第4話 苦しみと手放し

その後、一旦、ヨキは、音羽にこうちゃんの話をしなくなった。

音羽から、ヨキに、こうちゃんとはどうなった?と尋ねると、

「LINEも電話も無視してる。でも、仕事場のポストに、手紙が毎日入ってる。どれだけ、わたしを想ってるかっていう愛の告白的なやつ、、、でも、無視してる。」


また、しばらくしてからは、言ってることが変わった。

「奥さんと別れる、って言ってる、、、

本当なんかな?

でも、毎日、こうちゃんは帰宅後の時間は、わたしのLINEはブロックして、電話は着信拒否。

それは、最初からそうだけど、、、

向こうから連絡が取れる時間にLINEが来るのを待ち続ける毎日だった。それを待つのが、何よりも、優先された。

連絡がないことが、はらわたが煮え繰り返るような怒りを生んで、わたしの悲しみはマックスになった。

そんな事は、わたしらしく無さすぎる。

連絡して来たら、たとえ仕事中でも、すぐに、返信しないと、いつ連絡が取れなくなるか、分からないから、仕事の手を止めて、返信してた。ずっとそう。

連絡してくれなかった時、それを責め立てた。

そしたら、何日も、LINEも電話もブロックされて、辛すぎて、、、

だから、責める事はやめて、とにかく我慢して、平静を装って、彼からの連絡を、ただ待つだけの日々。それをずっと、続けて来た。

でも、わたしが無視したことで、気づいてくれたんかな。わたしが1番大切だってこと。

奥さんと別れるって初めて言ってる。

行動を起こすまで、もう少し待って欲しいと言ってる、、、」


音羽は、内心、やっぱりそれは不倫男の都合のいい名台詞なだけだとしか思えなかった。


「本当に信頼していいのは、彼がちゃんと行動を起こした時やね。わたしも、ヨキのためにそれを望むけど、、、、、

わたしがこうちゃんなら、今すぐ行動を起こすけど、、、

もう少し待って、って言ってるこうちゃんは、本当に、行動を起こせるのかな?」


「そうよね、、、」


その後、またしばらく、ヨキと音羽が会うことはなかった。


音羽が、Facebookで見る限り、ヨキは、仕事でも活躍していたし、少し顔が浮腫んでいるようには見えたけれど、写真の中のヨキは、笑っていた。

そして、少し経つと、ニットキャップをかぶっていた。

抗がん剤治療が進んでいるのだろう。

音羽は、いたたまれない気持ちで、会いに行って顔を見て、何か話したかったけれど、

どんな言葉かけをしていいのかも想像できない。

でも、元気にイベントで仕事をするヨキの笑顔をインスタやFacebookで見て少し安心した。

文字通り、見守ることしか出来ずにいた。

でも、元気に全快することを全身全霊で信じた。


ある日、泣きながらヨキが電話をかけて来た。

乳癌の手術が明日だと言う。

手術が出来るところまで、快復してるんだ。やっぱりすごい、と音羽は思った。


それでも、やはり手術は、怖くて泣いてるのかと、音羽は思った。

でも、ヨキの苦しみは、そこではなかった。


「こうちゃんのこと、毎日毎日待ってたけど、

やっぱり、裏切られた。

奥さんにも、わたしのことがバレて、奥さんが、ウツになったって。だから、今すぐは、無理って。それでも、待ってたけど、、、、


わたしを幸せに出来ないから、、、苦しめるだけだから、、、って

今から癌治療のために入院するわたしに、もう、これで終わりにするって。

それから全く連絡が取れない状態になった、、、

辛すぎて、辛すぎて、毎日泣いて、

悲しい歌を聞いても泣いて、、、

あの人がいない世界なんて、死んだ方がマシ。

癌で死ぬのなんかより、こうちゃんを失うことの方が怖くて、

おかしくなった自分が、気づいたら、川に入水してて、寒すぎて、冷たすぎて、我に返って、その時は引き返したけど、、、

こんなに苦しいの、、、どうしたらいいの?」


音羽は、やっぱりヨキは癌では死なない、と確信した。

ヨキの性格をよく知ってる音羽は、本当に膿のような最悪な想いを溜め込みすぎてるヨキは、本来のヨキでは全くないと思った。


そして、音羽が同じように、苦しんだ過去の恋愛を思い出した。

分かっているけど、分からない、どうしようも無い自分の想いと状態がフラッシュバックした。

仕事仲間や友だちの前でも、そしてその相手、超本人の前でも平然と、淡々と、普通にしていられたけれど、内心は、どうしようもない苦しみでおかしくなりそうだった。

その想いはたまらなかった。

自分らしくない自分が情けなく、それでも、その人を失うことが、1番怖くて辛かった。

全く今のヨキと同じような自分を体験した過去が、蘇った。

今の今まで、そんなことは全く忘れていた。

音羽は、その時、どうなったかを思い出そうとした。

あまりその前後のことは、覚えていない。

突然の別れの言葉、そして痛烈な痛み。その後、生きてるけど、死んだような自分。

何をしてても、心はそこになく、美しいものを美しいと思う心も、美味しいものをおいしいと感じる味覚も、全て奪われたような感覚だった。

日が経つにつれ、そんな自分に嫌気がさしてきた。

音羽は、確かお墓参りに行った時、

「もし、わたしの元にあの人を戻してもらえるなら、全てのことに感謝し、全ての愛を与える生き方をすることを誓います。

戻してもらえないなら、この想いの行き場を作って欲しい。忘れさせて欲しい。元の自分に戻して欲しい。」とお墓の前で天に向かって願った。

そして、あとは、どうなってもいい!と開き直った。

本当にどちらでもよかった。その人が戻って来てくれるということが叶っても、この想いを忘れてしまっても、どちらでも。

とにかく今の苦しみから、どちらかの方法で解放されたかった。

あとは、天に任せてしまった。


そして、その後、その彼は音羽の元に戻って来て、最愛の娘を授かり、結婚した。


音羽は、ヨキに言霊を込めて、強い言葉で話した。

「大丈夫!

その心の膿も、ゴミのような苦しみも、全て明日の手術で、癌細胞とともに切り取ってもらえる。そしたら、前の、心も身体も元気な、ヨキにもどれる。

この歳で、ステージ4の癌になり、それを今まさに、克服しようとしている。

ヨキは本当に強い人。これは、絶対に意味のあること。

だから、明日全てのネガティブなものを切り捨てて、パワーアップして蘇る。

そしたら、その新しいヨキが見る世界は、今とは違うものとして目の前に広がるから、とにかくそれを信じて、明日の手術成功にだけ、心を向けて。絶対、大丈夫だから。」


ヨキは、静かに聞いていた。そして、「そうだよね。きっとそう。大丈夫よね。わたし。わかった。音羽の言う通りに頑張る。」

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