第15話 類い稀なる生い立ち 後半

プロダクションから、連絡を受けたヨキは、すぐに、ニューヨークに来るように言われた。


ところが、その時、ヨキは経済的にギリギリの生活をしていたので、引越し代が、足りないことを正直に話した。

また、寮がなければ、ニューヨークのように物価の高いところに、アパートメントを借りるのが難しいと思うので、そのことが気がかりでもあった。

だから、バイト先の店主なり、親を説得するなりして、支度金を用立ててもらうので、待って欲しいと告げた。


すると、心配しなくても、プロダクションが、引越し代も寮も用意するから、出来るだけ早く、ニューヨークに移って来るようにと言ってくれたのだ。


色々な整理を終えて、指示された住所に引越した。


ヨキは、引越し先の寮と言われる場所に着いて、仰天した。

何と、その寮と言われた場所が、ニューヨークの5番街、高級デパートメントストアなどが立ち並ぶ通りのラグジュアリーホテルのペントハウスだったのだ。


部屋に入ると、20歳やそこらの女の子が一人で住めるはずもない、スィートルームだった。

リビングには、高級な調度品が置かれ、熱帯魚が泳いでいる大きな水槽まである。

ベットルームには、キングサイズのベッドが置かれ、ゲスト用のベッドルームも別にある。

ヨキは、流石に、何かの間違いだと思い、プロダクションに問い合わせると、社長と直接話すことが出来た。

とにかく、元々、寮を持ってるわけではないけれど、そのラグジュアリーホテルは、社長の持ち物だから、そこを使ってくれたらいい、と言われた。


「必要なものは、ホテルのコンシェルジュに頼めば、用意するので、適当にしてくれ。

お腹がすけば、ルームサービスで食べてくれれば良い。」とも言われた。


まあ、本当に住む寮が決まるまでの話だろうと、ヨキは思ったので、とにかく気にせず、今は、ニューヨークに慣れようと思った。

ホテルの部屋には何でも揃っているから、特に何も用意することもなかったので、ありがたい話だった。


ただ、分不相応だと思い、ルームサービスで食べても良いと言われても、それは、なんか違う、と思い、ホテルの近くにあるデリで、1ドルのピザを買って食べていた。


ところが、プロダクションは、他の寮を用意する気はなく、そのまま、そこに住むように指示されたのだ。


正式な契約も、交わさないまま、すぐに、仕事が入り出した。

ロックフェラーセンターや、高級クラブで行われる、ものすごくハイソな人たちが集まるパーティーなどで、ヨキはシンガーとしての仕事をこなしていた。

有名なハリウッドスターや、国際的に著名なデザイナーたちが、ゲストとしてスピーチするようなパーティーでも、ヨキは、シンガーとして、エンターテイメントの仕事をしっかりこなした。

仕事の時に着るドレスは、いつも、プロダクションが、ヨキのクローゼットに何着も用意してくれた。

自分には手が出せないような、高級ブランドのものばかりだ。


プロダクションとの正式な契約が、交わされた時、ギャラは、1か月いくら欲しいのかと聞かれた。

自己申告するなんていうことは、考えてもいなかった。

ヨキは、まだ自分は修行中の身だけれど、いい仕事ばかりもらっていたし、

衣装も住むところも用意してくれるのだから、あんまり、ギャラを高くするなんてことは、出来ないと思い、

当時のニューヨーク州の最低賃金1か月1000ドル、つまり日本円で12万5,000円ほどを提示した。

なので、ラグジュアリーホテルに住みながら、セレブの前で歌を歌うけれど、最低賃金しかもらわないという、アンバランスなニューヨーク生活が、始まったのだ。


シンガーの仕事は、どんどん入ってきたけれど、肝心のブロードウェイミュージカルのオーディションの話が全く来ないので、

ヨキは一度、社長に問い合わせた。

そこで、分かった事実は、その26歳のイケメン社長は、有名な不動産王の息子で、

プロダクションは、彼が、父の不動産のプロモーションのために作ったモデル事務所。

ヨキの、履歴書と、歌のデモ音源が送られてきた時に、その歌声を気に入ってくれたのと、日本人のシンガーをプロモーションに使うのは、初めての試みで面白い、と思い、採用したのだ。

