第25話/VSゴブリン2~ゴブリンの救世主?~



~ゴブリンサイド~


 あれから10日が過ぎた。今のところ、危惧していた妨害などもなく、砂は貯まってはいる。しかし――


「急ゲ! 速ク玉ヲ入レナイト、砂ガナクナル!」

「急イデイル!」

「モット、モット!」


 ここ数日は、地獄のような忙しさであった。なにしろ、貯まったはなから下に吸い込まれていく仕様の関係上、のんびり休んでいる暇がない。

 採掘所で鉱石を採取する班、鉱石を玉に変える班、交換した玉をオブジェ貯金箱に入れる班に分けて、可能な限り効率的に行動し、ようやく見えてきた天井付近。

 しかしあと指2本分が、なかなか埋まらない。

 ほんの少しのミスで時間を損失してしまうと、それだけで数時間の苦労が溶けて消える。どうやら貯まれば貯まるほど、砂の排出速度が上がる仕様なのだろう。それに気づいてからは、一時の猶予もなく、絶え間なく玉が入るように注意した。ミスを起こさないように、万が一ミスが起きてもカバーできるよう人員を配した。

 それでも、なお届かない。


「ドウナッテイル……?」


 最後のあと一歩が、どうしても貯まらない。

 逆三角形の形状ゆえ、天井付近では玉が多く必要なのは分かる。だが排出が速すぎる。常時玉が入るように注意しても、ある一定の位置から増えないのだ。これでは不可能になるはず。

 なのに、奥の扉は静寂を保ったまま。念のために何度か攻撃を加えてみたが、びくともしない。つまりは、何らかの手段で突破が可能であるはずだ。

 ゴブ斬九朗が可能性を模索する中、狩りに行った部下たちが戻ってきた。


「首尾ハ?」

「上々」


 そういって、部下たちは各々の獲物を掲げて見せる。中には大型の魔物、ファングボアの姿もある。これなら大量の玉を得られるだろう。

 だが足りない。

 多く玉を得る以上に、なにかが必要なはずだ。

 じっとオブジェ貯金箱を観察していると、落ちる砂の量が違う時があることに気づく。


「マサカ……」


 ゴブ斬九朗はすぐさま玉を確認する。多くは無色透明だが、十個に一つくらいの割合で、色付きの玉があることに気づく。赤やら青やら黄色やら。ただの飾りと気にしていなかったが、もしや?

 確かめなくてはならない。

 部下に命じて、色付きの玉だけをオブジェ貯金箱に投入させる。

 明らかに、無色の玉より多い。


「ククク……ッ」


 やっと、見つけた。

 これが攻略法か!



~おばけちゃんサイド~


「とか思ってるんだろうなぁ」


 玉の色によって、注入される砂の量が違う。それは事実だけど、だからと言って色付きだけを集めるのが正解であるとは限らない。

 オブジェ貯金箱の中が増えることで砂の排出速度も上がるんだから、入る量が多かろうが少なかろうが、関係ないんだよね。結局、最初の4連扉の部屋で正解ルートを当ててないと貯まらないんだから。

 だけど、彼らはそれを知らない。色付きの玉たくさん砂の入る玉をたくさん集めれば、いずれ上限に達するはずだ、と無駄な時間を過ごす。

 そう勘違いさせるために、色付きを混ぜたんだからね。

 心のどこかで、間違っているんじゃないか? と思うかもしれない。けれど2週間もの時間の浪費と、あと少しで天井に届くという事実を前に、今更方針を変えられるだろうか。これまでの労力をすべて捨て去り、最初からやり直すなんて言えるだろうか。

 無理。

 完全に手詰まりならともかく、彼らは正解偽りの希望を手にしている。ゴールを目前にして、その選択肢を選ぶことはできない。


「これでしばらくは、鉱石に困らないね」

「鬼か」


 やだな。彼らが自主的に働いているだけだよ?


