第16話 ヨキのその後〜はちゃめちゃツアー

ヨキはその後、夢のブロードウェイ、アクトレスのオーディションに、見事パスした。

ツアリングメンバーとして、各地を旅しながら公演をするのだ。

アメリカ国内のみならず、イギリスやフランスへの遠征もあった。


国内は、カリフォルニア州、ユタ州、テキサス州など5つの州を順番に廻る。

それぞれの州で2〜3日公演して、移動する。

バケーションが、3ヶ月ほどまとまってあり、明けると、イギリスに1週間、そしてパリに移動して1週間、それぞれ公演を終えたら、また、アメリカに戻る。

そのパターンで、3年間、一度もニューヨークに帰らず、キャストとスタッフ、監督たちで、動く。

約30人の大所帯家族のように、色々ありながらもみんな仲良く、あらゆるハプニングを乗り越えながら3年間を共に過ごした。


キャストは、19人で、特に仲が良かった。

ゲネプロ(通しリハ)、マチネ(昼公演)とソワレ(夜公演)を終えると、キャストみんなでパブに行き、真夜中を過ぎるまで、ドンちゃん騒ぎの毎日。

しかも、キャストには、朝練があり、その集合時間は4:30だった。


朝練というのは、舞台の掃除、その舞台の上で、ヨガ、瞑想、呼吸法。

そして、みんなで輪になり、手を繋ぎ、それぞれの夜見た夢を共有することで、明晰夢を見るトレーニングをする。

朝練のテーマは、引き寄せ力とオーラを拡大すること。

それにより、それぞれの輝きを増し、公演を成功させ、作品そのものがヒットし、沢山の観客が喜んで劇場に、何度も足を運んでくれたり、クチコミされていってロングランになることを最終の目的としているのだ。


「それって20年近く前の話でしょ?

やっぱり、日本に比べて、アメリカは、スピリチュアルなことが、ずいぶん進んでるよね。」


音羽のつぶやきを受けて、ヨキが言った。


「夢を叶える自由の国だからこそ、そういうことが普通に行われてるんだよね。

特にニューヨークに集まる人たちは、そうだもんね。

でもね、ツアー中は、真夜中過ぎてもドンちゃん騒ぎで、4:30集合ってことは、みんな寝てるよね。瞑想とかヨガの時間。

毎日いびき聞こえてたもん。ふふふふ、、、。

そりゃ、初めてオーディションパスして、ニューヨークで集まった頃は、みんな真剣にそれをやってたけど、緊張感もあるしね。

でも、ツアー出たら、みんな変にテンション上がって、毎日はちゃめちゃだったから。

まあ、みんな20代前半だから、若いしね。」


練習後に、朝食をとって、少しの自由時間の後、また、ゲネプロが始まるという、超人的なスケジュールだ。

睡眠時間は、3年間で、普通の人の1年間分しかなかった、と言う。


音羽は、ヨキに質問した。

「ヨキはさ、今も変わらずショートスリーパーだから、そんな驚かないけど、みんなショートスリーパーなの?演者たち?」


「いや、そんなことないと思うよ。だから、ヘルペスの人とか続出してた。

若さで何とか乗り切ってるだけで、やっぱ、身体への負荷が半端ないもんね。

結果、若さでも何ともならないから、病気なってたよね。

でも、わたしは、まあ、大丈夫だったかな。」


とにかく、毎日がお祭りみたいに楽しかった、とヨキは目を輝かして話している。


ヨキは、音羽にエピソードをいくつか話した。


ある日、テンションが上がり過ぎたメンバーは、公演後、移動のためのマイクロバスで、ビーチまで繰り出すことになった。

翌日は、朝練がオフなので、余計に盛り上がっていた。

チャイナタウンに寄り、買い出しに行った。

お酒や食べる物の買い出しだ。

そこに、たまたま、花火が置いてあった。

みんなで、ビーチで飲みながら、花火で遊ぼうってことになったのだ。

日本では、それは、普通にあることかもしれないけれど、アメリカでは、パブリックな場所、ストリートでも、パークでも、ビーチでも、とにかく外で、お酒を飲むこと、火器を使って何かをすることは、法律で禁じられてるのだ。

