#14

 月曜、学校へ行くとテストの点数と順位が渡された。

 愛理さんとの約束があるため今回はいつもよりかは勉強をし点を取った。

 これで愛理さんに負けるというのなら相当僅差だろうな。

 流石に学校で愛理さんに話しかけるわけにもいかず俺は家へ帰るまでの残りの時間で京一の元へこの間のメモリのことを訊きに行った。


「あれは一体どういうことだ?」


「おいおい、落ち着け。まずはその手を放そうか。な?」


 胸倉へ持っていった手を引っ込ませた。


「どうもなにもあそこに入っているのは本当の事。有坂から逃げるのか勝負するのかはお前次第だよ」


「そんなもの決まっている。勿論逃げるに決まっているだろというか他にないだろ?」


 あいつらと勝負しても意味がないこと……いや、負けることぐらい俺は知っている。

 まず大前提として多勢に無勢という問題がある。

 こっちが用意できる人数にも限りがある。その全員を用意したとしても数は劣る。


「逃げるのが当たり前だよなぁ……」


「この学校で唯一有坂に対抗できるのは生徒会長か雪上ぐらいしかいないだろう……」


「まあその生徒会長も今は黙っているけど?」


 愛理さんが転校してくる前に生徒会と紀里は揉めて……紀里がこの学校の主導権を握った。

 なので今は生徒会もあまり自由に動けないそうだ。

 その生徒会の生徒会長はこの学校で稀な紀里に対して正面からぶつかる勇気のある人間だ。


「……今更聞くのもなんだが、紀里がお前のことを嫌う理由と身元を調べている理由はなんなんだ?」


「それは俺が訊きたい」


「うそぉ、てっきり何かやらかしたものだと思ってたんだけどなあ」


「うーむ、俺は高校に入って初めて会ったからな」


「雪上ともこの間まで関わりがなかったんだもんな……」


 何故なんだろうな?紀里から嫌われているという事実が当たり前のように感じていたせいか今まで考えてこなかったがなぜなんだ?

