#13

 先週の土日に猛勉強をし迎えたテストも終わりあとは返却を待つだけになった。

 ただ返却の前に俺は一つやることがある。

 それは今日、千郷の弟妹の面倒を見ることだ。


「じゃあ行ってくる」


「夕食はどうしますか?食べるようなら用意しますけど」


「もしかすると向こうで食べてくるかもしれない」


「わかりました。できれば早めに言ってくださいね」


「ああ、わかった」


 愛理さんが「行ってらっしゃい」と言って見送ってくれた。

 許嫁って最高だな。

 愛理さんが許嫁で本当に良かったと思っているし感謝もしている。

 千郷の家に行くために凛ヶ丘へ向かった。









 凛ヶ丘というか千郷の家の最寄りの駅には着いた。


「時間は……急ぐか」


 駅にある時計を見てみると約束の時間のニ十分前になっていた。

 ここから千郷の家までは十分ぐらいだがなにせ通勤の時間帯だ。人込みに揉まれては時間が掛かる。

 俺は歩調を上げて早歩き程度の速度で向かった。




 人込みに揉まれることなく着いたため少し早く着いたが……


「久しぶり~!元気してた?今日も弟妹たちのことよろしく!」


 久しぶりと言っても前会ったのは数週間ぐらいだったと思うが……

 この元気のいい女子は分かっていると思うが京一の彼女であり学年の陽キャ組の一員である赤月千郷だ。


「よっ!千郷のためにも頑張ってくれよ」


「なんで毎回一番関係なさそうな俺が呼ばれるんだか……」


「ごめんねー妹たち懐いちゃったみたいで」


「こんなことならあの時断っておけばよかった」


 夏休み中に京一に声を掛けられて「頼む!」と言われて暇だったし別にいいか、と思って面倒を見たら懐かれその後も何度も面倒を見ることになった。

 あの時俺が断っておけばこんなことにはならなかったはずなのに……


「あ!いつも通り食べ物とか適当に使っていいよ」


「それ遠回しに昼飯も作ってと言っているようなものだぞ」


「えへへ~わかっちゃった?まあ、よろしくね~」


 言うだけ言って二人でデートへ行ってしまった。

 まったく……

 俺は千郷の家の玄関を開け中へ入った。


「お邪魔しまーす」


「あら、丁度よかった。今日も娘たちのことを頼みますね」


「目を離さないようにしておきます」


「安心できます~。あ、美雨まだ寝てるので……」


「起こさないように気を付けます」


「あなたも慣れてきたみたいですね」


 そう言って千郷の母は仕事へと行ってしまった。

 確かに言われてみれば慣れてきたのかもしれないな。

 これから面倒の見る子供たちの親が言うくらいだしそうなんだろう。


「おはようございます。樹さん」


「おはよ」


「おはっよ~!いつきっち」


「俺、お前より年上だということを忘れないでくれよ?」


 最初に挨拶したのは千郷の弟とは思えないぐらいに大人しく礼儀正しい赤月 春あかづき はる

 次に挨拶したウザ絡みとまではいかないぐらいに絡んでくるが比較的大人しい?ちゃんとしている?のが赤月 秋葉あかづき あきは

 この二人は双子だ。

 あともう一人が大人しいが週末はずっと寝ている赤月 美雨あかづき みうだ。


「美雨はまだ起きてないよな」


「はい、部屋でぐっすりと寝ていますよ」


「お姉ちゃん起きないもんねーいつきっち起こしてきてよ」


「無茶ぶりはやめてくれ。あいつの寝ぼけている時がやばいことぐらい姉妹だから分かるだろ」


「うん……あれは危険」


 寝ぼけている時が危険だというのにそんな美雨を起こしたら引っ掻かれるかもしれない。

 本当にあれは危険だ。

 一回何も知らずに秋葉に起こしてきてと言われて扉をノックした時は……

 思い出したくもない記憶が蘇ってきた。


「いつきっち教えてもらいたいところがあるんだけど~教えてくれるよね~?」


「なんだ?」


「付いて来て~」


「春はどうする?」


「僕は……リビングに居ます」


「わかった。何かあったら呼べよ」


 俺は秋葉に付いて行き勉強を教えることになった。

 何度も思ってきたがこれじゃあ家庭教師みたいだな……

 家庭教師兼お手伝いさんみたいな?


