第26話/VS???~よろしい、ならば戦争だ~


 私によく似た少女。ソラ。

 ポニーテールに、ひよこのエプロンが特徴的なその少女は、紅の鎧を着たゴブリンに指揮を任せて、後ろのほうでゴブリンたちを静かに見守っていた。

 鬼ごっこエリアの2階、駅エリアに設置したモニターに映るその映像を見て私は思わずつぶやいた。


「いったい、何者なの」

「それ、五回目だぞ」

「いまシリアスしてるから、静かにして」

「なら、普通に座れ」


 おっと。考え事をしてたら、正座のまま前転していたようだ。どおりで目が回ると思った。


「おばけちゃんでも目が回るんだな」

「当然だよ。まっちゃんもやればわかるよ」

「なら、普通に座れ。というか、まっちゃん呼ぶな」


 そろそろマズダもまっちゃん呼びに慣れてきたのか、否定する言葉に力が抜けてきた。

 善哉善哉よきかなよきかな


「……で? どうするか決まったのか?」

「決まらないから困ってるんだよ。というか、あのソラって子、見たことある?」

「あるわけないだろ。お前みたいなのが2人も3人もいるなんて知ってたら、発狂してる」

「ん?」


 なんか不穏なセリフが聞こえたような気がする。

 ……まぁ、今は見逃すとしよう。後で、ゆっくり話そうね?


「どうしたらいいかな?」

「俺に聞かれてもな……いっそ、会ってみるとか? おばけちゃんなら死なないだろ」


 冗談めかしてマズダが言う。


「うん。いいかもね、それ」

「え?」



――――――――――――



 カジノエリア。そこはゴブリンたちに占拠され、彼らの拠点に変えられていた。

 といっても、粗末な布切れの上に、毛布や食器類、武具の類といった個人の荷物が置いてあるだけ。食料品とかはきちんとテントで保管してあるけど、ゴブリンたちは足が延ばせるだけで十分らしい。

 いくら屋根があるからって、野ざらし同然のスタイルはどうなんだろう。プライバシーとか気にならないのだろうか。

 ゴブリンたちは部隊を再編制して、300体ほどを残してほとんどを自分たちの拠点に戻らせた。まぁ最初からダンジョンに入れないゴブリンが大半だったし、妥当じゃないかな。

 現在はリセマラ組と、休憩組に分かれて攻略を進めている。カジノエリアにいるのは、休憩組。部隊の約9割が、思い思いに休息をとっている。

 しげしげと眺めていると、ゴブリンたちが嫌悪を露わに睨みつけてくる。ちょうどよいので一番近くにいたゴブリンに話しかける。


「ねえ。ソラさんって人、呼んでもらえない? 話がしたいんだけど」

「ヨク、顔ヲ出セタモノダナ。コノ詐欺師ガ」


 一番近くにいた、鶏冠付きの兜のゴブリンが、怒りを滲ませるように唸る。たしかゴブ漸九朗だっけ。私にカモられたゴブリンたちの隊長さん。


「失敬な。私ほど清く正しく、誠実なおばけちゃんはいないよ」

「黙レ! 最初カラ騙ス腹積モリデアロウ!」

「ちゃんと質問も受け付けたよ?」


 まぁ、聞かれても誤解を招くように伝えるつもりではあったけどね?


「そんなことより、ソラさんいる? お話ししたいんだけど」

「フザケルナ! 貴様ゴトキ、そら様ノ御名ヲ口ニスルコトスラ烏滸ガマシイ!」

「そう。で、どこ?」

「コ、コノ……ッ!」


 怒鳴り散らすせいで、だんだん聞き取りづらくなってきたので、適当にあしらう。というか、ほっぽって自分で探したほうが早いかも。

 そう思ってカジノエリアを見渡す。うーん、さっきまでいたはずなんだけど。


「私に、なにか用?」


 ふわりと、エプロン姿のその少女が飛んできた。

 どうやら4連4つ扉の部屋の視察に、リセマラ組と一緒に行っていたらしい。彼女の後ろで、リセマラ組のゴブリンたちが殺気めいた視線を私に向けている。


「うん。ちょっとお話しない?」

「……話?」


 警戒と困惑の同居した表情で、彼女は首をかしげる。

 なぜそこで首をかしげるのだろう。


「……何の話をするの?」

「仲良くしたいなって」


 そもそも、私たちが戦う必要なんてない。うちに攻め込む兵力なんてないし、この辺の土地にも価値はないはず。

 なぜ攻めてきてるかは不明だけど、話し合いで解決できる範疇だと思うんだよね。

 そのためにも仲良なろう? て話なんだけど、ソラは冷たい視線を向けるだけだった。


「……私たちの関係性を、知ってて言ってる?」

 

