#11

 

「……さん……つきさん……樹さん!」


「ん?」


 誰かに呼ばれた気がして目を開くと愛理さんの顔があった。

 愛理さんは朝が早いな……

 いつもと違って今日は制服姿で焦っているのか顔が強張っている。


「樹さん!時間です!遅刻しますよ」


「ん……愛理さんは先に行ってくれ。まだ時間が掛かりそうだ」


「大丈夫ですか?」


「問題ない。それよりか俺も愛理さんも休むと疑われるものがあるだろうし、転校して間もないのに遅刻はまずいだろう」


「……急いでくださいね?」


「善処する」


「行ってきます」そう言い残して愛理さんは寝室を出て学校へ向かった。

 俺もだいぶ体が動くようになったので体を起こしリビングへ出た。


「さてと……」


 俺は朝食を取りながらスマホを開きとある人へ電話を掛けた。


「おはようございます。神崎です。今日遅刻するんで何とかしといてください」


『お前、何回目だよ……主任と春崎先生にはいつも通り話しておくぞ』


「いつもすみません」


『気にするな。お前みたいな生徒は何をするか楽しみだからな』


「買い被りですって」


『フッ……そうかもな』


 鼻で笑ったあとそう言って電話を切られた。

 教師だというのに自由気まますぎるだろ……

 俺が今、電話を掛けた相手は猪口先生。

 絡まれると面倒ごとを突き付けてくるがまあこういう場合に限って使えるからな。

 ちなみに言うと紀里は学校自体から気に入られているが、勿論猪口先生にも気に入られている。


「……そういえば紀里はだいぶ大人しくなったな」


 いつものように蹴って見下してくる姿はどこへ行ってしまったんだろうか?まあこのままでいいんだが。

 愛理さんが来てからはだいぶ大人しくなった。


「やはり百合か?」


 ほらあれだろ?自分の本性を好きな人に見られたくないとかそういう……


「それかストレス発散として俺のことを蹴っていたか……」


 それだったら一方的な暴力で虐めだな。というかこれまでのすべて虐めじゃないか?