「ん~っ、疲れたぁ~」


「こんなんで疲れてたら学校での授業は大丈夫なのか?」


「ヘーキヘーキ寝てるだけだし」


「おい……人のこと言えないな」


「アハハ、授業は睡眠時間だもん」


 こいつ勉強する気ないだろ……

 学生としてどうなのかと思うが人のことを言えないので俺は黙ることにした。


「お茶取って来てぇ」


「自分で行けよ」


「めんどくさい」


「はぁ……ちょっと待ってろ」


「わーい!いつきっちやっさしいー」


 秋葉のためにお茶を取りに一階へと降りた。

 なんで年上の俺がこき使われなきゃならんのか。


「お茶ってあるか?秋葉が飲むやつ」


「冷蔵庫の中にありますよ。温かいほうがいいなら急須が棚の中にあるのでそれを使ってください」


「ありがとな」


「秋葉のことだから冷蔵庫にあるのでいいと思いますよ」


 冷蔵庫を開けて容器の中に入っているお茶をコップへ移した。

 するとリビングの扉が開き美雨が入ってきた。


「……おはよぅ~あれぇ?樹さん?あぁそっかぁ今日お姉ちゃんデートかぁ」


「美雨おはよう。もう寝なくていいのか?」


「ん~寝るぅ」


「寝るんかい」


 これには思わず俺もツッコみを入れざるおえなかった。

 相変わらずの様子で何よりだ……


「膝枕してぇ~」


「それ普通逆だからな?まあ俺はしないが」


「じゃあ春ぅ~」


「しないよ?美雨姉は早くベットで寝たら?」


「うえ~せっかく起きたのにぃ」


 美雨はとにかく寝ぼけている時以外は安心していい存在だ。

 いつもこの調子なので面倒を見る必要もなく楽ではある。


「ほら眠いんだったら部屋に戻って寝てろ」


「え~」


 美雨とそんな会話を繰り広げていると部屋の扉が開き待たせていたであろう秋葉が入ってきた。


「お姉ちゃん起きたんだ」


「秋葉ぁ膝枕ぁ」


「はぁ……ほら部屋に戻るよ」


「引っ張らなくてもぉ」


 秋葉は美雨の袖を掴み引きずりながら部屋へと戻っていった。

 何回この光景を見なければならないんだ?

