第24話 ばあばの秘密②

イヨは、その高熱以来、特別な能力に磨きがかかった。

生命あるものの全ての声が聞こえてきた。

森の樹々、野山に咲く花、虫、畑の野菜が、色々なことを教えてくれる。


最初、頭の中で、全く自分の考えや知識にない概念が、グルグルとうづまいている感じで不思議だった。

ある時、「もしかして、これって、、この目の前の滝から聞こえてる声?まさか、、」と思ったイヨは、試してみた。


「ねえねえ、あなたは滝よね?わたしに何か言った?」


滝から答えが返ってきた。

「わたしは、水だ。流れてる水だ。」


イヨは、思わず吹き出した。「たしかに!」


それから、イヨは、目の前の植物や、虫の声に耳を傾けることに意識した。


すると、面白いことに、いわゆる虫の知らせという表現があるが、文字通り、虫たちが、天候の変化、地震の予知、などを知らせてくれた。


イヨは、田畑の手伝いをしていたので、例えば収穫の前に、バッタに嵐が起きることを教えてもらったら、

「なんか、学校の帰りに向こうの田んぼやってるおじいさんが、明日には嵐が来るから、今日、収穫するって言ってたよ。わたしも手伝うから、うちも収穫しよう。」

という具合に、上手く両親に嘘をついて、促した。

そして収穫が済んで、そのあと嵐が来ると、両親は、感心して、

「イヨのおかげで助かったよ。もし、収穫をしてなかったら、畑の半分は台無しだったなぁ。」とイヨを褒めてくれた。


ある時は、地震が来ることを、ありが教えてくれた。

イヨは、地震のことをどうやって、両親に知らせようか悩んだ。

上手い嘘が思いつかない。

仕方がないから、母親にだけ本当のことを話すことにした。

虫から教えてもらったことだから、霊やこの世的でないものの話ではないから、それはきっといいだろう。

それにお母さんには、わたしの能力の話は少しはしたことがあるから。


「お母さん、この前、わたし、嵐のこと、向こうのおじさんから聞いて、畑の野菜助かったでしょ。

あれさ、実は、おじさんじゃなくて、畑のバッタが教えてくれたの。

本当よ。

わたしこの前の高熱以来、あの力が強くなって、虫やお花の声が聞こえるの。

それで、絶対、このことはお母さんにしか言わないって約束するから、わたしの言うことを信じてほしいの。

ありに教えてもらったの。

明日ぐらいに、大きな地震が来るって!

