第9話 ちょっと盛大に話が変わる


「しっかし、あの娘が王女様ねぇ」


 いつもどおり畑仕事をし、梅は屋根だけつけた板間で休憩をとる。そこには屋根の柱にハーネスで繋がれた桜が玩具片手にお昼寝していた。

 ちゅっちゅと指を咥えた可愛らしい寝顔。

 ヤカンに常備してある麦茶をコップに注いで、ぷはぁっと一息つく梅。

 こちらに渡った頃は春のさわりだったが、今はもう秋だ。時間の経つのは早いものである。生まれたてだった桜も、すっかりふくふくになり、凄い勢いでハイハイをしてサミュエルらを驚かせている。

 女神様が健やかに育つよう守護をくれたとか言っていたし、そのせいかもしれない。

 梅はプニプニな桜のほっぺを摘まみながら、子供らしい無邪気な笑みを浮かべた。


 作物の実りも良く貧民も殆ど消え、今は炊き出しも必要ない。

 今年の冬は暖かく暮らせそうだと皆笑顔で喜んでいた。


 まったり寛ぐ至福の時間。それを邪魔する誰かが現れる。


「ウっメぇぇーっ! 来てあげたわよぅ♪」


 噂をすれば影 .....要らねー。


 じっとりと眼を据わらせた梅の前に降りてきたのは件のツインテール。あの話し合いで同席していたおっさんも空にいる。

 にっこにこなメープルは、可愛らしく重ねた両手を頬にあて、こちらを窺うように見つめてきた。


「何時もの塩とぉ~..... わたくし、きゃんでぇが欲しいなぁ?」


 メープルの目的はお菓子。以前うっかり出してしまい、餌付け乙な梅である。

 

「あのさぁ。毎月、一日に渡す約束だよね?」


 この異世界デイモスは、一年三百六十日。月は三十日。週は十日だ。そして今日は二十六日。塩の受け渡しまで、あと数日ある。


「だってぇ~、もう無いのぉ、お菓子がぁ。ちょうだい?」


 クネクネしながら瞳を潤ませるメープル。


 あんたさん、王女様だろうや? も少し威厳とかないモンかねぇ。


 そう。この彼女、実は魔族の国の王女様だったのだ。彼女が捕まってしまったため、あの戦いの時、魔族らは人間に手を出せず、何とか取り返そうと、うろ覚えな人間の風習を真似て頭を下げてきたのだった。


 はあっと大きな溜め息をつき、梅は腰をあげると眠っている桜を抱き上げ、顎でついてくるようメープルに示した。

 それにイソイソとついてゆく王女様。

 後ろから見守る側仕えのトゥーラゥが胡乱な眼差しで空を見つめているとも知らずに。




「んじゃ、今日は魔族の国のしきたりとか教えてよ。ここは外せない的なお祝いとかさ」


「良いわよぅ~。その代わりお菓子はずんでね♪」


 メンフィス中央にある伯爵邸で、梅は桜を抱きながら魔族の国の情報収集。

 横に座るサミュエルが、二人の話の内容を書き留めていく。


 魔族総攻撃事件から一ヶ月。メンフィスはすっかり平和になっていた。


 塩の供給を梅が約束したおかげでメープルの国は人間を拐う必要がなくなり、さらには梅から色々な物を仕入れる恩恵を受けられたからだ。

 中でも王女様のお気に入りはお菓子。

 甘かったり、酸っぱかったり、香ばしかったり。ありとあらゆるお菓子に彼女は夢中である。

 それらを譲る対価として、梅は魔族の国の話を要求した。

 秘密的なモノではなく日常的なアレコレ。どんな暮らしをしているのか。何が好きで何が嫌いか。王様や王妃様の人柄は? などなど。

 大した質問でもないので、メープルは快く教えてくれた。


 そんなこんなを繰り返し、梅達はかなり魔族の情報を得ている。

 樹海には魔族の国が四方に四つあり、人口は各二万前後。それぞれ人間の国を三国ずつ分割飼育している(つもりな)こと。

 この国はメープルの国の支配地域中央であること。(だから魔族の国と距離が近いため集中的に狙われていた)

 前回の魔族総攻撃は、四ヶ国が対談で決め、一斉に行われたこと。(でないと多くの兵士が出払った隙をついて他の魔族の国から攻撃される恐れがあるため。魔族の国同士は仲が良くない)