 前回も前々回もこの光景を見たので慣れてはいるが面倒な絡み方をする陽キャのような妹が大人しいめの姉の面倒を見るって凄い光景だなとは思う。


「いったいこの家系は誰が誰に似たんだか……」


 全員が全員性格が違うというか……

 子は親に似るというものだがこの家系はその言葉が当てはまらないようだ。


「姉と妹がすみません」


「ん?気にすんな。もう慣れたからな」


「あはは……もう何回も来ていただいていますもんね」


「そうだな……ただお前らだけでも家に居れるように親に説得してくれ。何度も呼ばれても困るだけだからな……」


「僕に言わないでくださいよ……と、言いたいところですが何とかしてみます。でも美雨姉のほうが相当樹さんに懐いているみたいなので……」


「ああ、もういい。わかったよ。いつでも呼べ用事がなければ来てやるから」


「ありがとうございます!樹さんがもう来ないと知って美雨姉と秋葉が暴れても困りますし」


「あ、暴れるのか?」


 俺は初めて聞いた事実に困惑と驚きが隠せずにいた。

 秋葉はともかく普通にしている美雨が暴れるとか考えられないんだけどな……

 今まで寝起き以外、普通にしている美雨が暴れるというか無駄な運動をしたところを見たことがない。

 いつもカロリーの消費が勿体ないとか言っているが本音はただ動きたくないだけだ。


「そうですね~かもしれないというだけです」


「まあその場合は俺じゃなくても京一を頼れば……」


「あの人は何か気持ち悪いので嫌です」


「性格か?確かにあいつは面被ってるわ」


「そうですよね……姉はそれを知って付き合っているみたいですけど……」


 えぇ……まじかよ。知らないと思ってた。

 千郷は確かに顔だけで選ぶような奴だとは思わないがあの性格を知って付き合っているのは少し気が引けるな。

 それを言ったらそんな奴に情報収集をやらせている俺もどうかと思える。まあ裏切られたりデマを渡されたらあいつのデマを流せばいいだけの話になってくる。

 下手な行動をとらないあいつはデマを俺に渡すことはないだろう。

 中々秋葉が帰ってこないなと考えているとリビングの扉が開きやつれた様子を見せた秋葉が帰ってきた。


「いつきっちヘルプ」


「なんだ?」


「お姉ちゃんが暴走寸前」


「おい、俺に止めさせようとするな」


「無理~それに面倒を見てと言われたのはいつきっちでしょ?」


「うっ……はぁ、確かにそうだな」


 俺は暴走寸前であろう美雨の部屋へと向かった。


「入るぞー」


「いいよぉー」


 許可が下りたので俺は部屋の中へ入った。

 本当に暴走寸前なのか?