 そりゃあ、侵略者と被害者だけど。それを改善するために、話し合いをしようよ。


「ZT64SDC7883」

「え?」


 何かの暗号かと思って考えてみたけど、全然わからない。私が困惑しているのを見て、彼女は何かを納得したらしい。


「へえ。そういうことなんだ、、、、、、、、。珍しい」

「えっと? 説明してほしいんだけど」

「あなた、記憶がないでしょ?」


 うん、まぁ。


「私のことを、知ってるの?」

「初対面だよ」


 ……なんだか、ごまかされた気がする。嘘は言ってないけど、真実は語っていない。そういう違和感がある。

 私がそれを追及するよりも早く、ソラは言葉を紡いだ。


「降伏して。悪いけど、あなたと同盟を組むつもりもないし、話すこともない。今なら、ここにいる人間を見逃してあげてもいい」

「……そちらの軍門に下れって意味かな?」

「これでも譲歩してるよ。正直に言って、あなたを打ち負かし、ここを奪うほうがよっぽど楽なくらいだよ」

「……カジノエリアココを攻略したくらいで、勝ち誇らないでほしいかな」

「ふうん? 抵抗するんだ?」


 クスクスとソラは嗤う。


「ちょうどよかった。うちの子をかわいがってくれたお礼もしたかったからね。それに、教育しつけも必要だよね?」


 完全にこちらを舐めてかかったセリフに、さしもの私もイラッとした。


「できるかなぁ? だって、ゴブリンでしょ?」

「なら、教えてあげるよ。純粋な数の暴力の恐ろしさを」

「どれだけ集まっても、ゴブリンはゴブリンだよ?」

「さて? 試すといいよ」


 余裕綽々といった様子で、ソラは笑顔を崩さない。

 まるで勝利を確信しているように。

 


――――――――――――


 鬼ごっこエリアの2階に戻ると、マズダが話しかけてきた。


「あーおばけちゃん?」

「なに?」


 自分でも、あ、不機嫌だな、てわかるほどの低い声が出た。


「いえ。ナンデモナイデス」


 マズダがそそくさと逃げていくのを尻目に、私はダンジョンコアのおいてある部屋へと引き上げる。

 ここは完全に私の私室なので、椅子や机、毛の長い絨毯など設置してある。一般的な女子高生の部屋って感じかな? まぁ、完全に趣味で作ったし。

 普段ならこの部屋に戻れば、たいていの怒りは収まる。けど、あのソラって子の傍若無人な言動を思い返すだけではらわたが煮えくり返る……おばけだから、ないけど。

 ともかくイラつくのだ。


「もうあったま来た!」


 同じおばけのよしみで、少しは手心を加えようかと思ったけど、もう許さない。お尻の毛まで毟ってやる!

 ……いや、おばけだから毟れない……というか生えてるのだろうか。少なくとも、私はないんだけど。

 まあいいや。


「毟れるだけ毟ってやる」


 部屋の隅に設置してあるコアに手をかざす。

 さあ、改築だ!



――――――――――――


 一夜明けて、すっきりとした気持ちで駅エリア鬼ごっこエリア2階に戻る。

 各駅へと移動するための通路兼商業スペースで、円形の広場みたいな場所だ。その中央には今はマズダたちが寝泊まりするテントが張ってある。

 そこで、深刻な面持ちでマズダたちが集まっていた。


(おばけちゃん、大丈夫かな?)

(ずいぶん怒っていたしな)

(攻め込んでやる! とか言い出さないだろうか?)

(短気を起こさなければいいが……)


「おはよう!」


 みんながこそこそ話し合っているところに声をかけると、全員がびくりと肩を震わせ、恐れを含んだ瞳で私を見る。


「どったの?」

「あ、あ~おばけちゃん。その、もう大丈夫なのか?」


 マズダがひどく遠慮がちに問いかけてくる。


「? なにが?」

「いや……大丈夫ならそれでいいんだ、うん」

「変なの」

「と、ところで」


 慌てたように誤魔化すマズダ。


「下のほうでストーンマンが走り回っているが?」


 そう言って、広場の端のほうへと移動する。

 広場は鬼ごっこエリアの直上にある。せっかくなので、下にある鬼ごっこエリアがよく見えるようにと、全面をガラスの壁にしてある。

もし鬼ごっこエリアが賑わうことがあれば、観光名所として活用する予定だ。

 キメ顔で痴態を晒す冒険者……名所にしては、シュールかな? ふふふ。


「ちょっと手直ししてるんだよ。この辺は手を付けてないから大丈夫だよ」

「そうなのか。ダンジョンの改築を、こうも間近で見えるとはな。せっかくだから観察しても?」

「どうぞ」


 好奇心、と呼ぶには真剣すぎる様子でストーンマンの作業を見守るマズダ。

 まぁ、ダンジョンってストーンマンとかのモンスターを使って実際に掘ったり設置したりして作るから、侵入者がいる間の手直しって難しいんだよね。トラップの設置をしている間に侵入者に襲われたら、せっかく作ったトラップが無駄になるからねからね。