――――――――――――――


~ゴブリンサイド~


 色付きの玉の秘密に気づいてからも、せわしなく玉を供給し続け、合間に色付きの検証を行い続けた。

 その結果、赤色が一番砂の量が多いということが判明した。ならば、ゴブ斬九朗の取るべきは、赤色の玉を集めることだ。

 これ以上、こんな低層で足踏みをするわけにはいかない。だが、万が一玉が足りなければ、時間を無駄にしてしまう。

 念には念を入れて、ゴブ斬九朗は2週間もの時間を費やし、十分な量の赤い玉を獲得した。山と積まれた赤い玉を見て、ゴブ斬九朗は確信する。これで確実に天井に届くと。


「コレヨリ、作戦ハ第二段階ニ移行スル! 敵襲ニ備エヨ!」


 ゴブ斬九朗の宣言に、全ゴブリンが狂喜する。当然だ。なにしろ4週間近くもダンジョンに押し込められて、ひたすらに石を掘るだけの作業を強要された。それがやっと終わるのだ。

 発掘作業をしていたゴブリンたちはつるはしを投げ捨て、出入り口に集合する。交換作業中のゴブリンも、玉への交換が終わったグループから順に隊列に混ざる。

 赤い玉が十分に集まったことは、敵にも伝わっているだろう。これ以上の侵入を防ぐべく、敵が妨害してくると予想される。

 妨害されると、せっかく集めた赤い玉も無駄になる。投入部隊を絶対に死守しなくてはならない。


「敵ヲ通スナ! 死シテナオ、壁トナレ!」

「応!」

「行動開始!」 


 ……

 …………

 ………………


 何事もなく、時間は過ぎた。予想していた妨害もなく、トラブルもなく、順調に玉は砂に変わった。

 集めるのにあれほど苦労した赤い玉も、たった数時間で空になった。


 扉は、いまだ、閉ざしたまま。


 なにも起こらない。当然だ。オブジェ貯金箱はいまだ満たされていない。それはまるで、無限の飢餓を抱えた悪魔のように、貪欲に砂を求めている。

 砂が落ちていく。だがどうしようもない。今回の作戦を開始するにあたって、玉の補給係まで防衛に回したせいで、玉がもう残っていないのである。

 ゴブリンたちは、砂が落ちるのを眺めるしかなかった。絶望的なまでに減ったオブジェ貯金箱を元に戻すには、もはや数日はかかるだろう。

 そしてそれだけの猶予は存在しない。すでに雪が積りだした。この階層の突破すら見えない現状で、このまま無策でここに留まるのは危険すぎる。

 つまりは、失敗、である。状況は、撤退以外に選択肢がないことを示していた。

 それはわかっている。だが――

 ゴブ斬九朗は、腹が避けそうなほどの怒りと悔しさに、声を張り上げる。


「吐ケ! 吐キ出セ! ヨクモ我ラノ希望ヲ貪リ尽クシタナ! 奪ウダケ奪ッテ、逃ゲルノカ! コノ卑怯者! 俺達ト戦エ!」


 地面を踏み鳴らし、罵声を浴びせる。

 戦いもせず、悠々と我々ゴブリンから搾取した。なんて卑怯で卑劣なダンジョンだろうか。まるで人の国ゴブリンの地獄を再現したかのような、外道のダンジョンだ。

 だが、どれだけ声を張り上げても、玉は戻ってこない。あざ笑うかのように、静寂を保ち続けている。


「隊長」

「……ワカッテイル」


 怒りをまき散らしても意味はない。ゴブ斬九朗は大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。追撃が無いとは言い切れないのだ。冷静さを欠いてはいけない。

 あきらめに澱んだ声で、撤退を指示しようとしたとき、入口の方から、何者かの足音が響いてきた。

 武器を構える一同。だが、その旗を見た瞬間、慌てて武器をしまう。

 漆黒の旗地に勇者文字漢字で“魔王”の二字が金の刺繍で施されている。それを許されるのはこの世には二人しかいない。

 それに気づいた瞬間、ゴブ斬九朗は声を張り上げていた。


「ヒレ伏セ!」


 戸惑う部下たちに、ゴブ斬九朗は殺気を放つ。場合によっては、彼らを切り捨てなくてはならない。幸いにも、部下たちはゴブ斬九朗の言葉に従った。疑問はあっても、そうしなければ命はないと悟ったのだろう。