 そんな疑問も抱きながらも美雨と話すことにした。


「寝ないのか?」


「寝るよぉ~一緒に寝る~?」


「いやそれは流石にヤバいからやめておく」


「え~大丈夫だよぉ。誰か入ってくる前に起きればいいからさぁ」


「そばに居るだけにしておく」


 一緒に寝たら俺の良心+周りからの目+愛理さんへの申し訳なさその他諸々……生きていくのが大変になる。

 美雨が二度寝?をしたので俺は離れることにした。

 美雨に嘘を言って悪いと思っているが流石に部屋にずっといるわけにもいかないからな。

 部屋を出て再びリビングへ戻った。


「寝た?」


「寝たよ……暴走はしなかったから楽だった」


「アハハ、おつかれ~」


「おつかれ~じゃないわ!あれぐらいならお前がやれよ!」


「春に頼めばよかったのか」


 納得がいったかのように右手を丸めて開いたままの左手にポンっと乗っけた。

 春がやってくれるとは限らないが。


「え、やりませんよ?美雨姉を止めることは僕にはできませんから」


「お前ら揃いに揃って姉を止めることはできないのかよ」


「「無理」です」


「息ぴったりだな。流石双子」


 双子だから息が合わさるとは思えないけどなこの場合。

 ちなみにだが春のほうが秋葉より生まれが早いから秋葉からしたら兄である。


「はぁ~美雨姉の相手してたら少しお腹、空いちゃった。何かお菓子ってあるっけ?」


「棚にあると思うけど……」


「うーん…………いつきっち何か作って甘いの」


「はあ?ちなみに聞くが何が良い?」


「え?……うーん……ん―――――――」


 頭を捻りながら一生懸命俺に作らせる甘い物を考えていた。

 そんなに悩むくらいなら頼むなよ、と思ったが駄々をこねられても困るのでできるだけ要望に応えるようにすることにした。


「……プリン!」


「は?プリン?今から作ると時間かかるぞ」


「ん~お昼のおやつとして」


「今、腹減っているんだろ?」


「ん~いつきっちがプリン作るなら我慢しようかな~」


 結局俺が作らないといけないことには変わりがないんだな……

 幸いこの家にはプリンを作る材料は揃っているみたいなので作ることにした。


「手伝ってくれるか?」


「やっだよ~だ。いつきっちが一人で作って。私は勉強しているからじゃあね」


 そう言うだけ言って秋葉はリビングを出ていった。

 さてと春は……

 春に手伝ってもらおうとリビングを見渡したがどこにも彼の姿は見当たらなかった。


「チッ……逃げおったか」


 あいつは自分がなにかやらされそうになるとすぐに気配を消してどこかへ行ってしまう。

 美雨は寝てるし俺が作るしかないのか。

 こうして俺は一人悲しく他人のためにプリンを作るのであった……









 オーブンで焼いたプリンを冷蔵庫に入れて一旦休憩をとることにした。


「はぁ……なんで俺がこんなことを……いつ戻ってきた?」


「先ほど戻りました」


「いやずっと居たろ……」


「知りません。お腹空きました。昼食も作ってください」


 ずっと姿を隠しながらもこの部屋に居たであろう春がソファーに座り指図してきた。

 流石の俺でもこれにはイラつきを隠せず、


「お前が作れよ!」


「料理できないので」


「嘘言え、千郷から聞いているぞ。料理は好きだが面倒だからやらないんだってな?」


「…………なんのことです?」


 長い間が空き口に出た言葉は「なんのことです?」と、とぼけるような言葉だった。

 そして目線が泳いでいる。

 春は嘘をついてもすぐばれる人間だがここまでわかりやすいものなのかと困惑した。


「何が食いたい?」


「なんでもいいです」


「お前なぁ……それが一番困るんだよ。母親に言われなかったのか?」


「うちは、ぼ……姉が基本料理していますし」


「ん?何か言いかけたみたいだが?」


「うるさいです!とにかく母が作ることはほとんどないのでそんなことは言われませんでしたし姉もいつもスーパーに寄ってから帰るのでそんなことは聞かれないんですよ」


 誤魔化そうと口がよく回っている。

 春の言っていることは無視して家庭によって事情は変わるからそういうものなんだろうと適当に納得しておいた。

 さてと、なにを作るかだな……

 プリンを作ったので卵料理と甘い料理はやめておいたほうがいいだろう。


「鶏肉があるな」


 最近買ったのか冷凍されていない鶏肉があった。


「これって最近買ったやつか?」


「……昨日買ってきた物なので大丈夫です」


 面倒だし漬け込まずに軽く味付けをして焼いたものでいいだろう。

 米も一時間掛かるがまあそこら辺は気にしなくてもいいか。

 昼飯の献立が決まったので俺は早速米を炊いた。


「十二時までにはできると思うぞ」


「分かりました。そろそろ美雨姉を起こしておかないといけませんね」


「ああ、そうだな」


 なぜ一時間も前に起こしない行かないといけないかというとあいつが完全に起きるまで時間が掛かるからだ。

 本当に速い時は十分ぐらいでベットから出るくらいまでにはなるんだがひどい時は二時間以上掛かるとか掛からないとか。

 秋葉から聞いたことだから本当かは信憑性に欠けるがまあ美雨のことだからでその通りだろう。


「ということで樹さんお願いします」


「は?嫌なんだが?」


「僕、傷がつくのが嫌なんで」


「うん、それは俺もだ」


「樹さんなら大丈夫です」


 根拠もない話だが春はやらないと決めたことは最後までやらない主義なのでそこから動くことはないだろう。

 仕方がなく俺は美雨の部屋へ向かった。


「いつきっちどうしたの?」


「春に美雨を起こせと言われてな」


「頑張ってね……」


 それだけ言い残すと秋葉は急ぎ足で一階へ降りて行ってしまった。

 引き返すなら今のうちじゃないか?