 なので、ダンジョン側は侵入者が見ているところで改築とかしないし、侵入者側は改築をしてないか監視しないといけない。

 他所ではなかなか見られない光景だろう。


「それで、どういう改築をするつもりなんだ?」

「ないしょ」

「ないしょって、お前」

「……そうだ。せっかくだから、手伝う?」

「え?」


――――――――――――


~ゴブリンサイド~


 カジノエリア攻略開始から、9日目。

 固く閉ざされた鉄扉が、ついに破られる時が来た。

 ぎしりと重々しい音を立て、次のエリアへの道を閉ざしていた扉が開かれる。そう、ついにカジノエリアの攻略が完了したのだ。

 開け放たれた扉を前に、しばしの静寂の後、ゴブリンたちは一斉に歓喜の声を上げる。もはやそれは、ケモノの咆哮のごとき叫びとなって、カジノエリアを木霊した。

 長い、あまりに長い戦いであった。

 あの鬼畜外道のせいで、ひと月近く、奴隷のごとく働かされた。いま、やっとその悪夢から解放されたのだ。その感動が、喉を通して迸る。

 吠えたてながら、隣のゴブリンと抱き合って、肩をたたき合い、涙を流す。

 終わったのだ。やっと。進めるのだ。ついに。

 ゴブ漸九朗ですら、涙を隠すように目頭を押さえ、肩を震わせている。

 これを邪魔するほど無粋ではない。しばし時間をおいて、落ち着いたころを見計らい、ゴブ助が前に出た。


「皆ノ者、静マレ!」


 エリア一帯に響き渡る大音声に、ゴブリンたちは一斉に静まり返った。


「そら様ヨリ、オ言葉ヲ賜ル。傾聴セヨ」


 ゴブ助の言葉に、全ゴブリンが背筋を伸ばす。それを確認したゴブ助は、ソラにその場所を明け渡す。


「みんな、長い間、ご苦労様です。本当によく頑張ってくれました。でも、まだまだダンジョン攻略は続きます。最後まで気を抜かないように」


 短いながらも心のこもったソラの演説に、全ゴブリンが気を引き締める。

 まだ、ダンジョンは攻略されていない。次のエリアが待っているのだ。


「「「応!」」」


――――――――――――


 斥候の報告により、次なるエリアの地形が判明した。

 広場を中心に、四方に伸びた不可思議な形状。やたらと入り組んでいることを除けば、一般的な迷宮形式に見える。

 さっそく侵攻を開始するゴブリンたち。その際、エリアを区切る扉に杭などを打ち込んで、閉じないようにするのだが、ソラがそれに待ったをかけた。


「そこは閉めておいて」

「デスガ……」

「大丈夫。さっき調べたけど、開閉スイッチは見つけてあるから、閉められて出られなくなるってことはないよ」


 というソラの指示で、扉は閉められることになった。

 長い階段を上り、広場にたどり着いた一行。そこは300のゴブリンが悠々と収まるほどの広い円形の空間で、壁はすべて採掘場になっている。

 広さを除けば、カジノエリアと似た様相である。しかし、ここにはあの忌々しい貯金箱はないし、なにがしかのゲームも置いていない。

 代わりに、四角い箱が置かれている。横面には丸いハンドルがついていて、正面には細長いスリットが空いている。

 ゴブ助が部下に命じてその箱を調べさせる。どうやらコインを入れるとスリットから何かが出てくるようだ。だが、これの使い道は依然として不明である。


「ふうん。ここも謎解きエリアなんだ?」

「まあね」


 ソラの問いかける言葉に、上空から返答が返ってきた。

 ゴブリンたちは素早く身構える。例の、ダンジョンの主だった。どこか優し気に見える視線が偽りであることは、ここにいる誰もが承知している。

 今更何をしに来たのか。警戒心を手にした武器に込めるゴブリンたち。しかしソラは、彼女が現れることを初めから知っていたかのように会話を続ける。


「それで? どういう仕掛けなのかな?」

「簡単に言うと鬼ごっこだよ」


1、鬼を捕まえることで鍵が手に入る。鍵には専用の鍵穴があるので、同じコードの鍵穴に使用すること。

2、鬼を捕まえるにはカードを使用する必要がある。カードが使える範囲は、イビルヘッドの視界内。

3、エリアを徘徊する“追跡者”の攻撃を受けると、その人物の保有するカードと入手した鍵が失われる。


 大まかなルールはこの3つ。まとめると、追跡者から逃げつつ、カードを使って鬼を捕まえろ、ということだ。


「カードの使い方は?」

「銀紙を削って、そのカードに記載されてる呪文を唱えて。効果時間内に鬼にタッチしたら捕獲判定になるから。ちなみに、カード代の支払方法は、カジノエリアと同じだから説明は省くね?」


