エルのお仕置き

 ビオラ王女が戻りしばらく、この晩バミリオンの眠らない夜、街の数か所で舞踏会が開かれる。

 貴族達もハシゴをしてまで踊り明かすのだ。


 エルナンド王太子は、リリアを連れ舞踏会に繰り出した。婚約発表の正式な王宮主催社交界ではなく、街の舞踏会である。


 エルナンドは馬車の中向かいからじっとリリアを見つめる。


「エルナンド そんなに見つめないで」

「……エルって呼ぶ約束 忘れたの?」

「あ、ごめんなさい エル」

「さっおいで リリア」


 無表情なエルナンドに恐怖を感じつつもリリアは隣へ移動する。


 すると、満足げにリリアの少しサイドに残した髪を指先で遊びながら至近距離で見つめだす。


(エル、あなたは私の何が気に入ったのかしら。所詮男なんてみんな同じ。ヴァロリアの元婚約者を受け入れるなんて悪趣味だけれど。きっと本来の私は清楚で美しい女だと勝手に理想を膨らましたのよね。)


「着いたよ」


 エルナンドはリリアをエスコートし、会場に入る。

「エルナンド様〜お久しぶりです」

「今日も素敵」

「ねぇ一緒に来た方はどなた?」

「ねぇあっちで飲みましょう」

 またたく間に女性陣に囲まれリリアからはエルナンドが見えなくなる。


「なにこれ」

 リリアは、急に虚しさに襲われる。


(私にぞっこんじゃないの……夜遊び王子だったの?!フィリップ様は夜会なんて行こうともしなかった……)


 無意識のうちにリリアは堅物フィリップを恋しく思い出す事が増えていた。


 エルナンドはリリアに構うことなく他の令嬢と踊る。

 仕方なく壁際で佇むリリア。すっかり独りぼっちであった。異国の地に負けん気で足を踏み入れ、腹の内を語れるような親しい友人も知人も居ない。いや、そもそもどこにも居ない。

 途端に不安で孤独に押しつぶされそうになる。


「お嬢さん 踊りませんか?」

「え?いえ、私は……」

「誰かと来たの?で、放置されてるんでしょ」

「いえ。待ってますので、私にはお構いなく」

「あっそ じゃ、ワイン取ってきて」

「御自分でどうぞ」


 人を誘い、ワインをもってこいと言う金髪に碧眼の男は長めの髪を束ねている。

 その姿をちらっと見たリリアは、思わず息を呑んだ。

(なんて皮肉……髪と瞳はフィリップ様と同じ色、でも雰囲気はダミアンみたい……)


 そのまま壁から離れないリリアを強引に連れ、男は踊りだす。


「あの、私はっ、ちょっと聞いてますか?」

「え?なんて?聞こえない」


(……私 エルナンド以外に心を揺らすなんて駄目なのに。でも、彼の手に触れただけで体の中心に稲妻みたいなものが駆け抜けた。どうして、誰 この人 こんな風に男の人に揺らぐなんて浅ましい 馬鹿ね私は)


 しかし、そんな稲妻は一瞬で遮断された。

 踊る二人に気づいたエルナンドがリリアの手を引いたのだ。


「何してるの リリア」

「あ、ごめんなさい お誘いを受けて、エルも忙しいみたいだったし」

「帰るよ」


 勢い良く外へリリアの手を引いて馬車に乗り込んだ。


「リリア、君には失望したよ」

「……え」

「僕以外の男とあんな……よりによってあの人と……」

「エル……でもあなたは、ずっと他の女性と……」


 と言いかけたリリアを冷たい目で睨んだのだ。

 リリアは反論するのを止めおとなしくなる。


「いい?君と僕では立場が違う。」

「ええ、分かったわ」

「じゃあ、僕を抱きしめて」

「……うん」


 エルナンドの隣へ座り直し脇の下へ腕を回し抱きつくリリア。

 リリアの頭をゆっくりと撫でたエルナンドは、リリアの顎を掴み強く口づけをする。

「痛いっ」

 そして、リリアの唇を噛むのだ。

「お仕置きだよ」


 ニヤリと笑うエルナンドは、その後視線を外に移した。

 無言の馬車で、リリアの表情はヴァロリアにいた日々より暗く見える。


(―――これが私の最後に愛されるチャンス?この人に……これって愛?……バチが当たったのね)