 卒業するときにでも訊けたらいいか。

 雑な気がするが別に気にする必要もないからな。


「じゃあ俺はここら辺で帰るわ。千郷を待たせるのは悪いしな」


「また何か掴めたら教えてくれ」


「まあ努力はする」


 京一がこの場を去り俺も去ろうとしたとき佐二がこちらに気づき近寄ってきた。


「昨日の配信は見たかい?」


「いやまだだ。アーカイブを見るつもりでいるが」


「そうか~昨日の配信について話せないのは残念だよ」


 最近どうも雪花…様の配信を見ていると脳裏に愛理さんがちらついてあまり見れていない。


「そういえば……」




 俺と佐二は久しぶりに雪花様の話で盛り上がった。

 とは言っても俺のほうからあまり話を出すことはできなかったが……


「流石に帰らせてもらうよ。ゲームをしないといけないからね」


「またな」


 こうして雪花様のことを語っていた佐二も帰ってしまった。

 佐二は最近ゲー友ができたらしくそいつと一緒にしているらしい。

 俺がゲームを一緒にやる人間なんか配信でやるときに来る立凛か雪さん(愛理さん)以外居ないんだよな……

 何故か急に自分が一人ぼっちでゲームをやる悲しい奴に思えてきたが、家に帰れば愛理さんが居るので問題ないと開き直った。


「ん~……ん?」


 よし帰るかと思い脚を動かしたら愛理さんの姿ともう一人紀里が隣に並んで一緒に話している姿が見えた。

 そういえば二人が並んでいるところを見たことがないな。

 あの二人が幼馴染だということは周知の事実だが、今思い出してみれば二人が喋っているところはおろか二人並んで立っている姿も見たことがなかった。


「……少し聞き耳を立てるだけなら…いいよな?」


 紀里と愛理さんがどういう会話をするのかが気になるという興味本位で近づいてみた。

 バレたら即効退学だな。それ以外紀里の取る手段はない。

 それ以外ないよなあと思いつつも二人の声を聴いた。


「きーちゃんっ。今回のテストどうだった?」


「可もなく不可もなくよ。そういうあなたはどうだったの?」


「順位二位だったよ?紀里が一位でしょ?」


 終わった……

 俺の順位は三位、ギリギリ勝てたかと思っていたんだが……。

 ……どどど、どうしよう?告白なんか無理なんだが……

 人生で一番の壁に当ったかもしれない。

 どうしようか困惑していると話が進んでいることに気づいた。


「……どうしたのよ。あなたさっきからずっと二ヤ付いてるわよ?」


「ん~なんでも~えへへ」


「神崎樹かしら?あなたと神崎どういう関係なのかしら?喋るだけの関係かしら?それとも友人?にしては仲がよろしいこと」


「友達だよ?同じクラスメイトなんだから当然じゃない?」


「そうかもしれないわね」


 珍しいな紀里が先に引くなんて。これが幼馴染の絆から来る信用なのか。


「だがあいつのことだからな……」


 もしかすると上っ面だけで本当は信用していないのかもしれない。

 紀里のことを本当に知っている人間ならどんな人間か分かっているかもしれないが、俺らみたいな平凡な人間には紀里という人間は敵わない格上の存在とだけ考えている。

 だから俺は紀里に対して捻くれた考えを持っていても悪くないはず……


「何を考えているんだろうか俺は……」


 口に出してみたら阿保みたいに思えてきた。


「……で、何が欲しいのかしら?」


「有坂家の情報システム?」


「………………それは無理な話よ。動かすことはできるけれども渡すようなことは断固としてできないわ」


 少し長い間が開き紀里は愛理さんの要求を拒否した。

 あいつの家のシステムにあるのか?ただもしかするとの話だが今回のシステムは機械の話じゃないのかもしれない。

 普段使われる意味としてはPCシステムのこととかを指すことだが今回は人脈とかそういうことじゃないか?と俺は考える。


「ですよねー分かってました」


「この話はもう終わりにしましょう。これ以上ここで話すことでもないでしょう?」


「それはそうかもね。どうする場所変える?」


「そういうことじゃないわよ」


「あはは~流石きーちゃん~分かってるね」


 あ、愛理さんが砕けた言葉で喋ってる!?

 今更だが紀里と話している時は配信している時のように敬語じゃなくなっている。

 ……いいなあ。俺と喋るときも敬語やめてくれないかな……

 俺はそして気づいてしまった。


「恋人になってしまえばやめるのでは……はぁ、馬鹿になってるな……」


 そんな単純なことで愛理さんがやめられるはずもない。

 きっかけとしては弱すぎる。

 というか恋人になるだけだったら約束通り告白をしてなるかもしれない。


「じゃあね。次は貰うけどね」


「渡さないわよ」


「あはは」と軽く笑いながら愛理さんは帰ってしまった。

 愛理さん……やっぱりそっちのほうがいいな。

 今回ばかりは紀里が羨ましく思えた。


「さて?そこに隠れて独り言を言いながら私たちの会話を聞いていた変態さんは出てきてくれないかしら?」


 おい、周りに人がいる中でそのような呼び方はやめてくれないか。

 声に出してこのセリフを言ってしまえば周りの人間が一瞬で誰がそのような馬鹿なことしているかが分かってしまうので俺は黙っているが視線がこっちに向いている。


「そんなにわかりやすい尾行だったか?自信無くすんだけど」


「独り言言っている時点でバレバレよ」


「内容は……」


「分からないわよ。微かにあなたの声が聞こえただけよ」


 そうか……よかった、もし聞こえて内容まで分かっていたら関係を隠してもらっている愛理さんに申し訳が立たない。


「何が目的で尾行していたのよ。気持ち悪いわね」


「あれ?お前の語尾気持ち悪いだっけぇ?……はいごめんなさい!余計なことを言ってしまい大変失礼致しました」


 冗談のつもりで言ったんだがお気に召されなかったようだ。「死ね下等種が」とでも言いたげな顔をしていたので俺は即効土下座をしご機嫌を取ることに徹した。

 俺はな勝てない相手には下へ回ることが大切だと思っている…なので俺は!