 そこは予想どおり。カジノエリアで掘り続けた採掘場と交換ボックスが、嫌でも目に飛び込むように配置してある。

 むしろ、分からせるために作ったのだろう。カジノエリアでの地獄を思い出させるために。ずいぶん非道なやり口だ。


「鍵を300個使用したら、ここにあるボタンを押してね。そしたら次のリドルが出現するから、それをクリアしいってね」


 そんな思いとは裏腹に、のんびりとした口調で説明を続けていく。ゴブリンたちの怒りの視線も、彼女にとってはそよ風のようなものなのだろう。


「なにか質問はあるかな?」

「そのリドルというのは、どういうもの? 何回クリアすればいい?」

「その時になればわかるよ」

「言うと思った」


 どうせ、攻略に必須となる情報以外は、適当にごまかす気なのだ。となれば、推測で揺さぶるしかない。


 なぜわざわざ個数を伝えた? そして、なぜボタンをわざわざ押さなくてはならない?

 ダンジョンを作る側の人間として、これは違和感のある情報の出し方だ。通常のダンジョンであれば、そもそも個数など伝えない。理由もなく必要数以上作らないし、鍵穴の数から推測できる。ダミーを混ぜるにしても、それを伝える必要などありはしない。

 つまり“伝えなければ攻略できない”情報であるはずだ。

 そこから読み取れるギミックの全容、目的を、作り手としての視点で見る。


「なるほど。だから300個、ね」


 やはり、詐欺師。

 人を罠にはめることばかり考えている。だけど、その手はソラには通じない。


「個数が間違っていても、リドルは出現するんでしょ?」


 彼女の表情が凍り付く。


「これは予想だけど、290から310くらいの範囲なら、次のリドルが出現するのかな?」

「……」

「だけど正解は300個。それ以外だと、たとえリドルを攻略しても、先には進めない。そんなところかな」


 通常のダンジョンであれば、ただ集めるだけでよい。必要な個数が集まっていれば、それを片っ端から使用すればいいのだから。だが、ここではいくつ鍵を使用したか、まで把握しなければならない。

 これはなかなかに厄介だ。

 敵に追いかけられながら、使用した鍵の数を情報共有しなければならない。1つでも数が違えば、最初からやり直しだろう。

 10や20程度であれば、そうそう間違えることはない。だが300もの鍵を取得しなければならない以上、1、2個の誤差は出かねない。それを狙った陰湿な罠だ。

 このダンジョンのことだ。数を間違えて先に進めないのか、リドルを間違えて進めないのかわからないよう仕掛けが施されているに違いない。


「間違っていたら、指摘してね?」

「……」


 無言。だが、十分だ。その表情を見れば。

 口の端をひきつらせ、なんとか保った作り笑い。なにかを耐えるように、無理やりその顔を作っているのだろう。苦しそうにすらみえる表情が、なにより雄弁に、ソラの推測が正しいと物語っている。


「大丈夫そうだね。なら、そろそろ行くよ」


 震える声で、彼女はそう言った。

 背を向け飛び去るのを見送って、ソラの背後でゴブリンたちの歓声が湧きあがった。



――――――――――――


~おばけちゃんサイド~


「うふふふふ」


 駅エリアに戻ってきて、ようやく安心して笑えた。こんな風に笑ったら、せっかくの獲物が逃げちゃうからね?

 いい感じに誘い込めた。作った罠を見破って、準備した沼に引きずり込めた。

 これなら相手も、途中で投げ出したりしないだろう。


「楽しそうだな」


 マズダが話しかけてきた。


「種を蒔いてきたからね。あとは収穫まで、じっくり待つだけだよ」

「なんというか、お前らしいというか、やっぱりというべきか」


 言いにくそうに眉をしかめて、ため息をつく。あきれ半分って感じだ。

 確かに鬼ごっこエリアの罠は見破られた。だけど、仕掛けがあれ一つだけとは、誰も言っていない。むしろ、最初の罠は、最初から見破られる前提だ。

 あれはこちらの仕掛けを見切ったと思わせて、安心して攻略を継続させるための、いわゆる“餌”だ。本当の罠は、その先にある。

 まぁ、それ、、を現時点で見破るのは不可能に近いけどね?

