#12

 ようやく父さんから頼まれていたものが完成し週末の朝、会社へ届けた。

 ここ数日は作るために徹夜したり深夜の三時ぐらいまで起きてたりと睡眠不足が続き今も瞼が重たい。


「寝るか……」


 なかなか覚めない目を擦りながらも駅へ向かい電車へと乗った。




 しばらくはもう頼まれることはないだろうし配信も少し頻度を増やすか。

 愛理さんと同棲し始めてから配信頻度が減っている。愛理さんのほうはいつもと変わらないペースでやっているのにな。

 そしてあの立凛も登録者数を増やすとかフォロワーを増やすとかのために最近は活発に活動している。

 なのに俺は全くと言っていいほど配信をしていない。


「はぁ……着いたか」


 配信のことを考えているうちに電車が着いたので俺は駅へと出た。


「珍しいな……」


 関わりはないが学校で見たことのある顔のやつが駅に居た。

 ここら辺は学校から少し遠くあまり凛ヶ丘の人間はあまり見ない。

 まあ学校周辺とここと父さんの会社の付近はデパートなどの高層ビルや商店街などいろいろとあるし何か求めてここに来てもおかしくはない。

 まあそんなことは忘れて家へ帰った。

 靴を脱ぎそのままリビングへ行くと愛理さんが珍しくリビングで勉強をしていた。


「愛理さんがリビングで勉強するのは珍しいな」


「気分です。そういう樹さんは勉強しないんですか?来週は期末試験ですよ」


「え。あー……」


 完全に試験のことが頭から抜けていた。

 今から勉強しても遅いだろうし今回は諦めるか……諦めるとは言っても赤点だけは回避するが。

 愛理さんに「寝る」と一言だけ伝えて俺は寝室で横になった。









 目が覚めると疲労感も結構なくなりだいぶ気分が良くなった。

 まだ眠いがこれ以上寝ても夜寝れなくなるだろうからこれぐらいにしておこう、と考え俺は寝室からリビングへ出た。


「なんだ愛理さんも寝てるじゃないか」


 どうやら愛理さんは勉強している最中に寝落ちしてしまったのかノートの上で腕を枕にして寝ていた。


「暖房は点いているし寒くはないだろうが心配だな」


 風邪をひくんじゃないかと心配し寝室からなにか寒くならないような布を持ってきて愛理さんへ掛けた。

 これで風邪はひかないよな?

 愛理さんが風邪をひいたら結構困るので風邪はひいてもらいたくないし困る以前に心配で居ても立っても居られなくなる…………気がする。


「昼飯は……腹減ってないし後でもいいか」


 わざわざ昼飯のために小さく寝息を立ててる愛理さんを無理やり起こすのは可哀そうだ。

 やることもないのでソファーに座り窓の外を見た。


「………………今思えば非現実的だな」


 ……俺の今の生活は非現実的……というかラブコメの展開としか考えられない。

 隣にはカーペットの上に座り手を枕にし机の上で寝ている推しである美少女が居てそれも許嫁。そしてこんなにも広い家に二人暮らし……普通だと考えられない。


「愛理さんのせいで何もかもが崩れたな」


 俺が中学生の頃、見ていた将来の道とはだいぶ外れている。

 やはり愛理さんの存在というものは大きかったんだな……

 そんなことを知らずに?寝ている愛理さんの寝顔に俺は惹きつけられた。


「綺麗だな」


 寝ているというのに整った顔がそのまま保たれていて可愛いと思うのも半分綺麗と思うのも半分。

 どちらにせよ愛理さんの寝顔にとても惹きつけられてしまったという事実に変わりはない。


「心が搔き乱される……この感情は愛理さんへの好意によるものだろうか……」


 こんな感情になったことがないため自分では何とも言えないが、ラノベだったら心が揺るぎ恋愛として成立する。それと似たようなものだろう。

 ということは俺は愛理さんに恋をしているというわけだ。

 ならさっさと告白しろって?無理に決まってるだろ。まずそれが確定したわけでもないからな。勘違いかもしれない。

 ただそれでも自分の不甲斐なさに痛感してはいるが痛感しているだけだ……

 俺に愛理さんのように積極的になれる考えがあれば良かったのかもな、と考えた。


「流石にヤバいか……」


 一瞬だけ愛理さんの整えられている綺麗な髪を触りたいと考えて手を伸ばしてしまったが途中で臆して手を引っ込めてしまった。

 許可を得て触るのもあれだが許可もなしにそれも寝ている時に触るのは俺の良心が許さなかった。


「一度考えた時点でよくない気もするが……」


 しかし寝言の一つも呟かないな。

 小さく寝息が聞こえるかどうか……


「ふわぁ……樹さんどうしたんですか?」


 急に顔を上げ起きた愛理さんに驚き体がビクッとなるのと同時に顔を逸らしてしまった。

 普通に寝ていたよな?