 虐めだと教師陣に言っても意味はないな。

 有坂家のことになると無視か下手に出るからな……使えないったらありゃしない。

 少し前に俺が紀里に対して下手に出ていた記憶が蘇ったが振り払った。


「結局なんなんだ?」


 まあ別に深く考える意味もない。

 まあ気分だろうと結論付け朝食を片付けた。


「しかし愛理さんの飯は美味いな」


 この一週間でもう胃袋を掴まれた気がする。

 そして愛理さんが得意としているのは和食だというのがよく分かった。

 それに味付けも俺の好みに合わせていて、過度な塩分の取りすぎにならないよう出汁を使い減塩をし素材のうまみが引き立つようにもしている。

 色鮮やかになるようにも考えられていて、今までの俺の生活では全くと言っていいほど考えられない料理が数沢山出ている。


「コンビニ弁当が恋しくなってくる」


 家に積み重なったコンビニ弁当のゴミを見ることももう見なくなるんだな……

 でも前の家のようなゴミ屋敷にもならないのはいいことだ。


「まあまさか愛理さんが料理できるとは思ってもいなかった」


 今まではお嬢様だしどうせできないんだろうな、と思っていたがそれを裏切るかのように何でもこなしている。

 逆に俺が手を出さないほうがいいくらいだ。


「衣服は毎回洗い綺麗にアイロンがけもされているしベットのシーツのしわも毎回伸ばされているんだよなあ」


 そして俺はその姿をあまり見ない。

 いつやってるのか気になるんだが……


「このままだと愛理さん抜きでは生きられない体になってしまうかもしれないな」


 そうはならないように俺も何かしないとな。

 そう思いながら身支度を終わらせようやく家を出た。




「さ、寒い……」


 外へ出てみると昨日までとは違いコートを着ないといけないくらい寒くなっていた。

 もう十一月も後半、季節的に考えたらもう寒くなる時期ではある。

 今から家に戻るのもな……なら行く途中でカイロを買うか……

 ただ時間がそろっと厳しい、誤魔化せなくなる。

 教師は別に気にしないだろうがうちのクラスには京一と紀里という疑い深くすぐに調べようとする俺にとって危険人物が二人もいる。


「あいつらみたいなやつは面倒でしょうがないんだよな……はぁ」


 ついついため息が出てしまうくらいだ。

 仕方がないので今日は寒さを我慢して過ごすことにした。

 うぅ……寒い。

 両手を合わせ擦りながら学校へ大人しく向かった。









 教室へ着き中に入ると全員の視線がこちらに向いた。

 睨んでくるやつは何なんだよ。


「すみません。遅刻しました~」


「さっさと席座れ」


 まるでその後の言葉に「クソガキ」と付きそうなぐらいの低い声と圧力で言われたため大人しく席へ向かった。

 何事もなかったように授業は進んでいった。


「遅かったじゃないですか」


「ちょっとな」


 席へ着くと隣にいる愛理さんが小声で声を掛けてきた。

 別に何かあったというわけではないが適当に流しておくことにした。




 遅れてきたため授業はすぐに終わった。そして次は四限だ……

 もう少し歩く速度を上げればよかったかもしれない。

 先生に呼ばれたので近づくと一言、言われた。


「昼休憩の時、春崎先生の元へ行くように」


 まるでその手に持っているバインダーと教科書で殴られている気分だった。

 こえぇ……

 そして先生が教室を出ていくとぬるっとした動きで周りを囲まれた。

 ふむ、逃げられないか……


「神崎く~ん?これで何回目だ~い?」


「三回とかか?」


「違いますよ~五回目ですよ~忘れたんですか~?」


 俺が目を逸らした先には口を隠して笑っている主導者であろう京一がいた。

 チッ……あの野郎。


「五回目ね……」


 おっとまずいかもしれないな……

 遠く離れたところに居る紀里が五回目という言葉に反応した。

 そして横にいる女子に何か耳打ちをして教室を出させた。

 あの有坂家であろうと俺の身元は辿れないようにしてあるが……念のため気を張っておくか。


「聞いているんですかね~」


「……」


「フフッ……そこら辺にしてやりなよ。彼の親の事情だろう?じゃあ非はないんじゃないかな」


 こうやって人気やら人脈やらを作ってきたんだろうな……このクズは……

 性格の悪さが表に出ることはないが鋭いやつには気持ち悪いと思われる不気味さがある。

 そんな奴が目の前でクラスを仕切っていると考えるとゾッとする。

 クラスの皆が信頼している京一の言葉に従い各々のグループの席で固まった。


「気を付けておけよ。ここのクラスは厄介者が多いからな」


「忠告どうも。そういうことにしておく」


 京一が去っていくと同時に紀里と愛理さんから視線がきていることに気が付いた。

 愛理さんは心配か困惑しているだけだろう。

 しかし紀里のほうは……なんだあれ?こんな状況でも見下しているのか?

 まるで女王気取りのやつだな。まあ実際そんなものだが……

「はあ」と軽くため息をつきながらも席に戻り目立たないように机に顔をうつ伏せて四限が始まるのを待った。









 昼休憩になり俺は早速、先生に言われた通り春崎先生の元へ向かった。


「いつまでも猪口先生が味方してくれると思うなよ」


「いや何のことです?」


「とぼけるのもいい加減にしたらどうだ?猪口の口から出たんだぞ」


 俺は横にいる猪口先生はそっぽを向き自分の仕事へ取り掛かっていた。

 いつもはしないくせに……

 他人に仕事を任せる教師は大人の手本と言えるのだろうか?