「靴舐めましょうか?」


「ええ、そうしてくれる?立つのも疲れるわ、どこかに座ろうかしら」


 何もないところへ何故か紀里が腰を下げようとすると誰かが来て一瞬で椅子を設置し消え去った。

 え?本当に舐めないと駄目なのか?

 周りにはまだ部活に行っていない生徒も残っている。こんな大衆の面前で紀里の靴を舐めないといけないのか。


「ほらどうしたの?舐めないの?それとも……あなたが椅子になりたかったの?」


「どうしたらそういう考えができる人間になるんだ……」


「何か言ったかしら?」


「……すまんなこの口が」


 つい心の中の声が口に出てしまった。

 心の中でも思っていたことが勝手に口から出ただけだ。まったく余計な口を持ったな。


「その口で喋らないようにするためにもさっさと靴を舐めなさい」


「……他に何かないですか。機嫌とれるの」


「そう言うと思ってたわ。なら答えなさい。あなたと愛理はどんな関係なの?」


「…クラスメイトで席が隣の少し仲が良くてたまに喋ったりする関係」


「嘘ね。それくらいのことであの子が私に訊いてくることなんてないもの」


 流石幼馴染互いのことは言わなくてもよく分かっているようだ。

 幼馴染たちは何も言われなくてもお互いのことをよく分かっている。

 中学の後輩にも幼馴染二人組が居てそいつらでも実感したが長い時間というものは絆を強くするんだな。

 俺にはそんな奴がいないので羨ましく思える。

 そんなことを考えているが流石にこの状況普通に逃げ出せることもできないので俺はまず冗談を言うことにした。


「早く話してくれないかしら」


「雪上にはお前のことを聞いていたんだ」


「なぜかしら?」


「お前のことが好きだからな」


「で、本当のところは」


 うわぁこいつ受け流しやがった。

 その上軽蔑するような目で椅子の上から地面に座っている俺を見下してくる。


「……もう時間ね。本当の関係は愛理に訊くとするわ」


「へぃそうしてくだせぇ」


「チッ……調子乗っていられるのも今のうちよ」


 さらっと舌打ちしてからそう言うと椅子から立ち上がり校門へ向かっていった。

「おい、椅子は……」そう言おうとした途端どこからともなく現れた人間の手によって片付けられた。

 有坂家怖ぇ……関わらんとこ。

 俺も地面から立ち上がり大人しく愛理さんの待っている家へ帰ることにした。









 家へ帰るといつも通り愛理さんが玄関に立っていた。

 なんでいつもより笑顔なんだよ……

 愛理さんは自分が勝っていることに気づいているだろう。


「テストどうでした?」


「分かってるなら聞かないでくれ」


「なんで私のほうが順位上だと分かっているんですか?」


「自分の顔を鏡で見たらどうだ。可愛い顔になっているぞ」


「かわ……にゅふふ~」


 本当は可愛いなんて言葉を使うつもりなんてなかったんだがな……

 愛理さんが勝ってしまった以上もう半分本音を隠すことを諦めている。


「樹さん樹さん」


「なんだ?」


「この可愛い顔にぶっかけてみたくないですか」


「確かに……って何を言ってるんだ!女子なんだからお下劣な言葉は慎みなさい」


「え、でもほらびゅーって」


「配信のノリになってるぞ。いったん落ち着け」


 いつもの配信の時のように下ネタが出てきている。

 男子は女子に言われると困るし恥ずかしいんだぞ……

 それに性格も顔も良くて家事でも何でもできる愛理さんのような清楚っぽいキャラがそれ言ったらダメだろ。


「ぬ~樹さんが嫌なら止めます」


「そうしてくれ……困るんだよ」


「それはそうとテストどうでしたか?」


「三位」


「はいじゃあ告白ですね」


 分かっていたことだが愛理さんに言われると逃げれなくなるな。

 タイミングはこっちが決めていいよな?

