第14話

 恐る恐る、振り返る。

 タクシー会社の制服姿の男がいた。


「困りますね。無賃乗車は」

「え?」


 男の背後では、タクシーがハザードを点滅させて停止していた。


「あの……わたし……あれに乗って来たのですか?」

「寝ぼけてんですか? あんた電話に出た後、急に飛び出して行ったんだよ」


 どうやら、この男の言っていることは本当のようだ。


「あの……わたしの他には……誰か……」

「いいや。あんただけだよ。猫も一緒に乗り込んだけど……猫から運賃もらえないしな」

「猫?」

「本当は猫お断りなんですよ。でも、俺も猫好きだから特別に乗せてあげたんですよ。それにしても、珍しい猫ですね。尻尾が二つあるなんて」

「……!!」


 見間違えではなかった。

 さっき、襖を閉める一瞬、猫の尻尾が二つあるように見えたのだ。


「あの……料金は払いますから、家に戻って貰えますか?」

「かまいませんよ。しかし、猫はいいんですか?」

「わたしの猫じゃありません!」


 タクシーは綾子を乗せて走り出した。


「あの……運転手さん。変なことを聞きますが……」

「なんでしょう?」

「行きの車の中では、わたしと猫だけだったのですよね?」

「そうですよ?」

「行き先も、わたしが指示したのですか?」

「他に誰がいると言うのです? もっとも、私は住所を書いたメモを渡されたので、口頭で指示されたわけじゃありませんが。それに、奥さんは私が何を聞いても、何も答えてくれなかったですし……」

「そうですか……」


 車は八王子バイパスに入った。


「あの……ここは有料道路では……」


 こんな時でも無駄な出費は避けたいようである。


「もうだいぶ前に無料になりましたよ。橋本に出るなら、これを使った方が断然速いです」


 不意にメールの着信音が鳴った。

 携帯を見る。


『金返せ』

「ひっ!」


 思わず綾子は悲鳴を漏らした。


「どうかしましたか?」


 運転手が心配そうに声をかける。


「い……いえ……なにも……」


……あのおばあさん。まだ、こんな事を……


 もう、佐久間の家など見えるはずないのだが、綾子は振り向いた。


「……!!」


 綾子は再び悲鳴を上げそうになる。

 さっきの猫が追いかけてきているのだ。

 運転席を見ていると、メーターは時速八十キロを出している。

 猫が追いつける速度ではない。

 それでも猫はタクシーの数メートル後を、二股に分かれた尻尾を激しく揺らしながら、目を赤く光らせて追いかけてくる。

 走りながらも、猫はまっすぐ彩子を睨みつけていた。

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