「なんで猪口先生が漏らしたと思う?」


「いや分かりませんて」


「飲みに行ったとき酒に酔って饒舌になったんだよ」


「いやあんときはほら脅して……」


「なんです、猪口先生?脅すなんて言葉を生徒の前で使うのはどうかと思いますよ」


 圧力に負けた猪口先生は何も言わなくなった。

 負けるの早すぎるだろ。それにしても脅したって……

 ちなみにだがこんなに口調が荒く短気な春崎先生だが女性である。信じられん。


「なんだ?物言いたげな顔をしているが」


「なんでもないです。話はこれで以上ですか?ですよね。じゃあ帰ります」


「待て、話は終わってないぞ」


 ふむ、終わっていないのか。てっきり終わっているものだと……

 有無を言わさぬ圧力で止めてきたので流石に俺もここで逃げたら後に引くと思いやめた。


「またあの便利なやつを作ってくれないか……一応言っておくがこれは罰だからな」


「ちょっと待ってください?またってどういうことですか?」


「うっ……そのだな……これを見てくれ」


 春崎先生がPCを立ち上げて一つのソフトを開くと何故か最初の姿の欠片も見当たらないことになっていた。

 これコードごと書き換えていないか?

 そう思えるぐらいにひどいことになっている。


「何をしたんですか……」


「触っただけだ……」


「あなたは破壊の天才ですか?」


「女性に対してそれは失礼じゃないか?」


「じょ、女性……」


 隣で裏切り者の猪口先生がぼそっと呟くと無言の圧で春崎先生によって潰された。

 軽く触ろうと思いクリックしてみたら謎のファイルが開かれた。

 こんなことが起こり得るのか?


「本当に触っただけですよね?」


「……ああ、触っただけだぞ」


「……以後、春崎先生がPC及び電子機器類を触らないように誰か見張っていてください。絶対に壊しますよ」


「いやいや私だって流石にスマホと印刷機は使えるぞ」


「スマホは人に訊き回ったり印刷機は詰まらせたりインクを無駄に消費している春崎先生は何も言わないでください」


「はい……」


 流石の春崎先生も教頭にそんなことを言われてしまえば終わりだ。

 機械音痴にもほどがあるだろ……


「よくそんなんで教師になれましたね」


「機械のことは分からないが頭だけは良かったからな」


「はあ……機械のこととか旦那さんがいるなら旦那さんに……あっ……先生そういえば独身でしたね」


「次のその言葉発したら首90°に曲げるぞ」


「それは殺すと言っているようなものじゃないですか」


 春崎先生は誰がどう見ても美人だ。愛理さんには及ばないだろうが。

 まあただ美人なのにこの性格と機械音痴ということもあっていまだに独身を貫いていらっしゃる。


「そういうお前はいいよな。雪上がいるんだから」


「あれ?聞いているんですか?」


「勿論だ。お前ら二人の担任だからな……死ね。リア充が」


「おっと~生徒に死ねなんか言っていいんですかぁ~?」


「おまえは側だけだ。中身はもう私と並んでいるくらいだろ」


「いやそんなに年いってないです」


「お前次はないからな。内申点も勿論下げておく」


 はい、出たよ。先生のお得意武器、内申点を下げる。

 これ使っておけば大体の生徒は何も言えなくなるからな。

 勿論俺も例外ではないが……


「終わりましたよ。説明したことは以外の場所は絶対に触らないでください」


「心得た。帰っていいぞ。もう用無いからな」


 扱い雑すぎないか?教師としてどうかと思うぞ。

 猪口先生に軽く肩を叩かれた。まるで「お互い苦労人だな……」と言いたげに……

 俺は教務室を出て教室へと戻り残りの授業も適当に話を聞いた。









 家へ帰る途中、京一から一通の連絡が来ていたことに気づき内容を見てみた。


「いちゃついてんなあ」


 連絡内容は京一の彼女こと赤月千郷の弟妹の面倒を見てほしいというものであった。

 前にも何回かあったがなぜか数回に一回あいつらのデートの日に千郷の親が仕事になるからこうやって頼まれる。


「はあ……まあいいか」


 千郷の妹も弟も比較的大人しくしっかりとしているから面倒を見るのが大変というわけではない。というか俺が面倒を見なくてもいいのだがなにせその親が心配症で誰かに見てもらいたいと思っているらしい。