若気の至りの盛り上がりで、マイクロバスに乗っているメンバーは、その悪ノリを楽しんでいて、有頂天だ。


誰かが、タバコの吸い殻を窓の外にポイ捨てした。

それが何と、風に乗って、バスの後ろの窓から再び入ってきた。

あろうことか、花火が積んである席のところに、吸い殻が落ちた。

何と、花火に着火してしまい、何本もあったロケット花火が、ヒューッ、ヒューッと音を立てて、四方八方に火の粉を振り撒きながら、飛び散ったのだ。

「ぎゃー!」

「きゃー!ノー!」「きゃー!ぎゃー!!」

運転しているヨキの後ろは、大パニックだ。

着火した花火の火の粉が、また、次の花火に火をつけて、止まらない。


ヨキは、車を停めた。

「とにかく、みんな車外に脱出して!!」

「うわっ!ぎゃーっ!!」


降りる時に、何人かは、ロケット花火の砲弾を受けて、軽い火傷を負った。


無事に車外に避難して、あとは、全員で、マイクロバスの中の花火大会が終わるのを見届けるしかなかった。


全ての花火が燃え切った後、シーンとなったバスの中は、火薬の匂いが充満し、燃えカスや、内装の焦げで、めちゃくちゃだった。


呆然とそれを見ていたヨキたちは、我に返った。


ポリスと救急車がやってきたのだ。

ポリスには、どんな言い訳をしたのかは、覚えていないけど、とにかく、全員、病院に搬送されて、検査や、軽症の治療を受けて、事もなく帰してもらった。


そのまま、バスに乗って、劇団の泊まっているホテルに帰ったのだけれど、車内が、火薬と焦げの匂いで充満して臭過ぎる。

気持ちも、身体も疲れているけれど、みんなで、燃えカスだらけのバスの中を掃除した。

水を撒くしかなく、シートも何もかも、びしょ濡れだった。

それでも匂いは残っていた。


翌日、朝練はないものの、ゲネプロ以降は、いつも通りだ。

昨夜のことをバラすわけにはいかない。

いつ、バスのことや、警察沙汰になったことが監督にバレて、怒られるのか、ハラハラしながらも、いつも通りの顔をして、昼、夜の公演を無事に演じ切った皆んなだった。


「さすが、全員、女優と俳優よね。顔に火傷しながら、普通の顔で歌って踊ってる子いたよ。ぶふふふふふ、、、、。

で、何故か、バスのこととか、バレなかったのよね。監督にそのこと怒られなかったのよ。不思議なことに」


音羽が尋ねた。

「そのバスって、公演地でレンタルしてたんでしょ?その期間中?劇団が?」


「そう。確か、翌日には、また、州を移動するから、返却されたのがその日だと思うけど。」


「それってさ。バスびしょ濡れなのを気づいたけど、監督とかも、知らん顔して返さないと、レンタカー屋に賠償金払わないといけないから、ことを荒立てなかったんじゃない?

しれーっとね。

しかも、やっぱり、ブロードウェイのツアーメンバーが、団体で問題起こしたことが、公にでもなったら、大変よね。

だから、警察から、調書取られてたなら、責任者に連絡あったはずだけど、、、

あっ!そうだ。

まあ、結果、花火は、外でやってないしね。

たまたま積んであった花火に、たまたま捨てたタバコが引火して起こった、事故扱いだったってことね。

法律違反では無いから、帰してもらったのよ。

劇団のお偉いさんたちも、何も無かったことにするのが、最善の策だもんね。

下手に騒いで、ゴシップ記事にでもなったら、ツアーの存続自体が、パーになっちゃう可能性もあるもの。

はふふふっ、あーおかしい!お腹痛い、笑いすぎて。」

音羽の洞察に、ヨキは、手を叩いて、

「そっか。そうかもー!」と納得していた。


「ねえねえ、他にないの?面白い話。」

音羽は、興味津々だ。


「そうね。やっぱり、治安が悪いから、どこに行っても、何か事件は、あったかな。


例えば、、、、

パリで、公演を終えて、その日アメリカに帰る飛行機に乗る予定だったの。

夜のフライトだから、昼間どこかのパークで、クレープ食べたりして、パリの最終日を楽しんでたのよね。

パリってさ、とにかくプードル飼ってる人が多くって。しかも大きいやつ。スタンダードプードル。

もう、パークの中、たくさん散歩させてる人がいて、可愛いから、近くにいる犬にかまったりしてたの。

そしたら、その時、1人の子が荷物、全部、一瞬の隙に取られちゃって、パスポートも無くなったの。

領事館に行って、再発行申請したけど、1週間は、動けないから、みんなで、そのままパリにとどまって、次の場所の公演がキャンセルになったこともあったなぁ。


それとか、ロスでは、コンビニ強盗に巻き込まれたよ。

銃を持った男たちが入ってきて、それ突きつけられて、友だちが、お菓子やら、陳列してるものを、袋に入れさせられて、レジでも銃を突きつけられた店員が、お金を袋に詰めさせられてるのを目の前で見たよ。

まあ、でも、脅しだけで、撃たないから、、、

わたしは、Kタウンのビリヤード場の時、目の前で、パンパン撃ち合ってるの見てるから、

そんなに怖く無かったかな。

ってか、全然怖く無かった、、ハハ、、」


「ちょっと、ヨキ、あなたやっぱり、普通じゃないよ。」

音羽は、笑うしかない。


「一回、ちょっと酷い目にあった。

思い出した。

あのさ、スタンガンって分かるよね?

ビリビリなって、動けなくなるやつね。

あれ、アメリカのは、銃になってて、撃つと、なんか飛んで来て当たると痺れるんだけど、、、

たまたま、スリかなんかを追いかけてるポリスの、スタンガンが、わたしに当たって、

その瞬間、倒れて、ビリビリのまま動けなくなって、、、、ろれつもまわらない。

で、電気が身体を走って、指先から放電するのか、分からないけど、手と足の爪が真っ黒焦げになって、火傷みたいになったのよね。

あれは、びっくりした。はじめての体験!


でも、その日も普通に、公演あるから、足痛いけど、爪も焦げてるけど、ちゃんと、マチネもソワレもこなしたよ。グラングランしてたけどね。」


ヨキのそんな毎日は、本当に輝いていただろう。

身体は疲れて寝不足でも、日々、大好きな夢の舞台に立って、兄弟のような仲間と遊んで、一緒に色々な体験をし、問題を乗り越えて、思い切り笑っているヨキやその団員の顔が想像できる。

音羽は、そのツアーの情景を思い浮かべているヨキを見ていて、そう思った。


「ツアーが、終わる日、そんな皆んなと、バラバラになるのが、寂しくて、寂しくて、、、

本当に涙の別れ、、辛かった。」


ヨキは、そう言いながらも、その都度、執着なく次のステージへと、たくましく向かう人だから、未練では無いことを音羽は、分かっていた。

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