白い薔薇の幸せ、そしてユリの花(リリア)は

 シモン王子からロザリーヌの件を聞きフィリップ王太子は心配で倒れそうになりながらも、無事だと聞いてほっとする。


 ロザリーヌの元へ飛んで行きたくても次から次に事態が変わり立場上動けず、もどかしさに苛立ちが募っていた。


 マシュー団長らも宮殿へ戻りフィリップ王太子に報告をする。


「何故書状が変えられた……封蝋だって」


 書状の封に蝋をあぶって印を押していたが、王太子の印は国印でもない為認知度が低く容易に作り変えられたのであった。


「リリアかな〜王太子様、随分と恨みを買ったようね。」


 と入口で扉に手を付き話すのはビオラ王女。

 クルクルの髪は馬を走らせ急いで戻り、大爆発している。

 そんな彼女に、笑顔を向けたフィリップ。


「ありがとう ビオラ。君は救世主だったようだ」

「なんでもないわ。じゃあこの救世主、妃にする?」

「いや……それは」

「はははは 冗談よ。私は戻るわ。バミリオンに。なんだか良からぬ女に乗っ取られる前に止めないと。原材料の輸出の話、父にするわね!その代わり加工したものはうちには安めに輸入させてよ!商業も、それから武器も。ヴァロリアは軍事力の強化は?」


「ああ、それも検討が必要だ。」


「頑張れよ!フィリップ王太子」


「ああ ありがとう バミリオンの王女 ビオラ」



 ダミアンとメリアに連れられ戻ってきたロザリーヌを迎えたビオラが驚く。


「ロザリーヌ!どうしたの?何が……」


 メリアに詳細を聞きながらロザリーヌの部屋にビオラ王女もついて入った。

 泣きじゃくるキャシーがロザリーヌを抱きしめる。


「ロザリーヌ……ロザリーヌさまあ、あなたが居なくなるかと思うと生きた心地が、生きる意味を失いそうでした」


「キャシー……私はみんなに助けられてばかり。ごめんね いつも心配させて。キャシー あなたは私の友よ」


 その抱擁を見たビオラは、我が子を見守るような目を向ける。


「ロザリーヌ、あなたの居場所はここなのね。私がバミリオンへ一緒に行こうって行っても来ないわね?」


「え?バミリオンへ?」


「ダミアン、あんたも来ないわね」

「はい。私はヴァロリア王宮騎士ですから」


 ビオラはヴァロリアの者たちを気に入り過ぎたようで、自国へ来てほしいほどであった。


「よしっ!じゃブレンダ 帰るぞ。帰って本物の魔女退治だ」


「みんな、魔女退治が済んだら招待するわ。バミリオンへ遊びにおいで。」

「はいっ」

 ロザリーヌは、ボロボロの装いでとびきりの笑顔を向けた。


(魔女退治……リリアのこと。ビオラ王女になら出来るのかも……私の行動のすべてが、リリアに憎む心を芽生えさせて苦しめた。)



 ビオラを送り出したあと、フィリップはロザリーヌの元へ。


「ロザリー、また危険な目に……」と潤んだ瞳で抱きしめるフィリップ。


 ロザリーヌの後ろに立つダミアンが「ん ん」と咳払いをする。


「ダミアン、おまえが居てくれたからだ。ありがとう」

「いえ、ただ愛する人を失いたくなかっただけです。」


「二人でどこかへ行って暮らしたいと思ったか?」

「え?」

 ロザリーヌはフィリップが言った一言に驚く。


「それは、考えなかったと言えば嘘になります。けれど、私はこのヴァロリアの騎士。愛する人と共にこの国を守ります。……国を捨てることは出来ません」


「模範解答だな、ダミアン。では約束通り一年は、おまえの恋敵だ。」

「恋敵?……しつこい」

「なんだ、ロザリー なんと?」


「いえ、しつこいと言っただけです!」

「……はははは」


 ダミアンも意地悪ロザリーヌに笑うのであった。




 それから、フィリップ王太子は忙しい日々を送る。各国との交流に来賓の耐えない日々。

 しかし、妃問題だけは常に先延ばしであった。




 ロザリーヌは、お気に入りの宮殿の庭をダミアンと散歩する。


「やっぱり綺麗」

「ロザリー、君は優しく逞しい そして美しい。白い薔薇は君のような花だ」

「でも危険な目にはもう合わせない。」

「うん ダミアン」

(ホワイトローズ……花言葉はたしか、わたしはあなたに相応しい。)