「なに?リリア何を考えてるの」

「え?いえ 何も。夜も遅いので少し疲れたみたいで」

「うそだ。僕の気に入らない顔をしてる」

「…………」

「さっきの男。あいつには近づかないで。絶対に。近づいたらお仕置きするよ」

「……はい」


 さっきの男に何故固執するのか気になるリリアだが、良くも悪くも賢いであろう彼女はそれ以上言葉を発しなかった。


「さっ笑ってリリア」

 ゆっくりと瞬きをし、フサフサの睫毛を再び上へ向けたリリアは口角をきゅっと上げる。

 ショコラブラウンの瞳の奥はすっかり冷え切っていた。


「いいね。そのすれた笑顔」




 ◇◇◇


 翌朝


 侍女のマチルダがリリアの部屋へやって来る。


「リリア様 お食事の時間です。行きましょうか」


 バミリオンはメイドというより、護衛に重きを置くためマチルダも淡々と話し腰には剣をさしている。


 しかし、この日はいつもと様子が違う。

 部屋を出ようとしたマチルダがピチリと整ったお団子頭で振り返りリリアの元へ近づいた。


「旅から戻られたエルナンド様の兄、レオナルド様が居られます。バミリオンの王の子ですが、異母兄弟。えー、はっきり申しますと愛人の子です。正式には王子ではありません。しかし、ビオラ様も気にいっていて。んと、とりあえずは情報があった方が良いかと。」


「ありがとう、マチルダ」


「大丈夫ですか?リリア様」

「え?」

「すっかり、普通のお姫様みたいで」

「私、普通では無かったの?」

「はい。なんというか……陰険で、したたかな女性といった印象でした。そのくらいの方がバミリオンではやっていけると思いましたが、今は……」

「やっていけそうに無いと?」


 頷いたマチルダに溜息をひとつ落とし、リリアが食事の間へ行くと、既にビオラ、エルナンドが席についていた。


「おはようございます。ご一緒させて頂いても?」

「ええ、もちろんよ。リリア」

 と、ビオラはどこかソワソワした様子。


 ビオラの視線の先には、テラスでテーブルに足を乗せた男。

 その金髪を一つに結んだ頭が立ち上がり振り返る。


「あ」


 夜会で踊りに誘った金髪碧眼の男。


「やあ、初めまして。レオナルドです。」

「ちょっと初めましてじゃないんでしょ?エルが言ってたわよ。あんたがリリアを誘って踊ったって」

「え?あー、ちょっと寂しそうな美女が壁にいたから声かけただけ。君だったのか。で、誰?」


「リリア スチュアートと申します。エルナンド様と婚約いたしました」


 リリアはちらりとエルナンドに目を向ける。俯き無表情で何も言わない彼をよそにレオナルドは話す。


「リリア?リリア スチュアート……あ!ヴァロリアの毒殺女?」

「…………」


「こわっ。ビオラも気をつけな。殺さないでね。リリア」

「こら!」

 とビオラが目をギョロつかせた。


(この方と関わったらお仕置き……?でもすぐ近くで話されたら関わるしか。どこまでが関わる?分からないわ。)


 四人はテーブルを囲む。


「リリア、君さそんなに一国の后になりたいんだ」

「さあ、あれでしょ。復讐の為にうちに転がり込んだのよね。遠隔射撃する為に」

 と遠慮なしの二人が話す。


 エルナンドは相変わらず無言でちびちびとパンを口に運ぶ。


「たしかにあの時はそればかり考えていました。でも、エルがこんな私でもいいと、言ってくれたのです。」


「ふぅん なんか嘘臭っ」

「こら!」


「ごちそうさま」


 エルナンドは先に席を立ってしまった。

 リリアも立ち上がると、ビオラが座るよう促す。


「リリア、どう?最近は。あんたが上手うわてかと思ったけど、エルにすっかりねじ伏せられてない?大丈夫?」


「いえ そんな事は……」


「ちょっとやめてよね〜しおれてるじゃない。」


 リリアは、ビオラに『私やっぱり無理です』と泣きつきたい衝動にかられた。

 優しいヴァロリアの皆を相手にしてきた彼女には、エルナンドの病的な人格に耐性は無いようである。


「重症だな」とレオナルドも鼻で笑うのであった。

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