 勇者の街をボコスコにして、幾分溜飲が下がったこと。

 強行突破をすると人間らが瀕死になりかかったので、驚いた魔族達が今は自重していること。(そこまで脆い生き物だとは思ってなかったらしい)


 こうして得た情報を鑑み、梅は溜め息をつく。


「完全に魔族の掌だよね、うちら。この平和が長く続くよう祈るわ」


「彼等の目的は塩なんですよね? 我々が海から塩を得ても海の魔族は何もしてきませんが?」


「ん~? ひょれあぁ」


「殿下、飲み込んでからお話しなさいませ、はしたない」


 トゥーラゥに紅茶をもらい、メープルは食べていた茶菓子を胃の腑に送り込んだ。


「それはぁ、海の魔族が人間を人と認知していないからよぅ。野うさぎが跳ね回っているからって、貴方々目くじらたてるぅ?」


 ああ、そういう。


「そう言われてみれば、メープル達とてアタシらを家畜としか思っていないんだったね」


 梅の呟きに、魔族の二人はブンブンと大きく横に首を振る。


「今は、そんなこと思ってなくてよぅっ! まさか、あたくしが負けるなんて想像もしていなかったわぁ。.....それに、塩もくれるし、お菓子も美味しいし。.....うん、今は良い隣人だと思っていてよぅ?」


 次代としての初陣だったというメープル。梅にコテンパンにされた彼女や彼女の国の魔族達は、人間に対する見解を大きく改めたという。


「まあ、アタシも嫌いじゃないよ。あんた可愛いしね。仲良く出来るなら、したいよね」


 にぱっと笑う梅に、メープルは上機嫌な顔で抱きついた。


「嬉しいっ! わたくし妹が欲しかったのよぅっ! ウメを妹にしてあげるわぁっ♪」


 もはや呆れを通り越して達観を極めるトゥーラゥ。


 その傍らで、会話に耳を欹だたせながら疲れたかのような視線を交わし合う伯爵とサミュエル。


 梅だけなんだよなぁ。そんな規格外な人間。


 だが、魔族の目的が塩と分かったのは僥倖だ。これなら何処の国でも差し出す事が可能である。

 ぜひ国王陛下に御伝えして、各国へ通達を御願いしなくては。


 降って湧いた人類の希望。


 開拓も順調で、メンフィスの街は目に見えて活気を取り戻している。

 明るい展望を抱いた伯爵。まさか、それが握り潰されようとは夢にも思ってもいなかった。


 一方、その頃オルドルーラ国では.....





「なんたることだっ! まさか勇者らが蹂躙されるとはっ!」


「女神様の御神託でらおいでになられたのに.....」


「仕方ありますまい。勇者とはいえ、まだ年端もいかぬ子供。荷が重すぎたのです」


「だが、魔族は彼等の成長を待ってはくれまい。むしろさらなる攻撃を仕掛けてくるやもしれん」


「この半年、近辺の国を守ってくれたのは確かです。実力はあります」


 あれやこれやと論じるオルドルーラ国の重鎮達。魔族の攻撃が一段落して、彼等は異世界三人組の処遇に悩んでいた。

 

 今回、ルドラの街が集中的に狙われたのは彼等が居たからに他ならない。このままひととこに彼等を居させると、この先も同じ事態が起きかねないのだ。


「数ヶ月おきに街を渡らせるのはどうか?」


「良い案です。所在を不透明にいたしましょう」


「各国を渡り歩かせ、そこここで魔族と対峙してもらえば上手くいく」


「我が国だけで独占したくありましたが、今回のようなことが起きれば被害は甚大」


「.....仕方ありませんな」


 こうして瀕死の異世界三人組を無視して、彼等を追い出す算段をつけるオルドルーラ国。


 先の見えない旅を強要され、僅かな金子を得るために魔族と戦い、各国を転々とする彼等が、放浪の果てに梅と出逢うのは、まだだいぶ先のお話。




「あれぇ? あんたら?」


「え? 誰?」


 若かった彼等には面影が残っており、梅は一目で異世界三人組と気づいたが、初老に足をかけていたおばちゃんと今の梅に共通点はなく、訳も分からず眼をしばたたかせる若者達。


 梅から説明を受け感無量で号泣する三人の放浪は、そこで終りを告げた。


 新たな土地としてメンフィスの街を踏みしめた彼等を伯爵は快く受け入れてくれる。


 それがまた大騒動の引き金になるのだが、今は誰も知るよしもない。

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