ合う二人。そこに、一匹のゴブリンが転がるようにして飛び込んできた。


「報告! バ、バケモノガ、デマシタ!」


 ソラは慌ててリンクの機能を使う。これはダンジョンコアに備わる機能の一つで、自身の支配下にあるモンスターの五感を共有し、意思の疎通を可能とする。

 現場指揮をしているゴブリンにリンクすると、彼の見ている景色と聞こえる音がソラに共有された。

 恐怖で武器を振り回すもの、部屋の隅で頭を抱え震えるもの、司令部に連絡を取ろうと躍起になるもの……視野の持ち主も、必死に部下に向けて喚き散らしているが、理性を感じられない。

 そこに冷静を保っているものはどこにもいない。罵声と怒号の飛び交う、阿鼻叫喚というに相応しい状態であった。


『状況は?』


 ソラが声を送ると、そのゴブリンはびしりと背筋を伸ばし、素早くパニックから復帰した。普段の訓練のたまものだった。


『ハ! 奇怪ナもんすたーニ襲ワレ、鍵トかーどヲ失イマシタ! 負傷者ハぜろデス!』

『可能ならそのモンスターの追跡を。困難なら他の部隊と合流して撤退』

『了解デアリマス! そら様!』


 そのほかの部隊にも連絡を取るが、どこも大体同じような状況で、混乱が見て取れる。

 リンクを切ると、いらだちを抑えることなく、少女を睨み据える。


「不意打ちってわけ?」

「あれ? 言わなかったっけ? “今から追跡者を開放する”って」


 あの瞬間から、すでに少女の術中だったというわけだ。

 なにがお知らせだ。この嘘つきめ。最初から、新しいギミックという餌でソラの意識を誘導し、その間に侵略する手はずだったのだ。


「やってくれたね……っ!」


 怒りにかまけて罵倒しようとして、ある可能性に気づいた。

 それが真実なら、少女元凶と言い争っている場合ではない。


「ゴブ助、イビルヘッドの確保と撃退用カードを回して! ゴブ漸九朗、確保済みのカードをすべて移動させて! 急いで!」

「へえ。気づいたんだ?」


 いたずらのばれた子供のように、少女は笑う。

 だが、やってることは、いたずらでは済まされることではない。下手をすればリタイアもありえる凶悪な罠だ。

 絶望的なまでに時間を浪費し、歯ぎしりするソラに、部下に指示を出し終えたゴブ助が話しかける。


「イッタイ、何ガ起キルノデスカ?」

「敵の狙いは、エントランスルームの制圧だよ」

「制圧、デスカ? 追跡者モ鬼ト同ジク、幻影デアルト予想サレマスガ?」


 このエリアの鬼もカードも、ダンジョン能力の幻影で作られている。おそらく追跡者も同じだろう。つまり物理的な干渉のできない、ただの幻に過ぎない。

 なので制圧など無意味のように思える。カードを引くことも、イビルヘッドを確保するのも、彼らは邪魔できないのだから。

 ゴブ助の問いかけに、ソラは首を振って否定した。


「追跡者は“カードと鍵の奪取”と“イビルヘッドの破壊”ができる。なら、ここに居座られて、カードを入手するたびに攻撃されたら?」


 確かにカードを引かせないようにしたり、イビルヘッドの入手を阻むなど、物理的な妨害はできない。

 だが、カードやイビルヘッドを入手した後なら、それを奪える。

 武器も兵力も、なんら意味を持たない。なにしろ、相手はただの幻なのだ。カードがなければ、追跡者を追い払うことも、鍵を手に入れることもできなくなる。

 あとはもう、蹂躙されるがままだ。もはややり直すほかに道はない。

 リセットボタンのないことを鑑みるに、カジノエリアからやり直さなくてはならないのだろう。鬼も悪魔も恐れる鬼畜の所業である。

 だからこそ、カードの確保を急かした。いくらなんでも、カジノエリアのやり直しは、財政的に厳しい。

 そうなる前に、何としてでも対策手段を得なくてはならない。

 ソラの説明を受け、ゴブ助とゴブ漸九朗はすぐさま対応する。この辺りは、現場で動く彼らに任せるのが一番だ。


「偵察部隊! 直チニ出ヨ! 鬼ハねずみニ映ラナイ。追跡者モ同様デアルト想定サレル! 必ズ目視ニテ索敵セヨ!」

「かーどハ分散シテ運ベ! 鍵モダ!」


 ただ獲物を追いかければよかった初日は終わった。これからは追う者、追われる者が互い違いに入れ替わる複雑なゲームへ変貌した。

 大慌てでカードと鍵を持ち出そうとするゴブリンたちに、凶報が舞い込む。


「敵、接近!」


 鬼ごっこは、これからが本番だ。


「楽しくなってきたね?」

「……ええ、本当に」



~おばけちゃんサイド~


 最初の奇襲が成功してから、一時間ほど鬼ごっこエリアを見回って、2階の駅エリアに戻ってきた。

 そこではマズダが暇そうに部下を見守っていた。


「まっちゃん、やってる?」

「おばけちゃんか。見ての通りだ」

「暇そうだね? もっかい突撃してきたら?」

「お断りだ」


 実は今回、私はこの作戦に関与していない。だって、私、いっぱい働いたし。しばらくはお休みしないとね?

