第36話 わがまま

 俺なりに術式を変更し、今できる最大出力で〈死者蘇生〉を発動する。


 やっとだ。

 やっと。


 三人には主部屋から出て行ってもらい、二人きりになれる環境を作った。絶対に魔法の失敗はさせない。


 集中し、そして唱える。


「〈死者蘇生リサシテイション〉……!」


 巨大な魔法陣が部屋の床全体に出現する。

 ぱぁっと部屋全体が明るく照らされる。


 魔法陣のちょうど真ん中。

 そこから、次第に人の姿が形成され始めた。


「ア、アイラ……なのか?」

「お兄ちゃん?」


 短く切り揃えられた緑色の髪に、俺に似た黒色の瞳。

 間違いない。アイラだ。


「わたし……あれ?」

「俺だ! ガルド! お兄ちゃんだ!」


 俺はアイラに思い切り抱きつく。

 懐かしい、アイラの温もり。


 じわじわと思い出してくる、記憶。

 やっと……やっと再会できた。


「わたし……お兄ちゃん。そんなことしちゃだめだよ」

「なにがだ? せっかく再会できたんじゃないか!」

「一度死んだ者を生き返らせるのは、『禁忌』でしょ?」


 まだ幼い、彼女の口から発せられるとは思わなかったので驚いてしまう。


 ……確かに、一度死んだ人間を生き返らせるのは非人道的だ。でも、伝えたかったんだ。どうしても、彼女に。


「ごめん。でも、これだけは言わせてくれ。『守れなくてごめんなさい』」


 俺は彼女を抱きしめながら言った。

 自然と目頭が熱くなってくる。


 頬を液体が伝い、アイラの肩に落ちた。


「お兄ちゃん、大丈夫だよ。わたしは大丈夫だから」


 しかし、彼女は続ける。

 昔見せていた朗らかな笑顔で、


「――お兄ちゃんに生きていて欲しいから、わたしは庇っただけ。わたしの勝手なんだよ」


「勝手なんかじゃない! 全部、弱かった俺のせいなんだ! でも今は大丈夫。俺は強くなった。だからもう一度――」


 気がついてしまう。

 アイラの体が少しずつ薄れていっていることに。


 不完全だったんだ。

 いや……違うかもしれない。


 〈死者蘇生〉なんて、都合のいい魔法は存在しないんだ。


 アウトローはただ『自殺』と言う方法で転生しただけで、〈死者蘇生〉に近しい魔法は後から作った『憎しみ』で動くだけの心のない人形に近いものに変える魔法だったんだ。


 それを、俺が後から書き換えて限りなく〈死者蘇生〉に近いものにしたが、それはあくまでも『近いもの』に過ぎない。


 いや……それだけでも成功だと言えるのかもしれない。


「だから、お兄ちゃんはわたしの勝手に付き合ってよ」

「待って――」


 そして、俺の手は空を切った。

 ちょうど一分間の間だけだった。


 賢者になっても、神に抗えたのはたったの一分だけ。

 悔しい。これだけ努力しても彼女を生き返らせることができたのがたったの一分だけ。


 ――でも。


「どうでした?」


 一人だけで主部屋から出てきた俺に、心配そうな視線を送ってきた。それに対して、俺はこう答える。


「妹のわがままに付き合うことにしたんだ」

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