マイ フィアンセ

「ロザリーヌ様 ロザリーとお呼びしても?」

「……はい」

 膝まづいたままダミアンは、そっとロザリーヌの手に口づけをした。


「ロザリー、私と婚約してくださいますか」

「―――はい」


(ダミアンが……ほんとに?追放された元王女の婚約者に?!あ―――もしかして今もどこかにスパイが潜んでるからこんな事するの??嬉しいけど……こんなことされたの初めて、こんな素敵な人に……)


「さっ報告しにいきますよ ロザリー」

「あ、はい」


 仮面を再びつけた二人はクリストフ伯爵の元へ向かう。


「お ダミアン、ロザリーヌお嬢様 いかがかな?」


「私達は婚約いたします」

 とダミアンは直立不動で言い切った。


「それはめでたい。では早速」


「あっ クリストフ伯爵様、私は元王女な為少々問題があります。正式な発表まではダミアンの名は伏せていただきたいのですが。」


「あ、そうか。ロザリーヌお嬢様はダミアンを知っていたか」


「はい」


「それはそれは、いやあ良かった。ダミアンはこれまで、どんなに良家のご令嬢でも全部断ってきたからな。一生独身騎士で生きると言い張って。こんなにあっさり決めるとは。」


「…………」


(ダミアンが俯いてる。どんな表情かなんなのかマスクで分からないけど、悲しんでませんように。元王女を使命感から引き受けたなら、私はお荷物なのだろうけど……。)


 ロザリーヌは、婚約解消を突きつけられる日が来るかも知れないと素直に喜べないのであった。


 クリストフ伯爵は、言われたとおり仮面舞踏会の場では公表しない事にしたが彼の口の軽さは侮れない。


「では、婚約成立。おめでとう。教会で婚約式の段取りをしよう。まだ夜は長い、楽しんでくれたまえ」

「はい。ありがとうございます。」

「また改めて食事をしよう。ロザリーヌお嬢様」

「はい。」


 ロザリーヌはマルチーヌを探すも見当たらない。彼女を探すならダンスフロアではなく、お菓子がある場所を探すべきである。


 ダミアンがワインを二つ手にロザリーヌの元へ戻る。


「ありがとう」

 とワインを受け取りグイッとグラスの半分以上を飲むロザリーヌ、ほぼ一気飲みである。

 慌てたダミアンはグラスを取り上げた。


「ロザリー ゆっくり。勢いが良すぎです。そんなに緊張しましたか」

「……はい」


 場が持たない様子のロザリーヌはそれでも少しずつワインを口に運ぶ。


「さ、踊りましょう。ロザリー」

「はい」


 これまでは常に護衛として舞踏会を鋭い目をして見渡すダミアンしか見たことがなかったが、今、仮面越しに自分だけを見つめるダークエメラルドの瞳にロザリーヌは見惚れるのだった。


「ロザリー 送ります」

 ダミアンがまだまだ仮面舞踏会は続くのに送るという。

「あっマルチーヌ!マルチーヌは?帰る?」

 二人の様子を見たマルチーヌは気を使うのであった。

「いえ、また馬車で送ってくださるって伯爵様が」

「あ……うん」


 屋敷を出て馬車に乗り込むロザリーヌとダミアン。二人きりで馬車に乗るのは初めてだ。


 向かい合って座る二人。ダミアンは進行方向に背を向ける。仮面を取り、美しく整った顔はロザリーヌの仮面も取り上げた。


「一つだけ、聞きたいことがあります」

「はい 何でしょう」

「王宮に戻られたいとは思いませんか」

「思いません」


(王宮に……ダミアンは私を王宮に戻そうとしているの?フィリップ様の元に?)


 迷わずに答えたロザリーヌに安堵の微笑を浮かべダミアンはロザリーヌの隣に移動する。


 逞しい手がロザリーヌの白く細い手を包む。


「今度花畑を見に行きましょう。名もない花が咲く美しい丘があるのです。」


「はい」


(とても優しい響き、この人の口から奏でられる名もない花という響きで、物凄く美しいものを思い描いちゃう。あっでも全ては騎士として……騎士として……?花を見に行く……)


 どういう思考回路かは謎としてロザリーヌは、男としてのダミアンの立ち振る舞いにすっかり心を奪われているのである。


「是非ロザリー、君が焼いたパンを持っていきたいですね」

「あ、はははは」

 まだ一度も成功していないのだ。


 花とパンの話でシャンティ家に着いてしまった。

 二人は馬車を降りると、執事のロズベルトが年甲斐もなく慌てた様子で出迎える。


「おかえりなさいませ。ロザリーヌお嬢様。はっそちらは もしか、伯爵様のえぇと」


「ダミアン・アンドレと申します。王宮の騎士です。」

「はあ、は?騎士様?」


 全く意味がわかっていない様子のロズベルトはそのまま放置された。

 お茶の一つくらい出すこともせず結局ダミアンは静かに挨拶をする。


「ロザリー、またすぐ来ます。」とロザリーヌをそっと抱きしめた。


 その後ろで状況を把握したロズベルトは、口をハフハフするも二人の包容を邪魔しないよう、出しかけた言葉を呑み込み見守ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る