 まあ親だから心配するのは分からなくもないがなぜ俺に頼むのだろうか……

 まあ初めて頼まれて行ったときに懐かれたのかもしれない。

 予定が入ってないかを一応確認し入ってないので『問題ない。引き受ける』と送っておいた。


「愛理さんにも言っておくか」


 流石に何も言わず行くのはあれだろうと思い帰ってから話すことにした。

 どう説明したらいいのかを考えながら帰った。









 玄関の扉を開き中に入ると愛理さんが立っていた。


「……ただいま」


「おかえりなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも……」


「飯」


「はぁ、まったく、つれないですね」


「冗談でも絶対に言えないからな」


 言ったら言ったで喰われそうで怖い。

 愛理さんに冗談でもそんなことは言わないというか言えない。

 リビングへ行くと綺麗に机の上に食事が並べられていた。


「いっつも料理作ってあげてるんだから私を……」


「いつもその口調で話したらどうだ?」


「え?あ、う~んダメですね。樹さんと話すと意識しちゃうと自然とこうなっちゃいます」


 配信でも口調を崩している、それもあってか俺は愛理さんの今の口調に違和感を覚える。


「まあ無理して治さなくても……あまり気にしないからな」


「そう……ですか。ん~まあ治せるようだったら治しますね」


「無理しなくていいからな」


 まあ愛理さんの好きなようにしてくれればいいと俺は思っているからな。

 椅子へ座り愛理さんが作ってくれたご飯を余さず食べた。


「あ、そうだ。愛理さん話があるんだが……」


「なんですか?」


「再来週の土曜日、朝から夕方まで用事があるんだが……」


「浮気?許さないよ?浮気だったら本当にこの後、食べちゃいますよ」


「違います……赤月千郷っているだろ?ほらうちのクラスの京一の彼女」


 愛理さんはその名前を思い出したかのように「ああ、あの人ですか」と言った。

 俺は続けて話をした。


「あいつの弟妹の面倒を見てほしいと頼まれてな」


「ふ~ん?本当にそれだけ……ですか?」


「無理しなくていいからな。……ああ、本当にそれだけだ。京一と千郷がデートに行っている間だけ見ることになっている」


「分かりました。買い物にでも行こうかな?」


 さっきから愛理さんの口調がコロコロ変わって頭が混乱しそうだ。

 無理しなくていいんだがな。

 俺がそんなことを思っていると愛理さんが口を開いた。


「じゃあその日の前日は可愛がってくださいね。次の日でも寂しくならないように」


「あ、ああ……」


 下心を隠す気もなく素直に話されて俺は軽く困惑した。


「あ、でも毎日可愛がってね。その日だけドロドロの関係になれば――――」


「愛理さん?」


「すみません。取り乱してしまいました……」


 せめて順序を踏まない限りは愛理さんとは普通な関係でいたい。


「今日は配信もないので二人の時間が過ごせますね」


「ああ、そうかもな……」


 なんか少しだけ気まずく感じるのは俺だけだろうか?

 少し気まずいので風呂へ入ることにした。


「風呂入ってきてもいいか?」


「いいですよ~」


 愛理さんが食器を片付け始めたところで俺は服の用意をして風呂に入った。

 ……愛理さん入ってこないよな?