 そう思ったが結局美雨を起こすのは誰になるんだと言ったら結局は俺になる気がする。

 なので今逃げるくらいならさっさと終わらせた方がよさそうだ。


「美雨……」


 返事がないやはり寝ているようだ。

 俺は一応念のため扉をノックしてから中に入った。


「やっぱり寝ているよなあ」


 ベットの上にある掛け布団が盛り上がっている。


「み、美雨起きろぉ」


 まずは近づいて小声で話しかけてみたが反応はない。


「美雨?」


「うぅーん」


 唸り声をあげているということは俺の声に反応しているということだろう。

 もう少し声量を上げれば起きるだろう。


「美雨」


「うぅー」


「痛っ」


 美雨を起こすために肩を叩いた手に爪を食い込まされた。

 すると目を覚ましたと思ったら俺の手を口に入れたと思ったら噛んできた。


「犬か……いだだっ皮膚を持っていくな」


 薄皮一枚持っていかれた感覚がある。


「引っ掻くな」


 口の中では手を噛みそのまま手で俺の腕を引っ掻いてきた。


「血が……」


 引っ掛かれたところは皮膚が剥げるどころか出血までし始めた。

 これだから美雨を起こすのは嫌だ。

 右腕がボロボロになるのと美雨が目覚めるのを待つことになった。




「ごめんねぇ。いつもの癖で~」


「いやもう慣れたが……」


「痛いでしょ~?ごめんね~」


 流石に手に痕がついて出血するぐらいだと痛いんだがな……

 腕からも手からも血が流れていて状態は結構まずい。

 これが平和な世界か……


「うわぁいつきっちかなりやられたね。腕からも血が出てるじゃん」


「ああ、洗うか」


 流石に血が腕に着いた状態じゃ手当をしようにもできないからな。

 水道の水で染みるのを我慢しながら血を洗い流し手当をした。


「肉まで見えてるじゃん」


「うわぁえぐれちゃったねぇ」


「えぐったのは誰だよえぐったのは」


「えへっ」


「『えへっ』てなんだよ!」


 美雨覚えておけよ。

 何もしないくせに俺の腕を噛みやがって……

 肉まで歯が行っているわけなので結構痛い、我慢しなければ泣くぞってレベルで痛い。

 ガーゼに少し血が滲んでいるのが分かったがどうしようもないので手当をするのを諦めた。


「お詫びに寝ていいよ」


「それはお詫びと言えるのか?」


「睡眠は大事だよ~。お昼食べたら皆で寝よ~」


「お詫びになってないぞ」


「じゃあお詫びはまた今度でいいじゃん。お昼食べたら寝よ?」


「秋葉まで……春は?」


 俺は最後に春の意見を求めることにした。

 春がここで寝るというのなら寝るし寝ないというのなら寝ない。


「ん~まあ寝ましょうか」


「……はぁ、そうだな。飯食ったら寝るか」


 俺は昼飯を用意してここに居る全員で一緒に昼飯を食べた。


「私ソファー!」


「じゃあ僕は椅子で寝ます」


「俺は床で寝るか」


「じゃあ私は樹さんの横で寝ようかなぁ~あったかそうだし~」


「おい、椅子があるだろ」


「椅子(樹さん)?」


「あほか。床で寝るなら離れてくれ」


「ふぇ~い」


 各々に動き秋葉はリビングのソファー、春はダイニングテーブルの椅子、俺と美雨はソファーのカーペットの敷いてあるとこに横になった。


「いつきっち踏まれたいの?まさかドM?」


「断じて違う。美雨から離れるとここになるんだよ」


「くっついて寝ればいいじゃん」


「それはちょっと世間は許してくれないというか」


「でも私とは近いじゃん」


「ソファーと床という階級の違いがあるからな」


 それに起きて横を見たら美雨に噛まれてたらどうしようもない。

 だからできるだけ寝るときは美雨とは近づきたくない。


「右腕がこれなんだ。左腕まで持っていかれたくな……美雨さん?」


「大丈夫だよぉ。噛まないからさ~」


「抱き枕にするのやめてもらっていいですか?」


「えへへ~」


 もし妹が居たのならこういう妹が居てほしかったような居てほしくないような……

