社交界の夜 すべては回避できるはず

「……初めましてですか?」

 声を震わし小さく呟いたロザリーヌを胸が張り裂けそうな眼差しで見つめるパルルのシモン第二王子。

 その震えた声は、記憶がなく気弱になった様に彼には映るが、ただの笑いを押し殺したものに近いのである。


「いえ、は 初めてではありません。共に海を眺め語り合い、この宮殿では共にとじ 閉じ込められたりと……ぼ 僕は……あ、どうですか?最近は、お 王都にお住まいだと……」


「ええ楽しいです、執事と暮らしレストランで働いています。近々教会学校を開きます」


「ああ そ そうですか。良かった……。ぼ 僕はパルルという南国の第二王子です。しばらくはこちらに居ますので、き 記憶を戻すお手伝いが出来るかも……」


「…………」



 その時一斉に皆が注目したのは七つの小さな階段を上った先。

 玉座の横に立つフィリップ王太子だ。来賓達に挨拶に回っていたリリアは発表の時と知り急いで淡いピンクのドレスにティアラを乗せた巻髪を揺らし前へ向かう。



 ロザリーヌもプリンセスに晴れてなるリリアを遠くから見守る。

(これで二人は無事に結ばれる。私も処刑されずにすむ。小説の悲しい結末は回避できた。やっぱりリリアは綺麗……。ちょっと嫉妬深さは怖いけれど)



「皆様本日はお集まり頂きありがとうございます。私 フィリップ・ヴァロンはこのヴァロリア王国王太子としてより良き国を築き上げる為、その志を高く持ち続ける為、リリア・スチュアート侯爵令嬢と……」


 何故かピタリと止まったフィリップに会場がざわつく。リリアもあと数歩の位置で止まっている。


 フィリップは遠目からロザリーヌの方を見ていた。


 一度瞼をゆっくりと閉じ、開き、そして口を開いた。


「―――婚約破棄いたします」


「…………」


 かなりの人数が広間に居るというのにここまで静寂に包まれるのだろうか。誰も口を開かない、誰も動けずにいた。

 リリアは放心状態でしばらくその場に立ちすくむ。


 玉座の壇から降りてきたフィリップがリリアに静かに語りかける。


「すまないリリア……やはり私はお前を愛し直せなかった。このまま結婚すれば互いに不幸になる。この国も不幸になる。」


「―――分かりました。王太子殿下」


 ティアラをもぎ取るように外したリリアはそのまま広間から出た。


 ロザリーヌも固まっているが何も行動などとれない。記憶喪失なのだから。

 それにも関わらず、皆が道を開け一直線にフィリップが向かってくる。 


(こ 来ないでっ今このタイミングでどうして私に……みんな見てる。どんな顔すればいいの、無表情?驚き?あ あああ)


「ロザリー、すべては私が守りきれなかったせいだ。すまない。記憶を共に戻そう、いや新しい記憶を作ろう。ここで共に」

 と言いロザリーヌを強く抱きしめた。

 来賓のマダムは扇子をパタリと落とす、令息達も持っていたワインを一気飲みした。


(どうしたらいいの……ここでってどういう意味?!妹を不幸にした罪悪感に苛まれているの?だとしたら……記憶が戻ればいいのよね。今、戻った!とは言えない。明日戻す?または今から階段から落ちてみるとか……困った。メリ……)


 メリアは遠くから額に手を当てお手上げのようである。

 その隣でダミアンも唖然としている。

 しかし、広間を出たはずのリリアがそこへ現れダミアンに抱きつき泣き出したようだ。

 メリアはその隣で完全に固まってしまった。


(リリアはやっぱりダミアン騎士を……)



 静寂を破る足音を立てアンリー第二王子が近づいてきた。

「兄上、いつまでやってんだよ」とまだぎゅっと抱きしめていたフィリップを引き離す。


「ロザリーは王都で楽しくやってるんでしょ?だったらそれでいいじゃない。」


「いや 駄目だ」


「何が?」


「悪いが少し二人にしてくれ」


 そう言ってフィリップはロザリーヌの手を引きぐいぐい進み宮殿の噴水広場に出た。


 噴水の周りで密会していた貴族カップル達が慌てたようにその場から去る。


 左右に天使の彫刻が飾られた白い石のベンチに座りロザリーヌの両手を包むフィリップ。


「ロザリー、私は君を愛してしまった」

 かなりの直球である。


「…………」


「妹としてではない。女性としてだ。」


「…………」

(あああもう何もわからない……何も言えない。なんで今こんな告白を?まさか。本当に気が触れたんじゃない?!)


「だが……婚約者のある身、王太子である身。ロザリー、君とは兄妹、決して叶わないと思った矢先、王女ではなくなった。ならば私のものにしたい。そう思うのは自然なことだ」


「あ あのあんな風に婚約破棄だなんて……」

「酷いよな。どうしてもロザリー、君を見たらこの運命に逆らわずには居られなかった」

(う 運命 逆らう?表現が激しい……)


「よく似合ってるよ……赤」


 そう呟きフィリップはロザリーヌの白くかさつき気味な頬に手を添える。ロザリーヌの唇を見つめたまま顔をゆっくりと近づける。


「ああああっ困りますっ王太子殿下!」


「あ すまない。心に身を任せてしまったようだ。」


「…………」


「……また日を改めて使いを送る。」

 寂しげな背中でフィリップはその場を立ち去った。



 それを見ていたダミアン、リリア、メリア、キャシー。

 ダミアンがロザリーヌの元へ向かおうとするとその手をリリアが掴む。


「行かないでダミアン!あなたまで失いたくない……」

「リリア様 私はあなたの専属騎士でしたがそれ以下でも以上でもありません」と手を振り払う。




「ロザリーヌ様 大丈夫でしたか」

「ダミアン」

「もう、帰りましょう」

「……はい」


 と立ち上がったロザリーヌは赤いドレスの裾が絡まり転びそうになる。

 ダミアンは受け止めそのまま抱きしめた形となる。


「しばらくこのままで」

「そんなっ。皆が見てます」

「いっそのこと、私と恋仲だと噂になればよろしいのでは?」

「そんな噂、ダミアン騎士がフィリップ様に嫌われます」

「……構いません。」

「…………」


 途端にくしゃみをし鼻水をすするダミアン

「ロザリーヌ様の髪が鼻をくすぐりまして……すいません」


 浮き出たおくれ毛がふわふわしたのだ。


 笑い合う二人を見たリリアの心は穏やかではない。

(どうしてこうなるの……私に何が足りないの。フィリップ様に捨てられて、ダミアンまで―――――どうして私のもの全部奪うの……)


 広間に残された来賓達はただ飲んでは話し込んでいた。

 サービス精神旺盛な第二王子達は令嬢達のダンスを相手しヘトヘトであった。


「アンリー王子、ぼ 僕たちはいつまで踊るのでしょう」

「さあ……なんだよこれ。もう逃げようよ。シモン王子」

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