 正直に言って信用はできないので念のため浴室への扉の鍵は閉めておいた。




「……やっぱりか」


「やっぱりかって何ですか!?ちょっと開けてくださいよ」


 案の定、愛理さんは入ってこようとしてきた。

 まったく……油断もできないな。


「開けてよぉ。私の体見て興奮できるかもよ?」


「口調は無理するな。というか愛理さん入ろうとするのやめてくれ。入られたら理性が持たない」


「理性を失っていいんですよ?獣みたいに襲ってくれてもちゃんと受け止めてあげますから~」


「やめてくれ……」


 理性を取り戻したときにはもう遅かったみたいなことになってたら俺、病む。

 その後のことを考えて頭を悩ませていると何故か鍵がゆっくりと動き扉が開いた。


「えっ……」


「樹さーん」


 俺が困惑と動揺を隠せず固まっている間にニヤニヤしながら体を洗い湯船に愛理さんが浸かってきた。

 え、なんで……

 俺は完全に忘れていたあの鍵は浴室の外側からでも一応開けられることを……


「はぁ~今回で二度目ですけど樹さんと一緒に入るとドキドキしちゃいますね」


「じゃあやめてくれないか」


「このドキドキする感じと樹さんの恥ずかしがる姿を見れるのがどうも良くて……」


「愛理さんは羞恥心を覚えてくれ。俺が困る」


 俺の理性が失われるのが先か愛理さんが羞恥心を覚えるのが先か……


「さあ!背中流してあげますよ」


「……頼んでいいか?」


「勿論です。はい、じゃあ上がって椅子に座ってください」


 俺は愛理さんの言われるがまま湯船から上がり椅子に座った。


「じゃあ洗いますね~」


 愛理さんの手が優しく俺の背中に触れた。


「手、柔らかいんだな……」


 焦っていたのか困惑していたのか最初に変な言葉が出てきてしまった。

 鏡越しに見てみると愛理さんは手を止め俯いてしまっていた。


「あ、す、すまん。気に障ったのなら……」


「い、いえ気にしないでください。少し恥ずかしくなってしまって」


 よし、愛理さんは羞恥心を覚え始めたぞ。

 今の複雑な状態を立て直すために無理やり頭の中でポジティブに考えようと努力した。


「「……」」


 気まずい。今はただこの一言に尽きる。

 初対面の時のような気まずさではなく互いに羞恥心から来る気まずさだった。


「樹さんの手、触ってもいいですか?」


「……いいぞ」


 俺は愛理さんの方を振り向き手を差し出すと愛理さんはその手の上に自分の手を乗せまるで恋人つなぎのような握り方をしてきた。

 女子の手ってこんな感じなのか?