 平伏するゴブリンたちの前に、赤い鎧を着たゴブリンたちが整列する。

 ゴブリン“インペリアル”ガーダー。数こそ少ないものの、戦闘力はヴォルフ・リッターに匹敵する、魔王様直轄の近衛兵である。

 居並ぶゴブリンガーダーが、合図もなしに、さっと左右に別れる。まるで主を迎えるように。

 先頭を歩くのは、真紅の甲冑を身に着けた大柄なゴブリンだった。深紅の甲冑にはただ一つの傷もなく、一度の損耗も恥とばかりに威風堂々たるその威厳。

 間違いない。ゴブリン“インペリアル”ガーダー率いる、ゴブ助だ。魔王軍の最古参にして、総司令官。

 その彼が、家臣の礼をもってその人物を迎え入れる。すなわち、それほどの人物ということ。

 それは、少女の姿をしていた。長い髪を後ろでくくり、黄色い雛の描かれた奇妙な前掛けをつけている。その体は背後の空間が分かるほどに透けており、わずかに宙を浮いていた。ゴブ斬九朗は、一瞬、この地のダンジョンマスターの顔を思い浮かべてしまい、首を振ってそれを追い払う。

 そんな無礼、知られればこの首では償いきれない。

 かの御旗を許される二人は、どちらもゴブ斬九朗など霞むほどの雲上人。一人は当然、魔王様本人。もう一人は、魔王様の右腕にして、全ゴブリンの生みの親。


「そら様」


 ゴブリンたちにとって、それは神の御名に等しい。

 心臓が、早鐘を打ち鳴らすように鼓動する。


「急に来ちゃってごめんね? 本当は伝令を先に行かせるべきなんだけど、ダンジョンに留まっているって聞いたから、直接、出向いたの」


 基本的に、ダンジョン内では騙し討ちは日常茶飯事。ならばこそ、例え親兄弟であれど、ダンジョン内では敵と思って行動せねばならぬ。

 今回、もしも伝令が来たとして、正しく対応できただろうか? 主が来るという情報でこちらの動きを牽制する策略ではないかと、無意味な勘ぐりをしたかもしれない。

 ソラ様も、同じように考えたのだろう。だからこそ、直接、この地に出向かれたのだ。


「モッタイナキ御言葉」


 その言葉を何とか送り出して、ゴブ斬九朗は生唾を飲み込む。

 なぜ、魔王様直属の部隊が来ているのか。増援というなら、ほかにも適切な部隊はいる。わざわざソラ様が出向く理由などないはずだ。

 無数のなぜ? が脳裏を交錯する中、ゴブ助が歩み寄る。


「我ラガ旅ニ」

「魔王様ノ御加護ヲ」


 驚きながらも、ゴブ斬九朗はすぐさま対応する。ダンジョン内での部隊の合流には、隠語を用いた本人確認が、必須である。これをなしにして、合流など危険すぎる。

 本来なら、何よりも先に実施すべきである。だが、ソラ様にそれを伝えるのは憚られた。本物かどうか疑っていると言うようで、失礼と思ったからだ。

 だからこそ、ゴブ助が先に切り出したのだ。

 跪くゴブ斬九朗にあわせて、ゴブ助も膝をつく。お互いに懐から割符を出し、合わせる。


「「我ラガ旅ガ、魔界ヘ通ズルコトヲ願ッテ」」


 これで部隊の合流は完了した。

 ゴブ助はゴブ斬九朗の肩を叩き、思いのほか優しい声で囁く。


「安心セヨ。我ラハ援軍ダ」

「?」


 問い返す間もなく、ゴブ助は立ち上がると、ソラ様のもとへ向かった。


「そら様。確認ガ済ミマシタ」

「うん。ありがとう」


 そう言って、ソラ様はゴブ斬九朗に向き直る。


「ダンジョンの報告書は私も見たよ。あれが例のオブジェ貯金箱だよね?」

「……ハイ」


 今は空となったオブジェ貯金箱を前に、ソラ様はゴブ斬九朗に声をかける。滑るようにダンジョン内を確認する少女を、ゴブ斬九朗は処刑を待つ罪人の気持ちで待ち続ける。ぽたりと落ちた汗に、自身の緊張を知った。