 流石の俺でも毎日起こすたびに噛まれて出血するのは嫌だからな。

 まあ今は愛理さんと同棲しているわけだし居ても面倒は見てやれないがな……

 流石に抱き着くのは諦めてもらい少し離れて寝たのを確認してからいじっていたスマホを床に置いて俺も寝た。









 誰かに頬を叩かれたので起きてみると目の前にはデートに行っていたはずの京一と千郷の顔があった。

 結構寝ていたみたいだな……


「起きたか。これなんだ?雪上だろ?」


「それは……」


 京一が手に持っている物は俺のスマホだった。

 そしてその画面には愛理さんからのメッセージが大量にあった。

 見事先週のフラグを回収したようだな。

 俺は体を起こしてどうしようか考えた。


「はぁ……返してくれ。返信だけする」


「ほらよ」


 まずは大量にメッセージを送ってきている愛理さんに返信することにした。

 さてどうしたものか……

 まずは来ていた内容に対して返信をし次にバレたことについて送った。


『見事にフラグ回収しましたね・・・』


『これは俺が気を抜いていたのが悪かった』


『どうします?別に話していただいても構いませんよ』


『ちょっと話してみてから決める』


『私は樹さんがどういう選択をしようと構いませんからね』


 まあいい方向に行くよう努力はするか。

 京一のことだから隠してもらうことはできるが悩んでしまう。

 相手の反応を窺いながら決めることにしたので口を開いた。


「あーで、何から話せばいいんだ?」


「なんでもいいぞ」


「何から話したものか……」


「じゃあ二人の関係は?」


「あー……どう言ったものか……許嫁ではあるが恋人ではないだな」


 何を言っているんだこいつは、という顔をされた。

 まあそうだろうな。今時許嫁なんて言葉は聞かないか聞いても現実味がない時代だからな。


「許嫁ってことは愛理ちゃんが転校してくる前からの話だよね?転校してきたのって……」


「そうだな。転校してきたのは許嫁の関係でだな。ただその数週間前まではどちらも許嫁の存在も知らなかったぐらいだが」


 まあVtuberとして視聴者として互いに知っていたのは話さなくてもいいだろうというか話すわけない。

 愛理さんに至っては多分何百万と稼いでいるんじゃないか?それを話すのはまずいだろう。


「他はあるか?」


「お前はどっちがいい?俺たちがお前らの関係を黙っているのと明かしてしまうのだったら」


「勿論黙っててもらうのが一番だ。まあでも好きにしろ。いつも情報貰ってる借りもあるしな」


 別に付き合っているわけでもない。

 親の事情で許嫁になっただけ、学校でその話が広がっても多少愛理さんに迷惑が掛かるかもしれないがそこは俺が何とかすればいい。

 付き合いたいと若干頭にあるからできれば告白をした後に広めてもらいたい。

 例え振られたとしても。

 俺が考えている間に京一も千郷も考えがまとまったようだ。


「別に俺らがどうというわけでもないしな」


「まあいいんじゃない?黙っておいても」


「その代わり雪上も含めた三人でお前の家で遊ぶからな!」


「あー……実質愛理さんの住む家に行くのと一緒だがいいか?」


「「え?」」


 見事に二人の声がシンクロして気まずくなった。

 言わなきゃよかったのか……?でもどちらにせよ来られたらバレるもんな……

 二人とも思考が停止しているようなのでもう少し分かりやすく話すことにした。


「いやその実のところを言うと……俺と愛理さん同棲しているんだが……」


「ほう?」


「……まさかもうそういうこともしちゃって?……きゃー!」


「してない!何事もない……からな?」


「雪上に通話掛けろ。問いただしてやる」


「いやそれはちょっと……」


「あ、愛理ちゃん?ごめんね~ちょっと京一が愛理ちゃんに訊きたいことがあるみたいなんだけどぉ」


 俺が必死にスマホを取られないようにしていたところを横目に、千郷は自身のスマホを使い愛理さんに電話を掛けやがった。

 愛理さん?下手なことは言わないでくれよ?