 寝ていたか疑うほど急に目を覚まし顔を上げたので俺の独り言が聞かれていないか心配になった。


「あ、お腹空いたんですね。今作るので待っててください」


「あ、ああ」


 よかった聞かれていなかったようだ。

 愛理さんは机の上の勉強道具を片付けるとキッチンへ立ち昼飯を作ってくれた。


「スフレか?」


「はい。ちょっと面倒くさくなってしまったので」


「これもなかなか面倒くさいと思うんだがな……」


 別に工程が面倒というわけではないがいちいち道具を出すこととかそこら辺が面倒だと思う。

 店で出されるような形をしているスフレを口の中へ入れた。


「俺はこういうのはあまり作らないし食べないから何とも言えないが美味しいな」


「そうですか?ありがとうございます。……あ、そうでした。今日の夕ご飯は何がいいですか?」


「決まっていないのか?」


「ちょっと食材が足りないので買い足そうかと思ったので、買うんだったら何にしようかなって悩んだんですけど決まらなかったので樹さんに訊くことにしました」


「そうか……特に今思いつくのはないがこの後一緒にスーパーへ行って決めるか?そしたら何か決まると思うが」


「そうですね~この後すぐでもいいですか?四時頃から予定があるので」


「いいぞ」


 互いに食事が終わり俺が皿を洗っている間に愛理さんは準備をした。

 少し寝癖が付いてる……直すか。

 愛理さんの仕度が終わる前に軽く寝ぐせの付いていた髪だけ整えた。


「準備終わりましたよ~」


「よし、じゃあ行くか」


 今日の夕飯を決めるために俺たちは家を出た。









 流石に昼過ぎの二時にもなればスーパーへ来る人が少ないんだな。

 スーパーへ着くといつもとは違いあまり人がいないことに疑問を抱いたが今が二時だということを忘れていた。


「どうします?」


「ん~?鯖が安くなっているみたいだな」


「鯖ですか……味噌煮でもいいですし揚げてもいいですね。もちろん他にもありますが」


「味噌煮……」


「味噌煮好きなんですか?」


「え、ああ。まあな」


 味噌煮は俺にとっては作るのが少し面倒で俺はしばらくはずっと缶の物を食べていたが聞いたら久しぶりに食べたくなった。


「鯖の味噌煮作りますか~」


「作れるのか?」


「ええ、勿論です。じゃあメインが決まったことですし他も決めましょうか」




 主食が決まったことで副菜もすぐに決まり今日の夕飯が決まった。

 愛理さんなんでも作れるんだな……

 作り方が分からなくても調べて普通に作れる世の中とはいえレシピを覚えているのは凄いな。俺は全くレシピを覚えていない、なのでよくレシピを見て作っているから尊敬できる。


「会計してくるが他に何か要る物あるか?」


「ないですね。というか私が払いますよ。食費とかはお父さんが渡してくれているので」


「そうか?……まあ一緒に行くか。物を持たせるのは悪いしな」


 流石に女子に物を持たせて何もしないは悪いというか常識に欠ける。

 愛理さんに着いて行くようにしてレジへ並び会計を済ませた。


「よしじゃあ帰りま…………あーまずいかもしれませんね」


「ん?」


 愛理さんが見ている方向を見てみると京一が千郷と共に店の前を歩いている姿が見えた。

 なぜここに……

 京一の家がここら辺にあるのは知っているがそこはそこで近くにスーパーがあったはず……

 向こうに無い物でも買いに来たのか……

 千郷と一緒なのは分からないが……


「ここは私が先に出ますね」


「分かった。あいつらが店の奥に行ったら俺も後を追う」


 先に愛理さんに行ってもらい俺は少し待つことにした。

 学校の誰にも引っ越したことは伝えていないから、俺がここに居るのは怪しまれるだろうからそれを見越しての愛理さんの行動だな。

 京一達が奥へ行ったのを確認してから俺も店を出た。


「危なかったですね」


「まあバレても口封じすればいいだけ……」


「ダメです。バレたらちゃんと明かしましょう」


「はい……」


「素直でよろしい」


 俺の今の立場何?