 足止めは、撃退用カードを設置するついでだったので、おまけでしてあげた。

 あとはもう、全部マズダたちに丸投げして、私は高みの見物をする。どっちが勝っても、私の懐は痛まないしね?

 半眼で睨むマズダをスルーして、私は中央に浮かぶ鬼ごっこエリアの地図を見る。

 さながらSFのホログラムみたいに空中に投影されており、ソラ達の配置したイビルヘッドの位置や、鬼の現在地が表示されている。さすがにソラ達の現在地までは表示してあげない。追跡者側が有利になりすぎるからね?


「それで、次はどうするつもりなのかな?」


 奇襲により多くのカードと鍵を巻き上げたものの、2度目の襲撃には失敗し、今はお互いににらみ合っているような状況だ。


「作戦もへったくれもあるか。目についたイビルヘッドを、手あたり次第に壊すだけだ」

「ほう。その心は?」

「連中がエントランスに引きこもったからだ」


 最初の奇襲で一度散り散りになった彼らは、追跡者側がエントランスを離れた隙に再びエントランスに集結した。

 獲物が集まっているとばかりに突撃した追跡者たちは、しかしゴブリンたちの抵抗により、撤退を余儀なくされた。

 ゴブリンたちは、追跡者の隙を見てこそこそとカードを回し、十分に撃退の準備をしてからエントランスに戻ってきたのだ。

 現在、彼らはカードの入手に躍起になっている。特に追跡者の撃退に関与する攻撃防御のカードを重要視しているみたい。

 一気に追跡者を殲滅するつもりなんだろう。

 効果がどんなものかわかりにくい青に期待するよりも、ちゃっちゃと追跡者を追い払うほうが合理的、という判断かな。

 一方、追跡者側は2度目の奇襲を失敗してからは、エントランスには近寄らず、ひたすらイビルヘッドを叩いていた。

 カードの揃った現状では、全員で突撃してもハチの巣にされるだけだ。

 今はちまちまイビルヘッドを破壊して、盤面を揃えている。追跡者側としてはベターな選択だ。


「なんでエントランスを制圧しなかったの?」


 最初の奇襲でエントランスに居座っておけば、勝利は揺るぎないものになっただろう。


「あのな、わかってて聞いてるだろ?」

「そりゃあね」


 エントランスを制圧してしまえば、彼らを撤退に追い込めた。

 できないわけじゃない。だけど、それは選ばなかった。


「くそ、ゴブリンども、引きこもりやがって。ポイント激マズじゃねえか」

「ぼやくな。今は決戦に備えて、ひたすらイビルヘッドを狩り続けるんだ」

「わかってるよ。強化しとけってだろ」

「それもあるが、ポイントが得られるだろ?」

「それもそうだな」


 彼らの言うポイントというのは、イビルヘッドを破壊したり、ゴブリンたちからカードや鍵を巻き上げると得られる。まぁスコアみたいなものだね。このポイントをたくさん集めると、豪華賞品と交換できる、というシステムだ。

 もちろん、いい賞品を手に入れようと思ったら、大量のポイントがいる。彼らが欲しがっている“酒造施設”なんて、1万ポイントも必要だからね。ちょーたいへん。

 奇襲でいっぱいカードと鍵を手に入れられたけど、それでも100ポイントも入ってない。

 初手でエントランスを制圧してしまったら、ポイントが全然手に入らないのだ。

 なので、最初の突撃でもあえて制圧まではせず、鬼ごっこに終始した。

 おかげでゴブリンたちもカードをいっぱい回してくれるし、遅延もできて、懐がたいへんほくほくだ。

 がんばえ~みんな~わたしの懐のために~

 ……冗談はさておき。


「いずれはゴブリンたちも打って出るよ」

「わかってる。こちらとて、遊んでいたわけじゃない」


 自信に満ちた横顔で、マズダは地図を見る。


「勝つ準備はできている」

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おばけちゃんのはっぴーダンジョン計画~カジノとゲームで搾り取る、鬼畜ダンジョンできました~ @Bulbasaur

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