「だけど、フィリップ様にだけは白い薔薇も棘だらけだな……嬉しいけど」

「ふふ でも王太子としてのフィリップ様の役に立てるように頑張る」


「妃にだけはさせないぞ。その時は本当に刃を向けるから」



 これからまた、この宮殿で意地悪ロザリーヌは日々、友たちと暮らすのであった。



(私はこの世界で初めて生きた気がした。日本で生きた日々を忘れてしまいそうなほど。ずっとこのままここにいたい……でも、私が来たことでリリアを不幸にしたのかもしれない。

 本当ならダミアンやフィリップ様の隣にいるのは、リリアだったのかもしれない。私が奪ってしまった……けれど、失いたくない。異世界からきましたって言えない……言ってしまったらもとの世界に戻っちゃったらと思うと、怖くて)


 ロザリーヌはやはり自責の念からは逃れられないようだ。バミリオンにいるリリアが不幸でない事を祈るばかりの毎日であった。




 ◇◇◇



 バミリオンに到着したビオラ王女を出迎えたリリア、その隣にはバミリオン王太子 エルナンド。褐色の肌、肩上までのダークブラウンの髪はタイトに後ろへ流されている、瞳は黒。スリムでいつも物静かな彼は無言で佇むが、しっかりリリアの手をつないでいる。


 全ての経緯を聞いていたリリアは尻尾を掴まれ八方塞がりで俯いている。


「リリア、全部分かってるわね。もう情報は入ったでしょ?私がここに戻った意味も」

「それは振られたから」

「ブレンダ あんたは黙って」


「―――はい ビオラ王女」


「で、ここはヴァロリアの優しい国とは違うわよ。あんた素敵な友を沢山失ったわね。知ってる?あの人たち誰一人としてあんたを悪く言わなかったのよ。」


 それを聞いて涙を流すリリアは唇を震わせているだけで何も言葉が出ないようだ。


「バミリオンは、軍事国家。処罰は厳しいわ」

「…………」


「エル どうするの?婚約」


「僕は――――リリアと結婚する」

「え」「……!?」

 ビオラもリリアも驚いたのだ。


「全て聞いたよ。リリアから。極悪非道なことしたって。」

「で、なんで結婚?」


「リリアは、本当はそんな子じゃないよ。僕には分かるんだ。だから、もう二度と悪いことしないように僕が愛する。」

「…………」


 ビオラは口を開けて身震いし頬をブルブルと震わせる。


「リリア、僕の愛で君を満足させられる?」

 リリアは何も言わず、ビオラの方をちらりと見る。


「はあ……リリア、将来バミリオンの王妃になれば必然的にヴァロリアと友好的な立場に居なくちゃ公務は務まらないわよ!あんたに、それが出来るの〜?」

「……う」


 涙を堪えているのか声が出ないリリアに、さらにビオラは続けた。


「許しを乞うても、許されない程よ。これから、行動でしめさないと。何すれば良いのかなんて知恵は浮かばないけどね。

 あんたの命はバミリオンが守っても、あんたの汚名返上は私らには出来ないんだよ」


「……はい。」


「次、悪巧みしたらその時はその首、無いものと思いなさい」


 ビオラは宮殿へと入った。今から王にリリアとエルナンドの婚約継続を嘆願しに一役買うのだろう。


「エルナンド様、私はあなたを利用しようとしただけ。わざわざこんな女を、もう捨ててくださってかまいません」

 とリリアは儚げに言葉を吐いた。


(無理に結婚しなくていい。エルナンド様の少年のようにピュアな気持ちが痛い……。私はもう取り返しがつかない事をした。もう、これ以上利用しないわ。どこか遠くへ行って静かに―――いえ 罪を償えと神が言うならヴァロリアの地へ戻り処刑されるわ)


「何を考えてるの?リリア 僕は君を捨てない。いいじゃない。恨んで憎んで潰したいくらいに人を愛せる方が、僕はそんな君が好きだ。ダメかな?僕じゃ。僕に愛させて、僕に守らせて、君が二度と悪に染まらない様に見ててあげる」


 静かにじっとリリアから視線を逸らさず語る様子はどこか奇妙な眼差しを帯びている。一目惚れや恋とは違うようにも見える。


「エルナンド様……」



 王の間から出てきたビオラ王女にブレンダが問いかける。


「エルナンド様にリリア様は大丈夫ですかね?」

「まあ イグアナみたいな事はしないでしょ。でもある意味……刑より重かったりして、様子見ね」

「そもそも爬虫類って人になつくのかしらね」

「さあ、飼い主には分かるんじゃないですか」


 エルナンドは歪んだ愛情の持ち主なのかもしれない。

 飼っていたイグアナが自分に懐かないからと残酷なことをしたのがつい最近。二十三歳であるのに、話し方も少年が抜けきらないのである。

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