 とても柔らかく綺麗な手をしていた。


「少し揉んでもいいか?」


「いいですよ……うぅ、ちょっと恥ずかしいです」


 その感覚が気に入ったのかどうしても触ってみたい揉んでみたいという欲望がそのまま口に出てしまった。

 お互い顔を見合うこともできないというのに手を揉んでいる……傍から見たら変な光景なんだろうな。

 まあこの階層には誰もいないしましてや浴室の中を見るやつはいない。


「そ、そんなに気に入ったんですか?」


「え、あ、いや……ちょっと気に入ってるかもしれない……」


「……胸とか触らないくせに」


「それは違くないか?」


「樹さんは変です。手を揉んでるだけで興奮するなんて」


「興奮はしていないぞ……気になっているだけだ」


 そういう愛理さんもまんざらでもなさそうではある。

 揉んでも離さないってことはもう少し触ってもいいってことだよな。


「しゃ、しゃぶりましゅか?……聞かなかったことにしてください」


 噛んでる……可愛いな。

 というか今しゃぶるか聞いてきたんだけど……


「い、いやしないぞ」


「そうですか……良かったです」


 だんだんと好奇心より羞恥心が勝ってしまい愛理さんの手から自分の手を離した。


「もう流石にな?」


「ええ、そうですね……ついでに胸揉んでおきます?今なら揉み放題でいいですよ」


「なんだよ、それ。……しないからな」


 確かに愛理さんのは魅力的ではあるが流石に付き合ってもいないのにそういうことをするのは気が引ける。


「いいですか?おっぱいは好きな人から揉んでもらえれば大きくなるんですよ」


「せめて胸って言おうな胸って。というかそれ噂とかじゃないのか?」


「え?違いますよ?確かちゃんとした揉み方をされると興奮して女性ホルモンが分泌されて大きくなるんじゃなかったんでしたっけ?」


「そうなのか?でも愛理さんはもう……」


 要らないと思う。

 これ以上あると逆に困るんじゃないか?知らないが……


「十分大きいって言いたいんですか?」


「あ、ああ……愛理さんはそれぐらいなのがいいと思う。これは俺の考えだがな……」


「樹さんがそういうのならやめておきます。確かにもうDよりとはいえEカップですもんね……」


 そんなにあるのか……

 俺的にはDカップでも十分あると思うんだがまさかEだとは……

 俺が驚いてまじまじ見ていたのに気づいたのか愛理さんは胸を見せつけるように張ってきた。


「揉みますか!どうぞ!」


「いや触りもしないからな!」


「ええ、残念です。……そういえば背中流すの忘れてました。てへっ」


 頭に自分で軽く拳骨を入れながら舌を出している姿が可愛い。

 俺は必死に脳裏に焼き付けて忘れないようにした。


「じゃあ続きしますね」


 愛理さんに再度背中を向け洗ってもらった。

 途中でもう一度愛理さんの手を触りたくなったが流石にそれは良くないと自分の心の中に閉じ込めて諦めた。


「さて俺の番か?」


「えっと……よろしくお願いします」


 ボディーソープを手に取り伸ばし愛理さんの背中に手を付けた。

 変な感じがするな……

 男性とは全く違う感覚に毎回驚かされる。

 背中全体を洗い終わると愛理さんが両手を横に上げた。


「脇腹のところと腰のところもやってもらっていいですか?ちゃんと洗えているか心配なので」


 無言でもう一度愛理さんの背中に手を付けてからまず腰のあたりを洗っていった。

 少しでもミスれば愛理さんの……女性の部分に当ってしまう可能性があるので何としてでもそれは避けたい。


「これぐらいでいいか?」


「はい、あとは脇腹をお願いします」


 俺は腰から手を滑らせ脇腹へと持っていった。

 やわっ……なんだこの感覚。

 謎の柔らかさが心地いい……そういえばこの謎の柔らかさは女性だけなんだったか?