 当然のようにタイミングを決めていいと思っているが念のため愛理さんのことだから訊いてみた。


「時期はいつ頃まで……」


「今です」


「今ぁ!?ちょっと待ってくれ。それは聞いてないぞ。せめて今月いっぱいまでは待っていただけないかと……」


「はぁ、しょうがないですね。分かりました。今月末までに、ですよ?それ過ぎたら告白+一か月樹さんのことを自分の物にしちゃいますからね」


「その愛理さんの物になったときはどうされるんですかね……」


「私のやれと言ったことに四の五の言わずやってもらいます。例えば髪の毛を切るとか」


 俺はその言葉を聞いた途端、無意識に前髪を手で隠していた。

 髪の毛を切る?……待てそれは駄目だ。俺が死ぬ。

 他の人にこちらの顔が見えないようにすることで話すときに多少になるためにあえて前髪が目にかかるようにしているというのにそれを切ってしまったら……

 愛理さんともまともに喋れなくなってしまうだろう。

 それぐらい前髪の効果というものは絶大なのだ。


「ん~樹さんだけかわいそうなので寝るときに何かしてあげます」


「変なことじゃないよな?」


「はい、至って真面目なことです」


「本当の本当だな?」


「しつこいですね~……全然処理とかじゃないですし嫌われるようなことはしないですから安心してください」


 いまいち信用ならない。

 今の愛理さんはリミッターが外れかけている。

 リミッターが外れかけている愛理さんのことだからそう言っておきながら……のパターンも考えられる。


「んーまあ一回リビング行きましょうか」


「それもそうだな」


 俺は靴を脱ぎ愛理さんを追うようにしてリビングへ向かった。

 持っている鞄を机の上に置きソファーに座った。


「じゃあ告白について何ですけどぉ。プロポーズでもOKです。というかプロポーズのほうがいいです」


「それは無理な話だ。ここに来てやっと気づいたんだが告白なんかする必要なくないか?」


「え、それはもう告白しなくても私のことを彼女だと思ってくれているってことですよね」


「いやそういうことじゃない。愛理さん振る気あるか?」


「ないですよ?……あ、そっか!私樹さんから告白されても振る気がないからもう実質告白が成功しているということですね。なんなら私からしてとお願いしてますし」


「うん、そういうことだよな」


 だったら俺は告白しなくていいんじゃないかという話なんだが……

 愛理さんがそれを許してくれるはずもなく、


「でもそういうのってちゃんとしてもらいたいですよね」


「まあそうだよな……」


「じゃあ告白すっ飛ばしてプロポーズ」


「それはまた話が変わってくるだろ?許嫁とはいえそこらへんはな」


「んー!樹さん大好きです」


 隣にいた愛理さんが抱き着いてきた。

 好きな人が抱き着いてきているというのといつも以上に笑顔で可愛い愛理さんの顔が近くにあるせいで心臓がドキドキして愛理さんに聞こえてしまうんじゃないかと心配してしまう。

