第41話

 太郎は三日ぶりに目覚めた。

「起きたのね、太郎」

 ベッドの横には優しく微笑む女性がいた。

「おはよう、母さん」

 太郎は母に微笑みを返した。

「脈を測りますね。太郎君、気分はどうかな?」

「良好です」

 看護師が太郎の体調を確認した。

「大丈夫そうですね」

 そう言って看護師は立ち上がり、

「では、失礼します」

 と言って、部屋を出て行った。


「母さん。僕ね、夢を見ていたよ」

「あら、どんな夢だったの?」

「光の勇者が闇を討つファンタジーさ」

「そう。それは楽しいお話しだったの?」

「違うよ。悲しいお話しだった……。それも違うかな? 光の勇者が、大切な友達の闇をね、光の剣で消し去ったんだ。それで友達も消えてしまった。それは悲しい事だけど、友達の闇を消したのなら、ハッピーエンドなのだろうか?」

「そうね。お友達がそれを望んだのなら、お友達にとってはハッピーエンドよ。でもね、光の勇者はハッピーじゃないのかもしれない。必ずしも、みんなが幸せになるとは限らないのよ。誰かの幸せが、誰かの不幸を生むこともあるの」

 太郎には、そんな理不尽なことは理解し難かった。


 その時、部屋の戸がノックされた。

「どうぞ」

 母が言うと、家政婦の女性が、

「お友達が来られましたが、お会いできますか?」

 と言った。

「うん。僕も会いたいよ」

 近所の聖マリア教会の児童施設の子供たちが、時々、太郎に会いに来ていた。それは、教会のシスターの提案だった。学校へ通えない太郎には同世代の子供たちとの交流が必要だと。

「よう、太郎。元気そうじゃないか」

 辰輝が笑顔で言った。

「うん。気分は上々だよ」

 太郎も笑顔で返した。

「良かった。太郎の笑顔が見られて」

 早百合も嬉しそうにそう言った。

「学校で借りてきた本を持ってきたぞ」

 辰輝は学校へ通えない太郎のために、こうして本を借りてきてくれた。

「ありがとう。続きが読みたかったんだ」


「二人ともありがとう。太郎にいいお友達がいて良かったわ」

 母はうっすらと涙ぐんでいた。


 太郎が父を亡くしてから、もう六年が経っていた。目の前で車に轢かれ、血まみれになった父を見たショックから、太郎は眠り病を患っていた。長ければ一週間も眠り続け、このまま死んでしまうのではないかという恐怖に苛まれながら、母はただ為す術もなく、太郎を見守り続けてきた。しかし、太郎はその事実を封印しているらしく、思い出すことはなかった。母はそれでいいと思っていた。太郎がこうして笑顔を見せてくれるだけで幸せだったから。


 辰輝たちが帰った後、太郎はおもむろに言った。

「母さん。僕ね、思い出したんだよ。父さんが車に轢かれて死んじゃった事を。僕がボールを追いかけて飛び出してしまったから、父さんが僕を庇って轢かれたんだ」

 母はそれを聞き、目眩がして、椅子から落ちそうになった。

「母さん。もう、僕は小さな子供じゃないんだ。安心して。真実とちゃんと向き合えるよ」

 太郎は笑顔で母を抱きしめた。




                    了



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光の国の伝説 白兎 @hakuto-i

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