 愛理さんに逆らってはいけないような気がした。


「まあバレたら堂々といちゃつけるのでそれはそれでありかもしれませんね」


「そうなると俺は立場がなくなるからできればバレないようにしてくれ」


 今でさえクラスの中での立場は下の下だというのに愛理さんと同棲しているとかとても仲がいいとかなんてことを明かしたら抹消されかねん。

 フラグを立てていないといいんだが……

 回収してしまったら色々とまずいことになりそうだ。


「持ちましょうか?」


「いや女子に持たせるのはあれだろ」


「だって少し重たそうにしてますし」


「気にするなって。これぐらい余裕だ」


 夕飯以外にも常備用や数日分の食材を買ってしまったので少し重いが愛理さんの手を借りるほどじゃない。


「早く帰りましょう」


「他に寄る所があれば寄るが」


「ん~ないので帰ってもいいです」


「俺もないな。じゃあ帰るか」


 互いに寄る所がない事を確認したので家へと帰ることにした。

 本当に愛理さんが寄る所がないかは少し怪しいところだが本人がそう言っているのならそういうことにしておけばいいだろう。


「そういえば二人でスーパーに来たのは初めてですね」


「そうか?……そういえばそうだな」


「いつもどちらかがスーパーに行っているだけでしたからね」


 どちらかがというよりは愛理さんが、という方が正しい気がする。

 いつの間にか冷蔵庫の中に食材が入っていることが多い。

 家へ帰るときはお互い時間もバラバラに帰ってくるので俺が早い時もあれば愛理さんが早い時もある。

 俺よりも遅く帰ってくるときに買い物をしているが、俺の後にそう大して時間経たずして帰ってくるのは謎だ。


「なんですかその目は」


「いや別に何でもない」


「ふ~ん、怪しいですね~」


 今度は逆に愛理さんに疑惑の目を向けられることになった。

 疑惑の目で見られているとはいえ愛理さんに見られていると考えると少し恥ずかしいというかなんというか……

 前だったら考えないようなことだが最近はどうしてもそういう意識をしてしまう。

 これだとただの気持ちの悪いやつだと自分でも思えてくるので、治したいんだが気になってしまってどうしても治せない。


「樹さん。テスト点数が高い方の言うことを聞くというのはどうでしょうか?」


「それは俺が不利なような……」


「ふざけた点を取るくらいなら本気出したらどうですか?」


「ん?何のことだ……」


「きーちゃんから聞いてるんですからね?私が来る前の樹さんの様子を!」


 きーちゃんというのは紀里のことだろう。愛理さんの転校初日に愛理さんが自分で言っていたもんな……

 まさか紀里が人の点数を知っているなんてどんな手を使ったんだろうな気になってくる。

 まあ考えられるのは親か金か、俺が考えられるのはこれだけだった。


「今回私が勝ったら告白してください。じれったいので」


「は?待て待てまずなんでやることになっているんだ?俺はやるとは言っていないぞ」


「暗黙の了解ということで」


「嘘だろ…………はぁ、わかったよ」


「やった!じゃあ樹さんはどうします?」


 相当嬉しいのかその場で軽く跳ねている愛理さんに癒され気を取られながらも頭の中でどうしようか必死に考えた。

 別に何かしてもらうようなことはないし……どうしたものか。


「ASMR配信?」


「え~それじゃあ樹さんのためだけになりませんよ~?あ、なら今までのASMR配信でやったことのニア用を実際にやってあげます。それでいいですか?いいですね?決定です」


「えぇ……」


「不満なんですか?」


「いや不満ではないが……」


「ならいいじゃないですか」


 勝手に決められたことに曖昧な気持ちだがまあ悪くはないと考えた。

 そして俺は勉強をしないといけないことになった。

 なにせ負けたら告白しないといけないことになるからな。

 気持ちがないウソ告をするわけではないからいいとはいえ?そういうのは俺がタイミングを考えたいというのもある。


「はぁ……」


「なんですか?不満ですか?」


「いやそういうことじゃないから気にしないでくれ」


 俺が今一番危惧しているのは愛理さんの成績だ。

 愛理さんが勉強ができるのは分かっているが前の学校のテストでどれだけの点数を取ったかが分からない。

 ほとんど全てが90点台とか言われたらなかなか厳しいかもしれない。

 無理を承知で愛理さんにテストの点数を直接聞いてみることにした。


「なあ、前の学校のテストでどれくらいの点を取っていたんだ?」


「何を言っているんですか?今この状況で言うとでも?」


「だよなぁ」


 案の定、愛理さんは教えてはくれなかった。

 桜坂に知り合いがいるわけでもないからな……

 確か京一の知り合いが桜坂に居た気もするがそれだと京一に怪しまれる事態へ持ち込まれるだろう。


「ならせめて良いか悪いかだけ教えてくれないか?」


「ん~そうですね~私は少し良いんじゃないかな~って思ってたり思ってなかったり」


「そんな曖昧なことあるか?」


 曖昧な返事のせいで分かりにくいがたぶん俺が思うには高得点……まあ80点は確実だろう。


「よしじゃあ急いで帰るぞ。俺は勉強を一切していないからな」


「はあ……急ぎましょうか」


 さてまず何から勉強しようか。

 そんなことを考えながらも愛理さんの無理にならないようなペースで歩き俺たちは急いで家へ帰ることになった。

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