侵入者

 全く姿を見せないロザリーヌに悲しみの底に落とされたかのように力なく宮殿を徘徊するも何も手につかず、結局自室にこもる日々を送るフィリップ王太子は今日も自室で読む気もないのに本を開く。


 アンリー第二王子は、床にせたままの父と、恋煩いの兄に痺れを切らしロザリーヌのシャンティ家へと向かうのだった。


 その馬車には、パルルのシモン第二王子もどさくさで同乗する。


「ロザリーヌ様を つ 連れ戻すのですか?」


「もーそれしかないでしょ。あんな生ける屍みたいな二人困るんだよ。あ、ていうか、どうしてシモン王子いるの?」


「あ、ロザリーヌ様の屋敷へ行かれると聞いたので か 勝手に乗りました」


「違います。なんで、まだ、ヴァロリアに?」


「あ 帰ったほうがいいですか……。え でもロザリーヌ様の記憶が戻るまで、パルルへ連れて行ったらどうかな……なんて」


 と、もじもじ言いながらも、ときめいた顔でうっとり話すシモンにアンリーの一撃が入る。


「あれ嘘だから」

「え?」

「記憶喪失なんて、嘘だから」

「…………」


 シモンはまるで記憶を無くしたかのように真顔で前を見たまま固まるのだった。




 シャンティ家の屋敷前


 降り立った二人は扉についている叩き金をコンコンとししばし待つ。だが、そんな音がロズベルト執事に聞こえるはずがない。


 その時屋敷の裏庭に続く脇道から「待てーーー!!」と声がする。


 馬車の周りで待機していた護衛が驚き屋敷の門から入るも間に合わず、ナイフを持った男が走ってくる。


 とっさに、シモンは庭にあったホウキを手に取り構える。


 勢いよく正面から走りくる男の腹を突いたのだ。

「いってーっ」と転んだ男の手を踏みつけナイフを奪う。


 その声を聞きつけたロザリーヌ、ロズベルトも飛び出してきた。アンリーが男の横に落ちた怪しい袋を拾い上げる。


 とそこへ脇道からダミアンが出てきたのだ。


「あ、アンリー様、シモン様も、―――助かりました。」


 その腕からは血が流れている。


 怪しい男が裏庭から出てきたのを、ロザリーヌを訪ねて来たダミアンが気づきもみ合いとなり切りつけられたのだ。


「……これは毒か?」

「ここは危険です。屋敷の物には触れないで!!!」


「ダミアン!血!血が!!」

 ロザリーヌは突然の出来事にあたふたするも、皆の判断により全員宮殿へ向かったのだった。


 ダミアンは犯人を連れ、護衛達と共にマシュー団長の元へ。

 ロザリーヌとロズベルトはアンリーに連れられシモンが過ごす貴賓室へ入った。



「ああ 懐かしゅうございます。」

 とロズベルトはかつて、ロレーヌ王妃に従えた日々を思い出すが今はそんな場合では無さそうである。



「アンリー様 私、何がなんだか……。毒?」


「あの男が毒を使ってロザリーを殺めようとしたのかな。多分誰かの刺客だね。だいたい想像つくけど本人に吐かせなきゃ。今尋問してるよ。それにしても、タイミング良くダミアン騎士居たんだね」


「…………」


 ロズベルトも余計なことは口にせず静かに佇む。


「はあ……兄上に報告か」アンリーがゆっくり立ち上がった。


(今度は刺客、毒?ダミアンと婚約した途端―――でもまだ王宮には知られていないようだし、え、何がどうなる?あ、私って今、記憶喪失?!え、シモン王子……)


 ロザリーヌは混乱の中ふと、視界に入るシモン王子にピクッとした。


「あ、シモン様……」


「ロザリーヌ様、だ 大丈夫ですよ。あの、知ってます。記憶の話」


「えっそうなのですか!?……あぁごめんなさい。騙すつもりでは……」


「いえ、気にしないでください はははは」



 しばらくして、予想通り勢いよくフィリップがノックもせず入って来た。


「ロザリー ロザリー ああ 命まで狙われるとは。大丈夫だ、私が守る。やはりここに居なさい」


 と力いっぱい抱きしめる。


「…………」


「ロザリー、記憶がないお前はより危ない。父上はまだ病状が落ち着かないから気にせず過ごせ。」


 ロザリーヌは、どうしようかと後ろのアンリーに目を向けるが、苦笑いで手のひらを上に向ける。


「すぐに部屋を準備させよう。護衛はメリアを呼んでおこう。」と急に活き活きとしたフィリップはまた飛び出して行った。


「あのお、ロザリーヌお嬢様、記憶とは?」

「はあ……」

「ロザリー、しばらく兄上にはこのまま記憶がない事にしておくよ。頃合いを見て話すから」

 アンリーはなるべく、フィリップに刺激を与えたくないようである。

「……はい」



 ◇◇◇


 その頃 騎士団はシャンティ家に侵入した犯人を尋問するも一言も発さない。


 苛立ったダミアンは、樽と縄を用意する。

 マシュー団長が犯人の前に立ちムチを片手に静かに語る。


「今から、尋問は拷問へと変わる。覚悟するが良い、話すなら今だぞ」


 それでも何も言わない男は吊るされ、水を張った樽に頭を沈められる。もがいた頃に出され、また答えなければムチを打たれるのであった。


 何度も繰り返すうちに、出た一言は「ロイス……おぶ」


「嘘をついたな」

 ダミアンはロイスがロザリーヌを殺めることは無いと考える。それを察したマシュー団長が

「そうか、これだけやって嘘しか出ないのなら、始末しようか。―――殺れっ!!」


 震えた男は息を吸い込みもう一度小さく呟いた。


「……リリア……リリア様」

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