 愛理さんを離したくない。

 これが俗に言う独占欲というものなのだろうか……

 どうしても愛理さんのことを抱きしめたくってしまったので抱きしめてしまった。


「んっ…ちょっと苦しいです」


「あ、すまん」


「このままがいいです」


 愛理さんに指摘されたので腕の力を少し弱めようとしたが止められてしまった。

 やばいこれ以上抱き着いたら脳に異常が出る。

 俺は離したが愛理さんはそのままずっと抱きしめてくる。


「……キスしてもいいですか?」


「は?いやいやき、キス!?」


「にゅぅ……じゃあいいですよ。告白の時に持ち越します」


「それは俺が決めることでは?」


「私からするので問題ないです」


 あ、そういう感じですか……

 愛理さんのすることを断ることができない。

 他のやつからの案だったりしたら断わることはあるが愛理さんの場合は申し訳なさから断ることができない。




 愛理さんから抱き着かれてから随分と時間が経ち気づいたら夕飯を食ってもいい時間になっていたので流石に離れて飯を食った。

 すぐにでも逃げ出したかった……

 愛理さん俺が抱きしめるのをやめてもずっと抱き着いてくるせいで俺の情緒と理性がどうにかなってしまいそうだった。


「愛理さんって本当に俺のことが好きなのか?」


「ん?急にどうしたんですか?勿論好きに決まってるじゃないですか。なんです疑問に思うんだったら証明しましょうか?」


「しなくていい。いやまあ……俺も愛理さんのことが好き、になってしまったみたいなんだが……」


「本人に好きだと言った、なのに告白してくれないと」


「うっ……じゃあクリスマスイブ。クリスマスイブの時にするから勘弁してくれ」


 あ、言ってしまった。

 これは確定でクリスマスイブに告白しないといけないやつだ。

 やってしまったと頭を抱えつつも愛理さんのほうを見てみると二ヤ付いていた。


「樹さん、クリスマスイブって『せいや』とも言うじゃないですか」


「待てその『せいや』は……」


 俺が変に思っているだけかもしれないが一応紙に書いて愛理さんに見せてみた。

 紙に書いた文字は『聖夜』だが……

 愛理さんは「違いますよ~」と言って俺の持っているペンを使い紙に『性夜』と書いた。


「ということはですね。告白した後にいい雰囲気になってそのままベッドイン……」


「愛理さんそれは……せめて婚約届を出した日にしてくれ」


「じゃあ再来年ですね」


「え、あ、そうか……」


「まさか成人になってからとは言いませんよね……まあどちらにせよ18歳になれば成人しますし」


「高校卒業してからにしないか?」


「まあその時の気分で」


「はい……」


 まあ再来年だし忘れていることだろう。

 果たして本当に忘れているのか……

 愛理さんのことだから覚えていそうだなあ、と思った。


「……流石に今日一緒にお風呂入るのはやめておきましょうか?理性保てる自信ないです」


「ああ、それは俺も一緒だ。今日一緒に入ったら……」


「一緒に入ったら浴室でヤるか上がってからベッドインしてヤリたくなっちゃいますからね」


 あんまりそういうことを言わないでもらいたいが実際その通りだ。

 理性が失われ欲望のままになりそうで怖い。


「いいですよぉ。噛んでも」


「すまんそんなに見てたか」


「じーっと」


「本当にすまん」


 どうやらずっと愛理さんの首筋を見ていたことがバレていたみたいだ。

 今日帰ってきてからリミッターが外れかけているせいで互いに互いの何かを求めあっているということは分かっている。

 分かっているがそれは自然となってしまっているようだ。

 俺は気まずくなったので風呂に入ることにした。


「風呂入ってくる」


「どうぞ」




 風呂に入ったはいいものの色々と頭の中で考えていたせいで休むことはできなかった。

 いい加減色々と気にするのはやめたほうがいいな。

 愛理さんにも失礼な気がするので努力して考えるのをやめることにした。


「じゃあ私は樹さんが入った残り湯に入ってきますね」


「そういうこと言わないでくれ……」


 折角考えるのをやめようと思っていたのに……

 愛理さんも少しは考えるというか言葉に出すのをやめてくれないか。俺が困る。

 恥ずかしくなったのか俺は愛理さんが風呂に入ってから自分の頭を何度も叩いた。

 傍から見たらただのやばいやつだが高層マンションの最上階ワンルームに二人しかいないので見ている人はいないから安心していいのか?