だから、ヨキをブロードウェイミュージカルに送り込むことは全く考えてもいなかった。


ヨキにしてみれば、それは話が違う訳で、自分はどうしてもブロードウェイミュージカルのアクトレスになりたい、そのためにニューヨークに来た、と訴えた。

すると、社長は、そんなにそれがしたいなら、いくらでもオーディションを受けさせるためのコネクションはあるからと、すぐに斡旋してくれた。

歳の近いイケメン社長は、本当に良い人だった、とヨキは言う。


まずは、オフブロードウェイのオーディションを受けた。

そこで、ビッピンという舞台に採用されて、めでたくも、ヨキは夢のアクトレスとなったのだ。


ヨキは、もう一つ、同時進行で始めたことがある。

準備して勝ち取った、カジノのディーラーのライセンスを持っている訳で、その仕事にも就いたのだ。


ニューヨーク内だと、顔がさすので、コネティカット州まで1時間車を飛ばして、そこにあるカジノで、夜中はディーラーのアルバイトをした。

早朝帰って、少し寝たら、舞台の練習、リハーサル、本番を迎え、終わったら、また、カジノ、という、生活。

普通の人なら倒れてしまいそうなスケジュールだけれど、元々ショートスリーパーのヨキにとっては、全然平気で、むしろキラキラと輝いた毎日だった。

「本当に楽しかったな。舞台も楽しいし、カジノでも毎日カード触れるし、面白いお客さんたちが毎日来るから、、、

なんか、ニューヨークでの日々は、最高に輝いてた。」

と、目を輝かせながらヨキは、懐かしそうに話していた。


「友だちも出来たけど、どんなとこに住んでるのかバレると、説明が面倒くさいから、いつも、適当に、それらしい場所に家があるふりをして、友だちとは、別れて、そのあと、姿が見えなくなってから、ラグジュアリーホテルに帰ってたのよね。

でも、一度、日本人の留学生の友だち1人だけ、部屋に招き入れたら、ビックリして、娼婦でもやってるのか?とか、プロダクションの社長に囲われてるのか?とか問い詰められた。

けど、本当に、その社長は、ただのボンボンで良い人だから、この部屋空いてるし、うちのビルだからって、何の下心もなしに、住まわせてくれてたのよね。高級スイートルームに。

感覚が違うのよね。金銭感覚とか、普通はこうでしょ、みたいな常識が、全く次元が違う。

でも、とても真面目に、自分の会社、そのモデルのプロダクションの経営は、一生懸命されてたし、今では、それが大きくなって、ハリウッドに、進出したと聞いてるから、努力されてたのよね。」


そんなイケメン社長とヨキは親友になり、

恩返しとして、ヨキは、タロットカードを使ってリーディングをしてあげることになった。

ヨキのリーディングは、すごい!とイケメン社長は、とても気に入り、商談で迷った時など、必ず、ヨキにカードをスプレッドしてもらって、決めた。

そして、ヨキのリーディング通りに動くと、ことごとく、上手くいき、イケメン社長は、そのことを、父親に口コミした。

彼の父親は、名の知れた不動産王の1人だ。


魔女や、ヒーラー、チャネラー、サイキッカー、霊媒師などのことを、英語でMediumと言う。

天と地を繋ぐ中間にある者という意味だ。

ヨキは、イケメン社長の会社や、その父親の不動産王の、専属Mediumとなり、企業リーディングをすることになった。

不動産王の何百億のトレードの決定を、ヨキのカードが決めていくことになったのだ。

20歳の女の子が、数百億の、不動産の売り買いを決めていた訳だ。

さらに、それが評判となり、また別のオーナーや、不動産王から依頼が来て、企業リーディングをすることがどんどん増えていくヨキだった。


成功者ほど、現実的な仕事と同じぐらい、このような見えない力に価値を置き、それも使ってビジネスをさらに拡大していくのが、常識だ。

直感やタイミング、運が、大きく、左右することを知っているからだ。


億万長者は、大抵、顧問弁護士や、会計士と同じポジションとして、専属Mediumを抱えているものだ。


ヨキのニューヨークでの、ライフスタイルは、列挙してみると、本当に1人の人がやってるのか?と思わずにいられないようなものだ。


オフブロードウェイで、アクトレス。

セレブの集まるパーティーでシンガー。

コネティカット州でカジノのディーラー。

億万長者たちの企業リーディングをするMedium。

そして、ラグジュアリーホテルのペントハウスで、1ドルのピザを食べて暮らす。


ヨキのアメリカでのストーリーだけでも、十分、「小説より奇なり」と音羽は、感心した。

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