「雪上、樹とはどこまで行ったんだ?」


『え~あんなことやこんなことを~キャーッ」


「愛理さん!?嘘つくのやめてもらっていいですか!?」


「愛理ちゃん……Hなことはしたの?」


『えーそれはもちのろんですよ~』


「……やめてくれ」


『え?したとは言ってませんよ?一緒にお風呂入ったぐらいじゃないですか~いや~まさかぁ樹さん……んフフフ~』


 クッソこういう時だけ愛理さんがうざく感じてしまう。

 まあこれも愛理さんの魅力だから仕方がない。耐えるんだ俺。


「一緒にお風呂入ったの?」


『はいそうです。お互いに体の隅から隅まで素手で洗いましたからね。そして一緒に湯船に浸かって』


「お前ら初対面じゃなかったのか?」


「これは……愛理ちゃんがイケイケだね。樹君は草食系で押されっぱなしのようだね」


『私、樹さんに美味しく頂かれたいのに……』


「樹、据え膳食わぬは男の恥だぞ……」


 唯一の味方であろう愛理さんも今は京一たちのほうへ付いてしまっている。

 この状況相手を不利にさせない限りは動けないので俺は、


「じゃあお前らの関係どうなんだよ!」


「え?いやまあそれは~樹君たちよりは……行ってないけど」


「うちの親も千郷の親もGOサインは出しているからその気になれば……」


「なにお前ら初心なん?」


 お互い顔を真っ赤にしながら逸らし気まずそうにしている。

 ちなみにだがさっきの言葉こいつらが冷静だったらそっくりそのままお返しされただろうな。


「……お姉ちゃんうるさい」


「ごめんね、美雨。まだ寝てていいから。愛理ちゃん一回通話切るね」


 俺たちが騒いだせいで美雨が起きてしまった。

 誰かのことを噛む前に寝かせないといけないと焦り千郷は美雨を再び寝かせた。


「はぁ……焦ったぁ。美雨と言えば樹君は今回も相当やられたみたいだね」


「今回はやばかったぞ。皮膚が剥がれて肉が出てたからな」


「え、マジかよ……」


「見るか?」


「やめておくというかやめとけ。血が滲んでいるし相当痛いだろ」


 もう一度俺の腕へ目線を向けてみると寝る前よりガーゼに血が滲んでいて見るだけで痛々しい。

 まあ実際痛いんだが。


「引っ掻いたところを噛んできたからな……」


「……疲れたでしょ?帰ってもいいよ?」


「流石にこいつらに何も言わずして帰るのはな」


 俺は立ち上がり冷蔵庫を開け京一と千郷の分のプリンを出した。


「プリン?なんで?」


「どこかの秋葉に作れと言われたからな。お前らの分はついでだ」


「秋葉ぁ……本当にごめん。うちの弟妹達のことあとで叱っとくから」


「あまり気にしなくていいぞ」


 もうこの家でのことは慣れたからな。

 慣れで何とかなるこの考えが普通だったらおかしいがこの家だとな……

 なんか結局慣れで何とかなってしまうものだ。


「ふわぁあ……げっ、京一さん……」


「おい?なんで俺のことはいつきっちとか言っているのに京一にはさん付けなんだ?」


「秋葉ぁ?」


「え!いやそれはそのあの……」


 秋葉が言い訳の言葉を考えていると春も目を覚ました。


「……京一さん。帰ってくるの早かったですね」


「何?俺この家の人間から嫌われてる?」


「私は好きだよ?」


 勝手にいちゃつかないでくれないかと考えるが俺らのことは忘れて二人の世界に……

 俺はこの雰囲気を晴らすために口を開けた。


「ほらお前達も食べるだろ?」


「あ、プリン!食べる!」


「僕の分まで……ありがとうございます」


「食べりゅー」


「美雨起きたか」


 プリンに釣られ美雨も起きた。

 そして京一と千郷は顔を赤らめて大人しくプリンを口にしていた。


「流石いつきっち美味しいじゃん」


「確かにこれはおいしいですね」


「ん~」


「これは私の負けだね」


「勝手に競われても困る」


 どうやら俺の作ったプリンは好評のようだ。