「こうしてみると意外と高いな」


 窓の外を見下ろしてみると暗いと何も見えないぐらい高い所に俺たちは住んでいた。

 なんでこんな場所に住まないといけないのか。

 前は普通の特に変哲もない家に住んでいたというのに引っ越したらこれってどういうことだよ。

 数か月住んで今更気づいた。


「はぁ……」


 なんかもう今更感が凄かったのでソファーに座ったら自然とため息が出た。

 今日は家に帰ってから疲れが溜まったな。

 いつもは愛理さんに癒されて疲れが飛んでいたが今日はその逆だったな。


「なんでテスト負けただけで告白しないといけないんだろうか」


 まあどちらにせよ自分の気持ちに嘘を付けなくなってきたので告白しようとは思っていたが……

 なぜか納得いかない。


「別に告白することに納得がいかないわけではないが……」


 テストで負けたから振る気のない愛理さんに告白しないといけないのは何か引っ掛かる。

 別に頭に来るってわけでもないしな……


「なーに悩んでるんですか」


「……驚かすのはやめてくれ。心臓に悪い」


「棒読みで言われても……」


 足音もなく近づいてきて俺の肩をポンっと叩いてきた愛理さんのせいで体が少しビクッとなった。

 普通に驚いた……なんか前にもこんなことがあった気がするな。

 いつだったかは忘れたがあった気がする。


「寝ます?」


「俺は別に。眠たいんだったら寝てもいいぞ」


「少し眠たくなってきたので寝ます」


 立ち上がり寝室へ向かおうとすると愛理さんが腕を絡めてきた。

 ……さっき驚かされた時よりも心臓に悪いなこれは。

 それも意図してなのかは分からないが結構胸が当たっている。


「愛理さん?すぐそこなのに腕絡める必要あるか?」


「案外すぐそこじゃないですけどね」


「まあ確かにそうだなまあまあ広いもんな……」


 そういえばこの部屋って何畳なんだ?

 そういう細かいところは今思い出してみれば聞いていなかったな。

 リビングダイニング式のこの部屋は普通に教室の広さぐらいありそうだけどな。

 それにこの家自体キッチンや使わない部屋とか寝室とか廊下とか俺と愛理さんの部屋とかあるし普通に広いよな?


「すぐ考え事するのやめたほうがいいんじゃないんですか?」


「癖だからな」


「じゃあ私とキスしてても他のことに目が移ったらすぐキスの事なんか忘れてそのことを考えるんですね」


「それは違うだろ……」


 その時は流石に愛理さんのことかキスのことに集中すると思う。

 本当なら俺はここで愛理さんにキスをしたほうがいいんだろうが流石に付き合っていない人とキスをするのは愛理さんがどうかと思う……かもしれない。

 何なら逆だろうな……


「は~樹さんはヘタレですね。男ならここでキスしておけばいいんですよ。あーあヘタレで草食系男子じゃなければ完璧なのに勿体ないですね~」


「酷い言いようだな!俺だって、俺だってやればできるかもしれないだろ!?」


「じゃあしてくださいよ」


「そ、それはぁ……」


「ね?だから駄目なんですよ」


 何を言っても言い返される。

 そしてここで怒った男子がその唇を奪うというのがまあ流れとしてあり得るが俺は……

 唇どころか愛理さんに触れることすらもできない。


「はい、樹さんが躊躇している間にベットに着きました~」


 そう言われて目の前を見るとベットがあった。

 この期に及んでもキスをしないと流石に自覚するほどヘタレなんだなと思った。

 愛理さんに嫌われてないよな?失望されてないよな?

 なんだか不安が高まってきてつい愛理さんの顔を見てしまった。


「すみません……」


「だったら早く寝っ転がってください!むー!」


 これ以上失望させたくないので俺は何も考えず大人しく愛理さんの言われた通りベットの上に寝っ転がった。


「それでいいんですよ!深く考える必要なんてないんですから」


「はい……」


「それじゃあ私も」


 俺が寝ている横に愛理さんが入ってきた。

 いつも背を向けてお互い寝ているのに今日はすぐ目の前に愛理さんの顔がある。


「樹さん選ばせてあげます」


「何をだ!?」


「ほんのちょっとアレなのと普通のどっちがいいですか」


「普通で」


「普通ですね。じゃあ一回背中を向こうに向けてください」


 俺は愛理さんの言われた通り今向いている方向とは逆の方向を向いた。

 愛理さんに背中を向けると後ろで布の擦れる音がし始めた。


「何があってもこっちを向いたら駄目ですよ」


 急に右耳の耳元で囁かれたので体がビクッとなってしまった。

 怖くなってきたんだが……

 少しの間が開いた後、耳元で微かな吐息が聞こえたと感じていたら柔らかい何かが耳に当たった。


「愛理さん?」


「んぁなんふぇすか?」


 愛理さんの息が耳に吹きかかりそわそわした。

 ……俺の耳を舐めてないか?

