第25話 ばあばの秘密③

10歳になったイヨは、学校で植物博士というニックネームがつくほど、ハーブや山菜、草花や木の知識が豊富だった。


それらを集めるために、よく1人で森を散歩したり、山に出かけたりした。

そして、ハーブを取って帰って自分の家の庭に植え、日々それをお茶にして飲んだり、乾かして、お料理に使える様にして、お母さんや、おばあちゃんにプレゼントした。


「イヨの作る、ハーブやお茶をいただくと体調がいいんだよ。

昨日は、お父さんが、酷い二日酔いだったけど、イヨのハーブティーで、5分とたたないうちにスッキリしてきたってさ。

すごいね。イヨは。やっぱり植物博士さんだね。」


そう言われるとイヨはとても嬉しかった。


ある日、イヨは、小さな山を一つ越えた山裾の森に自生している特別なハーブの話のことを知った。

どうしてもそれを取りに行きたくて、ついに1人で取りに行くことにした。

休みの日の朝早くに出かければ暗くなる前には、帰れる。

母親には、心配をかけない様に、友だちと海辺の公園で遊ぶからと言って出かけた。


初春の頃、早朝はまだまだ寒い。

でも晴れていて、気持ちのいい空気が、春の香りを含んでイヨの身体に入ってくるのが心地よかった。

川沿いを歩いて山を登った。

思ってたより急な斜面もあったけれど、午前中には、難なく山頂に着いた。

登ってきた方向を山頂から見ると、イヨの住む集落が見え、そのずっと先に輝く海があった。

美しい風景だ。


山の反対側を見下ろすと、そこには樹海の森が広がっていた。

その中に赤い三角屋根が、一つ見えた。

「あれって、、、」

イヨは、思わずつぶやいた。

イヨは、小さい頃から、繰り返し見ている夢を思い出した。


〜大きな波がそびえ立つ。

みんな、必死に山に向かって逃げる。

イヨも家族と一緒に走っている。

山に入り、登り続ける。

山頂から見下ろすと、大きな波が村を襲っているのが見える。

父親が、「止まらずにずっと進むぞ!」と叫ぶ。

十数人の人たちで、必死に山を前に進む。

すると、遠目に、赤い屋根が見えて来る。

その赤い屋根目指して、また走る。

赤い屋根の家が、数十メートル先に見えるところまでやって来た。

すると、母親が、「ここまで来たら、もう大丈夫よ。」と安堵した声で、イヨに言いながら、赤い屋根を指差している。

イヨは、その赤い屋根を見ただけで、懐かしさと安心が身体全身に広がるのを感じる。〜



そこで目が醒める。

この夢を小さい頃は、ほぼ毎日のように見た。

頻度は少なくなり、最近はあまり見ていない夢だった。

でも、あまりにも何回も見た夢で、風景、人々の表情や言葉、自分の心で感じていること、全てが鮮明に思い出される。

目の前に広がる樹海の森に、その赤い屋根の家がある。

その赤い屋根を見た瞬間、夢の中で見た風景そのものだと分かった。


しばらくイヨは放心状態だった。

そして、どうしてもあの赤い屋根のところまで行きたいと思った。

ハーブは、山を降りた麓にある。

それを摘んで、すぐに引き返すつもりだった。

もし、樹海で迷子にでもなったら大変なことになる。

2度と出て来れないかもしれない。


でも、どうしても、その赤い屋根の家のところまで行きたい。


「早く山を降りてしまって、先にあの赤い屋根まで行ってみよう。

すぐに引き返せば、大丈夫。

帰り道がわかるように、虫たちに誘導して貰えるように頼もう。

あー、虫の声が聞こえてよかった。」

イヨは、良い案を思いついたとばかりに、ニヤリとしながら、独り言を言った。


イヨは、山をほぼ駆け降りた。

あっという間に麓に着いたけれど、上から見たら樹海の平地に見えた森は、丘になっていた。

緩やかではあるけれど、登り続ける道をイヨは、駆けた。

やはり、周りの景色や道の感じは、夢の中で見ていたものと、同じだ。

高い樹々が重なり合うようにそびえているから、道は少し暗めだ。

しかも、あんなに晴れていたのに、急に雲行きが怪しくなってきた。

先を急ごうとイヨが思った矢先に、ポツポツと雨が降って来た。

陰っているから、肌寒い。

必死に先を急ぐけれど、なかなか前に進んでいないような感覚だ。

それも夢の中と同じような感覚だ。

だんだん寒くなって来て、ブルブル震えてきた。

しばらく進むと、小さな湖のほとりに出た。

鏡のように輝く静かな水面に、イヨは、はっと息を飲んで、思わず立ち止まった。

ずっと走って来たから、疲れていた。

湖の前の切り株に座って休むことにした。

寒かった。

項垂れるように座りながらも、湖の美しさに目を奪われていた。

すると、後ろから、優しい声が聞こえた。

「かわいいお嬢さん、大丈夫?」

イヨは、いつものように虫が声をかけてくれたと思って、振り向いた。

それは、虫ではなかった。

透き通るように真っ白い肌の美しい女性が、イヨに微笑みかけていた。

「こ、こんにちは、、、、」

イヨの声はかすれていた。


「あなたが、今日来ることを、わたしたちのお師匠様は、知っていました。

だからわたしが迎えに来ました。

わたしは、あの赤い屋根の家から来ました。」

と言いながら、女性が指さした先には、深い緑の樹々の合間にひょっこりと頭を出してる、赤い三角屋根があった。


「あっ!」

勢いよく立ち上がろうとしたイヨはフラッと倒れそうになった。

女性が、支えてくれた。

「大丈夫?あら、あなた身体が熱いわ。熱があるのね。

少しわたしたちの家で休むと良いわ。

ハーブティーを入れるから、きっとすぐ良くなる。

それに、あなたに、わたしたちの師匠から話があるから、迎えに来たのよ。

さあ、行きましょう。」


女性が口笛を吹くと、真っ黒の美しい馬がゆっくりとやって来た。

その馬にイヨを乗せ、女性は、手綱を引いて、歩き出した。


イヨは、今となっては寒いのを通り過ぎて、身体が熱く火照っている。

これ以上歩けないぐらいに、フラフラするから、馬に乗れて良かったと安堵した。


初めて会ったその女性について行くことは、一つも怖いと思わなかった。


赤い家に行けることと、女性のお師匠様がどういう人なのかが知りたい好奇心で、ドキドキしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る