「赤色の玉だけをオブジェ貯金箱に投入させる。そうすれば届かなかった天井にまで、到達するはず……だったね?」

「……ハイ」

「失敗した、だよね?」

「申シ訳アリマセン! 全テ私ノ不徳ノ致ストコロデ……」

「あ、ごめん。責めるつもりはないの」


 ゴブ斬九朗が頭を地につけるのを、慌てて留める。


「えっとね。ゴブ斬九朗は騙されてるんだよ」

「?」

「詐欺師だよ。ここのマスターは」


 ソラ様はじっとオブジェ貯金箱を見据える。


「ダンジョンからのヒントは“価値あるモノ”を玉に変えて、それを集めることで扉が開く。そんな感じだったよね?」

「ハ、ハイ」

「嘘だよ、それ。もしも正しいなら、とっくに開いてないといけない」

「オ、御言葉デスガ、嘘ノひんとデハ難易度ノ上昇ニ繋ガルハズデハ……」

「うん。だけど、正しい情報だけでも人は騙せるよ」


 例えば重要な情報が欠落している場合。

 ヒントはあくまで、問題の難易度を落とすための情報の提示でしかない。回答ではないのだ。この部屋でいえば、ゲームのルールや玉の仕組みが不明瞭のままでは難易度が高くなってしまう。

 だから、その情報がヒントとして提示されたとしても、難易度の上昇を意味しない。

 たとえそのヒントによって、相手が無意味な行動をとったとしても、だ。あくまでそれは勝手に勘違いして自分の首を絞めただけに過ぎない。

 “価値あるモノ”を玉に変える。それをオブジェ貯金箱が一杯になるまで集めれば扉が開く。これは事実だろう。だが、すべてではない。

 大事な条件が隠蔽されている。

 例えばこの部屋の仕掛けが4つ扉の前の部屋と連動している場合、4つ扉の秘密を見破らない限り、どれだけ玉を集めてもオブジェ貯金箱が満たされることはない。そしてその条件を間違うように、罠が仕掛けられている。

 それが色付きの玉だ。赤なら多く砂が入る。それは検証によって明らかだ。では、なぜそんなものを入れたのか?

 答えは単純。赤い玉を集めさえすれば、扉が開くと誤認させるため。

 ゾッとする。そんなこと考えもしなかった。


「イ、イッタイドウスレバ……?」

「大丈夫。そのために私が来たんだから」


 ソラ様が微笑む。それだけで、今まで感じていた不安と緊張が、溶けて消えるようだった。


「ゴブ助。いける?」

「承知」


~おばけちゃんサイド~


 突如現れた少女の指示で、徹底的にダンジョン内が洗われた。

 その結果、4つ扉の秘密がばれたようだ。ゴブリンたちは4つ扉の正解にたどり着くべく、リセットリレーを行っている。

 このままいけば、いずれはカジノエリアも突破されるだろう。


「まずいぞ。カジノエリアが解明された! どうする?」

「……」

「おばけちゃん?」

「……」


 マズダが不思議そうに問いかけてくる。だけど、それに構っている暇は無くなった。

 カジノエリアを監視しているモニターには、半透明で宙に浮かぶ少女の姿が映っている。その姿は、私に似ていた。おばけ同類って意味じゃなくて、顔のつくりや背格好といった外見が、姉妹、と言われても信じてしまうくらいにはそっくりだった。


「……何者なの?」

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