 柔らかいものが当たっていて愛理さんの声が、息が耳に吹きかかるくらい近い。

 そして決定づけるようなものは耳が濡れているということだ。


「愛理さんやめてくれ結構やば……うっ」


「んぅ奥が弱いんですね」


 愛理さんの舌がどんどん耳の奥を刺激してくる。

 やめてもらいたいはずなのに体が言うことを聞かない。


「じゃあ反対も……」


「愛理さんやり返してもいいのか?」


「……もうやりません」


 愛理さんが舌を引っ込めたので右耳を触ってみると確かに濡れていた。

 これはよくない。不健全だ。


「もう普通に寝ような?」


「そうですね……」


 流石に疲れた。

 少し眠気が襲ってきたが愛理さんが寝るのを確認してから寝ないと不安なので頑張って耐えることにした。

 そういえば右耳拭いてないから濡れたまま……

 愛理さんの唾液ということは汚いものじゃないし放ってい置いても大丈夫だろう。

 だんだんと愛理さんの呼吸も落ち着いてきたところで振り返って寝たか確認した。


「寝た……のか?」


 多分寝ているだろうと愛理さんの耳に顔を近づけた。

 これやばくないか……流石にやめたほうがいいよな。

 そう思い顔を離そうとしたが愛理さんの言葉が頭をよぎった。


「チッ、これだから樹さんは」


「起きてたのかよ」


「寝たふりを続けようと思いましたけどあまりにも耐えられないので!」


「……」


「私の耳を舐めたいんですか?なら舐めていいですよ」


 本人の許可が下りてもやってはいけないような気がして顔を動かせない。


「じゃあ二択です。噛むか触るか。決めてください!」


「触ります……」


 俺は愛理さんの耳に手を伸ばして触ってすぐ手を離した。

 これぐらいが限界だからな……

 これ以上は起きている愛理さんにするのは気が引ける。


「樹さんは私を怒らせたのでキスしてください」


「んな!?いや待てそれは無理な話だ。キス?無理に決まっているだろ」


「じゃあ耳噛んで」


 愛理さんが起き上がってきた。

 俺はもう愛理さんに色々と言われるのは嫌なので顔を近づけて……


「何で耳?そこはキスでしょうがぁ!」


「俺にはこれが限界なんだ。明日も早いですしもう寝ましょうよぉ」


「もっと歯型を付けて独占欲出してもらいたいものですよ」


 俺も愛理さんも結局いつものように背を向けて寝ることになった。

 うっすらと歯形は残っているが寝て起きたら消えるだろう。

 口に耳の感触が残っていてずっと噛んだ時のことを思い出させる。

 愛理さんの体は俺にとって中毒性がある。

 どのパーツを触ったとしてもずっと触っていたくなる。勿論耳を噛むようなことはずっとするわけにもいかないが。

 それでも忘れられない感触でまた噛みたいと思わせてくる。


「すまん愛理さん」


「え?なんで謝って……!?!?!?」


 耐えきれずに愛理さんの耳を噛んでしまった。


「噛んでていいですけどぉ」


 さっきまであんなに躊躇していたというのに……俺ってみっともないな。

 そう自分でも思いつつも愛理さんの耳から離れなかった。


「今日の私って変でしたよね。配信のノリになったり樹さんに強要したり。いつもはならないように気を付けているんですけどね……もうならないようにするので嫌いにならないでください」


「……別にこれくらいで嫌いになるはずないだろ。愛理さんにはいつも世話になっているし配信の時のノリは知っているしむしろそれが好きなところもあるからな。もし愛理さんが配信のノリでずっとやっていきたいのならそれでもいいと思うし時々そんな感じがいいならそれでもいいと思うぞ。結局は愛理さんという俺が好きな人ということには変わりはないからな」


「これ恋人になった後のセリフですよぉ。……恥ずかしいのであんまり言わないでください」


 愛理さんに言われてから気づいたが俺、平然と恥ずかしいセリフを言った気がする。

 俺も恥ずかしいのでもう二度と言うことはないだろう。

 もう少し噛んでいたかったが迷惑になるだろうから諦めて素直に寝た。

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