第17話 ヨキのその後〜えっ?そうなる??

ツアーが、終わり、ヨキは、ニューヨークに戻った。

ブロードウェイの場合、契約期間が終わると、綺麗さっぱり、その舞台からは、引くことになる。

もちろん、契約更新となる人気の演者もいるけれど、基本的には、また、プロダクションから紹介されたオーディションを受けて、チャンスを掴まなくてはならない。


ブロードウェイの人気作品のツアリングメンバーだったヨキは、さらに上を目指して、ロングランのブロードウェイ公演、例えば、ライオンキングや、シカゴなど、タイムズスクエアのビジョンを煌々と彩るような作品にチャレンジした。

けれど、それは、やはり無謀な挑戦だったと思うと、ヨキはその頃を振り返って言う。


「やっぱり、若かったし、ツアーから帰ってきて、それよりランクが落ちる舞台は、なんとなく、変なプライドが邪魔して、受けれなかった。

全然、どこも受からず、オーディション落ちまくってるのにね。」


その頃、ニューヨークでは、宮本亜門氏が、日本人をフィーチャーした演劇をやっていたり、渡辺謙さんも自身がプロデュースし、演じる舞台が話題となり、活躍していた。


ヨキにしてみれば、10代で単身、アメリカに来て、ボストン、ニューヨークに拠点を置いて頑張って来た。

今頃になって、日本人が大勢で押し寄せて来て、何か、面白くない。

若いからこその複雑な感情が、ヨキの心をローにさせた。


プロダクションのイケメン社長は、ヨキにシンガーの仕事、オーディションのアポをしっかり取り付けてくれていた。

それとは別に、ヨキが不在だった間に、たくさんの企業家たちが、ヨキのリーディングを待ち望んでいて、その予定も、どんどん組んでくれていた。


「本当、社長はいい人で、よくしてもらったと思う。

ありがたいし、恵まれてることは、重々分かっていたけど、なんか、ニューヨークとか、ブロードウェイとかに対して、前ほどの情熱を感じなくなってしまったのよ。

ふてくされてしまってたと思う。

しかも23歳、ブロードウェイでは、演者としての現役引退の平均は26歳だから、焦りもあったしね。」


そんなヨキは、マサチューセッツ州ボストンのKタウン、ビリヤードオーナーの夫婦に会いに行って、胸の内を語った。


その時は、姐さんに叱られたらしい。

「何言ってるの?ここまで頑張ってきて、夢を掴んで、あんなにいいプロダクションの社長にも恵まれて、贅沢なこと言って!

もう少し、ねばりな!」


そう言われて、思い直して、ニューヨークに戻ると、イケメン社長が、一つ大きな仕事の依頼をしようとヨキを待ち構えていた。


バイオリニストとして、豪華客船に乗り、そのショータイムをするという、ミュージシャンにとっては、とても贅沢な仕事依頼だ。

約1か月間、船には乗る。


ヨキは、バイオリンがあまり好きでは無いけれど、だからと言って、演らない訳では無い。

ヨキは、根っからのアーティスト気質で、自分のこだわりが捨てられないタイプとは違う。

必要とされ、仕事になるなら、なんでもやるプロ意識は持ち合わせている。

それに乗ってもいいな、と思った矢先に、ビリヤード場の姐さんから、電話がかかってきた。

「ヨキ、韓国のミュージカルに出ない?

