ため息を乗せた馬車

 社交界当日


 ロザリーヌはドレッサーの前で格闘していた。

(ふわふわの髪……やっかいっ はあ)


 普段は適当に束ねているもののいざ正式なヘアスタイルなど、どうしたら良いかわからないのであった。パン作りもヘアアレンジも不器用で上手くいかないのである。


「はあ……」


「ロザリーヌ様!お迎えが来ておりますよー」

 と執事のロズベルトが叫んでいる。


「あああどうしようっ。」


「失礼いたします」と入って来たのはキャシーだった。


 ふわふわのボサボサ頭でキャシーに振り返ったロザリーヌは喜びの声を上げる。


「キャシー!!!!」

「ロザリーヌ様!!!」

 抱き合う二人。しかし時間がない。

「ロザリーヌ様 急ぎましょう。酷く爆発されています。その、あ 頭」

「あ、あはははは」


 キャシーにより、上手く結上げられた上品なシニヨンにフィリップのドレスを着て屋敷を飛び出したロザリーヌ。

 そこには馬車の扉を開くダミアン騎士がいた。


「ダミアン騎士 ありがとうございます」

「美しいです」

「あ、ありがとうございます」



「ギャーーーッ」


 馬車の中を覗くと項垂れた赤い塊が目に入りロザリーヌは悲鳴を上げた。メリア騎士の頭である。


「メリ……メリ どうしたの?大丈夫ですかあ?メリア騎士?」

「ロザリーヌ様……申し訳ございません」


(どうしたの、騎士として、王女の立場を守れなかったとか?責任感そんな強かったの、メリ)


「どうしました?メリア騎士」

 キャシーも不思議そうである。


「実は……王都でパンを焼いていると噂を聞いたフィリップ様がロザリーヌ様を心配して……気がおかしくなったのではないか?や、やっぱり連れ戻す!などと騒いでですね。――で、侯爵令嬢なら婚約者にすると言い出されたのです。」


「え……キャシーやっぱり私行くのやめるわ」


「それを聞いたリリア様も気が動転し、ロザリーヌ様は階段から落ちた後から一部の記憶を失った為に態度が変わっていたのだと言い出しました。

本来のロザリーヌ様は昔のままだと。で、私に話を合わせるよう強要してきまして……」


「ロザリーヌ様をあんな王宮に戻さないためにはこれしかないと……」


「だから、何?何を言ったの??」


「ロザリーヌ様は拘束され、王宮を追い出されたショックで記憶喪失だと。今や誰も覚えていない、あまり言葉も発さないと……だからそっとしてあげてくださいと。」


「え、でもこの間アンリー王子が来たわ」


「アンリー様は嘘だと知っています。すぐに見抜かれました」


「ではそれを信じたのは、フィリップ様だけ……」

(本当に気がおかしくなったのはフィリップ様なんじゃ)


「……はい そうですね」

「でも、何故今日の社交界に私を?」

「ご自分の目で見て確かめたいと。本当に申し訳ございません。」


(なに……気が触れて記憶を失い、言葉も失いかけているロザリーヌを演じろと……?)


「…………」


「ダミアン騎士 ダミアン騎士 おやめください」


 ダミアンはメリアを馬車から引っ張り出した。


「お前なにややこしくしてんだっ。ロザリーヌ様が困るだろ。記憶がなくてもいい!側に置く!って言い出されたらどうするんだよ。――俺はどうしたらいいんだよ……。」


「ダミアン騎士、周りに聞こえますっ!」

 とキャシーはなだめる。


「……ダミアンは黙っててくださいな」

 と、ぽつりとメリアが呟いた。


 ため息をたくさん乗せた馬車は出発したのだった。


「ロザリーヌ様、大丈夫ですか。今日だけ、なんとか振る舞いをそのようにさえすれば……。

 フィリップ様が予定通り、リリア様との婚姻日程を発表されれば、事なきを得ますし。」

 とキャシーがロザリーヌに語りかけるも放心状態である。



(記憶喪失?そもそもこの世界では私は記憶喪失に似たようなもの。幼少期の記憶なんて分からないし、最近のゴタゴタしか知らない。最近のゴタゴタだけ忘れたフリをすればいいのね。あ、人も……私がヘマをしたらまたリリアが怒られる、メリも……)


「ロザリーヌ様、社交界では私がずっとついてますので。マルチーヌにも言ってますから」


「分かりました」

 と言ったロザリーヌは俯き手を合わせた。

「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」

「どうされましたっ!?!?」



 ◇◇◇

 宮殿


 緊張の中、馬車から降り立つロザリーヌ。

 今回は来賓として来たため正面から入るのだ。

 視線の先にフィリップ王太子 アンリー王子 リリアの姿が見える。


 ゆっくりと進みながらロザリーヌは復習する。

(誰も知らない 誰も知らない 初めまして あ、言葉数も少なく、虚ろげに)


 フィリップ達の前で立ち止まったロザリーヌ、その隣からメリアが話す。


「こちらはフィリップ王太子殿下、そしてアンリー殿下、フィリップ殿下の婚約者リリア様です」


「……この度はご招待ありがとうございます。ご婚約ご結婚おめでとうございます」と小さく目を合わさずに呟いたのだった。


 それを見たフィリップはブルーの瞳を涙で揺らす。

 自分があの舞踏会の為に贈った赤いドレスに身を包み哀しげな目をしたロザリーヌの姿が胸を突き刺したのだ。


 そのままメリアはロザリーヌを連れ広間の隅に立つ。


「ロザリーヌ様 今日は壁の花になりましょう 壁の花」


 壁の花にはなり切れない派手なドレスに髪色である。

 来賓達にも既にロザリーヌの記憶喪失の噂は広まっており、みな近寄ってこようとはしない。ただ一人を除いて。


「は 初めまして、ではないですが。あ あなたが初めましてなら初めましてっ」


 その人物が奇妙な挨拶をして来るのでロザリーヌは笑わぬよう必死であった。


 パルルのシモン第二王子である。





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