 初めて作ったにしてはいい出来だったのかもしれないな。

 まあ何度も作りたいと思うような料理ではないので今後作るかは分からないが。


「さて、俺は帰るとするか」


「え~帰るの~」


「もうちょっと居てもいいんだよぉ」


「いやどっかの誰かさんのせいで腕を怪我したりプリンを作らされたり昼飯を一人で作らされたりしたからな。疲れたんだよ」


 三人は分が悪そうな顔をしながらもプリンを口に入れていた。

 よし帰っても良さそうだな。

 俺はスマホをポケットの中に入れて部屋を出ようとすると、


「あーそうだ。これ渡すの忘れてた」


 部屋から出ようとする俺に京一が声を掛けると同時に何かを投げてきた。

 これは……USBメモリか?

 その物の上にはカバーがあり開けてみるとコネクタがあった。


「千郷の弟妹の面倒見てくれたくれたからな」


「中身は?……聞かないほうがよさそうだな」


「ああ、そうしてくれ」


 今までこんな面倒なことはしてこなかったというのにメモリを渡すということはメッセージを見られる可能性があるということか?普通に見ても大丈夫なのか?

 今何を考えようが開いてみなければ分からない。

 しかしそんな情報をどこから仕入れているのか。謎だな。


「じゃあね。また頼むかもしれないけどその時はよろしくね~」


「いつきっちまた来てね~」


「樹さん今日一日ありがとうございました」


「また来てね~」


 あまり頻繁に来たくないけどな……

 ため息をつきながらも愛理さんに『家へ帰る』と連絡を送り千郷の家を出た。









 家へ帰ると玄関には愛理さんが待っていた。

 俺の肩身が狭いんだけど……

 まさかあんなにも長い時間寝るとは思っていないで油断してたら京一たちに関係がバレたんだからな……


「お帰りなさい。どうでしたか?」


「黙っててくれるってさ。その代わりあいつらが家に来るかもしれなくなったが」


「まあいいんじゃないんですか?というかその腕どうしたんですか?」


「ん?ああ、引っ掻かれたり噛まれたりした」


「血が出てますけど……」


「気にするな。大丈夫だ」


 愛理さんが心配そうに俺の腕を見てくる。

 こんな俺に対しても愛理さんは優しいな。

 それに比べて愛理さんの幼馴染さんは……最近はましか。

 有坂なんとかさんの俺に対してしてきたことを頭の中で思い出していると愛理さんが口を開いた。


「夕食もう少し後でもいいですか?」


「ああ、いいぞ。まだ腹減ってないからな」


「お腹減ったら言ってくださいね」


 俺は自分の部屋へ愛理さんはリビングへ向かった。

 さてと……見てみるか。

 PCを起動させメモリを刺し開いてみると、


「これは……」


 開いてみると今の有坂紀里ではなく有坂家の動向がまとめられた物と戸籍を調べようとした痕跡を記録したものが入っていた。


「戸籍は諦めたようだが……」


 流石に戸籍を見るぐらいの権限はなかったようだ。


「学校のもすり替えてあるし大丈夫だろう」


 あとは愛理さんとの関係を知られた時に雪上家が漏らしてしまわないかという心配があるがそう簡単には気づかないだろうな。


「にしてもなぜ俺のことを探るために有坂家を動かすことができるんだ?」


 例え娘だとしても有坂家の当主がただの平凡な一般人を探すことを総動員してまで許すことか?という考えが出たがもしかすると親バカなのかもしれない。

 それだったら仕方ないと認めるしかない。


「それか何か別の理由があるのか」


 まあそんなことを考えたって有坂家のことは何も知らないからな、解決することはできないな。

 俺は勝手に結論に至り考えることを諦めた。

 頭を使ったからか疲れてしまった。


「まだ五時だな……寝るか」


 七時頃までは寝ても大丈夫だろうと思い椅子の背もたれに寄りかかり目を瞑った。

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