 それを起動するとどめをさすまでに、たあっぷりと、毟ってあげるよ。


「よくぞここまで外道ができるものだな」

「ははは。なんとでもいいたまえ」

「鬼、悪魔、おばけちゃん」

「ちょっと?!」


 マズダが、じぃーっと睨んでくる。マズダにはそれ、、を教えてあるので、ゴブリンたちのこれからが予想できているのだろう。


「それより、準備はどう?」

「……まあ、それなりに」


 そう言って、後ろを振り向く。つられて私も視線を移す。

 そこには追跡者を動かす練習をしている、男たちの姿があった。


「ああくそ、また外した!」

「ヘタクソ!」

「うるせえ! てめえもだろうが!」

「訓練に集中しろ!」


 手にしたコントローラーをがちゃがちゃと鳴らして、男たちが罵声を浴びせあう。

 その真剣さときたら、戦闘中のそれと変わらない。必死、という言葉がしっくりとくる。


「わかってんだろうな、おまえらぁ!」

「「「応!」」」

「ゴブリンどもに舐められんじゃねえぞ!」

「「「応!」」」

「俺たちの目的はなんだ! 俺たちの愛するものはなんだ!」

「「「酒! 酒! 酒!」」」


 ホールいっぱいに響く酒コールに、マズダだけが、頭を抱えている。

 私が提案した“お手伝い”が原因だ。彼らには、追跡者を操って、ゴブリンを捕まえる鬼役を頼んだのだ。全員最初は渋っていたけど……


「「「酒! 酒! 酒!」」」


 ……まぁ、餌で釣るのは基本だよね。


「明日が本番だ! 気合い入れてくぞ!」

「「「応!」」」


 ゴブリンたちは、鬼ごっこエリアの探索と、イビルヘッドの設置しかしていない。本格的な攻略は明日からになる想定なので、それに合わせて、追跡者も明日から放流する予定だ。


「まっちゃんはしないの?」

「ああ。俺はどうにも、“こんとろおらあ”というのと相性が悪いようでな」


 姉妹にあげたストーンマンの操作権とは違い、コントローラーを使って動かす。もみじが四苦八苦していたように、普通は歩かせるだけでも相当の訓練が必要だけど、コントローラー式はボタン一つで簡単にできる。

 その代わり、あらかじめ設定してある動きしかできないから、自由度はかなり低いんだけどね。

 まぁ、アクションゲームのキャラクターの操作みたいな感じだよ。


「目標捕捉!」

「「「うおぉぉおおおおお! ボタン百連打ぁぁあ!」」」


 だから気合い入れてボタンを連打しても無駄だってば!


「……大丈夫なの?」

「わからん」


 この世界の人間は、みんなテレビゲームなんてしたことがない。そもそも概念がない。そんな人間が、コントローラーの使い方をすぐに習得できるはずもなかった。

 それでも若い子は比較的順応できてるけど、大人のメンバーはかなり時間がかかっていた。

 マズダなんか、そうそうに諦めて、ほかのメンバーにコントローラーを明け渡してる。本番では指揮に専念するらしい。


「それより、アレはどうにかならないのか?」


 マズダの指さす方向には、逃げ惑う標的を追いかける追跡者の姿があった。どうやら、追跡者の形状が、マズダのセンスに合わなかったらしい。

 ゴブリンたちを追いかけるという趣向なので、ホラーゲームのキャラクターをモデルに作ったのだ。そんな知識のない彼らにとって、まったくの未知の存在なので、仕方がないのかもしれない。


「恐怖を掻き立てるようなキャラでないと、意味がないからね」

「いや、怖いと言われたら、そうかもしれないが」

「?」

「あれは違うだろ」


 そうかなぁ?

 マズダの指摘に、改めて追跡者の姿を確認する。


 パンストを被り、局部に☆を貼り付けたパンスト様。

 猫耳にスク水のぱんつ仮面。

 ひげダンディーな全身タイツ紳士(白鳥付き)


 どれも夜道で出会ったら、即座に逃げ出すレベルの恐ろしいデザインになったと思うんだけど。


「うーん、ダメかな?」

「アウトだろ」

「しょうがない。バルガスも混ぜてあげよう」

「やめたげて」








~~~~~

長らくご無沙汰しております。

なんとか完成しましたので、戻ってまいりました。

ご迷惑をおかけしてすみません。

これからもよろしくお願いします。

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