知り合いが、ソウル市内でプロダクションを経営していて、ヨキの話をしたら、ぜひ来て欲しいってさ。

明洞で、わたしの親戚が、クリーニング店をしているし、そこに住まわせてくれるから、住むところの心配もないよ。」

姐さんも、相談に行った時は、叱ったけれど、本当にヨキのことを娘のように可愛がってくれてたから、あの後、色々と考えてくれてたのだろう。

ヨキの気持ちや感情も感じ取ってくれてたのだ。


ヨキは、迷いに迷った。

ニューヨークの社長も、ヨキのために動いてくれていた。


もう、タロットカードに聞くしかない。

カードを引いてみた。

どちらでも良いとしか、カードは、言ってくれなかった。


最終、自分の道は、自分の素直な気持ちに従って決めるしかない。


ヨキは、韓国に行ってみたいと思ったのだ。


だから、イケメン社長に、正直に気持ちを話し、ニューヨークを発つことを決めた。

この時も涙、涙のお別れだ。


そして、韓国へ行く準備を着々と始めた。

当時、ヨキはアメリカのパスポートを持っていた。

だから、韓国に渡るには、ビザを発行してもらわないと、入国出来ない。

運の良いことに、Kタウンのバイト仲間のお父さんが、その時は、韓国領事館の大使をしていたのだ。

その人に頼んで、スンナリ、ビザは手に入った。

そして、また、単身韓国に渡った。



ソウルの明洞にある、クリーニング店は、夫婦とその息子が、経営していた。

そこの2階にヨキは住むこととなった。

プロダクションとの契約も、まだ具体的に進んでいなかったので、とりあえず、お店の仕事を手伝った。いわゆる住み込みのバイトだ。

とはいえ、家賃もいらないと言われ、ご飯も食べさせてもらえるので、ヨキは、バイト代は要らないと断った。


繁華街真っ只中にあるクリーニング店は、ホステスたちのドレスのクローゼットのような役割をしていた。

女の子たちは、私服をそこで脱いで、クリーニングの仕上がったドレスを着て出かける。

そして、お店が終わると、また戻って着て、ドレスを脱ぎ、クリーニングに出して、自分の服に着替えて帰って行くのだ。

だから、フィッティングルームもいくつもあった。

ホステスたちの帰りも、バラつきがあるため、クリーニング店は24時間オープンしていた。

ヨキが住み込むまでは、それを家族3人でまわしていたのだ。

そこにヨキが加わったので、いくらか、家族の負担は減っただろう。

そして、お店には、もう一つの顔があった。


「やっぱりね。だいたい、どこも、そうなのよね。コリヤンショップって。」

ヨキは、その話を愉快そうにしてくれた。


クリーニング店の、ピンチハンガーが、たくさんかかっている垣根を越えると、そこは雀荘だった。

馴染みの客は、クリーニング店から入り、ピンチハンガーの群れを超えて、麻雀台が、何台もあるその広い部屋にたどり着く。

割と新参者は、雀荘に直接入るドアから来る。

そのドアは、クリーニング店の建物と隣の建物とのわずかな隙間に、無理矢理作られている。

身体の小さいアジア人だから、ギリギリ通れるような隙間を表通りから入って行くと、そのドアにたどり着く。ドアは外開きなので、当然半分も開かない。

雨が降っていても、傘をさすことも出来ないような隙間を通って、客たちは、そのドアを開けて、身体をすり抜けさせる様に、店内に入ってくる。


ヨキは、雀荘の方の手伝いをすることもあった。

最初はお茶を出したり、灰皿を変えたりくらいの仕事だったが、そのうち麻雀も覚えることになった。

そこは、麻雀の初心者に、麻雀を教える台も用意されていて、その初心者の相手をする役をヨキがやることになり、そのうちに覚えていったのだ。


ルールや、麻雀役、計算を覚えて、そのうちハウス側の雀士になった。

2人客のテーブルに座り、3人目として勝負する。ビリヤードのハスラーの場合はとにかく勝つことが大事だった。

けれど、雀士は、勝っても、負けてもいけない。

客同士の勝負であるかの様に上手く、間に入って、操作するのだ。

「だから、雀士は、相当スキルがいるのよね。

わたし以外の2人の勝負になる様に、上手く持っていかないといけないから、結構高度な技がいるというか、手を分かってないといけないの。」


本当にヨキは、何でもスルッと自分のものにしてしまう。

環境に応じて、その時必要なスキルを、見事に身につける器用さに、音羽はいつも感心させられる。


そんなクリーニング店での仕事をしながら、もちろん本業も始まった。

アイーダなどのメジャーなミュージカルの舞台に立った。

練習もあるし、リハや本番もある。


クリーニング店の店主も、ミュージカルの仕事があるのだから、店の仕事はもっと休んでくれていいと言ってくれたが、ヨキは、24時間動いているクリーニング店と雀荘の手伝いのペースもほとんど変えなかった。

夕方からクリーニングの仕事をし、夜は雀士、真夜中から午前に帰ってくるホステスたちのドレスを受け取り、少し寝たら、朝から女優としての練習、リハ、公演などをこなす。

そして、帰るとまたクリーニング、といったループにハマっていった。


「韓国に3年いたけど、やっぱり、普通の人の1年分ぐらいの睡眠時間しか取ってなかったかな。」と、ヨキは、笑いながら言う。


音羽は、そんな話を聞きながら、思い出した。

「ヨキに出会ってしばらくした頃のこと思い出した。

わたしが横にいる時に、電話がかかってきて、韓国語をペラペラ話してるから、英語だけじゃなく、韓国語もはなせるのね?ってわたしが言ったら、

ヨキ、あなた、あーっ、アメリカにいる時のルームメイトが韓国人だったから覚えちゃった、って言ってたよね?」


「あー、あれね。

だってさ、ママには、内緒で韓国に渡ったから、誰にも言ってないのよ。

日本人の友だちには。

どこから、ママの耳に入るか分からないから。」


「ママには内緒って、、、、??3年間もいたのに?韓国」


「ママには、マメにわたしから電話入れてたから、アメリカにいるフリをして。

ママは信じてたよ。ふふふっっ、、、

だってさ、ママに言ったら、きっと発狂するから、

説明、電話でするのも大変だしね。」

ヨキの20代は、本当にぶっ飛んでいる。


音羽も、数日前に、自分の母親に、音羽の娘のことを、「さすが大学生、遊びまくって、家にいないわ。」

と話すと、

音羽の母は、

「でも、あの子は、まだ、遅くなってもご飯食べにうち帰ってくるでしょ?

あなたよりマシ。

音羽、あなたは、一度、家を出たら、どこをほっつき歩いてるのか、いつ帰ってくるのか、どこで寝泊まりしてるのか、本当にわたし、分からなかったんだから。」

と呆れ顔だった。


危なっかしかったり、家族が心配したり、呆れたりする様なことを、あの頃は、何も思わず、普通に、気にも止めずにやっていて、通り過ぎれば、忘れてしまってる。

ヨキの、ぶっ飛んだ日常も、本人にしてみれば、なんてことないのだろう。



流石に、外国にいて、また別の国に、親にも内緒で移住するような20歳そこそこの女の子は、音羽の周りでは、ヨキ以外、聞いたことが無い。


ヨキにとっては、塾をサボって、公園で遊んでるくらいの気持ちで、そんなことをしてしまえるのだろう。

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