 何か触ってはいけないものを触っている感覚へと陥った。


「もう少し上です」


「もう少し上な」


「もう少し」


「これ以上言ったら胸に当たるからやめないか?」


「お願いします」


 上目遣いでそう頼まれちゃしょうがないな。

 俺は胸に当らないようにゆっくりとゆっくりと手を滑らせていった。


「樹さん……引っ掛かりましたね」


「は?」


 愛理さんがそういうと急に背中を向けたままこっちへ動いてきた。それとともに愛理さんの脇にあった俺の手は丁度愛理さんの胸の横の位置に来ていた。

 この状況脱するには手を下にずらすかそのまま引くかの二択だが……

 俺は即座に下にずらした。


「あ!?そ、そんなぁ」


「危なかった……」


 俺は愛理さんの背中にある泡を洗い流し湯船へ浸かった。

 は~危なかったな。油断も隙もならないな。

 あの時即座に下にずらして良かったと思った。


「樹さん手当たったのにずらすってどういうことですか?」


「え?何を言っているんだ?」


「私が樹さんに寄った瞬間がっつり当たってましたけど……」


「嘘だろ?」


「嘘じゃないです。今回は本当です」


 俺はさっきの出来事を思い出してみると当たった感覚はないものの確かにそのまま愛理さんが俺に寄れば俺の手は完璧に愛理さんの胸へ当たっている。


「まあいいです。今回は大人しく諦めますよ」


 そう言って愛理さんは再び体を軽く洗い流すと浴室を出て行ってしまった。

 やることやるだけして行ってしまったな。

 本当に胸を触っていたののかという疑問が払えないまま俺も少し湯船に浸かってから上がった。









 風呂から上がりリビングへ行っても愛理さんは居らず寝室の電気が点いていたので寝室へ入った。


「樹さん寝ましょ」


「それはいいが風邪ひかないか?流石にバスローブで寝るのは……」


 ベットの上に座っている愛理さんは珍しくバスローブ姿でいた。


「ちょっと今日は樹さんの体を抱き枕にしてちゃんと感じたくて……」


「何をふざけたことを言っているんだ」


「本当は下着だけでよかったんですけど流石に引かれるかなって思ったのでバスローブにしました」


 よかったここで愛理さんが夜は下着を着けない派じゃなくて……

 もしそれが本当だったらこの会話が裸体のまま俺に抱き着いて寝るという文に変わっていたかもしれない。

 そしたら俺の理性が持たない。


「ん~ムズムズします」


「なぜだ?」


「下着がないとムズムズするんです。いっつも着けているので……」


「そういう話は一人でしてくれ、それか同性と」


「樹さんだから気にしません」


 気にしてくれよ。愛理さん……

 本当にこのまま抱き枕にされたらまずいんだが……

 まあそうは言っても愛理さんがそれを諦めて素直に着替えるとは思えないがな……


「私もう眠たいので樹さん。早くお布団の中に入ってください」


「はぁ……」


 愛理さんに言われるがまま布団へと入った。


「抱き着いても、いいですか?」


「あんまり変なことはしないでくれよ」


 布団がもぞもぞと動き愛理さんが俺に抱き着いてきた。

 背を向けているが背中に愛理さんの胸が当たって……

 やっぱり耐えられないと背を向けるのをやめ愛理さんに顔を向けた。

 俺はなぜこんな馬鹿なことをした?普通、離れるだろ……


「ふわぁ、眠たいのでもう寝ますね」


 愛理さんは抱き着いたままそう言って目を閉じてしまった。

 ……寝れなくなりそうだ。

 愛理さんの寝顔を見つめたまま時間が経っていった。









 気が付けば朝日が昇る時間になっていた。

 寝れなかった……

 愛理さんの顔が目の前にあるのが原因か抱き着かれていることが原因かで言ったらどちらもだろう。

 今日は愛理さんより先に目が覚めている?ので朝食を作ることにした。

 愛理さんの腕をそーっとずらし布団から出てキッチンへと向かった。


「さてと何を作るか……」


 冷蔵庫を開けてみると意外と何でも作れそうなぐらいに食材は揃っていた。


「これ一週間分のか?なら迂闊に手は出せないな」


 一週間分の献立を考えて買ったというのなら分かる気がする。

 俺はいつでも買える卵とベーコンを手に取り比較的作るのが簡単なベーコンと目玉焼きを作ることにした。


「食パンが常備してあるっていいな」


 うちだと食パンなんか置いてなかったからな。

 適当に卵を焼きその後ベーコンを焼いてトースターで焼いておいた食パンの上にベーコン、目玉焼きの順で乗っけた。


「コーヒーは時間がないな……」


 流石に今から挽くのは時間が掛かる。


「今度朝用に挽いておくのものもアリだな」


 道具も豆もあるが挽く時間がない。

 皿に盛り付けた?乗っけた朝食を机へと運び食べた。