うちの家、古いから心配なの。川も近いしね。

おばあちゃんの家なら、おっきいし、この前建て替えたばっかりだし、高台にあるから、あそこなら大丈夫よ。

お父さんとお母さんとわたしで、明日はおばあちゃんちに行こうよ!今晩から、お泊まりさせてもらおうよ。」

イヨの母は、イヨの話を黙って聞いていた。

子どもの瞳は透き通っていて、瞳孔が開いていてキラキラしている。

その瞳で嘘を言うとは思えない、とイヨの母は思った。

それに、この前のことがある。

ご先祖さまが見えるって言った日に高熱を出した。

実は、イヨの母親にも、微かな記憶の中で、自分も子どもの時、この世のものでない者を見てたような気がするのだ。

それは、夢だったかもしれない、と思っていたけれど、自分は、友だちに言ってしまって、きみ悪がられたから、二度と話さなくなって、いつのまにか、見えなくなったのだ。

そのことを、イヨが高熱を出した日に、思い出したのだ。


「イヨ、わかった。

お母さんは、あんたの言うことを信じる。

この前もイヨのおかげで、助かったんだからね。

嵐の前に準備が出来た。

地震が来る前に、今回も手を打たなきゃね。

もし、何もなくたって、おばあちゃんとこみんなで行けば喜んでくれるから、そうしよう。

でもこのことは、イヨとお母さんだけの秘密よ。

お父さんには、お母さんから上手くいって、連れ出すから。

じゃあ、準備しましょう。」


イヨの母は、手際良く、大事なものを蔵にしまった。

地震が来て倒れてしまうようなものは、取り外してしまったり、固定したり、出来うる限り、地震に備えた。

当面の生活に困らないように、身の回りのものをまとめた。

荷物は大きめだったけれど、お土産だとかなんとか言ってお父さんには、上手く説明していた。


その日のうちに、おばあちゃんの家について、夕食をいただいた。おじいちゃんも、おばあちゃんも、ニコニコとした顔で、一緒に食事ができることを喜んでくれた。

イヨがお風呂に入ったり、寝る用意をしている間に、イヨの母は、おばあちゃんの家にある倒れては困るものを固定したり、下に下ろしたり、地震に備えた。

おばあちゃんには、

「地震が来た時のことを考えて、物を配置した方がいいわよ。

ここら辺も、数十年に一度大地震が来てるって聞いたよ。

そろそろ、その時期らしいから、、、

ここは、改装もして、その時に色々処分したから、あんまり物がなくて良いけどね。」

と、イヨの母は、何気ない様子で話していた。


おじいちゃん、おばあちゃん、イヨ、父も母も、一番広い座敷に布団を並べて、寝床についた。

イヨは、地震のことが怖くて、眠れなかった。

とはいえ、子どもだからいつのまにか眠りに落ちた。

夜明けを少しすぎた頃、下から突き上げるような揺れを感じた。

全員一斉に飛び起きた。

イヨの母が叫んだ。

「みんな、落ち着いて、布団を頭までかぶって、電気の下を避けて、壁には近づかないで!」

みんなは言われるままにした。


余震のあと、本震が来た。

また、下から突き上げるような揺れだ。さっきの3倍は大きい。

イヨは怖くて、怖くて、母親にしがみついた。

父親は、2人を包み込むように上に覆い被さって守ってくれていた。

おじいちゃんもおばあちゃんも、布団の中に丸くなっている。

とても長く揺れが続いた後、シーンと静まり返るように、空気が止まり、揺れが止まった。


全員、恐る恐る布団から顔を出した。

床の間の掛け軸が、落ちたり、少しは乱れがあったものの、昨日の母親の準備のおかげで、ほぼ何事もない様子だった。


「大変な地震だったな!ここは、頑丈だから助かったけど、うちが心配だ。ちょっと見てくるわ。」


そう言う父に、母は、「そんなにすぐに行かなくっても、、また揺れたら、行きに揺れたらたいへんだ。」と、止めた。

その母親の寝衣の袖をイヨは引っ張って、何か言いたそうだ。

それに気づいた母は、「何だい?イヨ、便所に行きたいのかい?お母さん、ついてってやるよ。」と言ってイヨを大広間から連れ出した。

イヨが、何か話したいことに気づいて、機転を効かせたのだ。


便所の前で、イヨは母親に言った。

「お母さん、地震はもう大丈夫だって。

さっき、小さな蜘蛛が教えてくれた。

だから、お父さん、うちに帰っても大丈夫だよ。」

母親は、安堵して微笑んだ。



イヨの父は、うちに帰ってびっくりした。

表の塀が倒れていた。

中に入ると、ガラス戸が割れたり、電気が落ちたり、梁が落ちてる部屋があった。

なんとそれは、寝室にしていた部屋だったから、もし、実家に昨日帰っていなければ、みんな梁の下敷きになって、死んでいた。

家の中の様子を見て父親は震え上がった。


戻ってきた父親は、興奮して、家の様子を話した。

「俺らは、本当に運がいい!この前の嵐の時といい、今日の地震といい。神さん、仏さんに感謝し直さないといけないな。」


「お父さん、こっちに来たいって言ったのは、イヨだよ。イヨのおかげだね。今回も。」


「そうだったのか。イヨ、良くやったぞ。

お前は神さんの子だ。

お前の言うことは、これからもなんでも聞くぞ、父さんは。

いやー、すごい娘を持って、幸せもんだな、俺らは。」


イヨと母親は、目配せをして、笑っていた。

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