「樹さん起きていたんですね」


 目を擦りながら愛理さんが部屋から出てきた。


「愛理さん前を閉めてくれ」


 バスローブ姿のままの愛理さんは帯が外れ前が開いたままリビングへとやってきていた。

 まあ当然俺はすぐに目を逸らした。


「え~着替えるので閉めなくてよくないですか?」


「はぁ……好きにしてくれ。俺は着替えに行くからな。皿は流しに置いておいてくれ洗っとく」


「はぁ~い、わぁ半熟だあ」


 推しがこれだとなかなかに困るな。

 そういえば最近配信へ行けていない気がするので久しぶりに行きたい(スパチャして貢ぎたい)と考えた。

 そんなことを考えながらも着替えていると急に扉が開いて愛理さんが入ってきた。


「あれ?あ……すみません。寝ぼけてました」


「うん、早く部屋から出てくれ。裸体はまずい」


「はい……」


 ゆっくりと部屋の扉を閉めながら愛理さんが下がっていった。


「寝ぼけているにもほどがあるだろ……」


 愛理さんの行動には毎回、頭を悩ませられる。勿論?いい意味での時もあるが。

 そして俺は一つ疑問を持った。


「愛理さんはなぜ自分の部屋に入る前に裸体になっている?そしてバスローブはどこに……?」


 この疑問を知るには愛理さんに聞くか今、部屋を出るかの二択になってくる。

 だが俺は疑問のまま留めておいた。


「愛理さんはまだ謎が多いんだな」


 まあ推しのことを深く知る必要はない。応援するだけだ。

 最近推しという関係よりも深くなっているが推しなのには変わらない。

 毎日画面の中で動き話している推しに……

 雪花…様の姿を頭の中に想像させると愛理さんが後ろから出てくる。

 ここまで来るとだいぶ愛理さんに脳を侵されてしまったみたいだ。


「夢にまで出てきそうだ」


 その時は良い夢として出てきてもらいたいななんて考えたり……

 着替え終わると同時に部屋の扉がノックされた。


「樹さーん入ってもいいですか?」


「ああ、いいぞ」


「入りますね~」


 少し勢いよく扉が開けられ愛理さんが中へと入ってきた。


「今日は樹さんのおかげで家を出るまでに余裕ができたちゃいましたね」


「もう寝ぼけてないよな?心配なんだが……」


「大丈夫ですよぉ」


「本当か?」


「本当です!」


「本当だな?」


「しつこいですよ。寝ぼけてないですほらキスしたらわかりますから」


 うーん、やっぱり寝ぼけているのかもしれないな。

 キスをしようと顔を近づけてくる。

 愛理さんの前髪をどけて軽くおでこに僅かな時間だけキスをした。


「み゛ゃあ゛ぁああああああ!い、樹さんがわわわ、私のおでこにききき、キスをおおおおおお」


「忘れてくれ」


「今日は記念の日です。唇にはしてくれませんでしたけどおでこにしてくれました!」


「唇じゃなくて悪かったな……」


 鏡を見るまでもなく顔が赤く熱くなっていることが良く分かった。

 するんじゃなかった。

 今になって後悔してももう遅い。してしまったことはしてしまったことなのだ……


「告白するときはちゃんとキスしてくださいね」


「……そのうちな、そのうち」


 この時期で一番近い大きなイベントと言えばクリスマスだが……その時に告白するのも悪くないかもしれないな……

 俺が完全に愛理さんのことを好きだと思ったときに告白するのが一番だろうけどこのまま行くとクリスマス前に愛理さんに心を掴まれてしまいそうだ。

 昨日からそう考えるようになってしまった。


「ちなみになんですけど今のお気持ちはどれくらいで?」


「愛理さんへの好感度か?大体70……って何を言わせるんだ」


「あと30%……」


 愛理さんが満面の笑みでこちらを見てきた。

 そんなにうれしいのか?


「そういう愛理さんはどうなんだ?」


「配信見てた時から好きです。付き合ってください」


「oh……まじか」


「その……凛斗さんガチ恋勢だったので……顔とかじゃなくて声と口調の割には優しいところがグッときて……」


「そうか……照れ臭いな」


「そういうところがいいんです」


 あぁ……ダメだ。クリスマスまでに暴走しないように頑張ろう……

 今の一瞬で好感度が5%ぐらい上がった。

 勿論愛理さんのことは顔で男を決めるようなタイプだとは思ってもいなかったんだが……

 気恥ずかしくて顔を横に逸らしたままにしかできない。


「いい時間だしこの話は一旦終わりにしよう。心が持たない」


「そうですね……私もちょっと恥ずかしいです」


 今日は大変なことになるかもしれないなぁ……

 お互い恥ずかしさに負け顔を向けられないまま学校へ向かった。

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